18節52部ー楼閣侵入ー
楼閣の周囲に張り巡らされている結界。
それを驚くほどたやすく抜けてしまった朱音さんの技量はなるほど、銀露がそこはかとない信頼を置くにはふさわしいものだった。
「ここが蛇姫様の楼閣……でっかーい」
「あやつにはもったいない屋敷じゃ。さっさと乗り込んで凹ませんとの」
蛇姫様の空中楼閣は立派な佇まいを見せていた。
中央の大きな蓮の花が咲く池。それを囲むように建てられた屋敷。
赤と黒を基調としているためか、どことなく神聖な雰囲気を漂わせていて近づきがたい。
「ねえさま……」
「汰鞠も探さないとだね。」
「うん」
子鞠はここに置いてきた汰鞠のことを心配しているみたいだ。僕も心配だけど、銀露は汰鞠のことに関しては心配していないようで……。
「見張り台から丸見えっすから、うちらがここに来たことは知れ渡ってるはずっすよ、銀狼様ぁ」
「うむ。どうせ正面から行くつもりじゃったしの。問題ないわ」
「その姿で大丈夫っすか?」
牛車が楼閣の外庭に降りてガタガタと揺れ、止まった。
今まで牛車を引いていた牛さんが疲れたと言わんばかりに鳴いて、朱音さんがそれを宥めてる。
銀露はというといの一番に客車から降りて着物を整え、ついでにお耳と尻尾も振ったり動かしたりして整えてた。
僕は次に客車を降りて、最後に残った子鞠を抱っこして降ろしてあげた。
辺りは恐ろしいほど静かだ。鹿威しに溜まる水の音がよく聞こえるほどに。
本当に見張り台から見られていたんだろうか。本当なら既に大騒ぎになっていてもおかしくないだろうに。
「護り火の、ぬしはどうするのじゃ」
「今のうちは千草くんの護り火っすからね。危険がある以上まだまだおつきあいしちゃうよ」
「ありがとうございます、朱音さん」
「しゃーなしな!」
「ええっ……」
こんなおちゃらけた雰囲気の朱音さんでも、やるときはやるから心強いな。
さて、警戒心びんびんの子鞠を抱いて、屋敷のどこかにいるであろう蛇姫様を見つけ出さないと。
みんなして屋敷の方を向き、歩き出したその時だった。
僕らを囲むように蛇姫様の神使たちが出現したんだ。何もないところから、起き上がるようにして。
誰もいなかったわけじゃなかった。既に囲まれていたんだ。
「銀狼様ぁ。気配感じてましたぁ?」
「まったくじゃな。白蛇の気配ほどわかりにくいものはないの。やっかいな神使どもじゃ」
すごい密度で囲まれて、その中の一人が話しかけてきた。
「その人の子を置いてお去りください、お三方」
「去るわけないじゃろ。ほれ護り火の、蹴散らすが良い」
「ええっうちがぁ? 仕方ないっすねぇもう」
この数を前にしても全く動揺せず対処しようとするところを見ると、問題なく処理できるんだろう。
普通ならば。
一息で朱音さんが放った火は、神使たちに届くことはなかった。
それこそ一蹴できてしまうほどの火だったはずなのに、神使たちの前で散らされてしまった。
「む……鬼灯の結界だね。んあったく、やっかいな巫女抱え込んじゃってまあ」