18節51部ー護り火の本気ー
そこからは上へ下への追っかけっこ。楼閣に向かって飛ぶ朱音さんと、それを阻もうとする蛇姫様の神使達。
できるだけ朱音さんも逃げに徹して、乱暴なことを避けているみたいだけど……。
「銀露、危ないっ!」
何か危険な気配を感じて、僕は客車の壁にもたれかかっていた銀露の手を引いて抱き寄せた。
比較的小さな銀露の体は、容易に僕の腕の中に収まって小さく呻き声を上げて……直後、銀露が背にしていた客車の壁を破って刺股が突っ込んできたんだ。
そして聞こえる朱音さんの悲鳴。
「ぎゃああ!! 自慢の客車に穴がッ!!」
本当に悲痛な叫びを聞きながら、僕の胸に頭から突っ込んでもがいている銀露をしっかり抱き、飛び出してきた刺股が離れるのを待った。
いや、待つべきじゃなかった。こうしている間にも、四方八方から刺股が向かってきているのが……“はっきり”とわかったから。
「子鞠、大丈夫!?」
「だいじょぶ……」
こんな状態でもにへらと笑顔を向けてくれる子鞠には頭がさがる思いだ。
こうして子鞠が構えてられるっていうのなら、銀露は僕が助けなくても大丈夫だったんだろうな。
余計なことしちゃったかななんて思いながら銀露を見てみると、何やら嬉しそうに尻尾を振りながら僕から離れて……。
「くふふ、残念じゃ。子鞠の手前、いつまでもぬしに抱かれておるわけにもいかんでな」
「ご、ごめんね銀露。余計なことだったかな」
「余計なことの訳なかろ。わしを守るという己の誓い通りに動いておるのじゃから。ぬしが勇敢な雄であろうとすることは嬉しいことじゃ」
そんなことを、慈愛溢れる笑顔で言われてしまうと本当にどちらが守られているのかわからなくなる。
見た目は幼くても、銀露はやっぱりお姉さんなんだな。
いや、というかこの騒ぎに全く動じてないのもどうかと思うんだけど……そこはそれか、銀露の胆の据わりようがなせる業かな?
「そう焦らずともよい。いい加減護り火のやつも腹に据えかねとるじゃろうからの」
「朱音さんが?」
「うむ。ぬしを乗せておるが故、手荒な真似はしたくなかったようじゃが……」
その言葉の意味を、僕はすぐに知ることになる。朱音さんの怒号とともに、この客車の中の空気がとんでもない熱を持ったんだ。
涼しいくらいの気温から、サウナの中のような気温に。
「こんのお、我が客車におわすのは、かの銀毛大狼様だぞ!」
「知ったことか、その銀狼ごと中身を渡せ護り火の!!」
「客車は壊すし、不敬だし、とにかくむかつくから灸を据えてやる!! ほら仕事だよ護り火達!」
爆発したかのように広がった熱は、朱音さんが扱っていた人魂のような火の大群が元だった。
その熱が引くまで、僕は客車の中でじっとしていたんだけれど……。
「もー大丈夫っすよ。全部追っ払っちゃった、てへ」
「てへ、ではないわ。暑くてたまらんではないか。千草も子鞠も汗だくじゃ」
「おっと、申し訳ないっす。いますぐ換気するんで!」
本当に暑……。でもたしかにさっきまでの慌ただしさが一瞬にして収まってしまっていた。
朱音さんの本気を見れたのは良かったんだけど、その本気を見せた朱音さんはというと……。
「あー……。また蛇姫様に嫌がらせされちゃうぜ……」
なんて、ひどく落ち込んだ様子だった。