第4.5話 調査完了
こんな趣味全開の文を読んでくださってありがとうございます。
謎の存在の調査依頼が出されてから十日目。
調査を終えた一行が帰ってきた。
一人目はジェイク・ジョンソン。この調査依頼を作らせた原因である。
甲殻魔虫の甲殻で作ったと思われる全身鎧は付与を施してあるのだろう。淡く光っている。得物も、甲殻魔虫の角で作ったと思われる巨大なランスと、全身を隠す事ができそうなほど大きい甲殻で出来ているタワーシールドである。そのため、傍目からは直立する甲殻魔虫に見える。本人は、それが気に入っているらしい。
二人目はウオレヴィ・ヴォルティ。依頼を張り出して、六日目にきたハイエルフの冒険者だ。
最初にギルドに現れ、登録作業をしている時は、ハイエルフではなく、ただのエルフだと誰もが思っていた。当然、種族欄にハイエルフと書いた時、証拠を見せろと受付員は言った。すると、ウオレヴィはその場でおもむろに上半身の服を脱ぎ、背中にある四枚の羽を見せてきた。そして、それが本当に体から生えている物だったため、ハイエルフだと信じてもらえ……なかった。一般的にハイエルフは、その名の通りエルフの上位種とも、原種とも考えられており、いったいどこに住んでいるのか、何をしているのか、全てが謎とされ一切知られてはいない。たまに、同じ特徴をもつ者を見かけても、それは先祖返りと呼ばれる存在であったりする。そのため、ほとんど伝説の人種と考えられている。
更に、ハイエルフという人種はエルフ以上に魔法で戦う事が得意で、基本的には美男や美女と言った容貌である。とされている。対して、ウオレヴィの見た目は見上げるような巨漢。全身の筋肉は鍛えられており鋼のようだ。顔も整っているが美男というよりは野性味を感じさせる男前と言った風貌だ。更に魔法で戦う事が得意ではなかった。そのため、誰も信じられなかった。
結局、ハイエルフ(仮)のような扱いで登録が終わったため、本人は不服そうであった。鎧は魔法銀で出来ているが、付与はされていないようだった。得物はバスタードソードで、これも魔法銀で出来ており、こちらも付与はされていなかった。
三人目はダリア・フラカッシーニ。ウオレヴィが参加する時に一緒に参加した、人間の魔術師だ。どうも、ウオレヴィに釣られたふうではあるが<疾風の刃>や<閃光の槍>や<土の弾丸>と言った、中級二段の魔法を三属性も扱える凄腕だ。
鎧は着ておらず、真っ赤なローブを動きやすそうな服の上から着ている。しかし、ローブは大鬼魔術師の皮でできており、下に着ている服も急所の部分は魔法銀の糸を織って守られている特注品であるらしい。
得物は、先端に三色の魔石が付いた真っ白な杖だ。これはローブと同じで、大鬼魔術師の骨でできているらしい。そのため、なんとも悪趣味な女だと言われている。普通、モンスターの素材を使った武器や防具と言った物は、甲殻魔虫やドラゴン等でない限り、粉末にして付与の材料に使ったり、そのまま使うにしてもそうだと分からないようにする物なのである。
理由としては単純な物で、同族が、例えばこのダリアが持っている物であれば、大鬼が見た場合怒り狂い、戦わなくても良い状態でも襲われたりするためである。
容姿は茶色の髪を肩の辺りで切りそろえており、瞳の色は若草色で背丈は普通。体の起伏具合も普通である。ちなみに、確かめたのはウオレヴィで、確かめた方法は伏せさせてもらう。
四人目はカルロス・ビジャローヤ。ジェイクが人の集まりの悪さに痺れを切らし、出発しようとした時、駆け込みで参加したエルフの光術師だ。
光術師とは、本来人が使えるとされている、火、風、水、土、雷の五属性以外の属性である光を扱える特殊な魔術師の総称である。
光属性は、主に回復と浄化に特化しているため攻撃能力はほぼ無い。しかし、その回復と浄化の力は凄まじく。熟練者ならば、バジリスクの毒に侵された人を正常な状態まで回復させることすらできる。と、言われている。そして、カルロスの熟練度はまさにそれだった。参加した時が出発する所だったので、熟練度も分からない、何ができるのかも分からない光術師を連れて行くのに、ジェイクが渋っていた。
しかし、そこに丁度バジリスクホーネットに刺された冒険者が運び込まれてきたのである。腕は紫色に変色し、パンパンに腫れ上がり、刺された傷口は爛れており、顔色はもはや土気色。誰もが助からないと思うような状態だった。
しかし、カルロスが治癒と浄化の効果のある魔法<神聖な光>を唱えると、見る間に腫れは引いていき、顔には血の気が戻った。まさに、奇跡とも言えるほどの効果を見せたのである。これには、流石にジェイクも文句は言えず「さっさと行くぞ」と、言うだけだった。
容姿は、こげ茶色の髪をオールバックにしていて瞳の色は髪と同じようなこげ茶色。顔つきは彫りが深く、眉毛が濃いが、かなりの美男子である。
身に着けている鎧は一角獣の皮を使った白い鋲打ち鎧物で、どうやら付与もしているようだ。
得物は魔法銀製の盾と、ユニコーンの角を芯にした魔法銀製の片手剣であり、柄の中心には魔石が嵌め込んであるようで、刀身に施された付与の効果で魔道具にもなっている。
さて、長々と説明したが、装備や説明した技量からも分かるように、この四人は凄腕と呼ばれる冒険者である。そんな四人が顔色も悪くギルドに帰ってきたのだ。当然、依頼に失敗でもしたのか? と、その場に居た冒険者達は考えた。
しかし冷静に考えると、あの四人が受けたクエストはただの調査依頼だ。仲間が死んだり、装備が壊れた。と言うならその表情も理解できるが、誰一人欠けることもなく、装備も壊れたようではない。だからこそ、周りの人間は分からなかった。
(こいつらは、一体なんでこんな表情をしているんだろう)
そう、その場に居た全員が思った時、ジェイクがカウンターにたどり着き、口を開いた。
「依頼の報告をしたい」
覇気も無く、まさに疲労困憊と言う雰囲気だ。受付嬢はジェイクが受けている依頼の確認を行い、依頼者の名前を確認する。
「はい、調査依頼ですね。依頼者は支部長となっておりますので、支部長に直接報告された方がよろしいでしょう。支部長室まで案内しますので、私について来て下さい」
そう言って、カウンターの後ろにある扉を開けて四人を案内した。扉を抜けて突き当たりの部屋が支部室らしく、その前で受付嬢は止まり扉をノックした。
「支部長、依頼受領者のジェイク・ジョンソン様のパーティが、報告のためにいらっしゃっておりますので、お通ししてもよろしいでしょうか?」
「いいぞ、入ってくれ。」
そう、扉の向こうから聞こえたので、受付嬢は扉を開け、ジェイク達が部屋の中に入るのを待った。
ジェイク達が部屋に入ると扉は閉められ、受付嬢はまたカウンターに戻って行ったようで、足音が遠ざかっていく。
部屋の中は良く言えば質素、悪く言えば何も無いと言う感じだ。調度品のような物は無く。部屋の奥にデスクが有り、そこに、支部長であるジェフ・グレンが座って何か書類を書いていた。
部屋の中央には、長方形のテーブルが置いてあり、来客用のソファーがテーブルを挟んで向かい合う形で置いてある。
「クエストご苦労さん。で、どうだった? その様子じゃ見つけられなかったのか? それとも、良いところまでいったが逃げられたか?」
そう、ジェフが書類を書きながら聞いてきた。
「いや、見つけた。そして、逃げられたんじゃない。俺達が逃げた」
と、苦々しげにジェイクは言った。
「ふむ、ちょっと待ってくれ、あと少しで……よし、これで終わりだな。お前が逃げ出すなんて、相当だな。詳しく話してくれ、一体森で何があったのか」
最初は、失敗を笑ってやろう。と考えて居たジェフだが、ジェイクの様子がどうにもおかしい。手元にある仕事をいったん切り上げ、話を聞くことにする。
「まず、最初に言っておく。俺達はパニック・バイパーに噛まれてもいないし、ミラージュ・バタフライの鱗粉を吸ったわけでもないからな」
「何だ? 嫌に念を押すな? 分かった、信じよう」
「じゃあ話すぜ? 本当に、これは嘘とか妄想とかそういう類じゃない。あれは……」
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四人が出発して、最初のうちは順調であった。
道中、出てくるモンスターは、四人の即席にしては息のあった連携の前に、一切攻撃を当てられずに倒されて行った。
しかし、ジェイクが最初に見かけた場所の付近をどれだけ捜しても見つからない。仕方が無いので、パーティメンバーを募集していた時、ウオレヴィが見たと言っていた未踏破地域に近い場所に移動した。
ここまで来ると、流石に出てくるモンスターも手強く、カオス・ビートルやアサシンマンティス等の甲殻魔虫や、二角獣や刃毛狼等の魔獣も出てくるようになった。
このレベルのモンスターと連続して戦うのは厳しく、無傷とは言え森の中に居ると言う緊張感もあり、疲労が溜まってきていた。
「明日見つからなかったら帰らない?」
「ここまで来て手ぶらで帰るってのかよ! 俺は嫌だぜ」
ダリアの提案に対して、ジェイクがいら立ちを隠そうともせず怒鳴る。
「しかし、このままだと皆疲労で動けなくなりますよ? モンスターの餌食になりたいなら止めはしませんが、それは嫌でしょう?」
カルロスが二人の間に入って諌めようとするが、どちらかといえばダリア寄りの意見にジェイクは更に機嫌を悪くする。しかし、いくら四人が手練れの冒険者だと言っても、限界は存在する。
「よし、明日帰るかどうかはともかく、日も暮れてきたしそろそろ野宿の準備でもしようや」
それを横目で見ながら、休憩を提案するタイミングを計っていたウオレヴィが、了承の答えを聞かずに、半ば無理やりに野宿の準備を始める。三人も実際疲れていたので、一旦言い合いを止め、手伝うために二人は動き始める。
「やーんウオレヴィ、ジェイクがいーじーめーるー」
「よーしよし、かわいそうになー。おじさんと一緒に寝るか?」
しかし、ダリアだけは甘えるような声でウオレヴィの方へ走り寄って行き、わざとらしく作業をしているその背にもたれかかる。ウオレヴィは、もたれかかってきたダリアの体勢を変え、抱き合う形にして会話をはじめた。それでも、手はテントを張るために動いている。
「ウオレヴィさん、ダリアさん、こんな場所でふざけないでください」
「お前ら良いからさっさと結界張るぞ、乳繰り合ってないで手伝いやがれ!」
テントを張り終わってもその体勢で話して居るため、カルロスとジェイクは二人に注意をしたが、二人は悪びれた様子もなく離れ、肩を寄せ合いながら結界を張るための行動を開始した。
「わーったわーった。そんなに怒鳴るなよ。なー? ダリアちゃーん」
「そうよねー? ウオレヴィー」
そんな事を言いながら顔を見合わせ、小首をかしげるウオレヴィとダリア。そして何がおかしいのか二人してクスクスと笑い合いながら再度二人の世界へと入ろうとする。
「なぁカルロス、こいつら結界から弾き出さないか?」
「だめですよ、ジェイクさん。いくら腹が立つ相手でも、殺してはいけないのです」
言っても無駄。まさにそんな様子を見せつけられて、二人は呆れた様子で話し合う。
「あ、やっぱりカルロスもこいつらの行動は腹が立つんだ」
「そりゃぁ、毎日毎日、目の前で無駄にいちゃいちゃされたら……当然でしょう?」
そこでこちらの話なぞ聞いていないふうだったダリアがバッとカルロスの方を見て、ワザとらしくいかにも傷ついた! と言うような表情になる。
「……そんな、カルロスくんも私の事嫌いなの?」
「悲しいなーダリアちゃん。さぁ、俺の胸で泣け!」
「ウオレヴィー!!!」
そして、そのままの表情で再度ウオレヴィに向き直り抱きつくダリア。
「はい、じゃあ結界張りますよ、手伝ってくださいね」
「おいお前ら、張るから準備しろよ!」
しかし、それを無視してカルロスとジェイクが結界を張る体勢になったので、ダリアはしぶしぶ元の位置に戻っていく。
「なんだかんだ言って、ちゃんと結界に入れてくれるジェイクやっさしー! でーもー? 一番優しいのは! ウオレヴィー!」
「そうだろう。って、結局ウオレヴィかよ!」
「俺に勝とうなんて、五十年早いぜジェイク」
「五十年ってお前……人種考えろよ」
「ほらほら、皆さん遊んでないで行きますよ<絶対聖域>」
「うっ」「きゃっ」「ぬう」
三人が会話しているのを無視して、カルロスは三人から魔力を吸って結界を張る。この結界<絶対聖域>は、地面に描いた魔法陣の定位置に人を立たせ、その人の魔力を吸って結界を張るという特殊な儀式魔法である。効果は、内部に居る者の存在隠蔽と、この場所への忌避感である。
結界そのもの防御能力もそれなりにあるため、こうした危険な場所では重宝する魔法だ。とは言え、これを必要な広さに広げるほどの魔力を持つ者が集まることは、そうそうないのだが。
「よし、これで一晩は持つはずです。念のために<侵入警告>も使っておきますね」
「ちょっと、話してる時に張らないでよ。ビックリしたじゃない」
「私は、張るから集まってくれ。と言いましたよ?」
「もー、空気読めない男ねー。そんなんじゃもてないわよ?」
「結構です。もてる、というのがあなたのような女性に好かれる事なら、私はもてない方が良いです。あなたは正直、好みじゃありませんので」
「そう? 私もあなたは好みじゃないわ」
「それは結構。これで、変な病気をうつされる恐れが無くて安心して野宿できます」
カルロスの発言で、ダリアとカルロスの間に、ピリピリとした緊張した空気が漂い出す。
「なんなの? さっきから。ここにくる間もそうだったけど、アンタ私にやけに突っかかってくるじゃない? 何か文句でもあるの? 補助魔法にしたって何にしたって、私だけ何かおかしくないかしら?」
正直、ダリアは道中ずっとカルロスの態度にイライラさせられていた。このカルロスという男、何故かはしらないがダリアに対する支援が適当なのだ。
他の二人には効果時間が切れる前に補助魔法をかけ直すのだが、ダリアに対しては効果が切れる寸前なら良い方で、場合によっては効果が切れてからかけていた。
これは、一瞬の隙が命取りになるこの森において、殺そうとしているようにしか見えない行動ばかりなのである。しかも、それを他の二人には分からないようにするのだから余計に性質が悪い。
これに関して、ダリアは答えを聞きたかった。何か落ち度があるなら、それが出来る事なら、直そうとも思っていた。しかし、カルロスは信じられない事を言った。
「いいえ、これと言って特にあなたに何かとはありませんが? まぁ、強いて言えばさっさと死んでくれないか? とは思っていたりはしますけど」
パーティの中で不和が生じると、それはそのままパーティの全滅に繋がる。それが分からない程の初心者が生き残れるほどこの場所はやさしくない。それなのにカルロスはそんな事を言い放ったのだ。
「おい、二人ともそのへんにしとけ! あとカルロス、さっきダリアが言ってたのは本当か?」
「なるほど、その喧嘩買おうか?」
ジェイクが問いかけるが、カルロスは答えず。ダリアはダリアで、カルロスを睨みつけながら魔力を練り始める。それに対して、カルロスは剣を抜く。
カルロスの持つ片手剣が、盾が、鎧が、持ち主の感情の高まりに呼応するかのように淡く光る。同様にダリアの杖についた魔石も、同じように光り出す。
一触即発、今にも殺し合いが始まりそうな空気の中。低い振動音のようなものが、四人に聞こえてきた。<絶対聖域>に追加しておいた<侵入警告>が鳴り出したのだ。つまり、結界の近くまで何かがやってきているという事になる。
瞬時に、四人は戦闘隊形となる。ここに来るまでに散々やった隊形だ。大盾と全身鎧を着たジェイクが先頭に立ち、ジェイクの右後方にウオレヴィ。左後方にはダリアが立ち、魔力を練り上げる。
そして、三人に囲まれるようにカルロスが中央に立ち、全員に補助や治癒の魔法をかける構えを取る。
「カルロス! あんたはギルドに帰ってからしめる!」
「やれるものならやってください。返り討ちにしてさしあげましょう。それよりも、即席とは言え<絶対聖域>を突破した、もしくはしようとする相手です。気を抜かないように」
「ハン! ヘボなあんたの結界を通り抜けられるくらいのモンスターでしょ? どうせ、エンペラー・ビートルとか、スティンガータスクボアとかでしょ!」
「二人とも本当にいい加減にしろ! もしかすると、調査対象なのかもしれないんだぞ」
「そうだな、結界をわざわざ破って突っ込んでくるって事は奴の可能性が高い」
カルロスとダリアの口論を、二人が止めようとした瞬間、月光が遮られた。
反射的に四人が上を向くと、そこには黒いフクロウが飛んでいた。しかし、ただのフクロウではない。
大きさは、人を鼠のように捕まえることができるほど巨大であり、足の爪はその一本一本が鍛え上げられた剣のように鋭く、更に魔力を帯びているのか、ゆらゆらと鈍く輝きながら揺らめいている。
そして、こちらを見つめる一対の目は真紅に輝いていた。チカチカとその光が瞬いているのは、恐らく目に宿した追跡のための力を使っているのであろう。つまり、四人は完全に補足されてしまっている。
「まずい……まずいぞ。ありゃ漆黒大梟じゃねぇか」
「どうするよ、リーダー」
「どうするってお前……ばっちりこっち見てるじゃねぇか。こうなったらもう、戦うしかないだろ」
ジェイクの発言に対し、三人は信じられないという表情になる。
「はぁ、ジェイクさんあなたのことは忘れません。さぁダリアさん、ウオレヴィさん逃げましょう」
「カルロス、アンタの事は大嫌いだけど今回はその案、賛成よ。でも、どうやって逃げるの?」
「そりゃぁ、ジェイクさんを犠牲に町まで逃げるんですよ。流石に町まで追っては来ないでしょうし、追ってきてもあそこなら返り討ちにできます」
「いいわね。乗ったわ」
カルロスが軽くため息をつき、具体的な案、つまりジェイクを見捨てて逃げようと提案すれば、ダリアは一もなく二も無くそれに乗った。
「まてまてまて! どうして俺を囮に逃げる算段を整えてるんだよ!」
「そりゃ、お前自分の発言を思い出せよ。よりにもよって、真夜中の、森の中で、漆黒大梟相手に、四人で準備も無しに戦う。なんて、イカレたことを言い出したからだろ」
思わずジェイクは文句を言うが、ウオレヴィは、やれやれと言った風にジェイクを諭そうとする。
「……ぐぅ。じゃあどうするんだよ? もうばっちり見つかってるんだぞ!?」
「それを考えるのがリーダーじゃないか。と、言いたいが俺に考えがある」
もっともな事を言われ、押し黙りそうになったジェイクがウオレヴィに尋ねると、何やら策が有ると言い出した。
「さっすがウオレヴィ! 頼りになるわ! どっかの一角獣野郎とは違ってね」
「それで、ウオレヴィさんどうするんですか? 頭の悪い大鬼にも分かる方法なんですよね?」
「二人ともいい加減にしてくれ! それで? どうしたらいい?」
何故かこのタイミングで喧嘩しそうになる二人を、うんざりとした顔で止め、ジェイクがウオレヴィに聞いた。
「簡単なことだ、コレを使う」
そういって、ウオレヴィは背負っていたディメンションバッグから、黄色い液体の入った瓶を四本取り出した。
「こいつは、アボイドポーションをベースに作った、ミラージュポーションだ」
「アボイドポーションは知っているけど、ミラージュポーションってのは……なんだ?」
「説明したいところではあるんだがな。奴さん、いつまで待ってくれるかわからないからな。取り敢えず、飲んだら……そうだな、あっちがフォレストサイドだったか。あっちに向かって突っ走れ。いいな? 飲んだらすぐに、だぞ?」
そう言って、ウオレヴィは全員に黄色い液体の入った瓶を渡した。そして、手元に残った一本の栓を開けて飲み干し走り出す。それに追従するように三人も飲み干し、後に続いた。いままで何故か動かなかった漆黒大梟も、流石に獲物が逃げたとなれば追ってくるのだろうか、四人に向かって一直線に飛んできた。しかし、そこで不思議なことが起こる。
ポーションを飲んだ四人の姿と気配が、どんどん薄くなっていくのである。そして、十メートルも走らないところで、全員の姿が跡形も無く消えた。
これには、漆黒大梟と言えども驚いた。理由は分からないが、みかければ餌にしている小さな生き物が、自身の絶対に相手を逃さない能力を振り切ったためだ。
見失ったと思ったが、あの生物はそれほど速く動くことは出来ない事を瞬時に思い出し、その場で旋回し探していると、視界の隅に真っ黒な五本の角を持つビートルを見つけた。
どうも、そのビートルは怪我をしているのか、それとも疲れているのか分からないが、ピクリとも動かない。しかも、先ほど追いかけていた獲物に比べれば、大きく食いでがある。これは狙うべきだろう。
そう考えた漆黒大梟は、上空からそのビートルに掴みかかろうとした。その瞬間、漆黒大梟の意識は途絶えた。
それもそのはずである。掴みかかろうと急降下する準備を整えたその瞬間、頭を謎の光によって吹き飛ばされたのだから。
ビートルは、突然落ちてきた漆黒大梟に驚いたのか、大きく後ずさり、少しの間死骸を眺めてからそのまま近くの木の根元に潜っていった。それを見ていたのは、消えた筈の四人だった。
丁度漆黒大梟の頭が消し飛ばされる瞬間に効果が切れ、同時にそれを引き起こした光に驚き、四人そろって戻ってきていたのだ。
「おい、見たかよ今の。どういうことだ?」
「漆黒大梟が一撃で、それも頭を吹き飛ばされたな」
「そうね、それも見たこともない魔法で」
「更に付け加えますと、ビートル系の甲殻魔虫が、ですけどね」
四人は呆然としながらも、小声で話し合う。
「おいおい、たしかにアレを調査しにきたけど、アレはどうにかできるものなのか? と言うか、ビートル系が魔法使うって有りかよ! 有りか! だって邪精霊だもんな!」
このパーティの中で一番甲殻魔虫に詳しいと自信を持ち、最初にあのビートルを確認したジェイクが、小声で絶叫する。という器用な事をする。
「ああ、有りらしいな。ちなみに、俺が見たときは角から<閃光の槍>を出してた。それしか使えないと思っていたんだが……そんな事は無かったようだな。しかし、なるほど邪精霊か、そう言われればそうかもな」
「待って! 待って、ウオレヴィ? それ本当なの?」
「ん? <閃光の槍>の事なら本当だ。しかも、一本じゃねぇぞ? あいつ、生えてる角全部から出しやがったんだ」
「まさか! いや、でも実際、それに近い事を目にしましたし……わざわざ今そんな嘘をつく意味も無いですね」
「さて、どうするリーダー? 取り敢えず、危険性はこの上なく分かった気がするんだが、このまま調査を続けるのか?」
「いや、一度戻ろう。これはもう四人でどうにかなる話じゃない。まず、証拠としてそこに転がってる漆黒大梟の足の爪と風切羽を持って帰る」
「そうだな、だが奴が地面から襲ってくるかもしれないぞ? あれは囮なのかもしれないだろ?」
ウオレヴィの視線の先には頭を失った漆黒大梟の亡骸がある。それを聞いて少し考えた後、ジェイクは口を開く。
「それならそれで、ある程度はあの死体を食べたり引き裂いたりして、血の匂いをばら撒いて行くだろう?」
「それもそうだな。だが、用心するに越したことは無いぞ?」
「というか、あなた方普通に話していますが、あの甲殻魔虫、土に潜っていきましたよ? 基本ビートル系は成虫になったら森をひたすら徘徊するんですよ? 休息をとるにしてもその場で立ち止まる程度なんですよ? 理由としては、巨大な体と角が邪魔で土に潜ろうにも潜れないって話らしいですが」
それくらい知ってるよ。と、ジェイクが言おうとしたが、ダリアに遮られた。
「でも、アイツ土に潜ったんだけど。一角獣って目も悪いのかしら?」
「だから、危険だと言っているんですよ。分からないんですか? あんなものが地面から突然襲ってきたらどうするんですか? だから、考えなしのメスオーガは嫌いなんです」
またも、二人の間に張り詰める険悪な空気。
「お前ら、本当にいい加減にしろよ? 本当に。取り敢えず、ここで考えていても危険だ。さっさと証拠になる部位を取ってギルドに戻るぞ。まず、俺が様子を見に近づく、何も無かったら三人も来て手伝ってくれ」
ジェイクはこれで終わりだ。とでも言うように、三人を置いて漆黒大梟の死体に近づいて行った。ジェイクが死体の横に行っても、何も起こらなかったので、罠ではないと判断し、他の三人も死体に近づいた。
そこで襲われる。なんて事も無く。四人は手際よく漆黒大梟の証拠になりそうな部位と、使えそうな素材を解体、回収して帰路についた。
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「……というのが、今回の依頼の顛末だ。で、だ。どうする?」
と、ジェイクはジェフに問いかけた。
「なんというか、お前達の頭がおかしくなったのかと思うような話だな」
「だから最初に言っただろ。俺達だって、自分の目で見なけりゃこんな話信じねぇよ」
ジェイクはお手上げだと言わんばかりに両手を上げ、ソファーに深く腰掛ける。
「まぁいい、証拠を見せてくれ。まだ、半信半疑なんだ。それに、物がなけりゃ俺以外の人間に説明する時に説得力がねぇ」
「いいぜ、どうせ見せないと信じないだろう。ウオレヴィ出してくれ」
「ほらよ、支部長これを見れば信じるぜ」
そう言ってウオレヴィが出したのは、魔剣とも見間違うほどの鋭さと、魔力を持った八本の爪と、ギザギザとした先を持つ人と同じ大きさの一枚の羽であった。
「こりゃあ……なるほど、漆黒大梟のだな。間違いない。俺は頭をこいつで切り裂かれたからな。忘れもしないぜ」
そう言いながら、ジェフは爪を眺めながら頭を掻いた。
「しっかしなぁ……これは、どうするかだな。話が本当なら、本部に応援を呼ぶか、それともいっそ国に報告でもするかしかないぞ? 本当に。漆黒大梟を一撃なんだろう?」
「ああ、嘘は言ってねぇ。そんでそうだろうな、俺達もそう思ってたんだ。で、俺達はどうしたら良い?」
「どうしたら良いって……取り合えず、報酬は払おう。といっても、調査依頼だから微々たる物だがな。そして、その証明部位のうち半分はお前らの好きにしろ。羽はまだ有るのか? あるのならそれは全部お前らが処分してくれ。証拠としてはこの一枚で十分だ。最後に、今回得た情報だが、できるだけ漏らさないようにしてくれ。ギルドの方でも直ぐに対策は取るし、必要な情報は漏らすが、あまり不安を広げたくは無い」
「分かった。だけどできるだけ早く動いてくれよ? じゃあ、これで失礼するぜ」
そう言ってジェイク達は支部長室を出て行った。それを見送り、ジェフはデスクに座り……突っ伏した。
「あぁ、やっかいなことになったなぁ。とりあえず手紙、いや……そうだな。手紙を送るための準備をするか」
そう呟きジェフは手紙を書き出した。
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支部長室から出たジェイク達は酒場まで来ていた。
「さて、手に入れた素材だがどうする? 取り敢えず、等分に分配できるようには持って帰ってきているぞ?」
と、コップになみなみと注がれた酒を一気に飲んで、ジェイクが問う。
「私は羽が欲しいわ。ローブを新調するのにも、アクセサリーにも良さそうだもの」
そう言いながらダリアはコップの淵を指でなぞる。
「私は爪が欲しいですね。と言っても、一人一本はあるんでしょう? なら特に何も無いですね」
カルロスは、酒と一緒に頼んでおいた作り置きの揚げ芋をつまむのをやめ答える。
「俺は、取り合えず、割り当てられる分だけで十分だな」
ウオレヴィは二杯目の酒を給仕に注文しながら答えた。
「三人とも必要か……俺は、甲殻魔虫の素材じゃなければ……いや、風切羽だけくれ。他はいらねぇ」
そうジェイクが締めくくり、四人とも欲しがる物が違ったため、分配は何の問題も無く終わり……かけたが、分配後、カルロスとダリアが森の中での口論を思い出し、それが原因で喧嘩になりかけた。が、なんとかジェイクとウオレヴィで宥めた。
そして、謎の存在の調査依頼は終了した。同時にこの四人の臨時パーティも解散した。