題26話 街と戦闘
あの謎の実験から一ヶ月が経った。そう、まさかの一ヶ月である。
(さて、さてさて。どうなっているんだろうね?)
なんとあの実験以降、一度もユーナさんが来ないのである。数日間、みっちりと、共有語を教える。と、約束をしていたのにも関わらず、だ。
もはや、やる事が無さすぎて魔力操作は完璧になった。まず、角に纏わせていた魔力を完全に切る事に成功した。つまり、角で触っただけで壊してしまう。と言うのが無くなったのだ。
次に共有語だが、日常的にクーシー達が話して居る所にいるので、何となくだが、共有語で言っている事は理解できるようにはなった。文字に関しても同様に軽く意味が分かる程度には読めるようになった。書く方も同じような感じだ。
そしてどうやら、今の季節は前世で言う夏という物らしい。クーシー達は我慢しているのか、それとも暑さに強いのか分からないが、特に変わった様子はない。しかし、食べ物を運んでくる兵士達は汗をかきながら、ぐったりした様子でやってくるのを見て(気温が高いのかな?)と、思い、遠くの景色を見ればゆらゆらと揺れていた。いわゆる、陽炎と呼ばれているものだ。どう考えても気温が高い状態だ。
そこで夏だと確信したわけなのだが、それはいい、自分はあんまり暑さを感じないし、なんだか元気になってきたから何の問題もない。
それよりも、だ。ユーナさんが何の情報もくれない。と言うより、来ない。そのため、肝心の人になる魔法が、北のアマダ王国にあるかもしれない。と言った状態から、何の進展も無いのである。
最初は<離魂影>を使って、ユーナさんを探したり、魔法そのものを探したりしようかと思っていた。と、言うか実際試した。
だが<離魂影>は、その性質上声を出せないし、他の魔法を使う事ができない。更に物には触れられず、かと言って物質透過して行動が出来る訳でも無い。森の中とか、洞窟だとかを探索するなら使い勝手は良いのだろうが、生憎今は街である。壁を突き抜けて中を見れるならまだしも、いちいち隙間を見つけてねじ込んで、等という事をしていれば時間がかかって仕方がない。
しかも、見え辛い色をしていると言っても、それは夜だけだし、自分と同じ大きさなのですぐに見つかる。そして、抵抗する術を<離魂影>は持っていないので、簡単な魔法で消される。
複数出して、ソフィアの言っていた自我のような物を持つ程度まで放って置いてみたことも有るが、視界がグチャグチャになる上に、探すと言っても本当に同じ動きしかしない上に操作不能になってしまっているため、巡回している兵士にすぐに見つかり消されてしまい、意味が無かった。
そんなわけで、何を探すにしても自分で探しに行くしかないという結論に至った。
(流石に、これだけ放置されるのはあり得ない。それこそ、ユーナさんを見つけたら攫ってアマダ王国に突っ込んだら良いだろ。もう、良いだろ。あれだ、戦闘中なら独断で行きましたーって言えばいいよ。違ったら……威力偵察? 何でもいいか、細かい事はもう知らない)
そう考え、まず前脚で地面を数度叩く。これは、この二ヶ月の間にクーシー達と決めた合図で、こうしたら自分が何か頼むという合図だ。
そして、柴クーシーがきた。最近はようやく慣れてくれたのか、触っても逃げなくなってくれた。とは言え長くは触れさせてくれないのだが。
それは置いておいて、少しぐったりしながらも自分の前で立っているクーシーに共有語で話しかける。
「外に行きます、ユーナさんの所です」
多分、通じたはずだ。目の前で驚いたような表情をしている。そして、その表情のまま入り口のほうに移動して両腕を広げている。
(よし、通じているな。その上で行くなってことだな)
まずは<幻影の膜>を発動する。柴クーシーだけでなく、他の二人のクーシーも一緒になって入り口で腕を広げて自分を通すまいとしているが、自分が<幻影の膜>を発動し姿を消すと、クーシー達は自分を見失ったために、周りをせわしなく見渡しながら吠えはじめた。
それを、自分は低空飛行しながら、前脚を使いできるだけ優しく押しのける。その際噛みつかれたが、軽く振って振り落とす。
ずっと吠えていたためだろう。詰所にいた兵士達も来たが、自分の姿は見えないのだろう。振り落とされたクーシー達と一緒に、周りを見渡しながら何か言っている。
(じゃあ、いってきまーす)
自分は、それをしり目に街へと飛ぶ。実は、この街を日中に飛ぶのは初めてだ。何だかんだと出る用事も無かったし、ユーナさんがいつ来るのか分からなかったのもあって、下手なことが出来なかったからだ。
(まぁ、もう関係ないけどね。流石これだけ待たせて、その間にくれた情報は一つ。なのに、試験と決闘と実験って、よく自分我慢したな……。挙句の果てに、共有語も教えてくれるとは言っても少しずつだ。ああ、危険が無かったし、食べ物は貰えたからか……)
そんな事を考えて居る内に、リューシー達と来た貧民街と思われる区域に到着した。出来る事なら高度を上げ、空からユーナさんが居そうな所に見当をつけて、一気にそこへ行きたいのだが、余り高度を上げ過ぎると帝都の結界を砕いてしまうので、止めておいた。
流石にそれをすれば、なにをどう取り繕ってもユーナさんに情報を集めて貰うとか、共有語を教えて貰うとか言っている状況ではなくなってしまうだろう。
(しかし……前来た時も思ったけど、この辺りはなんだか薄汚れているな)
空を見れば太陽は真上より少し傾いている。朝食を食べてから出てきているから、まだ昼になっていないという事だろう。つまり、まだ朝に分類される時間帯である。たしかに暑いのだろう。だが、それを加味しても人通りが少ない上に、活気が無い。
(まぁ、どうでもいいや。リューシー達と一緒に行ったのは……この場所、色町、貴族街、教会の順番だったかな? なら、色町まで行けばどっちが貴族街か分かるな)
そう考え、色町方向へ飛ぶ。その途中で大通りのような所へ出た。
(そういえば、前々から思っていたけどこの世界の技術力が良く分からない)
道を見れば電燈のような物が有り、下水道もあり、道は全て石畳に覆われている。立ち並ぶ店を見れば、ガラス等を窓に使った店舗が何軒もある。
その店の壁や立札のような物には、紙で出来たチラシのような物も張ってある。読める所もあるが、ほとんど単語でしか読めないので何について書いてあるのかは分からない。
(建物だけなら近代でいいんだっけ? なんかそんな感じの欧州? みたいなんだけどなぁ)
そんな町並みの道行く人々の服装は男性はチェニックもしくはシャツにズボン、女性は丈長のチェニックのようなものだ。簡単に言うと中世ふうである。そんな中にたまに軽く武装している人もいて、革鎧や全身甲冑のようなものを装備して、思い思いの武器を帯びている。
そして、そんな人々の間を縫うように、荷馬車を使って物を運ぶ人もいる。たまに豪華な馬車を見かける所から考えて、貴族とか、そういう高い地位に居る人間も移動には馬を使っているようだ。
行き交う人たちを眺めながら大通りを抜けて、色町へ着く。当然だが、全く活気はない。夜の町だから、当然といえば当然なのだろう。
ココに用は無いので、すぐにそこから貴族街の方向へ飛ぶ。こちらもまた、活気はない。しかし、寝静まったとか人が居ないため活気が無い。と言うより、努めて静かにしているような雰囲気だ。
(さて、ユーナさんはどこにいるんだろう? と言うより、どこまでが貴族街になるんだろう)
貴族街と思われる区画を、ゆっくりと飛びながら探してみるが、一向に見つからない。そこでふと、冷静に考えればこんなに暑いのに外で何かしているのだろうか? と思い至る。
(そうなると<幻影の膜>で姿を消しているけど、これを解いてわざと見えるようにして出てきてもらう方法しかないか?)
と、思い始めた時、貴族街から出るか出ないかの位置に建つ学校のような建物が見えた。
(そういえば、ユーナさん学校に通っているとか言っていたなぁ……そうだ。どうせやるならあそこでやろう)
学校らしき場所に着き、上空を旋回する。特に、ユーナさんらしき人物は見当たらない。それ以前に、人影自体がまったく見当たらない。
(今は授業中なのかな? 何をするにしても<幻影の膜>を解除するか。あと、羽を本当の形に戻して羽音もさせれば完璧だろう)
そう考え、<幻影の膜>を解除して姿を現し、本来の羽に戻す。そしてそのまま重低音の羽音を鳴らしながら、自分が学校と思っている建物の上を旋回する。
しばらくすると、なんだなんだ? と言う雰囲気で、沢山の人間が建物から出てきた。出てきた人間達は同じような服を着ており、違いは男女故の差で、基本デザインは一緒である。そんな人々が自分の事を指さし何かを言っている。
(よし、多分あれは制服とかだろう。ユーナさんが着ている、あのなんか格好良さげな服を簡略化したみたいな感じだから、騎士学校? 軍学校? 何か、ここはそういう所なのだろう。取り敢えず降りてみよう。それで、ユーナさんが出て来るか、何かしてくれるのを待とう)
建物の一番高い所、塔のようになっている部分の先端に止まる。そして羽を鈴虫状態にし、あえて共有語で「ユーナさん、早く来てください」と、何度も言う。
しつこく鳴いていると、なんとも先生っぽい男性が少し下の屋根に来た。セットされた薄い髪の毛で、いかにも神経質そうな顔をした、少しくたびれたローブを着たその人は、T字の歩行補助用杖に似た杖を振りながら、なにやら自分に文句を言っているようだ。
多分、迷惑だ。出て行け、五月蠅い。等言っているのだろう。単語の意味は分かるが雰囲気でしか分からないので細かい事が分からない。仮に分かったとして、どちらにしてもユーナさんに会いたいので無視する。
そうして無視しながら鳴いていると、男性は距離を取り始め、何かを呟き始める。その呟きが進むと、自分の周りの空中に幾何学模様、魔法陣が発生していき、その数が増える事に男性の顔色が悪くなっていく。
具体的には、真っ赤になってブルブルと震えているのだ。遂には目を血走らせ、鼻血まで垂らし始める。
(この人大丈夫かな? いきなりぶっ倒れて死ぬとか止めてほしいんだけどな)
魔法陣は自分を囲むように浮遊し、まるで歯車のように回転しながら十二面体を作り出している。更に、その十二面体自体が回転しているようだ。
(まぁ自分に対して魔法を撃とうとしているんだろうけど、正直何も怖さを感じないし、放って置こう)
そう考えた瞬間、十二面体を構成するすべての魔法陣から色々な魔法が放たれた。火の玉に始まり、電撃だったり、石礫、氷の塊、風、水の玉と他にも色々と飛んできた。
それらは自分に当たりながらも、一つ一つの属性の違い故の反発作用で暴れまわる。その結果、大爆発が起こる。それは、自分を巻き込み、塔の先端が木端微塵に吹き飛ぶ。
だが、自分は無傷である。正直、これに比べればハイエルフの街で食らった魔法の方がまだ怖かった。まぁそもそも、一人が撃った魔法と数十人が撃った魔法を比べる時点で駄目なのだろうが。
それは置いておいて、辺りには爆発によって生じた粉塵が舞っており、視界が悪いが、どうやら魔法を撃った男性は笑っているようだ。
そしてそれが晴れて、周りを見れば、先ほどまで笑い声を上げていた男性が、口を開けて屋根に突っ立っていた。
セットされていた少ない髪の毛は、今の爆風で所々焦げ付き、グチャグチャになっており、くたびれたローブは爆発で発生した粉塵によって汚れてしまっている。
表情は信じられない物を見たと言う感じで、鼻血が垂れたままなのが間抜けさを加速させる。
それをしり目に、自分は少し縮んでしまった塔に登り、再度「ユーナさん、早く来てください」と鳴く。その声を聞き、男性はハッと我に返ったようで、再度顔を赤くしながら何か言っている。
(何を……何? 分からないなぁ……やっぱり、言語は普通に会話したりして学ぶ物だ。クーシー達とは殆ど、と言うか完全にコマンド式みたいになっているからなぁ)
怒っているせいだろうか? 所々言葉を縮めたり、俗語を使っているのだろう。ほとんどわからない。
その内喋り疲れたのか、男性は肩で息をしながら杖を突きつけて、又何か呟き始める。流石にこれ以上塔を縮められては鬱陶しいので、男性の居る屋根に飛び降りる。
最初は飛ぼうかと思っていたが、羽を鈴虫モードにしていたし、何より飛ぶほどの高さでも無かったので、屋根に直接自分は落ちる。
屋根に着地すると、踏みしめた屋根瓦が砕け散る。更に、衝撃でその周辺の屋根瓦も吹き飛びそのまま落ちて行く。
男性は、先ほどと同じように真っ赤な顔をしながら杖のT字側を握り、先端を屋根に突き刺した。
すると、そこから魔法陣が一気に八枚出現し、男性と自分の間に正八面体を作り出した。それは、内部でまた別々の魔法を放つ。
最初(自分を中に入れそこなったのか?)と思ったが、どうも狙いは別にあったようだ。正八面体の魔法陣の内部で荒れ狂う魔法を、どうするのかとみていると、自分側の四枚を移動させ、魔法の反発によって発生する爆発に指向性を持たせ、放ってきた。
自分は、先ほどと同じように棒立ちで受ける。自分を飲み込んだ爆発は、そのまま後ろにある塔にぶつかり、それを根元から圧し折ったのだろう。下に居た自分に、塔の残った部分が落ちて来る。動いていなかったために自分に直撃し、その重量のため屋根をぶち抜き自分は一気に下まで落ちた。
(わかってはいたけど、全然痛くないし傷も無いな。というか、本当に怖さを感じない。あの男性が放つ魔法は、扇風機で風を当てられる程度にしか感じない。落ちて来る瓦礫は、発砲スチロールが降ってくる感じだ。まぁそれはともかく、これだけ騒いでも来ないって事は、ユーナさんはここには居ないんだろうか?)
羽を通常状態に戻し、屋根に空いた穴から飛び上がる。自分が乗っていた塔は、根元から折れただけかと思ったら、その辺りを含めて全てが崩落しており、もはや建物として機能しない状態になっていた。
穴から抜けるときに男性が信じられないという表情で自分の方を見ていたが、気にしないで再度上空へ移動し旋回してみる。だが、ユーナさんらしき人物は見当たらない。と言うより、制服を着て居る人々はとっくに逃げ出したのか、そもそも人があの男性だけしか居ない。
(ここには居ないのかな? じゃあ……お城に行ってみる? いやいや、流石にこんな事をしていたら、こっちに来るだろう。擦れ違いが一番面倒くさい)
羽音を鳴らせ、考えながら旋回を続けていると、あの男性が性懲りも無く魔法を撃って来る。
(まだ撃って来てる……あ、そうだ。ここが学校だとするなら、図書室みたいな物があるんじゃないのか? どうせ外に出て来たんだし、色々と本を読みたい)
いずれ自分一人でも探せるように、と言うより本を読んで暇つぶしができるように、人間のサイズに合わせて作られた本を、自分で本をめくる練習はしていた。練習で数十冊の本が犠牲になったのは秘密だ。今では練習の甲斐あって、破かずにめくる事が出来るようにはなっている。
それはともかく、自分は人が居なくなった中央の広場らしき場所へ降り立つ。図書室はどこかな、と周りを見渡していると、男性が屋根から降りて来た。
そして、また自分に杖を向けて顔を真っ赤にしながら、ぶつぶつと呟き始める。しかし、というのか遂にと言うのか、限界が来たようで、カッと目を見開いたかと思えばそのままゆっくり仰向けに倒れた。
死んだ? と思い近づくと、目は閉じられており、息もしていた。どうやら気絶しただけのようだ。
邪魔者は居なくなったので、建物の探索を始める。とは言え、自分の図体では廊下を歩くのでも窮屈というかほとんどギリギリなため、壁や、その部屋の名前を書いているのであろう表札を削り、圧し折りながら進む事になる。
そうして、いくつか直角の曲がり角を、緩やかなカーブに変形、と言うより場合によっては風通しをよくして崩壊させながら進んで行くと、本棚が沢山並んでいる部屋を見つけた。
表札を見れば、どうも図書室なのだろうか? 表札のような物には……読めない。本と言う文字が入っているから、それに類する部屋であろう。
(まぁ、中に入って本を読んでみよう。まずはそこからだ)
どうにかこうにか、二枚の扉を押しつぶしながら室内に入ると、本棚が全てドミノのように倒れた。角の先が、軽く本棚に当たってしまったのが原因のようだ。だが、おかげで本が散らばり、拾いやすくはなった。その代わり、目的の本を探すのが面倒になったのだが。
室内は、既に一列を自分が倒してしまっているが、本来は大きな二列の本棚と、壁際にこれまた大きな四つの本棚があり、自分が無理やり入った入り口の近くにはカウンターのような物が有る。
取り敢えず、できるだけ本を踏まないように部屋に入り、目についた本を拾い上げて……と言うよりは自分の目の前に前脚で無理やり蹴り飛ばしては表紙のタイトルを読み、お伽噺や伝説、もしくは魔法に関している本や、モンスター、特に甲殻魔虫に関した物であるなら、それのページを軽くめくる。
そして、読める所だけを読んで行き、次の本を同じように読むと言うのを繰り返す。その結果、分かった事が一つある。
(思ったより読めない!)
考えてもみよう、言葉を習ったと言っても、例えば、普通の日本人がまったく日本語を知らない普通の外国人に、身振り手振りと絵本と紙とペンを使って日本語を教えたとして、その外国人は三ヶ月そこらで、日本語を使って書かれた新聞を読むことができるだろうか?
たしかに、みっちり三ヶ月教える事ができれば可能なのかもしれない。だが、三ヶ月の間に、両手で数える程度しか教えなければどうだろうか? しかも、放置される間の教材は子供向けの絵本である。
自分の状態はまさにそれであった。今自分が捲っている本は、これが共有語で書かれている物で、甲殻魔虫に関する本だと言うのは分かる。
分かるのだが、具体的に何を書いているか? と、言うと怪しいのだ。辛うじて分かったのは、甲殻魔虫の中でも、人を超す巨体を誇る種類は基本的に長寿で、嘘か本当か百年生きた大物も居るらしい。
個人的には、かなり有益な情報である。ついこの間までは、そんなに意識していなかったのだが、つい一週間前ほどから物凄い焦燥感に襲われていた。
具体的には、死ぬまでに前世の記憶を取り戻せるのか? という物だ。大樹海を出てから、帝都……いやキース君と戦った後、その辺りまではそこまで意識していなかった。
だが最近、一体何故、自分はこの納屋で大人しくしているんだ? という気持ちになってきていたのだ。そして今朝、目を覚ました時にはその感覚がかなり強くなっており、こうした行動に出たのだ。
次に読んだのは、この帝国に伝わる過去の「英雄」の話だ。中には帝国ではなくこの大陸に伝わる伝説もあり、なかなか面白そうな物もあった。
だが、どうやらモンスターが人に、もしくは人がモンスターになると言う話は無く、ユーナさんやアランさんが嘘を言っていた訳ではない。と言う事が分かっただけだった。
とはいえ、自分の読めなかった箇所に、それに関する事が書いてあるのかもしれないから早とちりはいけない。
それはそうとして、他の本を読んだ結果、ここは本当に学校だと言う事が判明した。なぜ分かったかと言うと、アルバムらしき物が見つかったからだ。
写真では無く絵なのだが、先生と思しき成人男性を中心に、大人と子供の間のような男女が大量に描かれている。
そんな絵が名前と思しき文字と共に、数ページに渡って描かれた本があったのだ。これは、間違いなくアルバムだろう。表紙にはヤタス・ラムリ騎士学校だろうか? そう書いてあるように読める。
(おそらく印刷で作られているチラシに本や電燈、街に張り巡らせた下水道に、街を守るあんな巨大な壁を作れるのに、写真は無い。本当に良く分からないな。いや、分野が違うから仕方ないのか? それとも写真を撮る技術はもっと進んだ物なんだろうか?)
どうでも良いことを考えながら本を漁っていると、後ろから何かの衝撃を受ける。最初は何か破片が落ちて来たのかなと思ったが、連続して衝撃を受けるので誰かに何かされているようだ。
しかし、そちらを見ようにも、周りの物が、具体的に言えば部屋の入口の枠が邪魔で見ることが出来ない。もちろん、このままでは振り返る事も出来ない。下手に動けば、読んでいない本を駄目にしてしまう。
なので、廊下に面する壁をゆっくり粉砕しながら、無理やり方向転換する。半分ほど体を部屋から出すようにして振り返れば、そこには剣や槍などの武器を構えた兵士が廊下に詰めていた。
先頭の兵士何か言っているのだが、早口すぎる上に訛っているのだろうか、何を言っているのか分からない。
ゆっくり話してくれと言いたかったが、羽が天井につっかえている為、声が出せない。天井をぶち抜いて無理やり声を出そうとも考えたが、そんな事をすれば本が駄目になるので止めた。
仕方なくジェスチャーで伝えようと考えたが、威嚇行動と勘違いされたのか、ジェスチャーの途中で前脚に剣を当てられるだけに終わった。
(どうしようか? 本を読んでいたいけど、無視していたらひたすら邪魔されそうな気がする)
悩んでいる内に兵士達は自分の周りを取り囲み始める。
(よし、広い所に出よう。そして、ユーナさんが来ていたら話をして、アマダ王国だったっけ? の方に行こう)
そう考え、更に反転し前に進む。近く居る兵士達は、自分が前に進むと数度角に武器を当てくる。既に角には魔力を纏わせているため、当然それらは壊れる。そして、兵士達は慌てて廊下を下がっていく。自分はまっすぐ進み、殆ど崩壊している壁を貫いて外に出た。
そこは丁度、あの教師らしき男性が倒れている広場だったようだ。だが、男性は既に救助されたのか、どこにもいなかった。
(さて、ユーナさんは出て来るかな?)
しかし、ユーナさんは一向に来ない。それどころか、自分の後ろをついてきた兵士だけでなく、増援も来たのだろう兵士の数が増え、自分の周りを囲む層が厚くなって行く。
(今まで、事なかれ主義で何もして無かったけど、いざやってみてもユーナさんが来ないって、それはそれでどうなんだ? って感じだなぁ)
そんな事を考えて居る内に、広場は中心に自分が居て周りを全て兵士に囲まれてしまったようだ。建物の窓や屋根にも、弓や杖を持った兵士や魔術師らしき人が見える。
(どうしようかなぁ)
等と、考えて居ると、頭の中にどこからともなく呼ぶ声が聞こえる。厳密には声ではなく、なんと言えばいいのだろうか? 声では無い声である。そしてそれは、段々と強くなっていく。
放って置いても良いのだが、待っていてもユーナさんは来ないし、兵士達は剣で威嚇してくるので少し苛立ってしまい(ちょっと静かにしてくれ)と、返答するように考えた。
すると、響いてくる声はハイかイイエかと言うニュアンスに変わった。多分、静かになるかどうかだと自分は考え(ハイ、はいだ。いいから黙ってくれ)と、考えた。
その瞬間、自分の前後に巨大な魔法陣が出現した。
最初はてっきり屋根の上や、兵士達の後ろに居る杖を持った魔術師達がこの魔法陣を出現させたと思っていたが、周りの兵士や魔術師達が狼狽えている様子を見ると、どうやら違うようだ。
(なら、誰がなんのために?)
そう考えて居る内に、魔法陣は回転し始める。前方は外周の円が右回り、内部は左回りで、後方の魔法陣は内外共にそれとは逆の回転をしている。
(なんだろうか? でも、何か自分に対して危害を加える感じはしない。何故か、それだけは分かる)
見ている間に魔法陣の回転はどんどん速くなって行き、ついには描かれた模様が分からないほどの速さになる。それに合わせて周りの兵士は、自分から離れるように囲みをどんどん広げて行く。
そして次の瞬間、はた目には自分が光の筒に包まれたように見えたのだろう。前後の魔法陣から発生した光に、自分は飲み込まれた。
(で、これはなに?)
そう思った瞬間、先端になにかに触れた感触があった。そして光が収まって行く。完全に光が消えると、自分は良く分からない場所に居た。
魔法陣に呑み込まれる前、自分は建物の広場で兵士に囲まれていた。だが今、後ろにはユーナさんが片腕を実験の時のランスに変異させ、それを杖替わりにして寄りかかりながら立っている。
その近くには白い鎧からしてロニだろうか? クーシーが一人倒れている。そして、その横には片膝をついた巨大な四頭身の黒猫、ケットシーだろう。それがナイフを構えて、油断なく自分を睨みつけている。
そして自分の目の前、そこには白いドレスを着た美女が磔にされており、その隣に全く同じ顔で全く同じドレスを着た、何故か瞳だけが横に長い美女が、剣を持ち驚愕に目を見開いている。
(なんだこれ? どういう状況だ? 瞬間移動というのかワープというのか……なんだこれ?)
「ブリュー……」
自分が妙に冷静に状況を把握しようと考えて居ると、後ろからユーナさんの消え入るような声が聞こえる。そこで自分は羽を鈴虫状態にし、ユーナさんに話しかける。
「これ、どういう状態ですか? と言うか、ユーナさんが自分を呼びました?」
しかし、ユーナさんは答えない。どうやら話す事すら辛いようだ。なので<念話>をユーナさんに繋げる。
『それで、どういう状況ですか?』
『ソレ セツメイ アト アノ ハリツケ オウジョ タスケル』
ユーナさんがそう言っている最中に、磔にされてない剣を持った方の美女が、狂暴な笑みを浮かべながら何か言っている。
そして、言い切ると同時に剣を振りかぶり自分に向けて飛びかかって来た。それを角で迎撃すると、美女は剣を打ち付けた反動を利用し、綺麗に宙返りをしながら元の場所に戻った。そして、持っている剣の柄を見て驚いた顔をしている。
『ニセモノ ホンモノ ハリツケ スル ケン モツ オウジョ ニセモノ アレ テキ』
そう言って、ユーナさんは崩れ落ちた。同時に変異していた腕は元に戻り、腕輪をしているだけとなった。<念話>が切れた所を考えると、完全に気絶してしまったようだ。
(やばい、ほとんどわからない……取り敢えず、あれが敵なのは雰囲気から察せるけど、何だ? 王女? 帝国だから皇女? を、助けたらいいのか?)
考えて居る内にニセモノ、偽物だろう。剣を持って何故か笑っている、皇女にそっくりなその人物が、柄に着いた宝石のような物を外した。
そして、胸元に隠していたのだろうか、穴の開いたネックレスのような物を取り出した。そして、その穴に先ほど外した宝石のようなものを嵌めて行く。どうやら他にも二つ持っていたようで、合計三つがそのネックレスに嵌めこまれた。
自分は、それをただ眺めて居た訳では無く、どうにか磔にされている皇女を助けようと、魔法や角での突撃に巻き込まない位置を取ろうとしているのだが、相手もそれに合わせて動くのと、この場所が狭いのでどうにもならない。
個人的には(偽物もろとも吹っ飛ばしても良いんじゃないか? 仕方ない犠牲だ)と、言いたいのだが、冷静に考えて自分から皇女を殺したら不味いだろうと思い止めた。
そうして悩んでいる内に、そのネックレスを偽物とやらは首にかけ、何やら呟き始める。それを止めようと前に出るが、すぐに皇女の方へ逃げられる。この状況ではあまりにも偽物と皇女の距離が近いため、自分には何もできない。
(眺めて居るしかないか)
と、諦めかけたが、黒いケットシーが自分の陰から飛び出し、手に持ったナイフで切りかかった。それは確実に虚を突いた一撃だった。
剣を持つ腕とは反対から切りかかっているので、どれだけ早く動いても防ぐことは出来ない。躱そうにも、大きく動かなければ避ける事も出来ない。そして、そんな時間は無い。
決まったと思われる攻撃だった。が、そのナイフの一撃を偽物は素手で受け止めていた。良く見れば、その手は鱗の生えたトカゲのような物になっていた。
その変異はどんどん進んで行き、腕、胴体と変わって行き、その過程で着て居るドレスを破りながら、体はどんどん大きく、太くなっていく。背には一対の巨大な翼が生え、太く逞しい尻尾も生えてくる。頭部もトカゲのようでありながら人のような形状に変化し、後頭部付近から二本の牛や山羊のような、曲がった角が生えてくる
全ての変異を終え、そこには、自分と同じ位巨大な人型の竜、まさしく竜人と言う様な姿に完全に変異したモンスターが居た。
(これだ! これ! こういう技術? 魔法? わからないけど、これを探していたんだ。まぁ、人からモンスターに変異するだけの、一方通行な方法だったらおしまいだ。だけど、それは後で考えよう。さて、どうする? この方法をどうやってこいつから聞き出す?)
考えて居る内にその竜人は、ナイフごとケットシーを放り投げ、磔にしている皇女をその台ごと掴み、開いた手で天井を殴り、そこからどうやら魔法を放ったようだ。
魔法によって天井が吹き飛んだことにより、空が見える。竜人は、自分達にむけて皇女を見せ付けながら、飛び上がろうとしているようだ。
ちなみに、自分には一切言葉の意味が理解できない。共有語を話して居るのだろうが、竜人になった時点で声が変質して濁声になっており、聞き取りにくい上に早口なので、もう本当に何を言っているのか分からない。
竜人は一通り語り終えたのか、羽を広げ穴から抜け出ようとしている。自分としては逃がす気は一切無いので、自分も羽を広げて追う事にする。
すると、白い鎧を着たクーシー、やはりロニだったようだ。目を覚ましたのか、ヨロヨロと歩きながら自分の近くに来て何か言っている。
それを投げ飛ばされたが無事だった黒いケットシーが支え、何かロニ話しかけ、そのままロニを壁にもたれかけさせて、自分の胸殻部分に飛び乗った。どうやら、黒いケットシーは自分が飛び出す場合、付いて来るつもりのようだ。
(自分が行動しなかったらどうするつもりなんだろうな)
等と考えている内に竜人は、穴から抜け出したようで、自分もそれを追って一気に飛び上がる。どうやら、自分達は地下に居たようだ。出た所は、貧民街のど真ん中らしい。
(室内にしては広いと思ってたけど地下だとは……なんのためにあったんだ? あんな広い空間)
いや、無駄な事を考えてる場合ではないと、竜人の行き先を確認する。するとそこから見える、たしか西門と呼ばれていた門だろう。そこへ向かって竜人は飛んでいた。
(さて、追いかけるのは良いが、どうやって変身方法を尋ねよう? まずは直接聞いてみるか……あー駄目だ。今の飛んでいる状態じゃ<念話>を繋ぐ事しかできないから精霊語しか話せない。と言うか、仮に共有語が話せたとして、あの濁声じゃ理解できないか……いや、他の人に聞かせて後から教えて貰うのも手だ。手だが……そうしようにもユーナさんは居ないし、ロニは置いて来たし、この黒いケットシーは知らない奴だから信用できないし……どうしよう)
悩みながらも追いかける。既に竜人は門に到着しており、門番らしき兵士達と戦っている。
兵士達は剣や槍、門に備え付けられた弩や魔法陣を使って応戦しているが、竜人はそれを躱し、弾き、時に反撃し確実に兵士達を無力化している。
(よし、どうせ敵なんだ。羽と両手両足もいで動けなくさせよう。それからだ、完全に無力化すればどうにかできるだろう。多分)
そう考え、まずは飛べなくするために<雷光の大槍>を、こちらに向けている羽に向けて叩き込もうとした。
しかし、気づかれていたようで、その射線上に皇女を持ってこられてしまった。そこで自分は慌てて軌道を逸らし、地面に魔法を着弾させる。
(あ、すごいぞ。これ、凄く面倒くさいやつだ。キース君再びだ。イライラする感じだ)
竜人は兵士を倒し終えたのか、門の前には倒れた兵士しか居ない。いや、倒れて居ない者もいるのだが、それらは詰所のような所から外を伺っているだけなのである。
(どうしようかなぁ……もう人質諦めていいかな?)
と、思っていると、上に乗っていた黒いケットシーが自分の胸殻を軽く叩いて来た。そして、何やら言っている。ジェスチャーと理解できる共有後から考えるに、どうも、自分が突っ込んだ隙に黒いケットシーが皇女を救出するから、後はどうにかしてくれと言っているようだ。
竜人は、ここでもまた皇女をこちらに向けながら、ゆっくりと門へ向かって後ずさっていく。その間に、詰所に隠れていた兵士達は倒れている兵士を詰所まで全て回収していた。
それを確認し、自分は一気に竜人に突撃する。五本の角は、束ねて槍の穂先のようにしている。そんな自分を見て、竜人は皇女を振り回したりはしないが、口角を上げいやらしい笑みを浮かべながら、自分に向けて見せつけるようにして腕を伸ばす。
多分、人質が見えないのか? 的な事も言っているのかもしれない。実際、自分の上に乗っている黒いケットシーも胸殻にへばりつきながら似たような言葉を言っている。
(何を言っているんだろう? まぁ流石に、皇女を殺す気は無いから安心して欲しいんだけども……竜人に殺されたら場合は知らないけど)
そして、角の先端が皇女に当たる。と、言うところで、自分は、自分の胸の真下から斜め後ろに向かって<疾風の一撃>を放つ。
その衝撃で、自分はつんのめる様に空中に放り出される。それと同時に、閉じていた角を一気に開きながら体を捻る。その結果、角は皇女に当たることなく、通過する。
あっけにとられるような竜人の上を通り過ぎ、丁度背中を通過する時に再度角を閉じる事によって、その背に生える翼をズタズタに引き裂いた。
黒いケットシーは、自分が丁度竜人の頭上を吹っ飛んでいる間に飛び降り、自分に気を取られていた竜人の手の中から、上手く皇女を助け出して自分が突撃を始めた場所まで下がって距離を取っている。見れば、竜人の手は切り落とされているようだ。
当の竜人は、何が起こったのか分からなかったようだが、腕と背中からくる痛みで我に返ったのか、咆哮を上げて黒いケットシーに突っ込んで行く。
それを自分は背後から低空飛行で追いかけ、纏う魔力を下げた角で掴み、捕まえようと突撃した。だが、読まれていたようだ。
竜人は、自分が掴もうとした瞬間反転し、自分の角を掴んだ。そして、突撃の勢いを利用され、自分は投げ飛ばされてしまった。
とは言え、黒いケットシーから興味を逸らすのには成功した。自分は空中で体勢を立て直し、飛びながら竜人に向き直る。すると、竜人が両腕を交差させ、気張るような体勢になった。
そして、咆哮を上げながら腕を引く。すると、変異する際ネックレスに嵌めこんだ宝石のような物に似ているが、それより大きい物が両肩に一つずつ出現し、額にも同じような物が出現する。後頭部から生えていた二本の角は、灰になったかのようにボロボロと崩れて風に吹かれて消えた。
更に、黒いケットシーが切り落としたはずの手が生えてきた。それを数度握ったり開いたりして動作確認をした後、ズタボロの羽を自らの手で引きちぎり、自らの口へ入れ咀嚼し、飲み込む。それで準備が出来たのだろうか、全身に白い煙のような物を纏い、まるで武術家のような構えで自分と相対した。
(なんだろうな……良く分からないけど、不味い感じがする。迂闊な事はしないでおこう)
竜人……いや見た目的には今は蜥蜴人だ。それに変身している間に、何をどうやったのか分からないが、黒いケットシーは気配も無くこの場から消えていた。
それに蜥蜴人も気が付いたのか、軽く舌打ちのような音を鳴らしたが、油断なく自分を見ている。
(睨みあっていても仕方ない)
自分はそう考え、まずは牽制として<雷光の大槍>を放つ。当然、束ねて細くし、一点集中させた物だ。だが、それを蜥蜴人は両手を前に突き出した体勢から、円を描くように動かし、その動作だけで打ち消した。
他にも<爆炎の大槌>やその他上級三段と呼ばれる魔法を色々叩き込んだが、同様の動作で全て無効化されてしまった。
(さて、どうする。どうやら魔法は効か無いようだし……ビームを撃つか?)
そう考えたが、ビームだと蜥蜴人を丸々消し飛ばしてしまう可能性がある。そうなってしまった場合、ここまで追いかけてきた意味が無くなってしまう。
もし、ビームも効か無かった場合、ビームによって歪みが発生するだろう。そうなると蜥蜴人と歪み、二つの事に対処しないといけなくなる。何より、帝都の壁ごと吹っ飛ばしてしまう気しかしない。
(まぁ、そもそもビームで倒せなかったらもうどうしようも無さそうだし、逃げるしかないんだろうけど)
悩んでいる内に、今度は蜥蜴人から攻撃を仕掛けてきた。地を抉るような勢いの踏込から、一気に自分の目の前まで肉薄してきた蜥蜴人は、そのまま真っ直ぐ自分を殴りつけてきた。
それを、歪みを作らない限界量まで魔力を纏わせた角で打ち返す。結果、自分は弾かれるように空中を滑った。
当然と言えば、当然である。踏ん張る事の出来ない空中で殴られればそうなる。なので、体勢を立て直してから、地面に降りた。
(むしろ今のは、空中で受けて居て良かったのかもしれない。ちょっと角が痺れている気がする。準備をしていない状態で、あれを下手に地上で受けて角がへし折れました。とか、洒落にならない)
降りる過程で<鉄の装甲>と、自分が使う事の出来る全属性の補助魔法を発動する。全身の関節部から火花と炎を吐き出しながら、霧のような物を纏った、金属質な輝きの甲殻を持つ五本角のカブトムシとなる。
できれば各属性の装甲を使いたいのだが、そうすると視界が無くなる。流石に視界が無い状態では捕獲どころではなくなるので止めておいた。
それに対し、蜥蜴人も再度腕を交差させ指先で肩の宝石に触れ、何かを呟き、腕を引きながら咆哮を上げる。
すると蜥蜴人の方から強風が吹いてきて、更には全身が帯電し始めた。どうやら相手も色々と補助魔法を使ったようだ。そして数秒の睨みあいの後、自分と蜥蜴人は真正面からぶつかった。
まず、蜥蜴人は先ほどよりも強烈な踏込から、自分の右側の角に飛び蹴りを放ってきた。どうやら、角の可動域の限界を無理やり越えさせて、根元からもぎ取ろうという魂胆のようだ。
鋭い痛みが走ったが、もぎ取れることはなく角は動いた。そこで、自分はお返しとして角を一気に束ね、蹴って来た足を、トラバサミよろしく引き千切ろうとした。
しかし、それは寸での所で回避され、指を数本千切るに終わった。とはいえ、足の指が無くなった事によって、動きが大幅に鈍くなっている。その隙を逃さず、自分は蜥蜴人に突撃する。
狙うは動きの鈍くなった足、ではなく肩にある大きな宝石である。わざわざ今まで体内に隠していた物を出してきたのだ。まずは狙うのが正解だろう。
自分は蜥蜴人の足を狙う動きをしながら、直前でまた自分自身に<疾風の一撃>を当て一気に方向転換し、肩を狙った。
しかし、その狙いは失敗だった。どうやらその動きは読まれていたようで、先ほど蹴られた右の角に、今度はカウンター気味に拳を受けてしまった。何かが爆発するような音がした後、ぶつかった角の近くから繊維が切れるような音がし、根元に激痛が走る。
「ギィッギッィ」
痛みに身動ぎし、思わず自分の腹から威嚇音に似た収縮音が漏れる。それを聞き、蜥蜴人は自分が苦しんでいると考えたのだろう。爬虫類の顔で器用にいやらしく笑い、構えを変えてきた。
(くそっ、やられた! いや、大丈夫だ、まだ折れてない。欠損さえしなければ大丈夫だ。それに、どうやら蜥蜴人の腕をやれたみたいだから、後は足を飛ばせば勝ちだ)
蜥蜴人は、自分の角に打ち付けた方の腕をかばうように半身で立っている。どうやら、肘から先が消失している。
普通、そんな状態になれば諦めて戦意喪失するような物だと考えて居たが、この蜥蜴人は違ったようで、油断なく自分を睨みつけてくる。
(いや……あの表情は両手両足を千切り取っても、頭だけで食らいついてきそうな雰囲気だよなぁ……)
そう考えて居ると、蜥蜴人は無事な方の腕で空中に円を描いた。それはそのまま魔法陣となり、蜥蜴人は無くなった方の腕をそこへ突っ込む。
すると、周りの地面が抉れ、その魔法陣に殺到し、何かを形作って行く。傷口に直に土が触れている為だろうか、蜥蜴人は苦悶の表情でそれを見ている。
しばらくすると、元の腕とは違う、少しゴツゴツとした岩の義手とでも言う物が、蜥蜴人の失った部分に付いていた。
(なんでもありかよ……いや、さっきみたいに生えてくるよりはましか……でもこれだと、四肢を落とすだけじゃ動きを止められないかもしれない)
蜥蜴人は、出来上がった義手の感触を確かめるように動かし、再度構え、突撃してきた。狙いは又も一番右側の角のようである。
それに対して、自分はトラバサミ攻撃を再度行う。だが、義手を砕いただけで、蜥蜴人本体にはダメージを負わせることは出来なかった。
義手を壊された瞬間に、バックステップして距離を取っていた蜥蜴人は、腕に付いている義手の残りを地面に突き刺す。すると、その場所に元から用意していた義手を付け直したかのように、元の状態に戻っていた。
(なるほど……ゴーレムみたいな物なのだろうか? と言うか、今更だけど何者なのだろう? 皇女そっくりで、魔法が使えて、モンスターに変身できる。更に、あの場所で剣を持った状態で、ユーナさん達を満身創痍にさせていた所から考えて、剣も使えるんだろう。あれ? こんな人をどこかで聞いた気が……)
自分は、そう考えながらも蜥蜴人に向かって突撃をしかける。対して蜥蜴人は、先ほどと同じような半身の構えで自分を待ち受ける。
(生け捕りにしたかったけど……下手な事をして角が折れたとかは洒落にならないから、諦めよう。死体を魔導院だっけか? に渡せば少しくらい何か分かるだろうし、仕方ない)
もはや、相手を生け捕りにするのは不可能と考え<雷光の大槍>を乱射しながら、角を束ねて蜥蜴人の胴体を目指す。
放った<雷光の大槍>は、当てる事を目的としてのでは無くばらばらに動かして蜥蜴人の逃げ道を塞ぐように使いその場にくぎ付けにする事に成功した。しかし、どうも自分も罠に嵌められたようであった。
(避ける気も無かった?)
突撃する自分を待ち構えるように、覚悟を決めた顔で、最初に自分が色々と打ち込んだ魔法を無効化した時と同じような構えに変えてきたのである。
(まずいか? いや、これを回避した所で、結局同じことを繰り返すだけだ)
自分を信じてそのまま突撃する。
そして、蜥蜴人の広げた両腕の間を通った瞬間、蜥蜴人の頭と両肩に付いた宝石が輝いた。それと同時に、蜥蜴人は突撃した自分の左右に生えた一番外側の角を掴み、捩じるような動きをした。
瞬間視界が拘束で回転し、自分は一番右の角から激痛を感じながらも、蜥蜴人の胴体に突き破り、地面を抉りながら停止した。
(回っ!? 痛っ! 何……何が……)
右の視界がおかしいが自分の体を見れば、一番右側の角は根元から折れて、地面に突き刺さっている。更に、折れた角の近くに有った複眼が粉砕されているようだ。
挙句に左後足の先端が無くなっていた。更に、自分は仰向けに倒れている。どうやら、自分は蜥蜴人に突き刺さる前に回転させられたようだ。
(これ……治るのかなぁ……危険を感じた時点で逃げておけば良かった。いやそれよりも、帝都に気を使わず、ビームを撃っておけば良かった。いや、そもそもなんで、皇女を助けようとしたんだろうか……ユーナさんのお願いだから? だとしても……)
そんな事を考えながら蜥蜴人の方を見れば、どうやら蜥蜴人は胸に大穴を開けて、と言うよりも胸の所で分断されているようだ。
胸から上のパーツも散々な様子で、義手は消滅しており、無事であったほうの腕も肩から爆発しているような状態である。
胸から下に至っては、バラバラに砕け散って、そこらに飛び散っていると言う、目を背けたくなるような酷い有様だ。
だが、そんなほぼ生首の状態になってもまだ生きているようで、口をパクパクとさせながら、どこかを見ている。
(あれで、まだ生きている……のか?)
そんな事を考えて居ると、今度は段々と自分の視界が歪みながら暗くなって行く。
(なんだ、どういう事だ?! これは? まさか、死っ……)
滲むように消えていく視界に、そんな恐怖を感じながら、自分の意識は暗転した。完全に意識がなくなる前に見えたのは、生首同様になっていた蜥蜴人の頭部が光ったかと思えば、散らばったパーツ諸共全てが、ドロドロと溶けて消えていく所だった。




