第24話 決闘と妖精
闘技場での自分の能力試験から三日後。
特に何かあるわけでもなく、毎日魔力操作の練習をして過ごしていた。今日は曇り空で、今にも雨が降り出しそうな天気だ。
(流石に、そろそろ約束していた物が来てもいいんじゃないだろうか……本でもクーシーでも、どっちでもいいから早く持ってきてくれないかな)
そんな自分の祈りが通じたのか、その日の夕方、小雨が降る道を毎日来る荷馬車ではなく、幌馬車がやって来た。
いつもの様に、その馬車に詰所の兵士達が対応する。そして、兵士の手によって自分の前に三つの包みが置かれた。一つは自分の夕食である生肉の塊である。特に何か変わったところはない。
二つ目は数冊の本で、兵士達が気を利かせてくれたのか、乾いた板の上に包んでいる布ごと置いてくれたので、濡れずに済んでいる。
そして、最後の三つ目であるが、モゾモゾと動いている。兵士達は、何時もなら自分が肉を食べ終えるまで居るのに、何故か三つ目の包みを広げる事もせず、そそくさと立ち去ってしまった。
(自分で開けろって事かな。それにしても、何故これだけ? 出来ない事は無いけど、難しいんだよなぁ)
何が入っているのかと触ってみると、どうやら柔らかい物が入っているようで、フワフワとしている。数回軽く前脚でつつくと、ビクッと震えた。
(ああ、すごく嫌な予感がしてきた。いや、うん自分の言い方が悪かったのかもしれない)
取り敢えず、自分の夕食である肉塊を脇に置き、本を木の板ごと濡れないよう、前脚で部屋の端へ移動させる。そして、場所を確保したので少し時間がかかったが、三つ目の包みを開ける事に成功した。
するとそこには、目隠しをされ、犬用の噛みつき防止マスクと猿轡を組み合わせたような物を頭に装着され、手と足を縄で縛られた、全裸と言うと語弊があるのかもしれないが、服を着て居ない、見た目には拷問を受けているようにしか見えない四頭身の犬、クーシーが縛られていた。
(思っていたより酷い。色々と、徹底しすぎだろう……。いや、逆に考えよう。もしかするとこのクーシーは、何か悪い事でもしたのかもしれない。それで罰を受けているのかもしれない)
自分を誤魔化しながらも、見極めるために観察する。雨のせいで気温が下がって寒いのか、それとも目が見えない状態で縛られている恐怖なのか、多分後者だろう。目隠しをされ、その上縛られていて怖く無い訳が無い。とにかく、クーシーが罪を犯しているのかどうかは置いておいて、可愛そうなので解放しようと考える。
(でもまぁ、無理だよね)
自分の前脚は、カブトムシのソレである。そんな前脚で、適当に袋に入れられたクーシーを出すのならともかく、縛るために固く結ばれた縄や、ベルトのような、金属の留め具等で止められたマスクを外す事は出来るはずが無い。
一瞬<部分変異>を使って、前脚の形状を変える。と言うのも考えたが、虫の脚で手先が器用なものと言っても、これと言って思い浮かばない。
(いや、なにも脚でどうこうしなければならない訳じゃない。それこそ角でも口でも、方法はある。角は……下手を触れてしまって最悪は殺してしまうから、口だな)
そう考え、自分はクーシーへ近づく、すると、気配で気が付いたのかクーシーはより一層体を震わせ始める。
(大丈夫だ。今外してやるからな)
まずは、口を封じているマスクだ。後頭部と顎を固定する部分を噛み千切る。緩んだそれは、前脚で少し動かせば簡単に取れた。目隠しの方は、タオルのような物を目に巻きつけていただけなので、結び目のような部分を少し前脚で押せば、簡単に解けて取れた。
そして、目を開けたクーシーと目が合う。とはいえ、自分は複眼なのでクーシーがこちらを見れば必ず目が合うのだが、それは置いておいて、自分とクーシーの間に何とも言えない空気が満ちる。
しかし、数度瞬きをして状況を確認したからだろうか? クーシーは甲高いキャンキャンと言ったふうに悲痛な鳴き声を上げ始めた。
更に、自分から逃げようとしているのだろう。前も後ろも足を縛られているのにもかかわらず、体を捻って芋虫のように這ってどうにか逃げ出そうとしている。
(分かっていたけど、まぁ少し悲しいよね)
取り敢えず、縛れた状態であんな動きで納屋から出たら、間違いなくぬかるんだ地面で泥だらけのびしょ濡れになってしまうのは確実なので、前脚で持ち上げ手元まで戻す。その際、中鳴き声は一層激しくなり、更には動きも激しくなり、自分の前脚から全力で逃げ出そうとしているのが見て取れた。
(手足の拘束を解くまでは大人しくしてくれないかなぁ……そうしたらすぐにでも逃がしてあげるのに。まぁいい、それよりもどうしようか)
位置が位置のため、激しく暴れている今、下手に噛みつけば縛っている縄だけでなく、その下の足まで噛み千切ってしまう。
(いや、本当どうしようか?)
仕方がないので、暴れるだけ暴れさせて、疲れて大人しくなってからどうにかしようと考える。ついでに眺めてるだけも暇なので、それまで前脚でクーシーを撫でくり回す事にした。クーシーを求めた理由の一つとして、撫でくり回したかったのもあるからだ。
自分の体は甲殻に覆われているため、触覚はそこまで無いが、触って居る内にこのクーシーは、それなりに良い毛並をしている事と、少し太り気味かもしれない。という事が分かった。
そうやって、撫でくり回している間も暴れて鳴いていたクーシーだが、そのうち体力が尽きたのか、ハッハッハッと、舌を出してぐったりとし始めた。もはや、最初の頃のような甲高い声ではなく、か細い声で鳴いている。
(なんだろうな、自分がこのクーシーを苛めている感じになっている。いや、そんなつもりはないし、自分は悪くない。勘違いしたユーナさんとかが悪い。多分。にしても、なんだか柴犬によく似ているな、このクーシー。ちょっとデブだけど)
大人しくなったので、仰向けで地面に降ろす。そして、後ろ足の方の縄を噛み千切ろうと近づくと、納屋の入り口に誰かがやって来た。
それは、真っ白な全身甲冑を着こんでおり、背には青いマントを付けていた。手には剣と盾を持っていて、身長はそれなりに高く、平均的な成人男性より、頭一個分高いようだ。
そして、頭身がおかしかった。なぜかその立派な鎧騎士は、四頭身なのだ。
(どちら様? と、言うより何?)
取り敢えず、自分が覚えている数少ない共有語である「こんにちは」を言っておく。すると、その四頭身の騎士は盾を構え軽く後ずさりし、何か言ってきた。しかし、自分には理解できない。
(何か犬の鳴き声みたいな物の混じった言葉だけど、理解できないって事は精霊語じゃないしなぁ……共有語なんだろうけど、どうしようもない)
四頭身の騎士は色々言った後に、犬の遠吠えのような雄叫びを上げ、剣を構えて突進してきた。自分は、何が起こっているのか分からないが<鉄の装甲>を発動し身構える。
しかし、四頭身の騎士の狙いは自分では無かったようで、軽く自分の頭角を盾で叩き、剣を当て、自分の意識がそこへ行った隙を突き、自分の目の前に寝かせていたクーシーを抱きかかえて、入り口の方へ下がった。
呆気に取られている自分を無視して、四頭身の騎士はクーシーの前足と後ろ足を縛っている縄を剣で切り、自身が付けていたマントを外して羽織らせ何かクーシーと二、三言程度の会話を交わす。その後、クーシーだけが納屋から四つ足で走って出て行った。残されたのは、自分と対峙する四頭身の騎士だけである。
(最近、こればっかり言っている気がするけど、なんだこれ? いや、本当に何これ? どういう状況?)
混乱している自分をしり目に、四頭身の騎士は剣をこちらに向けつつ盾を構え、ジリジリと後退していく。そして、出口に差し掛かった所で一気に反転し雨の中を走って消えて行った。
(はぁー? えー? ……もう、どうでもいいや。夕食を食べて、本を読んで寝よう)
そう考え、脇に置いておいた肉塊を食べ終えた後、隅に置いておいた本を一冊取ろうとした。
(普通にページがめくれない。いや、そもそも取る事もできない。うん、分かっていたけど……ユーナさん、いや、リューシーやソフィアでも良いから来てくれ)
そんな自分の祈りは通じる事も無く、誰も来なかった。そのうち、周りの明かりも消えたので、色々とゲンナリとしながら寝た。
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良く分からない騎士にクーシーを逃がされて三日後、目を覚ますと、朝食と一緒にユーナさんがやってきた。
「オハヨウ ブリュー」
「おはようございます、ユーナさん。今回は妙に早いですね。今日はお休みですか?」
「ヤスミ チガウ ニンム? イライ? ナニ イウ ムズカシイ クーシー タベル シタ?」
そんな事をユーナさんは言っている。そこで、自分は三日前の事を思い出す。
「クーシー? ああ、そうです。その事で言いたかったのですが、自分はクーシーが欲しいと言いましたけど、食べたいなんて言っていませんよ。ちゃんとしてください。と、言いたい所ですけど、言葉足らずだった自分も悪いので何とも言えませんけどね」
自分が軽く八つ当たり気味にユーナさんに文句を言うと、ユーナさんはホッと胸を撫で下ろした。
「ソウ ヤッパリ ブリュー タベル スル ナカッタ」
「何かあったんですか? あのクーシーに関して」
「アー…ソウ ソレ カンケイ アル ニンム アル…… イウ ムズカシイ ブリュー ケットウ モウシコム サレタ」
ユーナさんはバツの悪そうな表情でそんな事言ってきた。
「ケットウ……血統、な訳ないですよね。決闘ですか……まぁ、流れから理由はなんと無く分かるんですけど、誰にどんな理由で申し込まれてしまったんですか?」
「モウシコム アイテ ロニ イウ ココ キタ クーシー ダイイチ オウジョ コノエ タイチョウ リユウ コノマエ クーシー エサ モンスター クワセル スル ユルセナイ ダカラ」
「ここに来た? ああ、あの鎧を着た四頭身の……それにしても、第一皇女の近衛ですか。しかも、濡れ衣じゃないですか……まぁ、特殊な状況以外で、アレを見て、自分がクーシーを助けようとしている。と、思う人も少ないでしょうけど……なんだかなぁ」
(そうかな? と、思っていたけど、あの四頭身の騎士はクーシーだったのか……)
自分はそう思いながら、話が長くなりそうだったので、朝食である肉塊に齧りつきつつ話を続ける事にした。
「ケットウ アシタ バショ マエ イク トウギジョウ ヤル ヒサッショウカ ケッカイ アル シヌ ナイ ダカラ ショウハイ コウサン スル ソレトモ キゼツ スル マデ ヤル マケル ホウ イウコト ヒトツ キク イウ」
「非殺傷ですか……本当に大丈夫なんですか? それに、そうであっても、と言うか、面倒ですね。それと、負けたら相手の命令を一回聞くって事でしょうか?」
自分の言葉を聞き、少し困った顔になりながらユーナさんは答える。
「ソウ ゴメン ソレデ ブリュー ドウスル?」
「どうするも何も、受けない。と、言いたいですけど、それは無理なんでしょう?」
自分の問いかけに、ユーナさんは首肯で答える。
「なら、受けるしか……ああ、自分が勝った場合どうするのか? と、言う事ですか?」
「ソウ ブリュー ドウスル?」
(どうする? 相手は誰だっけ? ロニとか言う、あの白い鎧を着てた四頭身の騎士だ。中身は大きなクーシーらしいけど……そうだ。それなら)
「ユーナさん、それなら自分が勝ったらロニをください」
自分がそう言うと、ユーナさんは驚いた表情のまま青ざめる。
「あ、食べませんよ? あれです、召し使いというか何というのか、自分にできない細かい動作をしてもらいたいんです。と言うか、これは最初に言って送ってもらったクーシーに、そういう事をして貰おうとしていたんですけどね。言葉が通じなくても、動きだけである程度意志は通じるはず。と考えているので、出来ると思っているんですが……無理ですかね?」
それを聞き、ユーナさんは胸に手を当て、ホッと一息ついてから思案するように目を瞑った。そして、考えが纏まったのだろう目を開いた。
「アア ソレ イウ コト ワカッタ ソウ イウ スル」
「はい、お願いします」
「アト アイテ ロニ ダケ チガウ ホカ ニ ヒキ イル ソレ サン ヒキ タタカウ ルール」
「はい、待ってください。なんで一対三になるんですか? 普通に危険じゃないですか? 最悪、非殺傷結界が有っても下手したら自分、殺されるんじゃないんですか?」
自分の質問に対し、両手を前に出して軽く焦りながらユーナさんは答える。
「マッテ ヒトツ ヒトツ セツメイ スル マッテ」
「分かりました。では、説明おねがいします」
「マズ……」
ユーナさんの説明曰く、まず非殺傷結界だが、なんでも死ぬほどの攻撃を受けても、この結界内であるなら気絶で済むそうだ。思わず「え、それじゃあ戦場で使えば、捕虜とか取り放題なんじゃないんですか? それ以前に、自分と戦った時とかに使えば、ランドルフさんは死なずに済んだのでは……」と、聞いたのだが、準備する物が多すぎて、戦場や危険地帯でのモンスターの捕獲と言った行動には使う事ができないそうだ。
ちなみに結界そのものの強度は高く。それこそ、Aクラスのモンスターが放つ全力の一撃等では無い限り、力技で破られることはないそうだ。
次に決闘相手の事だ。ロニについてだが、彼女は白い鎧を着たクーシーの騎士で、この帝国の第一皇女の近衛部隊で、通称近衛犬士隊と呼ばれるクーシーの部隊の隊長らしい。
この、近衛犬士隊は第一皇女の趣味で生まれた部隊らしく、近衛隊と名乗っているが、隊員数は百人でその全てが雌のクーシーで構成されている。
そして、そんな結成理由のためか、それとも構成員がクーシーだけだからなのか、少し扱いが悪い。と、言うより、舐められているそうだ。
そこで、今回のクーシー生贄事件である。不幸なすれ違いとは言え、わざわざ生きたままクーシーを甲殻魔虫に似たモンスターの餌とする。と言う、恐ろしい事件である。皇女は、クーシーだけの近衛部隊をわざわざ作らせるほどなので、この事件に酷く心を痛めた。
そこで、ロニは皇女のためとして、自分に、厳密にはユーナさんに対してらしいが、決闘を申し込んだらしい。
ただこの決闘、皇女のためと言うのもあるだろうが、帝国の秘密兵器と呼ばれ、ザイゴッシュ王国との戦闘で危機に陥ったアランを救い、その上ザイゴッシュ王国の最高戦力として考えられていたグレゴリーを倒したモンスターである自分を倒す。もしくは引き分けに持ち込めば、他の部隊から舐められる事は無くなるだろう。と言う考えもあるのでは? との事だ。
ちなみに、ロニ達近衛犬士隊の強さは見た目に反し高く、流石、近衛部隊と言う程には練度が高いそうだ。だが、帝国最強と呼ばれるアランや、自分が撃破したグレゴリーやランドルフと比べれば、まだまだと言った程度らしい。
「なるほど。つまり、何か無い限り自分に負けはないわけですね?」
「ソウ ダカラ アンシン スル」
何故かユーナさんは、腰に手を当て、胸を張り得意げだ。
「まぁ何と言うか、そんな風に言う時が一番怖かったりするんですが……その何かが有る前置きと言うのでしょうか、やったか? と、言うのでしょうか……」
自分の答えに、ユーナさんは不思議そうな顔をする。
「ナニ モンダイ ナイ?」
「いや、あると言えばありますよ。実は自分じゃなくて、ユーナさんが決闘を申し込まれていますよね?」
「ソレ イウ イタイ」
そこに気づくか! と、言わんばかりの表情になりながらも、ユーナさんは話を続けた。
「ロニ イウ ブリュー ダス イイ ダカラ サン ヒキ アイテ スル ナニ ナラ スケット ヒトリ スル イイ サン タイ サン スケット ミツカル ナイ ニ タイ サン イウ」
(つまり、ユーナさんと自分が相手だから、ロニ達は三人で行く。もし、それを不公平だと思うなら、助っ人を連れてくれば良いって事だろうか?)
いまいち言っている事が分からないが、多分そうなんだろうと考え、自分は答える。
「なるほど、そういう事だったんですか。ちゃんと説明してくださいよ」
「ゴメン」
「ちなみに、助っ人は見つかっているんですか?」
「トリアエズ ヒトリ ミツケタ」
そこは大丈夫よ! と言わんばかりの満面の笑みで、親指を上げてユーナさんが答える。
「そうですか、なら良いです。と言うか、三対三って決闘と呼べるのでしょうか? 何か違う気が……自分としては、決闘と言えば一対一で戦うイメージが有るんですよ」
「ワカル ナイ ワタシ キゾク キシ マナー? キマリ? マナブ トチュウ」
少しの間、自分とユーナさんは頭を捻って考えて居たが、お互いに考えるだけ無駄と判断し、今からどうするかを話し合う。
「取り敢えず、明日闘技場で決闘ってわけですね?」
「ソウ ダカラ ブリュー トウギジョウ イマ イク スケット カオ アワセ スル キョウ トウギジョウ ネル アシタ ケットウ」
「はい、分かりました。じゃあ、行きましょうか」
ちょうど、朝食も食べ終わったので、自分がそう言うと、ユーナさんが「ツイテ キテ」と、言いながら納屋から出る。既に、納屋の外にある杭から発生する結界は、詰所の兵士によって解除されていたようで、自分はユーナさんの後を付いて移動する。
ほどなくして、闘技場に到着し、初めて来たとき同様広間に入る。中の様子は何も変わりなかったが、一つだけ違うところがあった。前は、周りの作業をしているのはクーシーだったのだが、今は人間だけである。
(クーシーが居ない……のは仕方ないか)
現状、手違いのせいとは言え、自分はクーシーを食べたがる肉食巨大昆虫とでも噂されているのであろう。そんな存在に、クーシーが間違っても近づいてくることは無いだろう。そう悲しんでいると、ユーナさんが話しかけてきた。
「ワタシ スケット ヨブ イク ココ オトナシイ マツ イイ?」
「はい、分かりました。大人しく、誰も食べようとせずに待っときますよ」
自分の皮肉交じりの返答に、クスリと苦笑をこぼしながらユーナさんは、前にここに来た時と同じように、大扉の近くにある扉を開け、中に入って行った。
そして、一人の女性を連れて来た。服装は冒険者のようで、丈夫そうな布で出来たシャツと長ズボンの上に、何かの革と金属を組み合わせた胴鎧と、同じような材質の脛当てと肘当てを付けている。
手には革と金属出来たラウンドシールドと、装飾のない簡単な金属製の兜を持っていて、腰には長剣を差していた。
そんな、重装歩兵のような装備の女性の顔を見ると、どこかで見た顔だった。
(あれ、この人知ってるぞ? 誰だったかな? あの……誰だ……。出かかってるけど、出ない)
自分がそうやって思い出そうと悩んでいると、ユーナさんが紹介してくれた。
「スケット カノジョ ディーナ イウ ディーナ アリエフ アラン ブタイ イタ チリョウ スル ヒト」
(ああ、そうだ。あの時自分の角を触って何か色々してた人か……あれ? たしかこの人は衛生兵なのに戦え……るから助っ人をしてくれるのか)
どこで会ったかを思い出し、すっきりした所で、自分は共有語で「こんにちは、よろしくおねがいします」と、羽を鳴らして言った。
すると、その場に居たユーナさん以外の人、ディーナさんや作業をしていた人も含め、全員が後ずさる。しかし、すぐにディーナさんは軽く咳き込むような動きをして気を取り直し、ユーナさんに向かって、何か問いかけた。
ユーナさんとディーナさんは少しの間共有語で会話し、それ終わると、ディーナさんは納得した様子で大扉の横の扉へと戻って行った。
「なんだったんですか? 周りの人も驚いていましたけど」
「ブリュー クーシー ジケン アト コワイ モンスター アツカイ ナル? モトモト? シテル ソレ シャベル オドロク トウゼン」
「なるほど……たしかに、そんな評判のモンスターが、言葉を話して挨拶したら驚きますね」
「トリアエズ カノジョ スケット コレデ サン ニン アシタ トウギジョウ ナカ ヒル スギ ケットウ ソレマデ ココ タイキ イイ?」
「分かりました。ところで、ユーナさんはそれまで暇でしょうか?」
「ヒマ ウーン…… ヒマ イウ ヒマ チガウ イウ チガウ」
「でしたら、共有語を教えてくれませんか? 約束していたのに、結局帝都に来てから教えて貰えて無いですし。何より、自分の体じゃ本を読もうにもページを捲れませんし」
ユーナさんは軽く小首を傾げ、すぐに思い出したような表情になった後、少し考え込む。
「アア ヤクソク ソウ ジャア キョウ ネル マデ キョウユウゴ オシエル スル」
「良いんですか? 自分としては嬉しいです。けど、用事が有るような無いような。と、言っていましたよね?」
「イイ モンダイ ナイ チョット マツ オシエル ドウグ トッテ クル」
そう言ってユーナさんは普通の扉へ入って行き、何やら木切れを沢山持った人を連れて来た。ユーナさんの手には、チョークのような物が握られている。
「ジャア オシエル ハジメル」
「はい、おねがいします」
その後、これと言って何事も無く過ごし。昼食、夕食を食べる事以外は共有語の勉強と、たまにユーナさんの愚痴を聞きながら過ごし、明日に備えて早めに寝た。
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次の日、目が覚めると目の前に肉塊が置いてあった。
(肉? ここどこだ? あ、そうか今日は決闘するから闘技場に昨日のうちに移動してたんだ)
寝ぼけながら朝食であろう肉塊に齧りつく。そうして食べて居る内に、ユーナさんとディーナさんが板の上に、多分二人の朝食だろう。を、持ってやって来た。
「オハヨウ ブリュー チョウシ イイ?」
「いつも通りですね。少なくとも悪くは無いです」
ユーナさんは何が面白かったのか、クスッと微笑みながら、持ってきた朝食をディーナさんと食べ始める。そして、ある程度食べた所で話しかけてきた。
「キョウ ヒル ケットウ アル イッタ オボエル イル?」
「はい、覚えていますよ。この闘技場でやるんですよね?」
「ソウ ルール カクニン スル マイッタ イウ ホウ マケル デモ イワナイ ママ アル ダカラ キゼツ スル デモ マケ ナル」
「たしか、非殺傷結界でしたっけ? それが張ってあるから、死なないんですよね?」
「ソウ デモ マンガイチ アル カモ? ホカ ハナシ アル マズ……」
自分達は朝食を食べつつ、決闘する際の二人と一匹の動きについて話し合う。とは言え、自分は共有語が使えないので、状況に応じて自分で考えて動くか、ユーナさんの指示を聞いて動くしかない。
なので、決闘が始まったら<念話>をユーナさんに繋いでおき指示を受けやすくするようにする事になった。動きについては<雷光の大槍>の一発でも当てる事ができれば、近衛隊であると言っても確実に気絶させられるので、相手の三人の内誰でも良いから一発当てれば良い。と言われた。
そんな感じのため、話し合いも直ぐに終わり、朝食を食べ終え、今は決闘が始まる前の武具の点検をしている状態だ。
ユーナさんは服を着替え、出会った頃の踊り子の様な服装になって、準備体操のような物をしている。ディーナさんは着ている鎧や、得物である盾と剣の点検をしている。
そして、そんな事をしている間に昼食の時間になり、それを食べ終えた後、再度最後の武具の点検をしている内に、時間になったようだ。兵士が一人扉から出てきて、ユーナさんに何か……多分、そろそろ時間だ。と、告げたのだろう。
「ブリュー ソロソロ ジカン トウギジョウ ハイル ジュンビ」
そう、ユーナさんが自分に言いながら、真正面の大扉に向き直る。丁度そのタイミングで、大扉は重い音を響かせながら開いていった。
ユーナさんとディーナさんが自分の前に左右に並んで立ち、鉄柵の前まで行く。この前と同じように、少しすると銅鑼のような音とラッパの音が聞こえ、滑車が回るような音と共に、目の前の鉄柵が上下に開いて行った。
闘技場の舞台に入ると、これまたこの前と同じように観客席の前にはフェンスのような物が有り、その外側に結界が張ってある。
観客は前回同様、観客席の一部だけに人が集中して座っている状態だ。パニック状態の人達を一喝して止めたお爺さんを中心に、貴族っぽい人や軍人っぽい人が居る。
しかし、少し違う所もある。お爺さんの左右を前回は偉そうなおじさん達が固めていたのだが、今は前回居なかった額を大きく出した綺麗な女性と、顔の整った格好良い男性が座って居た。
(あのお爺さんの近くに美女と美男が増えてるから、少しだけ違うけど、殆ど前回と同じか)
観客席を眺めながら闘技場の舞台央部分まで来ると、相手側の鉄柵が開いた。そこから出てきたのは、自分からクーシーを奪った? 取り返した? なんとも言えないが、そんな事をした白い全身甲冑を着こんだ四頭身の騎士、名前はたしか……ロニ。それを先頭に、三人のクーシーの騎士が入って来た。
一人はロニよりも大きく、もう一人はロニと同じ位の大きさだ。
大きい方の騎士は、その身の丈に合った大斧を持ち、黒い全身甲冑を着ている。背だけでなく体格も良いので、ロニとの身長差は少しなのに、酷く差が有るように見える。
もう一人のロニと同じ位の大きさの騎士は、斧槍と、小さな円形の盾を装備しており、何も着色していない、磨いた鉄そのままの色の全身甲冑を着ている。
そんな三人のクーシーの騎士が、並んで待つ自分たちの前に来て、兜を外した。
ロニは、面長で鎧と同じような白い毛をしており、頭頂部から耳にかけての毛が長いため、まるで髪の毛のようである。
黒い甲冑のクーシーは、これまた鎧と同じ黒い毛をしており、顔は普通の犬なのだが、首回りの毛がまるでたてがみの様に物凄い事になっているため違う動物のような印象を受ける。
そして、最後の一人は灰色の毛をしており、鼻付近の毛が多くまるで髭のようであり、良く見れば他の二人に比べ頭身が少し高い気がする。
(何か、すごいな。それにしても犬みたいな手なのに、よくもまぁ器用にあんな留め金を外せるなぁ)
自分がそんなどうでも良い事を気にしていると、ロニがユーナさんと話し始めた。多分、最後のルール確認と、決着が付いた後の約束についてなのだろう。
少しするとお互いに何か同じ言葉を言い合い、いつの間にか来ていた審判? のような人が何か言い始めた。
それを聞いた、ロニとユーナさんが頷くと、大声で審判が一言何か言った。そして、ロニ達三人のクーシーは兜を被り、こちらと距離を取りはじめた。
「ブリュー スコシ ハナレル カイシ アイズ ドウジ ケットウ スタート イマ テレパス オネガイ」
そう言いながらユーナさんは、自分に後退するようなジェスチャーをしている。自分は素直に後退しながら、ユーナさんに<念話>を繋ぐ。
ある程度後退し、大体ロニ達と自分達の距離が三十メートル位になった所で、審判が壁にあった梯子を使って観客席に戻った。そして、少しすると銅鑼のような物が鳴った。
『ケットウ ハジマル シタ!』
そんなユーナさんの<念話>内の声と共に、クーシー達は各々の得物をどうやってか知らないが、背中に付けて四つ足で一気にこちらに走り寄って来た。
自分は、事前に決めていたように<雷光の大槍>を三人に目がけて撃つ。五本の電撃は別々にうねりながら、三人のクーシーに襲い掛かった。
しかし、三人は着弾地点を読んでいたのか散開するようにして躱す。その躱したところにもう一度<雷光の大槍>を別々に狙い撃つが、空中で体を捻られ躱された。ならば、と着地した所を狙いもう一度撃つ。
三度目の正直と言うのか、魔法はたしかに直撃した。しかし、それは各々の得物へ吸い込まれるようにして消えてしまった。
(これは……魔法を当てても無駄? あの角竜モドキの角みたいな武器なのか?)
『ユーナさん、魔法じゃ無理っぽいですよ』
『ドウシヨウ!』
『どうしよう! じゃないですよ』
予想外の展開に慌てるユーナさんを尻目に、クーシー達は既に五メートルの距離まで迫ってきていた。
仕方がないので、それを妨害するために自分が前に出た。すると、ロニが自分に向かって飛びかかりながら、器用に背中の武器を手に取り切りかかってきた。
自分がそれに対応している内に、残りの二人は更にスピードを上げ、自分の後ろに居る二人へ突撃する。黒い方はユーナさんに、灰色のほうはディーナさんに向かったようだ。
よそ見をしていると、目の前のロニから唸り声が聞こえる。何かを言いながら帯電する剣を突き付けて来るが、何を言っているのかわからない。
取り敢えず非殺傷結界が有るとは言え、全力の魔力では死んでしまうような気がしたので、角の魔力を加減して打ち合う。
『どうしようか……予定だと、魔法を当てればすぐ倒せるはずだったんだけどな。だから、決着はすぐだったんだけど……上手くいかない物だなぁ』
『ブリュー ノンキ イウ ヤメル ハヤク キャアアア シテ アブナイ ヤバイ! アアアアアア!! ハヤイ シテ フォオオオオオオ!!!』
見ればユーナさんは、必死になって黒いクーシーの攻撃を躱している。大斧は振られる度に物騒な風切り音を鳴らし、空を切り裂き、地を砕いている。
よく見れば、時折大斧からは帯電しているかのような火花が散っている。目の前のロニの剣も帯電し、自分の角と打ち合うたびに火花が散っている所をみると、どうやら消えた魔法は、武器に吸収されて相手に利用されているのかもしれない。
ディーナさんの方を見ると、リーチの差のせいか防戦一方になっているようだ。更に、ディーナさんの剣や盾が相手の斧槍やバックラーに当たるたびに火花が散っている所をみると、本当に魔法は利用されているのかもしれない。
(あれが当たったら、普通にユーナさん死ぬんじゃないのか? いや、非殺傷結界があるらしいから大丈夫なんだろうけど……これはどうする?)
仮に、今自分が相手をしているロニを放って、置いてどちらかを助けに行けば……自由になったロニが、残った方を倒してしまうだろう。
なら、この距離で魔法を撃てばと思ったが、空中でも躱すような相手だ。当たらないかもしれないし、その場合流れ弾でユーナさんかディーナさんを倒してしまうかもしれない。それでなくとも、武器に吸収されてしまう可能性もある。どちらにしても、敵に加勢するようなものである。
(だったら、魔法は無しとして、角の魔力を上げて武器を破壊して降参させる?)
しかし、そうなると、どの位の魔力量で武器破壊が出来るのか分からないから、調節に時間がかかる。かと言って、適当に調節してぶつければ、非殺傷結界が有っても武器ごと殺してしまうかもしれない。
『ハヤク! ブリュー イソグ ハヤク タスケッ! ヒュオオオ!! イマ ヤバイ シヌ!』
自分が考えて居る内に、もはやユーナさんは形振り構わず悲鳴を上げ……と言うより、ほとんど泣いている状態で全速力走って逃げている。
対する黒いクーシーは器用に大きな武器を振り回し、スピードを落とさないようにユーナさんを追いかけながらも攻撃している。
ディーナさんの方は防戦一方から、目に見えて押され始めており、体勢を崩し肩で息をしはじめている。
(考えてるうちに思ったより二人が押されている……と言うか急がないと二人とも、やられそうだ。どうする? なら……そうだ、あれがあった!)
まずは<幻影の膜>を発動する。すると、観客席の方からどよめきが聞こえる。目の前のロニも、自分の事を見失っているようだ。その一瞬の隙をついて、頭角をロニの股の間に滑り込ませる。
そして、角の先端がロニに刺さらないように気を付けて、一気に真上に掬い上げる。当たる瞬間、角の魔力を出来るだけ下げていたのが功を奏したようで、ロニは股から真っ二つになることも無く、甲高い悲鳴のような鳴き声を上げながら空中に放り出された。
自分はすかさず<雷光の大槍>を撃つ、その際ちゃんと一本だけでロニを狙い、残りの四本はユーナさんと、ディーナさんの援護のために、残りの二人のクーシーを狙う。
援護の分は外れてしまったが、突然打ち上げられ空中で混乱しているロニには直撃し、甲高い鳴き声を上げる。そして、軽く煤けたロニが派手な音とともに落ちてきた。その際、凄く嫌な音がしたので、追撃は止めておいた。
(あれ大丈夫? 多分大丈夫だろう。大丈夫なはずだ)
少し焦りながらも<幻影の膜>を解除し、自分は姿を現す。再度、観客席がどよめき、銅鑼の音が鳴り響く。
すると審判役なのだろうか? そんな雰囲気をもった人が降りてきて、落ちてきて動かないロニの兜を外し、何かを確認している。それが終わると、何やらハンドサインを出した。すると、観客席にいた人たちが拍手をしだした。
(何と言うか、最初からこうしてれば良かったんじゃないのかな。と言うか、雰囲気的に終わりかな? 少なくとも、ロニは気絶しているみたいだし)
等と自分が考えて居ると、ユーナさんが<念話>を通じて話しかけてきた。
『オツカレ ブリュー カッタ ロニ キゼツ ワタシタチ ショウリ』
と、ユーナさんは言いながら壁にもたれて座り込んでいる。そんなユーナさんを、兜を外した黒いクーシーが笑っているのだろうか? 変な鳴き声を上げながらバシバシ叩いている。
ディーナさんの方は、灰色のクーシーとお互いに兜を外して握手をしている。どうやら、お互いを称え合っているようだ。
自分は特に何もすること無いので、ロニを見ながら一匹で突っ立っていると、相手側の鉄柵の方から普通の大きさのクーシーが六人、担架を持ってきて、気絶したロニを乗せて去って行った。
その後は、ロニが気絶しているので二人だけだが、始まる時と同じように中央で整列し向かい合い、少し話をして、お互いに出て来た鉄柵の方へ戻り、最初に待機していた広間で自分達は一息つく。
「アラタメル オツカレ ブリュー」
「おつかれさまです、ユーナさん。いやぁ、一時はどうなるかと思いましたよ」
自分のその言葉に、ユーナさんは腕を組みながら何度も頷いている。
「ソウ マサカ マホウ キュウシュウ サレル オモウ ナイ」
「ああ、やっぱりあれは自分の魔法を利用されていたんですか?」
「ソウ オワッタ アト ローサ……オノ ツカウ クロイ クーシー オシエル クレタ ナニ デモ アタラシイ マドウグ ラシイ」
「ローサって言うんですか、あの黒いクーシー。それにしても、そんな新装備を決闘に使うなんて、よっぽど勝ちたかったんですね」
自分が感心したように言うと、ユーナさんも神妙に頷きながら答える。
「ソレ アル デモ ハンブン メイレイ ラシイ キノウ サイシュウ テスト? ホントウ タエル リヨウ デキル タメス タメ」
「なるほど……まぁ取り敢えず、ロニは貰えるのでしょうか?」
自分のその問いに、ユーナさんは少し表情を硬くする。
「ソウ ソノコト コウショウ アル イウ ロニ ダメ タイチョウ ダカラ カワリ サン ニン クーシー ツケル ユルス シテ イウ ダメ?」
そして、ユーナさんは不安気な表情で、自分に問いかけてきた。
(うん? ロニは駄目だけど、代わりに三人くれるって事だろうか? ああ、もう片言って面倒くさい)
「あー……はい、まぁ別に良いですよ。濡れ衣というか、扱いに関しては仕方ない所が多いので、諦めます。それに、一人だけじゃなくて三人になるのなら、そちらの方が自分としては嬉しいです」
それを聞き、ユーナさんは安心するようにホッと息をつく。
「ジャア ワタシ ヘイカ トコロ イク ブリュー イツモ バショ モドル デキル?」
「そうですか、では後の事はよろしくおねがいします」
「ウン マタ」
そう言い残して、ユーナさんはディーナさんと連れ立って、普通の扉へ入って行った。自分も納屋に戻るため、闘技場から出て、まっすぐ納屋に戻る。
納屋に戻ると、連絡が行っていたのだろうか、入り口付近に杭を持った兵士が居て、自分を待ち受けていた。
そして、自分が納屋に入ると、すぐに杭を地面に打ち込み結界を張りなおした。その後、いつも通りの時間に荷馬車が来て、夕飯の肉塊を出してもらったのでそれを食べ、日が完全に沈みきって明かりも消えたので、素直にその日は眠りについた。
イメージは
ロニ →ボルゾイ
ローサ→チベット
チャロ→テリア




