第22話 悪戯と離魂影
リューシーとソフィアと約束していた夜になった。
日が沈みきってから、二人は昨日と同じように遠くからやって来る。なんて事は無く、普通にひょっこりと入り口に姿を現した。
「さぁ、約束通り言う事を聞きなさいよね」
開口一番リューシーはそう言った。目はキラキラとして、全体からはワクワクとした雰囲気が出ており、よっぽど楽しみにしていたようだ。
「分かっていますよ。約束はちゃんと守ります」
自分はそう言ってから<離魂影>を発動する。自分の真正面に、黒い煙のような物が集まってくる。そして、それはゆっくりと形を取り始め、最後には自分と向かい合う形で、五本の角を持った煙で出来たカブトムシが現れた。因みに、頭部と胸部にある複眼は何故か赤く発光している。そのせいだろうか、やたらとおどろおどろしい雰囲気を持った<離魂影>である。
(昨日も思ったけど、自分の姿に似ているとは言え、これだけ輪郭が崩れていて複眼だけが変に発光していると、威圧感ばっちりだな。少なくとも、夜道にこれとばったり出くわしたら、悲鳴を上げてしまいそうだ)
「いいわねー。昨日も思ったけど、これは思った以上に面白い反応が期待できそうね!」
そんな自分の<離魂影>を見ながら、リューシーは満足そうに頷きながら周りを回っていた。
「じゃあさっそく行くわよ。私に付いてきなさい」
そう言って、リューシーは宙に浮いてそのまま街へ向かって飛び始める。自分は<離魂影>を操作し、追従させる。その後ろをソフィアが付いてくる。程なくして、帝都の西端部分にある区域の、何か薄汚れた屋根の上に到着した。
「さて、どこから行こうかしら? ここらは何か汚いし暗い連中ばっかりだから、あまり面白い反応は無いのよね。精々、目線を逸らしてどこかへ行くとか、その場にうずくまるだけとかなのよ。だから無しね」
どうやら、周りの雰囲気とリューシーの言葉から考えて、ここは貧民街とか、そう言った場所のようだ。
「でも、他の人間に威張ってる奴が多い所に行くと、直ぐにあのクソ爺が来そうだし……かと言ってそれ以外だと、普通の人間が居る所はこの時間誰も通らないし、何より家が小さいから悲鳴で隣の人間が起きて思ってたのと違う感じになるから微妙ね。そうなると……人間がやたら交尾してる所しか無いわね。でもねぇ……あそこはあそこで面白い結果になるんだろうけど、何となく予想もつくから微妙なのよね」
(威張っているのはどんな人だ? 街の雰囲気から考えて……貴族だろうか? いや、ただの金持ちの可能性もあるな。交尾は多分、色街とかそう言う類の物だろう。そして、全部微妙なのか)
「そういえば、クソ爺に似たような爺さんが沢山居る所もあった……けど、あそこは変に結界が多いし反応も面白くないような気がするのよね……本当、どうしようかしら」
何やらリューシーは本気で悩んでいるらしい。頭を抱えてうんうん、とうなり始めた。
(一日あったのだから事前に決めておけば良いのに)
と、思ってしまう。するとソフィアがリューシーの肩に手を置く。
「リューシー、ブリューナクは今夜いっぱい命令を聞いてくれるんだから、そんなに悩まなくてもいいんじゃないかな? 色々な所を回れば良いんだよ」
ソフィアがそう言うと、リューシーはぱっと頭を上げ、自分に「そうなの?」と、聞いてきた。
「むしろ一回と言うのは、今夜いっぱい命令させろ。って意味の約束だと思ってたのですが、違ったのでしょうか?」
自分の答えを聞いて、リューシーはまるでパァと花が咲くように笑顔になった。
「違わない違わない! よし! じゃあ、最初は人間が交尾してる所よ! あそこは通りに人間がいっぱい居るから、上から落ちれば一発よ。きっと面白い事になるわ」
(微妙って言ってたじゃないか……)
そんな事を思いながら、ゲンナリとしている自分に向けて、隣でウィンクしているソフィアに気が付かずに、リューシーはどうするかを具体的に話し始めた。
まず、リューシーとソフィアは現地の適当な場所に隠れて、自分の<離魂影>が通りに降ってくるのを待つ。
そして、タイミングを見計らって自分の<離魂影>をその通りに向かって落として、それを見た人々が混乱する様を見て楽しむ。もし、驚かなかったら何か行動して驚かせる。と言った、簡単どころか雑すぎる考えだった。
ちなみに<離魂影>には重さが無いらしく、仮にの落下地点に人間が居て直撃してしまっても、黒い霧の中に入ってしまったようになるだけで、何も害はないとの事だ。
「じゃあ移動するわよ。付いてきなさい」
リューシーの後ろに付いて<離魂影>を飛ばす、夜なのにやたらと輝く通りが見え始めた。その手前で自分は上空へ行き、リューシー達はそのまま通りへと移動した。
十分に時間がたった後、自分は真下に見える輝く通りに向けて<離魂影>を垂直に落下するように操作した。
みるみる通りが近づいてき、そこを通っている人たちや、店の雰囲気から間違いなくここは色町のような物だと言う事が分かった。
そして<離魂影>が地面に激突する。幸い、落下地点に人は居なかったようで、誰かをくろいきりのなかにいる状態にすることは無かった。
ちなみに、地面に激突した<離魂影>は激突の衝撃で形を崩し、最初はただの煙の塊と言った物になったようだが、すぐに元の形を取り戻し、カブトムシの形に戻った。
そこでようやく、視界が安定したので周りを見ると、まさにパニックと化していた。<離魂影>に向けて武器を構える者。反対方向へ全速力で通りを走って逃げて行く者。躓いたのか、逃げそこなって転んでいる者。同じく腰が抜けたのかその場にへたり込んでいる者。と、様々な様子である。
視界を巡らせれば、近くの建物の屋根にリューシーとソフィアが、笑いながら腹を抱えて転げまわっているのが見える。
一通り笑い終えたのか、リューシーが事前に決めていた撤収のハンドサインを出しているのを確認したので<離魂影>を上空へ飛び上がらせた。
そして、最初に居た貧民街の外れまで戻ると、そこに満面の笑顔のリューシーとソフィアが待って居た。
「よくやったわ! ふふふ、見た? あの人間たちの顔! 特に、クソ爺の弟子があそこに居たのは良かったわ。ふふっ思い出しても笑えてくる。間抜け面してへたりこんでるんだもの! 何時も何時も、私の邪魔をしながらニヤニヤしてたあいつがよ? スカッと爽やかな気分よ!」
「良かったね、リューシー。じゃあ次はどこにする? まだ、夜は明けないよ」
「そうねぇ……この時間なら、次は威張ってる人間の所ね! 行きましょう」
そう言うや否や、リューシーは飛んで行く。そして飛びながら、次はどうするかを説明してきた。威張っている奴ら。多分貴族とか、そう言ったような地位の人間達だろう。そんな人間達が居る区画ついた。
そこにある家は、全部がお屋敷と言える程に大きかった。<離魂影>は、対策をされていない結界を通り抜けられる。と言う特徴の他に、煙のような特性を生かして、建物等の隙間から入り込むことも可能で、その特徴を使って窓から侵入し、枕元に現れ、驚かせてやろう。と、言うのが今回の作戦だ。
適当に物色し、リューシーが一際大きな屋敷を指差し「あそこにするわよ!」と言った。ちなみに、リューシーとソフィアは精霊だから壁なら通り抜ける事が出来るらしい。なので、まずリューシーが屋敷に先に入り、驚かせる対象を決める。
対象を決めたら<念話>で、自分とソフィアに連絡する。そして、その部屋にリューシーとソフィアが先に侵入し、自分の<離魂影>が入ってくるのを待つ。と言う方法を取ると言われた。
説明が終わると、二人はさっさと屋敷に入っていった。そして、二階のバルコニーから侵入して来て! と、リューシーから<念話>で連絡が入った。
この屋敷のバルコニーは広いとは言え、自分の<離魂影>がまるまる収まる程では無かったので、一気に窓に突っ込み強引に侵入を開始する。特に音は出なかったが、効果音を付けるならボフッと言った感じに窓の中、つまり室内に大量の黒い霧が入り、入りきらずに外で漂っていた分も、ゆっくりと隙間から入って行く。そして、全てが室内に入った所で<離魂影>が再構築される。
リューシーの狙った対象は、部屋の真ん中にある大きな天蓋付の豪華なベッドに寝ているらしく、そこへゆっくりと<離魂影>を近づけていく。
ベッドの前で停止しいざ驚かせよう! と、した所で<離魂影>には実体が無いので、威嚇音も鈴虫の音も鳴らすことができない。と、言う事に気が付く。
どうしようかと思っていたが<離魂影>の位置的に、ベッドに当たっていた窓から入る月明かりを遮る事になっていた。それに違和感を覚えたのだろう、ベッドに寝ていた人物が、天蓋に付いていたカーテンのような物を、自ら取り除いた。
そこにはそこそこ可愛らしい、成人はしていないが、少女と言うには大人びた女性が、かといって女性といっては幼い印象をうける人が、パジャマ……いやネグリジェというのだろうか? そんな物を着て居た。
その女性は、自分の<離魂影>を見て数秒固まった後、一切の悲鳴も上げず、すっと白目になってベッドへと仰向けに倒れ込んだ。
それを見て、部屋の隅で椅子に座って寝ている使用人だろうか? 黒いロングドレス? に白いエプロンを付けた、メイド服のような物を着て居る人の近くで腹を抱え、床を叩いているリューシーとソフィアが居た。
「最高、ほんっと最高。ふふふ。白目、白目になって。ふふふ、ちょっと待って。ふふふふ、んっふ。白目、うふぅ……んっふふふふ」
「やめ、リューシー、なにその笑い方。駄目、ボクむり、おなか痛い。フフフフ」
どうやらツボに入ってしまったのか、二人は少しの間転げまわっていた。そしてしばらくして、ようやく落ち着いたのか、目をこすりながら二人が立ち上がる。
「ふー、やっと落ち着いたわ。何だか、久々に悪戯が成功している気分だわ。いえ、実際成功しているのよね。でも、あんたの力だけなのよねぇ……やっぱり、人形が来るのを覚悟で私も魔法を使ってやろうかしら」
少し据わった目でリューシーが呟く。それを少し呆れた様子で、ソフィアが止める。
「止めときなよ、今夜は取り敢えずブリューナクだけで行こう。今は楽しい気分だけど、あのお爺さんが来たら台無しでしょ? どっちにしても、そろそろ夜が明けるから次で最後だろうしさ」
「そうね、なら最後は爺の巣窟よ」
リューシーを先頭に、自分達はその屋敷を後にした。そして、何か宗教的な物を感じる建物が密集した場所に来た。
「さぁ、じゃあまずこの建物に侵入する方法からね」
この教会のような建物は、全体に特殊な結界が張られているらしく、その結界は<離魂影>でも侵入できないそうだ。とは言え、完璧に張れている訳ではなく、地下の隠し通路のような場所や、排水溝等から侵入できるとの事だ。
なので、リューシーとソフィアは隠し通路を通って侵入し、自分の<離魂影>は排水溝から侵入する事になった。
何故分かれて侵入するのかと言うと、お屋敷に侵入した時もそうだが、リューシーとソフィアは周りから見えなくなる魔法を使えるとの事だ。実は自分と初めて会った時も使っていて、その上で自分に幻を見せる魔法を使って驚かそうとしていたらしいが、両方自分には効いておらず。自分がこれと言って反応しなかったため、死んでいると判断したとの事だ。
ちなみに、その時自分に見せようとしていた幻は、頭から丸のみにしてくる大蛇が迫ってくる幻と、全身がゆっくりと燃えて行く幻だったそうだ。両方とも痛みは無いし、それで死ぬ事は無い。と、言っていたが、洒落にならないんじゃないのか? と、思わないでもない。
それは置いておいて、リューシー達と別れ自分は建物内部に繋がる排水溝に<離魂影>を捻じ込む。きっと、はたから見ればものすごく珍妙な姿になっているのだろう。六十センチ四方の格子になっている排水溝に、人よりはるかに大きいカブトムシの影が、頭からズルズルと入り込んで行くのだから。
そして、全て入った後は視界がまともに働かないので勘を頼りに進み、そのまま排水溝を進んで行き、下水道へ出る。
出た後は、リューシーが何か通り道の排水溝に繋がる場所に、何か分かりやすい物を落とす。と言っていたので、それを待つ事にした。
待って居る間暇だったので、周りを見回す。壁には大小様々な出口と言うのか、が有り、自分の<離魂影>が入って来たのもその一つだった。
その排出される出口の下には、流れた物にもよるのだろうが、なんだか汚いシミのような物が付いていた。
さらに、それらが集まって大きな流れになっている下水道の本流のような汚水の川には、何とも言えない物が浮いたり沈んだりしている。
その本流の周りにある巡回用? 整備用? の通路には何だか少し大きなネズミのような生き物や、足が生えてポテポテと歩く変なキノコのような物が居た。
(キノコって歩くんだ……)
そんな事を考えながら少しすると、自分の<離魂影>に近い細い排水溝から、何か光る石のような物が落ちて来るのが見えた。それは、水面に当たると少し輝きながら砕けて消えていく。そんな不思議な物が、一定間隔で転がり落ちてくる。
(なんだこれ? ああなるほど、ここに入ればいいんだな)
おそらくこれが合図なのだろうと考え、自分は<離魂影>をその入り口に捻じ込む。転がり落ちてくる光る何かを何とか辿って進んでいくと、調理場のような所に出た。
ゆっくりと、洗い場からしみ出すように自分の<離魂影>が出てきて元のカブトムシの形になると、リューシーが話しかけてきた。
「分かりやすかったでしょ! よし、侵入成功ね! 誰にしましょうか? ここには何か悟ったような顔をした爺と、欲深そうな顔をした爺と、何人かの普通の爺と、沢山の男と沢山の女が居るわ」
「なんとも雑な把握の仕方ですね……爺と言う事は、高齢なんでしょうか? なら、その人たちは対象から外しましょう。変に驚かせてショックで死んじゃったら、それはもう悪戯じゃ済みませんしね」
「たしかにそうねぇ……。じゃあ取り敢えず、ここで一番広い部屋に行きましょう。あそこなら、いつも誰か居るはずよ。よくここには来てるけど、居ない日がなかったもの」
リューシーの後について移動する。いっそ、廊下を歩いていって最初に出会った人間でも良いか。みたいな事をリューシーとソフィア言っていたが、廊下では誰にも出会わず目的の場所に到着した。
そして大きな扉が、と言っても自分からすれば丁度良い大きさなのだが、そんな扉がある広間に着いた。
「ここですか? 誰も居ないみたいですけど」
「ここも広いけど、私が言ってる広い部屋はこの扉の向こうよ。ちょっと待ってなさい、中に人がいるか見て来るわ」
そう言って、リューシーは中に入った。そして、すぐに出てきた。
「居たわ。良く見かける女と男よ、二人そろって座り込んで俯いてるわ。今なら気が付かれずに入れるけど、ブリューナクにはどこから入ってもらおうかしら? 普通にこの扉を抜けるのも手だけど……」
そう言いながら、リューシーは考え込むように腕を組む。そして閃いたのか、ハッとしたような表情になる。
「そうね。そこの……なんだか管が沢山ついた良く分かんない物があるでしょ? それが、たしか中に繋がってるハズだから、そこから入って一気にあの二人の目の前に出て驚かせましょう。よし、決まり! じゃあお願いね」
そう言い残しリューシーとソフィアは扉を通り抜け中に入った。自分は<離魂影>を近くの、多分パイプオルガンみたいな楽器なのだろう、そんな壁に備え付けられた管が沢山付いた物の管の一本に捻じ込む。
管を抜けきると、丁度礼拝堂のような場所に出た。沢山の長椅子が有り、その先頭には何かお立ち台のような物があり、その後ろに何かを模した物がある。ぱっと見では¥のように見えるが、よく見れば何か違う不思議な形の物体である。多分この教会、いや、この宗教のシンボルなのだろう。
まぁ、そんなどうでも良い物は置いておいて、自分の<離魂影>は丁度天井付近でカブトムシの形を取り戻した。
真下には丁度目標の二人の影、長椅子の中頃には仲良くリューシーとソフィアが座って居て、自分が驚かせるのを待って居る。
さて、ここで問題が一つ発生する。この<離魂影>音も鳴らせないし、物も触る事ができないので、目標の二人をこちらに気が付かせる事ができない。
どうしようかと思案していると、ソフィアがシンボルの上辺りを指さした。見れば、そこには様々な色のガラスで作られたステンドグラスがあり、そこから落ちた光がちょうど祈る二人を照らしている。
(なるほど、あれを遮って<離魂影>の存在に気が付かせろって事か)
自分は<離魂影>をステンドグラスの前まで移動させる。その結果、光が遮られる。二人は、突然当たっていた光が消えたので、反射的にステンドグラスの方を見る。そして、自分の<離魂影>の姿を確認した。
そこで、一気に<離魂影>を床に落とす。お立ち台の前の広い空間に落ちた自分の<離魂影>を見て、女性の方は腰が抜けてしまったのだろう、悲鳴を上げてその場にへたりこんでしまった。
しかし、男性はどうも長剣を腰に差していたらしく、それを抜き放ち右手に持って切っ先を自分の<離魂影>に向けて対峙している。
(これはどうしたら?)
そう思いながらリューシー達の方を見ると、行け行け! とでも言いたそうなジェスチャーをしている。
(行けも何も、これ攻撃手段無いどころか何かする力も無いですよね?)
仕方がないので羽を広げ、角を動かす。当然、音が出ないので余り威圧感は無いが、これで二人が逃げていく事を期待する。
だが、男性は女性を背に庇うように隠したまま、自分の<離魂影>に剣を向け睨みつけている。
そして、そのままジリジリと後退し、男性が女性に何か言う。すると、女性は頭を振りながら男性に言い返している。そして少し会話した後、何故かキスをした。
(……なんだこれ? いや、本当なんだこれ?)
自分は、目の前の男性と女性、改めカップルを(どうしたら良いんだ?)と、眺めながらリューシー達の方を見る。すると、リューシーとソフィアは椅子を叩きながらも、音を出さないと言う器用な事をして笑っているようだ。
そして、自分が見ている事に気が付いたのだろう。リューシーが、プルプルと肩を震わせながらもっと行け! みたいなジェスチャーをした。
(もっと行けって……もう、どうにでもなれ)
自分はキスを終え、謎の覚悟を決めた雰囲気を持つカップルに<離魂影>を突っ込ませた。
<離魂影>は何にも触れる事が出来ない。故に、剣で切られようが何をされようが大丈夫である。しかし、魔力や魔力を込めたもの。つまり、魔道具や魔法で攻撃された場合簡単に消される。
そんな<離魂影>に向かって、カップルは魔法を放った。二つの炎の玉が自分の<離魂影>に当たる。結果、右側の角が一本、左の脚が二本消失する。
そして、男性がそこを好機と思ったのだろうか、手に持つ剣で切りかかってきた。多分、その剣は魔道具だったのだろう。自分の<離魂影>は正面から見事に真っ二つに切られてしまい、形を保てなくなり消滅した。
(なんだこれー……悪戯としては成功……なのか?)
消えていく<離魂影>の視界の隅で、リューシーとソフィアが大笑いしながらこちらに向かって親指を上げているのが見えた。
(成功か……それにしてもこの魔法、確かに偵察とかなら使えるのかもしれないけど、声が出せないし、物に触れないとなると、これでユーナさんに共有語を教わるなんて事はできないな……それはそうと、自分はこの後どうしたら良いのだろうか?)
<離魂影>が消されてしまったので、何時もの納屋の中で自分はどうするか考えた。だがそもそも、リューシーとソフィアがこの後どうするのかが分からない。
(お屋敷を出る時の言葉を考えるなら、もうどこかで何かをする。なんて事は無いはずだ。取り敢えず、待つか)
そして待つ事数分、リューシーとソフィアは自分の納屋の前に戻ってきた。
「いやー、お疲れ! 面白かったわ! 特に、最後が良かったわね。いや、威張ってる奴らの家に居た女の白目バターン! も面白かったけど、最後が特に良かったわ。まさか、あんな演劇みたいな事を普通にやるとはね」
「そうだね、まさか悠長にキスしだすなんて。フフッ正気を疑う……いや、正気じゃなかったのかもね。ちなみにリューシー、あの時ブリューナクの<離魂影>じゃなくて、本物の甲殻魔虫だったらどうなったの?」
「うーん、多分二人仲良くバラバラにされて胃袋に収まってたんじゃないかしら? 魔法の威力もそれほどじゃなかったし、剣も魔道具と言っても雰囲気重視みたいな物だしね」
「やっぱりそうなんだ。フフッ……ンッフ。フフフフ、あ、駄目だ変なツボに入った。フフフンッ! ンッフ! ン゛ッン! フゥ……ンッフフフフ」
二人が、今夜の事について一通り語り終えたのを見計らって、自分は話しかけた。
「さて、これで約束は果たしましたよ。良いですね?」
「良いわ。ありがとう、久々に何かスッキリしたわー。今度、あのクソ爺をどうにかするか、出しぬけそうだったら又誘うわ。じゃあね!」
そう言って、リューシーが消えそうになったので自分は呼び止めた。
「ちょっと待ってください。一つ聞いておきたいんですが、二人は共有語って使えます?」
「私は使えないわね。ソフィアは?」
「残念ながらボクも無理だね。ただ、こうやって変身すれば使えるよ」
そうソフィアは言いながら、先ほど教会のような建物に居たカップルの、女性の方へと姿を変える。そして、すぐに元の何の特徴も無いソフィアの姿に戻る。
「え、何ですか今の? 魔法とかで人間に変身したのでしょうか?」
思わぬところで目的の魔法を見つけた! と喜びかけたが、すぐにそれはぬか喜びへと変わる。
「いや、これはボクら人の精霊が元から持っている力みたいな物なんだ。一定範囲内の人間になら誰にでも化ける事が出来る。そんな能力さ。ちなみに、これを使っている間は精霊語を話せないし、聞き取る事も出来なくなるんだ。その代わり、変身した人物の能力を丸ごと写す事ができてね、これはこれで色々悪戯に使えるんだ。ただ、その対象の能力、基本的には魔力だね。それが高ければ高いほど魔力を消費してね。更に連続で使っても消費が激しいから何とも言えないんだけど」
それを聞いて、リューシーは何かを思い出したかのように顔を輝かせる。
「そうそう、ソフィアが人間の間で何て呼ばれているか知ってる?」
リューシーがそうやって自分に問いかけてくる。対して、ソフィアはヤレヤレと言った風に首を振っている。
「さぁ? 分かりませんね。何と呼ばれているんですか?」
「それがね、ドッペルゲンガーとか、夢魔とか、そんな風に呼ばれててね。しかも、夢魔に関しては人間の寝室に入って、勝手にその人間と交尾する。とか言う訳のわかんないモンスターにされてるのよ。ふふふ、おかしいでしょ」
そんな事を言って、ケラケラと笑いだすリューシー。それを見て、頭を抱えながらソフィアが続ける。
「ドッペルゲンガーに至っては、出会ったら憑り殺される。なんて、言われてるんだよ? ボク、一回もそんな事していないし、できないのにさ。確かに、夢魔に関しては忍び込んだ家の人間に変身して、好みの異性を読み取って、その好みの異性に一番近い人間に変身して、誘惑した所をリューシーの魔法で昏倒させる悪戯を何度かしたから分かるよ? でもドッペルゲンガーの方は、出会って驚いて方向転換したら溝に嵌るとか、道端のゴミを踏むとか、段差に躓くとか、酷くても軽い怪我で済む程度の悪戯だったのに……どうしてこうなったんだろう」
(多分、リューシーも悪乗りしたんだろうけど、まぁ自業自得だなぁ)
そんな事を思っても、自分は声には出さなかった。どう考えても、面倒くさい事になるのが分かり切っているからだ。
「そうですか、大変でしたね。噂は尾鰭が付く物ですから仕方ないですよ」
「そうなんだよー、困っちゃうよね」
「もう良いかしら? そろそろ私、寝たいから行くわね」
話は終わった。と判断したリューシーが消え始めるが、自分は再度呼び止める。
「ああ、最後にこの辺りでモンスターが人間に変わった。とか言う話を聞いた事は無いでしょうか?」
リューシーは少し顔を顰めながらも、消えるのを待ってくれた。
「うーん……私は無いわね。ソフィアは?」
「ボクも……いや、そういえば北の方のなんだっけ? 今はアマ……アマ……ダ? たしかアマダ王国だっけ? この前来た風の精霊が、その国を通りかかった時に、見たんだって。なんでも、気持ちの悪い音を鳴らせながら、モンスターが人間に変身していたらしいよ『本当、マジ超気持ち悪かったー!』って、言っていたから覚えてる」
「へぇ、それは最近の事ですか? ああ、精霊としての時間間隔では無く、人間の時間間隔でお願いします」
そう、自分が質問すると、ソフィアは思い出すように頭を捻りながら話始める。
「たしかね……えーっと、あのお爺さんの浴室で暴れて、家ごと全部ぐちゃぐちゃになったから凄く怒られて……でも、人形に追いかけられる前の話だから……あー多分、一年半位かな?」
「なるほど、ありがとうございます。アマダ王国ですか……どうにかして、ユーナさんを連れて行けないかな……」
「もう何も無いわね? 今度こそ行くわよ?」
そう言うや否や、リューシーは消えてしまった。よっぽど、家に帰りたかったのだろう。精霊に家が有るのかどうか分からないが。
「じゃあ、ボクも行くね。今夜は楽しかったよ、また遊ぼうね。ばいばい」
そう言い残して、ソフィアも消えた。そして一人、いや、一匹残される自分。
(さて、今日こそはユーナさんが来てくれる事を期待しようか。もし、今日も来なかったら、六日来てない事になるな……もし、もしもだ。本当にもし、今日来なかったら、逆に明日も待とう。そこで、丁度一週間になってきりが良い。それに、ユーナさんが一週間ぶっ続けで何かやってるなら、流石にそろそろ休みを入れるだろう。そこで、こっちに来るはずだ。もし来ないなら、本当に今度こそこっちから行けばいい)
街の方から鐘が鳴る音が聞こえた。いつもも通り荷馬車がやってきて、自分の前に朝食が用意される。それを平らげ、今日やる事を考える。
そして、昼食まで考えに考えたが、魔力操作の練習くらいしかやれることが無いと言う結論に達し、それを黙々と続けて過ごした。
結局、この日もユーナさんは日が暮れても来なかった。
(取り敢えず、明日だ。現在自分は、二日連続で徹夜している。疲れや眠気は感じないけど、それが今の体の特性で、限界が来たら突然眠ってしまう。なんて事になったら大変だ)
そう考え、寝るために周りの明かりが消えるのを待って居ると、今夜も又リューシーとソフィアが来た。




