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ブリューナクな日々  作者: 大きいは強さ
第2章:帝国
41/52

第20.5話 キースとタニア

 灼熱山脈の裾野から広がる巨大な森、その名も獣牙の大森林。

 そこに生息するモンスターは基本的に獰猛であり、長年東西を分断していたと言えばどれほどの物かは想像がつくだろう。

 それだけではなく、所々に草原を切り取り交換されたとしか思えない開けた場所が存在するのだ。これは、はっきりとは分かっていないが、伝説の魔術師が関わっているとされている。

 その昔、この地はガスピノ王国に治められており、その国には偉大な魔術師が居た。そしてその人物はこの森の中に隠れ家を作り、己の知識を隠したと言う伝説がある。

 その影響から、所々に開けた場所があるとされているのである。ちなみに、調べてみても特に何もなく。隠れ家そのものも未だ見つけ出したものは居ない。

 そんな森の近く……と言っても十分に離れてはいるのだが、にある村。帝国と王国の国境に近いが、ここ数年は戦争も無いため、村人は今日も平和に畑仕事や家畜の世話をして過ごしていた。

 そんな村の中央にある村長の家、その屋根裏に動く二つの影があった。


「お兄ちゃーん……どこー?」


 一つは、そう言いながら屋根裏を心細そうに歩いている。茶色の髪を肩口で切りそろえ、小動物のような、くりっとした茶色い瞳をした十歳くらいの少女である。

 そんな少女を、屋根裏に置いてある荷物の陰から伺うもう一つの影。それは、ゆっくりと少女の後ろに移動して……。


「わっ!!」


「きゃああああああああ!」


「ふふふ、驚いたかい? タニア」


「もうっ! キースお兄ちゃんの馬鹿!」


 そう、タニアと言う名の少女を物陰から飛び出して驚かせたのは、彼女の兄であるキースである。彼もまたタニアに似た色の髪を短く切りそろえて居る。

 瞳は淡い緑色をしており、妹と同じく大きな目をしているが、こちらはパッチリとしていると言う感じである。


「ごめんごめん、そんなに怒らないでよ。それよりも、良い物を見つけたんだ。付いておいで」


 そう言ってキースは、タニアの手を引いて屋根裏の荷物の間を進んで行く。本来、この屋根裏には2人は入ってはいけない。と、母親から言われている。

 理由は簡単で、服が汚れるから、置いてある荷物が落ちてきて下敷きになっては危険だからと言う、良くある物である。

 その言いつけを破り、ここに来るのが、ここ最近の二人のちょっとした冒険となっていた。


「何を見つけたの?」


「いいから、ついておいで。きっとタニアも気に入るはずさ」


 そうして二人は屋根裏の一番奥に着いた。そこには、木で出来た古びた鏡台が置いてあった。

 鏡が有るはずの場所には何も存在せず、木の枠があるだけで、そこには蜘蛛の巣が張ってあり、台その物には埃も溜まっていた。それを見てタニアは、とてもじゃないがキースの言う「良い物」だとは思えなかった。


「お兄ちゃん、これ?」


「ふふふ、見ててご覧」


 そう言ってキースが鏡台に手をかざすと、鏡台を構成する木材だろうか、その接合部から青白い光が漏れ出し、台には幾何学模様、魔法陣と呼ばれるものが出てきた。

 更に木の枠にも魔法陣が浮きだし、台と木枠の魔法陣の発する光の交差する空中に、何か地図のような物が浮かび上がる。


「どうだい? 良い物だろう?」


「凄い凄い! 何これ?!」


「さぁ? 地図みたいだけど……危ないって言われている、獣牙の大森林の地図かな? ほら、このあたりが多分僕らの村だよ」


 そう言いながら、キースは空中に投影される地図の一点を指す。すると、赤く光り、そこから赤い線がゆっくり伸びて行き、地図の中の森へと進んで行く。

 そして、ある地点で止まり、そこに四角い本体に三角の屋根の付いた、家のようなマークが浮かび上がる。


「わー……お兄ちゃん何したの?」


 タニアは光りながら浮かぶ地図を眺めながら、キースに質問をする。


「いや、僕も何が何だか……でも何だろうね? 家かな? でも、あの森の中に家なんか建てても、すぐにモンスターに壊されちゃうだろうし……」


 そんな事を言いながら二人で地図を眺めて居ると、タニアが鏡台の真ん中から、一際強烈な光が出て居る事に気が付いた。良く見てみれば、そこには引き出しのような物が有るようだ。


「お兄ちゃん、ここに何かあるみたいだよ」


「ん? 本当だ。さっき光らせた時はこんな所見つからなかったのに……なんでだろう?」


「見てみましょう。あ、何かあるよ。もしかすると、宝物かも!」


「そうだね、せっかくだし開けてみようか」


 キースが引き出しを引くと、そこには、光り輝く水晶のような物を嵌めこんだ本が1冊入っていた。

タイトルのような物はないが、金属のような光沢を持つ物で細かな模様を描いて装丁されており、中央の光る水晶と合わせて、一つの芸術品のような見た目になっている。


「わー……綺麗」


「なんだ、これ……すごいな。もしかして、この鏡台って我が家の家宝とか、そう言う物だったのかな?」


「宝物?! お兄ちゃん、その本私にも貸して」


「いいよ」


 そう言いながらキースがタニアに本を渡そうとすると、本が独りでに開いた。本の背をキースが持っているのにも拘らずだ。

 当然、突然の事態にキースは本を取り落とす。しかし、本はそのまま床には落ちず、輝きを放ちながらふわふわと浮き始める。そして、鏡台から未だ映し出されている地図に重なると、物凄い勢いでページが捲れ始める。

 そんな異常な事態が発生しているのだ。キースとタニアは逃げ出そうとした。しかし、その足は一切動かず。その本から顔を逸らす事も、声を出す事も出来ない。

 やがて、本の光が収まると鏡台の光も消え、うっすらと光る本に嵌めこまれた水晶を残して、全てが砂のように崩れ、風もないのに風に吹かれるように消え去った。

 そして、残った水晶が浮かびながら、ゆっくりとタニアに近づいて行く。しかし、ある程度近づいたところで停止し、少したってから今度はキースの方へと移動した。

 キースの前で停止した水晶は、そのままキースの顔の前へと移動し、額に接触した。その瞬間、キースがビクッと背筋を震わせながら白目を剥いた。

 そして水晶の光が消えた。それと同時に、二人はそれまでの拘束から解放され、タニアは床に尻餅をつき、キースはそのまま床に崩れ落ちた。光を失った水晶はゆっくりと落ちてきて、床に転がった。


「……あ、お兄ちゃん! お兄ちゃん!? しっかりして」


 タニアは最初、一連の事態を理解できず呆けていたが、隣に兄であるキースが倒れている事に気が付き、必死になって横で倒れているキースを揺する。


「う……ん、僕、俺は……うぅ……成功? したのか?」


 そんな事を言いながら、キースはゆっくりと体を起こす。


「お兄ちゃん、大丈夫? 突然光るし、お兄ちゃんは倒れるし、どうなってるの?」


「あ……ああ、うん、大丈夫だタニ、ア……大丈夫だ」


「本当に? 頭とか打ってない?」


 タニアの心配をよそに、キースはキョロキョロと周りを見渡し、光が消えた水晶を見つけると、それを素早く拾い「よっこいしょ」と、言いながら立ち上がった


「大丈夫だ……よ、タニア。ほら、どこも悪くない」


 そう言いながら、キースはその場で軽くジャンプしたり、伸びをしたりしている。それを見ながら、タニアも一安心したのか、表情を緩める。


「もうっ! 本当に心配したんだからね!」


「ごめんな。それよりも、今日ここで有った事は内緒にしとこうか」


「なんで? 何か怖い事が有ったら、ちゃんと言いなさいってお母さんに言われてるよ?」


「でも、今日有ったことを言うと、僕達がここに居たことを僕達でバラしちゃうよ? そうすると、母さんに叱られるし、もしかしたら父さんからも怒られちゃうかもしれないよ?」


 キースの言葉をうけタニアは考え込む、母の言付は守るべきだ。だが守った場合、自分達が言付を破ったことも白状する事になる。

 それに、報告した所でその恐ろしい現象を起こした鏡台は既に存在しない。そうなると、自分達が正直に入ってはいけない。と言われた所に入った事を白状するだけになってしまう。


(どうしよう? お兄ちゃんは心配だけど、叱られるのは嫌だなぁ……)


 うんうんと唸りながら悩んでいるタニアを見かねてか、キースは一つ提案した。


「じゃあ、そうだね。今日の所は言わないでおこう。そして、父さんか母さんが入る時に手伝うふりをしながらここに来るのさ。そして、その時に今日起こった事が、起こったことにするのさ。そうすれば、僕達が今日ここに入ったことは気が付かれず。その上で鏡台が消えちゃったのを説明できるよ?」


「うーん……分かった。じゃあそうする」


 タニアは、少し悪い事をしている気がして嫌だったが、叱られるのが怖かったので納得した。


「よし、じゃあ今日有った事は僕達2人の秘密だよ」


 そんな約束をし、二人はこっそりと屋根裏から降り、自室へ戻り、母に夕食に呼ばれたので、何時も通り家族六人で食事を取り、その日は眠りについた。

 その後、特に何が有る訳でも無く数日たった頃、タニアは最近兄の様子がおかしい事に気が付いた。

 まず、これまではタニアが一人で母の手伝いをしていると、ちょっかいはかけるものの、手伝ってくれていた。

 なのに、最近はちょっかいすらかけて来ない。最初は(お兄ちゃん、忙しくなっちゃったのかな)と、考えて居た。年齢的には、今までお手伝いとしてやっていた畑仕事を、本格的にやらされる頃だからだ。

 しかしある日、キースが一人で家の裏の地面に何かを木で描いているのを見つけた。見ていると、その模様のようなものは一瞬発光したかと思うと、その中央に人のような形をした物を吐き出した。

 それを見て「まだ、こんなもんか……まぁ仕方ねぇか……まだ馴染みきってねぇしな」と、まるで別人のような口調でキースは呟いていた。


(お兄ちゃん……あんな風だったっかなぁ?)


 その後も、度々似たような事をしている所をタニアは見かけ、夜中に部屋から出て行く事もあり、やはり何かおかしいと思い始めた。


(やっぱり、お兄ちゃんはあの時何かおかしくなっちゃったんだ……でも、どうしよう)


 母や父に言おうともした。だが、なぜか言おうとするたびに、何かタイミングが悪かったり、用事でいなかったりと、言うタイミングを逃し続けていた。

 そんなある日、村に沢山の兵隊さんが来て、そのまま獣牙の大森林の方へ歩いて行った。その日の夕食後、村長である祖父が深刻そうな顔で「みんな聞いてくれ」と、言い出した。


「どうやら、隣国のザイゴッシュ王国と、ワシらが居るこのシクエーズ=セクレア帝国が戦争を始めるらしい。しかも、もうザイゴッシュ王国の兵はすぐそこ、獣牙の大森林の近くまで来て居るそうだ」


 それを聞き、いつもは温厚な父が怒りを露わにして立ちあがりながら怒鳴る。


「なっ! 父さん、なんでそんな事を隠していたんだ!」


「違う! ワシも今日、兵士に聞かされたんだ! それで、どうする?」


「どうするも何も、逃げないといけないじゃない。皆にも知らせて、支度しないと!」


 そう言いながら立ち上がる母を、祖父が止める。


「待て、どちらにしても明日、軍の人間が来るからそれの対応をせねばならん。それに逃げたとして、ワシらはどうすればいい? となり村まで逃げて、どうする? そこにワシらの畑や家畜はおらんぞ?」


「でも、命があるだけ良いじゃない!」


「そうだ、命が有れば良い。だからお前と、婆さんと孫たちだけで隣村……いや、もう少し遠くの町まで逃げろ」


 タニアは、戦争の言葉が持つ意味を理解できなかったが、大人達の雰囲気から不安な気持ちになった。そこで(お兄ちゃんはどうなんだろう?)と、キースの方を見る。

 すると、キースは手を顎に当て「いや……だが、三日? いや、四日は欲しい……動かしたとして……あそこに行くまでに……間に合う……」等と、ぶつぶつ呟いていた。

 結局、その後も大人たちの話は続き、母に「あなた達はもう寝なさい」と、言われ二人は自室へ戻った。

 そして、タニアはベッドに入りながらキースに話しかけた。


「お兄ちゃん……戦争って怖いの?」


「ああ、怖いよ……とっても怖い」


「お兄ちゃんは、戦争を知っているの?」


「……知らないよ。でも本や、爺ちゃん達からどんな物かは聞いてる」


「どんなものなの?」


「人がね、沢山死ぬんだ。武器を持って、敵を殺せと叫びながらね」


 タニアはベッドの中で体を震わせた。キースの表情は真っ暗なので良く見えないが、声は震えていた。


「お兄ちゃんも怖い?」


「ああ、怖いさ。怖いね。だから、怖く無くすために、ある場所まで行かなきゃならない」


「それは、どこ?」


「前に、二人で屋根裏に上がったよね? そこで、鏡台から浮かぶ地図を見ただろ? あれの家みたいなマークが付いた所さ」


 タニアは、あの時の事を思い出す。たしかに、キースが地図に触れると獣牙の大森林に謎のマークが現れた。だから、キースはそのマークが示した場所に行く。と、言う事の意味を理解する。


「お兄ちゃん……獣牙の大森林に行くの?」


 タニアは、声を震わせながらキースへ問いかける。あの森だけは行ってはならないと、家族以外の大人や、たまにこの村へ来る冒険者も怖い顔をして言うのだ。

 そして、実際そう言っていた者達の中には、森へ行ったきり帰ってこない者も居る。そんな場所へ、キースは行くと言うのだ。


「行くしかないんだ。行かないと駄目なんだ」


 そんな事を言うキースを、タニアはどうにかして引き留めないといけないと感じた。行かせてしまうと、二度と帰ってこない気がしたからだ。


「駄目! 絶対に行っちゃ駄目! 行くって言うなら、お母さんに言いつけるから!」


「いいよ、言いつけな。でも、僕は行くよ」


「もう! 私知らない!」


 そう言い捨て、タニアはキースに背を向けるようにベッドに横になり、毛布を頭まで被り寝た。

 次の日、父と母と祖父が村の会合に行っていた。帰ってくるまでにタニアとキースは寝たので知らないが、激しい議論を交わしたのだろう。三人とも、つかれた顔をしていた。

 その次の日、村人たちは慌ただしく何かをしていた。きっと、一昨日祖父が言って居たこの村から逃げ出す準備をしているのだろう。

 タニアはキースの話や、大人たちの雰囲気から、戦争は怖い物だと理解はしたが、何故逃げ出すのかは良く分からないまま、その準備の手伝いをしていた。

 その日は村人総出で準備をしていたが、終わらなかったので、明日に持ち越すことになった。その日の夕方、タニアは空に何かがもの凄い速さで飛ぶのを見た。それは、細い雲を引きながら獣牙の大森林の方へと飛び去って行った。

 そして次の日の朝、キースはベッドから出ると、音をたてないように色々と準備をし、まるで森にいくような厚手の服装で部屋から出ようとした。


「お兄ちゃん、どこへ行くの? 今日で準備を終わらせて、隣村まで逃げるんだよ?」


 タニアは何故か(今日、行くんだろうな)と、感じていたため、前日に似たような準備をしていた。


「どこへ行くかは言っただろう?」


「うん、知ってる。だから、私もつれて行って」


 タニアの発言は予想外だったのか、キースは驚いた顔で振り向く。そこでタニアもベッドから出てきて、すでに準備していた事を見せつけた。

 キースの服装と似たデザインの厚手の服と、家族で隣村や今日逃げる予定の町まで行く時に持っていくリュックを背負っている。


「まいったね……本当に良いのかい?」


「どうせ、お兄ちゃんを止めても聞かないもん。なら、私も一緒に行って、後でお母さんに言いつけてあげる」


「はははっ……本当に付いてくるのかい?」


 キースは、タニアの言いつける。と言う可愛らしい静止の言葉に、頭を掻きながら答えるが、どうもタニアは本気のようで「うん」とキースの目をしっかりと見つめ、答えた。数秒刊、タニアとキースは向かい合い、キースは微笑んだ。


「わかった、連れて行くよ。ゆっくり、音をたてないように動いてね? 皆を起こしちゃ駄目だからね」


 二人はそろそろと、音を立てないように進み裏口から外へ出た。そして、キースはそこにあった茂みを軽く触る。

 すると、茂みは霧が晴れるように消えて行き、その下から円の中に幾何学模様を書き込まれた木の板が出現した。

 キースはその板の中央に、いつかの光っていた水晶を置き、何やら呟き始めた。タニアには、それが何を意味するのか分からなかったが、知る人が聞けば分かる物、いわゆる詠唱と呼ばれる物を行った。

 そして、その詠唱が終わると、木の板とその中央に置いた水晶を飲み込んで、土が隆起した。小山のようになった土は、どんどん形を変えてゆき、ずんぐりとした犬のような形に変わった。

 そしてその胴体のような部分に、先ほど飲み込まれた板が扉のように嵌っており、その板の取っ手のような部分をキースが引っ張ると、扉のように開いた。

 その中にキースは入って行き、タニアに対しておいでおいでと、手招きした。それに従い、タニアも中に入った。

 中は当然と言うのか、土で出来ていた。ただ、椅子のようになっている段差は土と言うより、粘土を焼き固めた焼き物のようになっており、座っても服が汚れないようになっていた。天井にはあの水晶が嵌っており、少し発光しているのだろう。内部を優しく照らしている。

 そして、キースとタニア二人がその椅子のような部分に座ると「じゃあ、出発」と、キースが言うや否や、その土で出来た何かは動き出した。

 扉になっている板の隙間から入る風の勢いを考えれば、結構なスピードが出ている感じがするのだが、揺れがほとんどない。


(なんで、お兄ちゃんはこんな事ができるんだろう……こんな事、村の誰も出来ないのに)


 タニアが悩んでいると、だんだんとスピードが落ちてゆき、停止した。


「タニア、もう獣牙の大森林の中に入るから、大きな音を立てちゃ駄目だよ?」


 タニアはそれに無言で頷く。それを確認してから、キースは天井にある水晶に触れる。すると扉の隙間が無くなり、軽い振動の後また動きはじめた。


「ねぇ、お兄ちゃん。お兄ちゃんは何でこんな事ができるの? 誰かに教えて貰ったの?」


 そんなタニアの疑問をキースは「さぁ、どうだろうね?」 と、曖昧な事を言いながら微笑み誤魔化す。タニアは大声で問い詰めようとしたが、口に手を当てられてしまい防がれた。


「もう少しの間だけ静かにね? すぐにつくから。そうしたら答えるよ」


 その言葉を聞き、タニアは渋々頷き大人しくした。そうして静かにしていると、軽い振動が起きた。


「さ、付いたよ。外に出ようか」


 そう言って扉を開けると、そこは当然だが森の中だった。タニアが降りてみると、周りには木しか存在せず、とてもここに何か有るとは思えなかった。

 キースは中で何やらやっていたが、水晶を外していたようだ。それを片手に飛び降りる。着地すると、ほぼ同時にここまで乗って来た土で出来た何かは砂のように崩れ去り、風に吹かれるように消えて行った。

 そして、キースはおもむろに目の前の空間に水晶を掲げた。すると、目の前の空間が軽く揺らぎ、そこが裂けるように開いた。


「おにっ!」


 タニアがキースに質問しようとすると、キースがタニアの口を塞ぎ、人差し指を口の前に持ってきた。


「静かに、まずは中に入ろう。行くよ」


 コクコクと頷くタニアの手を引いて、キースはその裂け目を潜る。そこは、開けた場所で、井戸付きの家が一軒建っていた。裂け目は二人が潜り抜けると、まるで元から無かったかのように消えていた。


(裂ける前は家なんてみえなかったのに……不思議だなぁ……そうだ!)


「お兄ちゃん凄いね! どうなってるの?」


「よし、ここまで来たら安心だから説明してあげよう」


 キース曰く、あの日光り輝いていた本。あれは、村でよく話される昔話に出てくる、伝説の魔術師の物だったらしい。

 そして、キースはその本に選ばれたそうだ。結果、本の中に有った膨大な知識が水晶を通してキースの頭に入り込み、こんな風に色んな魔法を使ったりすることができる。との事だ。


「なんだかよくわかんないけど、凄い……んだよね?」


「うーん、どうだろう? 凄いと言えば凄いんだろうけど、タニアはどう思う?」


「凄いと思う!」


「じゃあ、凄いんだ。さて説明もしたし、そろそろここに来た目的を果たそうか」


 そう言って、キースは家へ入ろうと扉に手をかける。


「お兄ちゃん、勝手に入っていいの?」


「そうそう、言い忘れてたんだけど、ここはさっき言ってた伝説の魔術師の隠れ家なんだよ」


「へー……でも、勝手に入ってもいいの?」


「いいよ、僕は知識を受け継いだ時に、この家を使う許可も得たからね」


「あの光る本は凄い物だったんだねぇ」


 タニアの感心するような声を聞きながら、キースが家に入り、それに続くようにタニアも入った。中の間取りは普通の家と同じで、キースとタニアの住む家と良く似た形をしていた。

 天井からは、キースが持っていた水晶と同じような物が吊るされており、それが光って暗い家の中を照らしている。

 机の上には色々な紙や本が乱雑に置いてあり、床も埃などは落ちてはいないが色々な物が置いてあり、足の踏み場がない所もあった。

 そんな室内をキースは器用に移動しながら、必要だと思われる物を回収していく。それは、本だったり、ただの石版だったり、花瓶だったりと様々だ。


「お兄ちゃん、何してるの?」


「ふふふ、秘密」


 キースは、そのままどんどん家の奥へ行く。一番奥に着くと、そこには何かを嵌めこむ事ができる大きな石のテーブルが置いてあった。

 そこにキースは持ってきた水晶を嵌めこみ、更に今この場所に来るまでに家の中で回収した物を、他の窪みに近づける。

 すると、それらは全て崩れるように消えて行き、後には持ってきた水晶と似たような水晶が残るだけになった。

 そして、四つの水晶が窪みに嵌ると、その真ん中の小さな窪みが光り始めた。その光はだんだん強くなって行き、ついには目を開けて居られない程になった。


「お兄ちゃん! 凄く眩しい! どうなってるの?!」


「もうちょっと我慢して!」


 少しすると、光はだんだんと収まって行き、最後には消えた。そして、消えた所には小さな水晶のようなものがあった。

 周りに嵌めこんだ水晶は、跡形も無く消えていた。それを満足そうにキースは眺め、小さな水晶をテーブルから外す。

 すると、テーブルはこれまた砂のように崩れ、消え……なかった。砂のようになったそれは、風に巻き上げられるように形を変えて行き、一つの頑丈そうな斜めに切られたような石の柱へと変わった。

 その断面のようなっている所にキースが手を乗せると、家そのものが一瞬輝いた。


「これで、よし。後は色々荷物を集めないとな、タニア手伝ってくれるかい?」


「うん! 手伝う」


 そして、キースと一緒にタニアは家の中を探し回った。キースの探して居る物は、本や用途不明の石、等関連性の感じられない、良く分からない物ばかりだった。

 しかしタニアは(さっきもお兄ちゃんは良く分からない事しかしてないけど、意味があったから、これもきっと意味が有るんだ)と、考え、指示のままに探し物をした。

 そうして、けっこうな量の荷物になった頃、奥の柱からキィーンと高い金属音のような物が聞こえてきた。更に、石が割れるような音をさせて罅が入った。


「まさか!? 気が付かれた上に、破壊されそう……いや、されたのか?!」


舌打ちをしながらキースは家から出た。


「待ってよ、お兄ちゃん!」


 それに続いてタニアも出る。すると、そこには恐ろしい者が居た。

 外は既に暗くなっており、森の中と言う事もあり光が無い。そんな場所に爛々と輝く五つの赤い光、目を凝らして見ると、その赤い光の近くに揺れる光が見える、村でも良く見かけるランタンだ。その光によって浮かび上がった五つの光の正体は目だった。

 それは真っ黒な体をしていて、きっとどんな物でも貫き通す事ができる角が生えていた。六本の脚はそれぞれ鋭い爪が付いていて、それに触れるだけで傷を負いそうなおそろしい見た目だ。


「タニア、僕の後ろに来て」


「お兄ちゃん……あれは何? 凄く怖いよ」


「あれは、甲殻魔虫……恐ろしいモンスターだけど、大丈夫お兄ちゃんに任せな」


 そうやって、二人で甲殻魔虫を睨みつけていると、ランタンを持っている者達が話しかけてきた。


「大丈夫、落ち着くんだ。我々は、帝国軍火炎騎士団所属の者だ。君たちを保護しに来た」


「そ、そうよー、お姉さんは悪い人じゃないわよー? この甲殻魔虫が怖いのかな? 大丈夫よ、このモンスターはお姉さんがちゃんと制御しているからあなた達を襲わないわ、それどころかモンスターから守ってくれるわよ」


 一人は見たことのある鎧に、見たことのある模様の入った鎧を着た男だ。他の鎧を着た三人も一人は女性だが、似たような鎧を着て居る。だが、一人だけたまに村に来る旅一座の踊り子のような服装の人物が居る。


「お兄ちゃん! ほご、って助けるみたいな意味だよね? 大丈夫だよ、危なくないよ」


「タニア、あのモンスターを見て、次にあの一人だけ鎧を着て居ない女の人を見るんだ」


 そう言われてタニアはモンスターを再度みたが、恐ろしいと言う事以外、何もわからなかった。踊り子のような服装の女の人の方を見ても(あんなので恥ずかしくないのかな?)としか思わなかった。


「モンスターは怖いけど、お姉さんは寒そうなだけで何もないよ?」


「タニアにはまだ難しかったか、待て! そこで止まれ!」


 キースがそう言うと、五人は止まった。


「帝国軍と言ったが、その踊り子みたいな女の人は何だ! 明らかに帝国軍じゃないだろう!」


 キースの言葉に、踊り子のような女は苦虫を噛み潰したような表情になる。


「わ、私は帝国軍……だけど、違うの。あ、違う訳じゃないんだけど、違……もうっ!」


「信用ならないな! 早くここから出て行け!」


 五人はその言葉を聞き、どうしようかと悩むように顔を見合わせている。


「お兄ちゃん止めようよ、大丈夫だよ。多分、悪い人じゃないよ」


「いや、信じられない。タニア、家の中に入っていてくれない? 今からちょっと危ない事をするからさ」


「何するの?! 駄目だよお兄ちゃん!」


 そんなタニアの抑止する言葉を振り切って、キースは5人に向き直る。


「早くここから出て行け! 出て行かないなら、実力行使に出る!」


 その言葉を聞き、五人は「少し気が立っているみたいだ。ちょっと距離を取ろう」と言いながら少し後ろに下がる。


「お兄ちゃん、駄目だよ! 助けに来てくれたって言ってたよ!」


 タニアは泣きながらキースを止めようとするが、キースは手でそれを止める。そして、そのまま先ほどから持っていた小さな水晶を握り、ぶつぶつと呟き始める。


「おい、あれまずくないか?」「マクラミン様、あれどうにかしてくださいよ」「え、私? これ、私のせいなの?」「仕方ねぇ、ユート! 俺と一緒に下級一段を撃て、気絶させる」「分かった、ケバル。俺は土を撃つ」「じゃあ、俺は火にしとく」「あんたたち、容赦ないわね」


 等と目の前の五人は言って居る。それを見ながらキースは手を開き、その水晶を掲げながら手を上に上げる。対して、ユートとケバルと呼び合った鎧を着た男性二人の前には、土の塊と火の玉が浮かんでいる。


「ほらタニア、彼らは悪者だったんだ。お兄ちゃんがどうにかするから、隠れ家の中にいてくれ、やっつけたら村へ帰ろう?」


「うん、わかった……お兄ちゃん危ない事しちゃ駄目だよ」


 そう言ってタニアは家の中に入った。家には当然と言うのか、窓があるのでそこから家の外に居るキースの姿を見る事が出来た。

 家に入ってすぐ、窓からキースを眺めると、丁度キースに向かって、何か土の塊のような物と光る玉、火の玉だろうか? そんな物が飛んで行くところだった。


「お兄ちゃん危ない!」


 タニアは、家の中からでは声が届かない事を知りながらもそう叫んだ。しかし、その心配は無用であった。キースの前に何かが生え、それを弾いたからだ。

 その後も驚きの連続であった。あの甲殻魔虫と言われたモンスターは、キースの出したゴーレムを一瞬で砕いたり、風や水をぶちまけて全てを吹き飛ばしたり、キースの切り札だった黒い巨人も倒してしまった。

 そして、その黒い巨人の胸からキースが気を失って出てきた時、タニアは家から飛び出した。


「お兄ちゃんを苛めちゃダメ!」


 自分の力ではどうすることもできないのは分かっていたが、タニアは、そう言いながらキースに覆いかぶさった。そうすることしかできなかった。それに、鎧を着て居た女性が話しかける。


「あー……タニアちゃん? お姉さんたちは苛めてないのよ? ほら、お兄さんの頭を見て、血が出ているでしょう? 私が治すからちょっとだけどいてくれないかな? 大丈夫だから」


 キースの額をタニアが見ると、確かに血が出ていた。それもあって、キースに覆いかぶさっていたのだが、そう言われるとタニアは自分が何か出来る訳でも無い事に気が付き、放っておくわけにもいかない事にも気が付いた。


「分かった……お兄ちゃんを治して」


 女性の言うように治療は済み、すぐにキースが目を覚ました。


「今まで何だか夢を見ていたようだ……もやのかかった中を生きていたようで、自分の事なのに自分の事じゃなかったみたいだ」


 と語った後、キースが一番警戒した人物、ユーナ・マクラミンと言う名前の踊り子のような服を着た女性がキースに話しかけ、ここの正体を聞いて来たので、キースが素直に正体を告げると、持って帰りたいと言われた。

 そして、その方法は無いかと聞かれたので、隠れ家の緊急脱出手段、土台に使っている魔道具を起動させ浮かばせて、モンスターに引かせて村に帰った。

 村に戻ると、キースは今回の顛末を話す事と、どこに隠れ家を誘導すればいいのか聞くために家へと帰った。

 しかし、キースは家に入って直ぐ父に「この、大馬鹿者が!」と言われ、そのまま殴られた。

 それでも、伝えるべき事を伝えると「後でタニアと一緒に説教だ! ついてこい!」と言われたので、キースはその後を素直に付いて行った。

 まっすぐ隠れ家に着いた父は隠れ家の前で「出てこい! タニア!」と大声で言った。すると、タニアが隠れ家の陰から出てきた。そして、二人して盛大に叱られた。

 その後は、父とタニアとキースの三人で、救助しに来てくれた五人に危害を加えたことを謝罪し、村へと戻った。

 もろもろの作業が終わり、その日の夜、タニアは眠れないでいた。すると、キースが話しかけてきた。


「タニア、眠れないのかい?」


「うん、眠れない……今日は色々凄かったから」


「寧ろ、疲れて良く寝られるきがするけどね」


 ははは、と笑いながら言うキースに、ここ数日の間ずっと気になっていた事をタニアは聞く。


「お兄ちゃん、お兄ちゃんは……本当に私のお兄ちゃん? 何時も私と一緒にいたキース・マードック?」


「……違う、と言ったら?」


「本当に違うかどうかは私には確かめられないもん。それに、そうだとしてもどうにもできないよ」


 しばしの沈黙の後キースは語り始めた。あの屋根裏であったあの時から、自分の意識は朦朧としていた事、今は大丈夫だが、その間に得た魔法やそれに関係する知識は未だ残っている事、ブリューと呼ばれる、あのモンスターとの一騎打ちの際、水晶が砕けた瞬間に「後、少し! 後もう少しでっ! 後もう少しで蘇れたのにぃぃぃい!」と言う、恐ろしい声を聞いた事、等色々だ。


「だから、本当の意味じゃ僕はもう僕じゃないのかもしれない。今までの記憶も、知識もあるんだけどね」


 それを聞いて、タニアは自分のベッドから出てキースのベッドに入った。

そして、キースに抱き着きながら「大丈夫だよ。お兄ちゃんは、お兄ちゃん。私の、大事なたった一人のお兄ちゃんだよ」と言った。

 キースはタニアを抱きしめ返しながら、小さく泣き始めた。やがてそれは寝息となり、兄妹は仲良く抱き合いながら眠った。


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