第2話 確認と仮説
木が枯れてしまった次の日。
寝たら色々と気持ちの整理がついたので、地面から這い出す。
(さて、結局自分はなんなんだ? 外見はカブトムシだが、そんなはずがないだろう)
まず、自分の飛行能力のおかしさ。これに関しては飛行能力以外もおかしいので、多分自分はそういう虫なのだろう。考えても仕方がない。だが、そうなるとここまでの能力がなければこの森では生きていけないという事になる。
同様に、幼虫のころに食べていたであろう物と同じ宝石? を食べたら急速に枯れてしまった木の存在だ。これもそういう植物なんだとして、異常な回復力である。
そして、そんな能力を持った木が、根ではなく地表の幹部分に核のような再生力に関係している重要な物を持たないと生存できないのがこの森である。
(ここは本当に自分が元々居た……星? 世界? なのか?)
これらの事から導き出される答えは、ここは自分が居た星、いや、それどころか世界ではない。……のかもしれない、という仮説だ。
自分はこんな刃物のような角を持った虫や、傷つけても一日、いや半日で傷が無くなってしまうような再生力をもった木が存在する世界、又は星に居た気がしない。記憶が飛んでいるが、なぜかそれは断言できる。
なのになぜ、仮説にしているのかというと、まだ一縷の望みを捨てきれなかった。と、言うのと、物事を決め付けるのは不測の事態に出会った時、考える幅を狭めてしまうためだ。と、自分に言い訳してみた。
だが、そんな言い訳も、無意味になってしまった。自分が居た世界では、ありえないはずの存在を見てしまったからだ。
(考えても仕方ないか。一応腹が減った感覚も、地中での飢餓感に支配される感覚も無いから、周囲の探索をはじめようか)
軽く考えを纏めた後、この森に生息して居るであろう、他の生き物を見つけようという考えに至った。場合によっては森から出て生きていくというのも一つの選択肢として持っておくのも良いと考えたからだ。
だが、何をするにしても地面を這って行く。と、言うのだけでは時間がかかりすぎる。もしかすると一年やそこらで死んでしまう命かもしれないが。せめて寿命までに自分の置かれた状態を知りたい。
なので、飛行能力と体の機能の限界を知るため、色々実験することにした。
まず飛行能力である。はじめて飛べた昨日と同じように、宙返りやバレルロール、ホバリング、前後だけではなく上下の八の字飛行等、色々試してみた。それこそ、這い出してから何も口に入れずにだ。
普通、コレだけ動けば自分のような虫なら、体の維持と運動に消費されるエネルギーによって空腹になるはずなのに、一切空腹感を感じなかった。
更に驚いたことに、飛ぶ練習をしていた時(羽音が気になるな)と、思ったらその瞬間、背中が緑色に光った。
すると、後ろ羽が完全に透明になり、音も無くなったのである。
(羽が無くなった?! おちっ……無い? これは一体どういうことだ?)
まったく羽を動かしている感じがしないが、消える前と同じ感覚で高度を下げ、地面に降りた。そして、後ろ足で後ろ羽が存在するはずであろう場所を触った。すると、存在はしているが触れない。という不思議な感触が返ってきた。
(……また、おかしい事を発見してしまったようだ。これじゃ、まるで魔法みたいじゃないか)
取り合えず、後ろ羽が有るのか無いのか分からない状態になってしまっている。それだけでも驚きだが、にも関わらず、飛行できている。もう、意味が分からないが、音も無く飛べるのは良いことだろう。
(あれだ、天敵に見つかり辛くなっていい)
もはや、思考放棄である。しかし、考えても分からないのだから仕方がない。同時にこんな不思議な事が起きるという事はやはりここは自分が居た世界とは違うのでは? という思いが強くなったが、そういう事も有るのかもしれないと強引に納得した。
(消える事もあるさ。ほら、透明な魚とか居るし)
次に、体の各関節の可動領域に関して確認してみたが、大体普通だった。あくまでも大体だ。
おかしいのは頭と胸をつなぐ関接だけで、かなりの可動範囲があったが、他は少し広い程度だった。それでも、十分おかしいのではあるのだが、もう深くは考えないようにした。
そして、すべての再確認をし終え、そろそろ空腹感は感じないが、何か食べないとまずいだろう。と思い、木を齧ろうかと動いた時にみつけてしまった。仮説と言い訳を無意味にしてしまった物を。
最初、パタパタと羽ばたく音がきこえた。
(羽音? という事は鳥みたいなのが近くにいるのか、この地域の生き物を見るチャンスだが、鳥だった場合自分との関係は捕食者と被捕食者の関係だからなぁ)
迷っていても仕方ないし、木陰から隠れてみれば気が付かれないだろう。そう思い、見えない羽を羽ばたかせ、静かに低空で移動し音源へ近づいた。
思ったより近くに居たようで、それをすぐに確認する事はできた。
(これは……うそだろ)
そして、見てしまった。仮設と言い訳を無意味にする妖精さんを。そういう生き物が居るという現実を。妖精さんは、特にこちらに気がつくこともなく、パタパタとどこかを目指しているのだろう。前方を見たまま一直線に飛んでいた。
後ろから見た感じでは、人間にカゲロウのような、トンボのような透き通った羽を肩甲骨辺りから四枚くっつけただけの見た目だ。そのためなのか、服装はその辺りが大きく開かれており、背中の露出が高くなっている。
見つけた瞬間、自分は驚いて空中で動きを止めてしまったが、すぐに気を取り直し、ここがどこなのか等の疑問の手がかりになると感じ、追跡を開始した。
しばらくついて行っても気が付かれる雰囲気が無かったので、近くでよく見る為に接近することにした。なぜ、そんなに大胆に近づいたのかと言うと、遠くから見ても確実に自分より小さく、全体の雰囲気や、武器に見える物を持っていない様子からして、危険性は無いと判断したためである。
しかし、ある程度近づき観察していると、流石に気配でこちらに気がついたのか、妖精さんが振り向いた。そこでその見た目の美しさに驚いた。
その顔は恐ろしく整っており、絵画から飛び出してきた。と言われても納得してしまうほどの美しさであった。
髪は金色でサラサラと流れるように長く細く、肌は陶磁器を思わせるように白く、シミや、にきびと言ったようなものは無く、目は澄んだ青空のような綺麗な青色をしていた。
服は、緑色のワンピースのような物に、茶色いケープを羽織っており、後ろから見ているときは分からなかったが、均整の取れた素晴らしいプロポーションをしていた。つまり出るところは出ている。というやつである。しかも妙に露出が激しい。具体的に言うと胸元がばっくりなのだ。そして、手には古びた鞄を持っていた。
正直、こんな美人が出て来るとは思っていなかったため、自分は呆気に取られて、思わず空中で停止してしまった。
見つめ合う事少し。妖精さんは見る見る青ざめていき、今にも泣きそうな顔になり、ブツブツ何かを言いはじめた。かと思うと、こちらに向かって鞄を持っていないほうの手のひらを突き出し、そこから光を出して威嚇してきた。
(うおっまぶしっ!)
一瞬視界がホワイトアウトするが、すぐに治る。回復した視界には、コレまでのパタパタと言ったような飛び方ではなく、いわゆる蜂などの虫の羽音に近い物を鳴らしながら、バシューンというような擬音が付きそうなスピードで飛んでいってしまう妖精さんが居た。
(これはまずい、見失ってしまう!)
そう感じ、自分も飛ぶスピードを上げるが、妖精さんのほうが少し飛ぶのが速いらしく、段々と距離が離れていってしまう。更に、妖精さんは飛びながらもこちらに向けて、最初に行った威嚇をして何度も目を潰そうとしてくる。
(クソッ! やっと見つけた手がかりになりそうな存在なんだ、逃がすかっ!)
そう考えると、又羽が緑に光った。その瞬間、突然自分の飛ぶスピードが上がった。色々と気にはなったが、現状助かるので考えるのは後回しにした。
スピードはどん上がっていき、自分と妖精さんとの距離はどんどん縮まる。そして、もう少しで追いつく所まで来た。しかし、追いついた! と思った瞬間、前を飛んでいた妖精さんが膜のような、歪んだ空間に入っていくように見えた。すると、そのまま姿が見えなくなってしまった。
(しまった! 見失ったか! それとも、罠に誘い込まれた?!)
そう思い、減速しようとしたが、既にかなりのスピードが乗ってしまっていたため、完全には減速し切れず、そのまま妖精さんが消えた空間に突っ込んでしまった。
すると、ブヨンとした何か柔らかい物に弾かれるような変な感覚と共に、押し返されたのである。ぶつかった衝撃でスピードは完全に失われ、今はホバリング状態である。
(なんだ? ウォーターベッドのような……変な感触だ。何ともいえない。それにしても、どうしようか)
辺りを見回したが、特にこれといって変な物はなく、前方の見えない膜があるだけだった。
何時までも空中でホバリングしていても仕方が無いので、一度降りて考えよう。と思いゆっくりと降下していく。
すると、ビビビビビビと、布を裂くような音とともに、何かを裂いて行く感触がした。どうやら、膜に衝突した時に角が膜に刺さってしまっていたのかもしれない。
(布だったの……か……なんだ、これは)
しかし、今やそんなことはどうでもよくなっていた。自分の目の前に信じられない物が広がっていたからだ。
膜を裂く前は、周りと同じように杉の木のようなものが続く林だったのだが、裂けた所から見えた物は、まさに幻想の世界と形容するしかない所だった。
建物は全て小さく、表面は細かい装飾に彩られており、キラキラと輝いているようだ。一番奥には宮殿のような物も見える。公園のような場所には、まるで生きているような美しい彫像が置いてある。
そして、それらの建物の間の道は綺麗な煉瓦のような物で舗装されており、脇には街灯のように光る花の様なものや、キノコの様な物が等間隔に生えてあり、夜道を照らしている。
まさしく、妖精の街といった風景が広がっていたのである。
その街並みの美しさに目を奪われていると、こちらを見つめる先ほど追いかけていた妖精さんに気がついた。
その表情は、目を驚くほど見開いていて、まるで夜道で恐ろしい殺人鬼から逃げ切ったハズなのに、家の前まで戻ってきたら玄関にそいつが居た! と言うような表情だった。
その表情を見て、ようやく思い出した。今、自分がどんな姿をしていたかを。
(あーそうか……夜中に、しかも、こんな見た目の巨大な虫が追いかけてきたら、怖いだろうなぁ……。もし、自分が妖精さんの立場だったら、確実に失神してるだろう)
そう考えていると、追いかけていた妖精さんとは別の妖精さん達が、近くにあった立派な建物からわらわらと出てきて、整列し始めた。
整列した妖精さん達は、一様に銀色に光り輝く鎧と、緑色に光る宝石の付いた弓、又は杖を持って居た。
そして、その弓は引き絞られ今にも矢が放たれそうになっており、杖を持っている妖精さんは、まるでその緑の宝石から何かを放つような構えをとっていた。
(あ、これ不味い奴だ)