第19話 森と迷子(前編)
隊列の真上、木々に紛れて見失わない程度の高度を飛ぶ。
アランさんを先頭に野営地を後にした隊列は、火山の麓から広がる森へ入った。
森には上空からでも確認できる道はあり、周りは木々に囲まれているため、何かが近づいているとしても、空に居る自分には発見できない。
(これ、意味がないんじゃ?)
そう考え、その事をユーナさんに聞くと『チガウ ソラ ミル ジュウヨウ チカイ コッチ ミル』と返された。
なんでも、この森にはメガハウンドリザードと言う凶暴なモンスターが生息しており、自身より小さい生き物なら当然として、自身より大きくてもお構い無しに襲ってくるらしい。
他にも、巨大な猿のモンスターも生息していて当然危険らしいのだが、それはこのように隊列を組んでいる場合めったに襲ってくる事は無いらしい。
そして、当然ではあるがその二種類のモンスターが森の中を移動する場合、どうしても木が変な揺れ方をする。
それは、空から見ていてもすぐに分かるほどの物らしい。そのため、自分が空から見張り警戒するのは早期発見につながり、無駄な戦闘を回避できると説明された。
『自分が倒してしまう、もしくは追い払えば済む話なのでは?』
と、質問すると、襲ってきた場合、何かして追い払う事ができるモンスターではなく、襲われた時点で倒す他無いそうだ。そして倒した場合、その死体を運ぶのが手間になる。と言われた。
『なら、運ばなければ良いのでは?』
と、質問すると、両方とも死体は余すところなく何かに使える物なので、狩った場合は持って帰りたいと言ってきた。しっかりしている事である。
ところで、自分は共有語を教えてもらう場合、共有語の単語を文字で見せてもらい、共有語で言ってもらった後、精霊語で言ってもらう事によってその単語の意味と発音を覚えようとしている。
そのため、移動中は飛んでいるのだから、ユーナさんから言葉を教わろうにも教わる事ができない。
どうしたものかと思ったが、文字はともかく言葉だけで良いのだから<念話>で教えてもらえば問題はないだろう、と考えた。
しかし、その考えは甘かった。
周りを警戒しながら言葉を覚えようとするのは想像以上に難しく、どちらか一方に気を取られてしまい集中できない。結果的に、どちらも中途半端となってしまう。
更に、ユーナさんと自分が現在<念話>で会話する場合、精霊語で話しているため、共有語を聞く事が出来ない。
意識的に共有語を<念話>で話せないか試してもらったが、無理だった。
結局、とてもじゃないが共有語を習得することは飛びながらではできない。という結論に落ち着いた。
仕方が無いので、言葉を移動中に習うのは諦め、途中の休憩の時、それも警戒しなくても良い時に教えてもらう事にした。
とは言え、言葉を学習するほどの余裕は無いが、風景を眺めるくらいの余裕はあるので、警戒をしながら回りの風景を楽しむ事にした。
(そういえば、こっちの方角には二回来ていたけど、二回とも何かに気を使っていたりしながら飛んでいて周りに気を向けるほど余裕がなかったな)
それなりに離れているここからでも、山肌を流れる溶岩の河が見て取れる。そして、それが途切れて少し進めば草木が生え始め、山裾には森が広がっている。
(こうしてじっくり見てみると、この森は思っていたより広い。この辺りはあの火山があるだけで、麓の森はそこまで広くないと思っていたけど、そうでもないみたいだ。しかも、よく見れば不自然に開けた場所も有るな。前に降りたのも、そう言えばあんな感じだったな)
森そのものは普通なのだが、大きさの大小はまちまちだが、所々にきれいに円形に開けた場所がある、何かあるからと言うわけではなく綺麗に円形に空いているのだ。
地面がむき出しならば、そこに何か居るだとか、はたまた汚染されている等と、色々と理由が考えられる。だが、その場所には普通に草が生えており、その草を食べる草食動物も居て、まるで草原がその場所と交換されてしまったようになっている。
そんな森を眺めながら飛び、何度か道がその開けた場所と交差している所で、隊列と一緒に休憩しながら進み、太陽が真上から少し傾いた頃。
(ん? 道からは外れているけど、前方の円形に開けた場所……なんだかその近くの森が揺れている?)
開けた場所、そこにいる鹿のようなモンスターの群れ、その近くの森だけが少しガサガサと揺れているように見えた。すぐにそれは収まり、気のせいかと思った瞬間、そこからどう見ても恐竜にしか見えないモンスターが飛び出して、鹿のようなモンスターの群れに襲いかかった。
(おお! もしかしてあれがメガハウンドリザード? とか言う奴か。これ、道から外れているから大丈夫だとは思うけど、ユーナさんに報告しないと……おお!?)
そう考え、ユーナさんに話しかけようとすると、今度は恐竜のようなモンスターとは反対側からゴリラのようなモンスターが飛び出してきた。
(今度はゴリラが森から出てきた! そして、不意打ちのゴリラパンチが……外れた。おお! 恐竜が綺麗にパンチをかわしながら懐に入ってカウンターで、ゴリラの喉に噛み付いたか、これはどうなる? あー……そのままゴリラが地面に引き倒されて、上から押さえられている。うわぁ……エグイな恐竜、首ブンブン振っている。あ、あれゴリラの首取れてない? 取れてるな。盛大に血が噴出しているし、何よりゴリラの体がものすごい勢いで痙攣している。これはやられちゃったな、恐竜の勝ちか。ゴリラ、来世でがんばれ。とっ……のんびり眺めている場合じゃない。取り敢えずユーナさんに報告だ)
自分は、ユーナさんに進行方向の道を外れた開けた場所に、大きな恐竜が居る事を伝える。
すると『ワカッタ』と返事が有った後、少ししてから隊列は止まった。そして、止った直後に『ソレ ハナレル ホウコウ オシエテ』と、言われた。
しばらくすると、恐竜は少しゴリラを食べた後、残りを兵士達が通る予定の道がある森とは反対側の森に引きずって行った。
その事をユーナさんに伝えると、再度隊列は動き出した。
(しかし、あの恐竜がユーナさんの言っていたメガハウンドリザードか。たしかに、あんなのに襲われたら人間はひとたまりも無い。一口でやられるだろう。そうなると、やられていたゴリラがもう一種類の危険なモンスター、大きな猿のモンスターなんだろうか? いや、それよりもだ。上から見ていたら接近しているのが分かる。と、言っていたけど、激しい動きしてない限り分からないんじゃないか? 特に、今みたいな待ち伏せをされた場合、上から警戒していても直前でしか気がつけないから意味が無い気がする)
そう、少し不安になっていたが、ゴリラと恐竜が争って居た近くを通り過ぎて少し行くと、森の密度が下がってきた。そろそろ森を抜けるようだ。
森を抜けると草原が広がっており、その先には畑が有るようだ。その更に遠くには、煙が上がっているのが見える。きっと村か町があるのだろう。
森を抜けてからは何事もなく、太陽が火山に沈んでいく頃に、村についた。今日はここで休むと、ユーナさんに言われた。
どこに降りた物かと思えば、隊列が村はずれで停止し、そこで松明を振っていたので誘導に従い、自分もその近くに降りた。
「ブリュー オツカレ」
降りると、そう言いながらユーナさんがアランさんと一緒にこちらに歩いてきた。アランさんは相変わらず不機嫌そうな顔をしている。
(自分、何かしたかな?)
と、思わずには居られないような不機嫌顔だ。
(いや、そういえばスピーチとかしていた時もこんな顔だったな。きっと、これが素なのだろう)
『はい、有難うございます。今日はもうここで休むのでしょうか?』
『ソウ ヨル ナル キケン ヒト オオイ デモ キケン』
『わかりました。ところで、ユーナさんはこの後どうするんですか? と言うか、自分はどうして居たら良いでしょうか?』
『ワタシ アラン ムラ イク ソンチョウ ハナス ブリュー スキ スル』
『はぁ、そうですか。村長と話をするなら伝承やら伝説やらがないか、聞いといてくださいね』
『ワカッタ キク』
そう言って、ユーナさんはアランさんと話しながら村へ歩いていった。
自分が手持無沙汰に兵士達の方を見ると、村はずれの空き地に野営準備をしているのが見える。どうやら、村の宿泊施設や家屋だけでは全員は泊まれないようだ。
すると、村の方から数人の村人が、ユーナさんに言われたのだろうか、何かの肉塊を持って、こちらに恐る恐る近づいて来た。
そして、すばやく自分の目の前に肉を置いたかと思えば、一目散に村に向かって走って逃げていった。
(別に取って食いはしないのに……)
置いていった肉を食べつつ、野営準備をする兵士達を眺めながら、何か出来る事は無いかと考える。
(自分は、どうせ寝る時は地面に潜るだけだし、何よりこの場に居る誰とも会話が出来ない。つまり、やる事もできる事も無い。むしろ、無いと言うより下手に動くと何か誤解されそうなので、その場で作業を眺めていることしか出来ない)
考えた結果、何もしないという結論なので、仕方が無いので肉を食べ終わった後も、その場でぼんやりと兵士達が作業しているのを眺めている。
すると、三人の兵士が寄って来た。そのうち1人が、手を押さえながら来ている。どうやら、怪我をしているようだ。多分、自分の角を触って治そうとしているのだろう。
なんだか、簡易治療所のような扱いを受けているので、何ともいえない気持ちになるが、このまま放って置けば、角に触った人が酷い事になる。具体的には傷口が消し飛ぶ、悪い意味で。
別に、それでも良いが殺してしまうのは夢見が悪い。仕方が無いので、角を治療効果に変える。兵士達は自分の近くまで来て立ち止まり、怪我をしていると思われる兵士をぐいぐいと自分の方に押している。
しかし、怪我をしていると思われる兵士は自分に近づきたくないようだ。
(なんだろう? 嫌なら来なければ良いのに)
そう思っていると、他二人のうち一人が、自分に向かって申し訳なさそうな表情で、何か言っている。
謝罪を意味する共有語は、教えてもらい覚えていた単語だったので「ごめん」と言っているのは分かったが、前後が分からない。
どうするんだろうな。と、見ているとようやく決心したのか、強張った表情でじりじりと、怪我をした兵士がにじり寄ってきた。
そして、恐る恐るといった感じに怪我をしている方の手で角に触れそうで……触れない。そんな事を、数度繰り返す。
見ていてじれったかったので、少し体を動かしさっさと触れさせる。
触れた瞬間、その怪我をしていた兵士は悲鳴を上げ、物凄い勢いで後ろに飛び退き、更に何かを叫びながら、わき目も振らずに野営準備をしている方へ走って行った。
自分は、連れて来た二人と供にポカンとしていると、一人が笑い出した。それに釣られるようにもう一人も笑い出し、思わず自分も笑ってしまった。
「ギュギュチッヂィギュチッヂィヂィ」
金属を擦り合わせたような、もしくは分厚いゴムを擦り合わせたような、何とも言えない変な音が出た。ともすれば、威嚇音より不快な音だったかもしれない。
その音を聞いた二人は、こちらにすばやく向き直り、青ざめた顔で後ずさり、自分から距離を取る。そして、ゆっくりと後ずさりし、それなりに距離を取った所で、村に向かって物凄い勢いで走って行った。
(いや、うん。まさか、笑い声でこんな事になるなんて思わなかった。でも……逃げる事無いじゃないか。まぁ仕方ないか、笑い声とは到底思えないような音だったものなぁ。鈴虫の羽にしとけば……いや、同じだな。どうせ腹は動くから、あの音に鈴虫の音が追加されるだけだ)
仮に不快な音が出ないとして、尚且つ羽から笑い声と分かる物が出たとして、突然人の声で笑い出す巨大なカブトムシを想像してみる。どう考えても、結果は一緒であるとしか思えない。むしろ、笑い声と理解できる分そっちの方が怖いだろう。
そうやって落ち込んでいると、ユーナさんが血相を変えてやってきた。多分、逃げた兵士が呼んできたのだろう。
「ブリュー ナニ アル?」
そう、恐る恐ると言った感じでユーナさんが聞いてきた。
(何か? いえいえ、何もありませんよ。自分が少し悲しい思いをしたくらいですよ)
内心いじけながら、自分は羽を鈴虫の状態にして、ユーナさんと会話する。
「何もないですよ、笑ったら周りに勘違いされてしまっただけです。」
「ソウ ヨカッタ」
そう言いながら、ユーナさんは胸をなでおろす。
「ところで、アランさんとの話し合いは終わったのでしょうか?」
「ダイジョウブ オワッタ ソンチョウ キイタ デンセツ アッタ」
「ありましたか。それで内容はどのような物で?」
「イマ オシエル」
昔、この辺りはガスピノ王国という国の領地で、その国には凄腕の魔術師が居た。
その魔術師は、魔法の腕前は超一流で、剣の腕も同じく超一流、更にモンスターも使役していると言う、なんとも超人的な存在だった。もちろんそんな人物がいるのでガスピノ王国は大いに栄えていた。
そして、その魔術師が使う特殊な魔法の中に、使役しているモンスターを人に変える魔法があった。
その魔法を受け人に変わったモンスターは、元々もっているモンスターとしての強さに加え、人の思考能力を合わせ持ち、まさしく一騎当千の働きを見せた。
その魔法や、自身の力を使って魔術師は、周辺国やモンスターの襲撃から、自国を守っていた。
しかし、そんな魔術師もやはり人間、生き物である。寿命には勝てず、最後は使役していたモンスターや、人々に見送られながらこの世を去った。
その後、その王国も色々あって滅亡した。主な理由は、その魔術師に色々頼りすぎてしまったためだそうな。
しかし、魔術師が死んで、国が滅んでも魔術師の魔術は失われず、王国のどこかにある魔術師の隠れ家に残されているとまことしやかに噂された。
その隠れ家が、この村の近くの森、今日昼間に抜けてきた場所のどこかにあるらしい。
そこには、魔術師の魔法やその他全てが残されており、モンスターを人に変える魔法の使い方も残っていると言われている。
当然、魔術師が死に、ガスピノ王国が滅んだ後、時の権力者はその隠れ家を見つけるため、何度も森を探索した。
だが、当時から危険地帯である火山に近い森には、Bランク以上のモンスターが多数生息しており、探索は難航した。
それでも、権力者達は根気強く探索を続けた。当時、まだ傭兵として存在した冒険者達も、力を求め探した。しかし、どれだけ探しても一向に隠れ家は見つかることは無かった。
月日は流れ、ガスピノ王国の国土も今の状態、つまりシクエーズ=セクレア帝国に吸収されて少し時が経った頃、魔法やその他の技術の発展もあり、疑問が生まれる。
今現在その魔法は必要なのか? そんなに強力な魔法がそんな昔に存在するのか? それに、広大だとは言えこの限定された範囲を、これだけ探しても見付からないということは、その隠れ家は本当にこの森に存在するのか? そもそも、魔法使い自体伝説で、尾鰭が付いた嘘なのではないのか? と言ったような声が上がり始めた。
それを皮切りに、隠れ家を探す者は減って行き、今ではそういう事にロマンを感じるような冒険者が、この森での依頼でBランクのモンスターを狩るついでに、時間が余った時に探している程度らしい。
この村にある、その魔術師が残したと言われているある文献によると、その隠れ家には結界が張られていて、その魔術師と同じだけの力を持つ者でなければ結界を見つけることは出来ない。と、されているらしい。
更には見つけたとしても、その魔術師を越える事ができるほどの力を持っている者でなければ、その結界を破ることはできず、隠れ家には入れないとの事だ。
そのためだろうか、偶に隠れ家を見つけたと言っている者も居るが、見間違いや、見たとは言うが場所はあやふやな上、詳しくは話そうとしない。
と、言ったような物ばかりのため、ただ名を上げたいだけの輩として処理されている。
以上がこの村に残る伝説と、最近の事情らしい。
(たしかに、魔法の話だけを聞くと、まさしく自分が求めていた人に変化する魔法なのかもしれない。ただし、実在するのならば、だ)
「イウ デンセツ コンナモノ」
「なるほどなるほど……実際、どうなんですか? その伝説の隠れ家? は存在するんでしょうか?」
「ワタシ ドッチ イウ ナイ ワカル ナイ」
「はぁ、そうですか。じゃあ、取り敢えずユーナさん、明日それを探しに行きましょうか」
そう言うと、ユーナさんは困ったような表情になった。
「イチド テイト モドル ダメ アトデ ダメ?」
(忘れていた……。そういえば、ユーナさん騎士隊長になったと言っていたな。就任式? いや、なんだったか、叙任式だったか? よく分からないけど、そんな物が有るんだろう。それに、戦争が終わったのだから、色々と処理する事もあるはずだ。よく分からないけど)
さて、自分としては別に一度帝都に戻っても問題はないと思える。そもそも、ここらを帝国が一度も探して無い。なんて事は無いはずだ。ならば、その調査結果みたいな物が有るはずだ。それを確認してから探すほうが二度手間が無くて良いだろう。
何をするにしても、ユーナさんのツテ? コネ? 権力? よく分からないが、そういうのを使って探すにしても、帝都に行かないといけない。それにもし自分一人で、いや一匹で何か見つけても、自分で読めない本だったりしたらどうにもならない。
(いや、待て……そもそも、何かを調べるにしても自分には魔法という物に対しての知識が最低限の物しか無いぞ。それに、共有語は勉強中だから読めない、そうなると読めるのは精霊語だけだ。そして、精霊語は昔から人間にはほとんど使われていないらしい。発音できない言語なんてそもそも……)
つまり、仮に見つけることができたとして、それが探していた物かどうかの判断はできない。
そうなると、最低限何かしら魔法に専門的な知識を持ち、それに加え自分と意思疎通ができて、更に共有語が話せる者でなければいけない。
しかも、見つけたものが暗号を使ったものだった場合、それを解読できる協力者が必要になる。そして、そんな人は居ない。と言うより、現状協力者はユーナさんしか居ない。
それに、今回は隠れ家だ。隠れ家と言うのだから、人のサイズに合わせた物だろう。そんな物の中を探索しようにも、自分の場合、体の大きさの問題で破壊してしまう。更に言えば、伝説になるほど古い隠れ家だ。最悪、隠れ家をそれと気が付かず踏みつぶして破壊して、何もかも駄目にしてしまう可能性すらある。
(ふぅ……そう考えると、よく単身森から出て人に変身する魔法なんか探そうとしたな……絶対無理じゃないか)
そう考えた場合、思っていた以上にユーナさんは貴重な人物なのではないのか? と言う疑問が浮かんできた。自分とほぼ唯一意思疎通できる人間で、魔法も使える。という事は魔法に関しての知識も少しはある。その上、他人を使う事のできる地位に居るから、分からなくても専門家に解読させられる。
(と、言う事は逃げるときはユーナさんをさらわないと……いや違う)
仮にさらった場合、色々と意味が無くなる。まず、人を使う事ができなくなる。次に、どう考えても肩書きから考えて、国家反逆とかそう言った物で指名手配されるだろう。仮に他国に逃げれたとして、逃げた先の国にスパイ容疑をかけられるだろう。
(そうなったらいっそ海を越えるか?)
そう考えたが、そもそもこの星には大陸が今いるここだけしかない可能性がある。それに、仮に他大陸があったとして、どう考えても言葉が違うだろう。そうなるとユーナさんを連れていく意味も無くなる。
その上精霊語も、もしかしたらこの大陸の精霊にしか通じない物かもしれない。そうなると、又一からやり直す事になる。本当に、最終手段だ。
(あれ? なぜか知らない間に色々固まってない? 最悪、ユーナさんをさらって逃げれば良いって考えがほぼ不可能になってない?)
そんな風に黙って長々と悩んでいると、ユーナさんは不安げな顔でこちらを見ていた。そういえば、帝都に行くかどうかの話をしている途中で考え込んでしまっていた事を思い出す。
「テイト イク イヤ?」
「ああ、すみません。いえ、いいですよ。一度帝都に戻ってから探しに戻ってきましょう、約束です」
思っていた以上に、自分がかなり固まっている状況に陥ってるような気がする。だからと言って、どうにかする方法も思いつかない。
「アリガトウ」
「あ、どうせなら、帝都に着いたらここの探索報告とか色々と調べてくださいね。二度手間は面倒くさいですしね」
「ワカッタ オヤスミ ブリュー」
「はい、おやすみなさい。今日はもう遅いので、自分はここに潜って寝ます。又立て札か何かお願いしますね」
そう言って、ユーナさんは話している間に準備が終わった野営地に歩いて行った。自分は、寝るために頭から地面に潜る。
しかし、胸の中ほどまで潜ったところで、腹の先に何か衝撃を感じる。何かと思って這い出すと、ユーナさんが「ブリュー!」と、声をかけてきた。
(何だ? 何かしたかな? ああそうか、自分だけで潜ったら、自分の居場所を確認するための、角の埋まり具合が分からないのを忘れていた)
「すみません、ユーナさん忘れていました。 潜るので見「ブリュー オネガイ イイ?」あれ? 違いましたか」
見れば、ユーナさんはかなり慌てているようだ。これはどうも、自分の事ではないようだ。
「何か有ったんですか? 焦っているようですけど」
「ソンチョウ マゴ イナイ モリ イッタ タブン ソウサク イソグ」
焦っている割に内容が平和だったため、自分は拍子抜けした。
「はぁ……? それは自分達、というか軍がするような事なんでしょうか?」
「グン チガウ チュウトン ヘイ スル デモ モリ キケン イク」
(自分達がしなくても良いなら、放っとけば良いじゃないか、面倒くさい)
「でしたら、もう放置でもいいんじゃないんですか? どうせ、森とか言ってもその辺の森とか、林とか、どこかの屋根裏とかに居ますよ」
「ソンチョウ タスケテ イウ ミツケル」
(やけに食い下がるな、何かあるのだろうか?)
「だからと言って、自分やユーナさんが出るものでもないでしょう?」
「ソウ ワタシ イイ デモ ココ マタ クル ソノトキ マズイ」
(ああ、なるほど。もう一度来た時に、助けてくれた奴と見捨てた奴なら前者の方が協力的に接してくれるだろう。少し、と言うか全くそこまで考えが回らなかった)
「あー……そうですね、ここにはもう一度来るのでしたね。面倒くさいですけど、探しに行きますか。ちなみに、どこに行ったか大体の目星はついているんでしょうか?」
「チカイ モリ チガウ ハンノウ ナイ トオイ モリ ハンノウ ハタケ サキ モリ キョウ トオッタ モンスター イル ヨル キケン」
(ハンノウ? 反応か? なんだ? 発信機でも付けているのか? そんな物があるのか。それよりも、近い森に居ないって……)
「なるほど……今日通った森ですか。あの大きな恐竜、メガハウンドリザードでしたっけ? に襲われる可能性があるわけですね」
「ソウ ダカラ ワタシ イク イライ サレタ サイショ アラン イライ サレタ ケド タイチョウ イク ダメ」
「隊長が行っては行けないのでしたら、ユーナさんも行ってはいけないのでは?」
「ワタシ タイチョウ マダ ナイ」
「そう言えばそうでしたね。仕方ないですね、問題がないのでしたら探しに行きましょう。遅くなって死んでいました。じゃあどうしようもないですしね」
(グダグダしていてどうこうなるような事ではないし、面倒くさいだけであって、心の底から嫌な訳ではないし、結果的には自分にも意味がある)
そう、納得することにする。
「ワカッタ ジュンビ スル」
ユーナさんはそう言いながら野営地に走って行き、衛生兵1人と兵士3人を連れて来た。更に、三人の兵士達は幌馬車を押していた。
(兵士と衛生兵はまだ分かるけど、もしかして……)
「ブリュー バシャ モッテ トブ イイ?」
(ですよね。でも仕方ないか、火山の時と違って、子供を連れ戻すのが目的だからなぁ。足に掴まってもらっても、帰る途中に落として死にました。じゃ、話にならない)
「仕方ないですね、いいですよ。」
ユーナさんが、連れてきた兵士達に何か言う。そうすると、全員が幌馬車に乗り込んだ。自分は<念話>をユーナさんと繋ぐ。
その後、鈴虫状隊にしていた羽を透明にして飛び上がり、幌馬車の幌を潰さないようホバリングしながらゆっくりと真上に取り付き、六本の足を伸ばし馬車の底に爪を引っ掛け、持ち上げる。
ある程度高度を上げ、周りを見渡せるようになったところでユーナさんに聞く。
『ユーナさんどっちですか?』
すると、幌馬車の中から腕が出てきて行き先を指差す。
『アッチ マッスグ モリ チカイ アイズ スル オロス オネガイ』
『分かりました、じゃあいきますね』
指差された方角へ幌馬車を壊さないように飛ぶ。そこで、ふと疑問に感じた事をユーナさんに聞く。
『そういえば、その孫は幾つくらいなんですか?』
こんな時間に村から抜け出すと言うのだから、それなりの年齢だろう。
『ジュウ ジュウニ キョウダイ』
そんな事はなかった。それよりも気になる事がある。
『え? 二人も居るんですか?』
『ソウ アニ イモウト サガス カクレガ モリ イク』
『どういうことですか? カクレガ? ……伝説の魔術師の隠れ家ですか。それを探しに行って未だに帰ってきてないと……』
『ソウ ボウケンシャ ナル ユメ イッテル ラシイ』
『なるほど、冒険者志望の子供で行っちゃいけないのに行ったと……』
(冒険心から家出して、近くの一番危険な所に行くとか……それも、昼に見たゴリラと恐竜が居る森だ。これ、そもそも二人とも死んでいるんじゃ?)
『ユーナさん、行っても無駄足になるのでは?』
『ナイ サガス マホウ ツカウ ハンノウ アル イキテル』
『そういえば、さっきも出る前に反応が無いとか言っていましたね、探知魔法とかそう言った物でしょうか? 対象が生きているなら使える、みたいな感じなのですか?』
『ソウ サーチ イキテル ミエル』
(探知魔法か、便利な魔法だな。でも、そんな魔法が有るにもかかわらず、隠れ家を見つけることができていない……と、言う事はそこまで万能で便利な魔法でもないのか? 生き物にしか使えないとか、そんな感じなのだろうか?)
そんな事を考えて居る内に目的地に着いたようだ。
『ソロソロ オリル オネガイ』
そこは丁度、昼間恐竜とゴリラが戦っていた場所だった。ゆっくりと降下し、馬車を壊さないようにその場所の中央に置き、すぐ近くに自分も降りる。
(ここまで来ていると言う事は、何かに乗ってきたのか?)
そう考えたが、周りを見た感じではそういった動物や、乗り物に乗ってきた痕跡は無かった。
「さて、どうしますか?」
「サーチ ツカウ」
ユーナさんがそう言うと、連れて来た兵士の内1人が何やらボソボソと呟いている。どうやら詠唱しているようだ。
それを聞いて真似しようと思ったが、そもそも共有語が分からないので、完全に空耳状態になったのでやめた。
(こういう所でも、言葉の壁が立ちふさがる……)
しばらく待つと、魔法が発動したのだろう。詠唱した後、目を閉じ動かなかった兵士がユーナさんに何か言っている。
「ブリュー モリ ハイル ケイカイ オソウ クル モンスター タオス オネガイ」
「分かりました」
探知魔法を使った兵士を先頭に森に入る。森の中は、木々が鬱蒼と生い茂っているため、月明かりも届かず、完全な暗闇である。当然、人間であるユーナさんたちは、近くの物どころか足元すら見えない。
そのため、ユーナさん達は持ってきたランタンのような物で辺りを照らしている。しかし、こんな暗い森の中でランタンのような光を持って移動していると、やはり目立つようで、次々にモンスターが現れる。
一番多く襲ってくるのは、自分よりは小さいが、人よりも大きい明るい緑色の甲殻のカブトムシだ。
頭角は短いが先端は鋭い。胸角も短く、前胸殻中央部に生えており、先端は鋭く尖っている。動きはそこまで速くなく、這い寄ってくる場合はガサガサと落ち葉を掻き分ける音がするし、飛びながら襲ってくる場合は、ビビビビと羽音がするので簡単に対応することができる。
次に多かったのは、樹や草の影から飛びかかってくるタイプの蜘蛛と、樹上から襲ってくるタイプの蜘蛛だ。両方とも人と同じ位の大きさをしている。
地面から襲ってくるのは、いわゆるハエトリグモのような見た目をしている。
つぶらな瞳と、全身を覆っている茶と白の斑模様のフワフワしていそうな毛のせいでとても可愛らしい。しかし、この印象は襲われても絶対に安全な自分だから持てる印象だろう。
カブトムシと違い音もなく近づき、突然木の陰や暗闇から飛び出してくるので、人間である兵士達は反応し切れない場合もある。実際、兵士達は何度か飛び掛られ、噛み付かれそうになっていた。
樹上から襲ってくるのは、女郎蜘蛛のような見た目をしている。
小さな頭に、黄色と黒に赤い色が入った腹、細長く鋭い脚を持っていて、樹上に巣を張って待っているだけかと思っていたが、糸を伸ばして音もなく降下し、兵士を捕まえようとしてくる。
一度、カブトムシと二種類の蜘蛛が同時に襲ってきた時は危なかった。カブトムシに気を取られすぎてしまい、一緒に来ている兵士が一人、女郎蜘蛛に捕まり噛み付かれ、殺されそうになった。
その時は、他の兵士がカブトムシを倒している間に、自分が女郎蜘蛛とハエトリグモを片付け、その間にユーナさんと衛生兵が救助、治療し何とか事なきを得た。が、その襲われた兵士は命が助かったものの、毒のせいかそれとも殺されかけたショックのせいか、すぐに戦える状態ではなくなってしまった。
(自分一匹なら何とでもなるけど……ユーナさんと兵士三人と衛生兵一人、護衛対象を五人も連れていると流石に手が回りきらないな。実際は救出隊だから護衛対象じゃないし、多少戦えるのが救いではあるけど、あんまり変わらないよなぁ。その上、ここに子供が二人増えると思うと……)
そんなこんなで、カブトムシや蜘蛛を倒しながら森を進んでいく。
かなり森の奥の方まで入り、目的地点についたのだろう。兵士が進むのを止めた。そして、ユーナさんに何か言うと「ココ モウイチド サーチ ツカウ」と、ユーナさんが自分に言ってきた。
周囲を警戒しながらしばらく待つ。しかし、一向に<探知>が終わる気配は無く、森に入る前に使った時よりも時間がかかっている。それなりに時間がたちサーチが終わったのか、兵士は目を開け、困ったといった表情でユーナさんに話しかけた。
その報告を受けて、ユーナさんは「ブリュー ココ イル ミエナイ?」と、自分に聞いてきた。
兵士と衛生兵は、周りを見回している。自分も何か居ないか周りを注意深く見回すが、いつの間にか現れた頭上をヒラヒラと飛ぶ蛾以外は何も居ない。
「ここに居るんですか? 自分には見えませんが」
「イル サーチ ココ イウ」
「サーチが失敗している、という事は無いのですか? それか、その兵士が何か間違えたかもしれませんよ?」
「ソレ ナイ マホウ タダシイ」
(そんなに自信を持てるほどの精度の魔法なのだろうか?)
そう、疑問に思ってしまうほどに、周りには子供の姿はおろか気配も無かった。
「そうですか、でも居ないように見えますよ?」
「オオゴエ キース タニア ヨブ」
「ユーナさん、こんな所で大声出したらモンスターが来ますよ」
と、自分は言おうとした。しかし、その前にユーナさんと兵士三人と衛生兵が大声で「きーす! たにあー!」と、叫び出した。
(え? さっきまで蜘蛛やカブトムシに襲われていたのを忘れたのか? 光に加えて大声を上げたら、更に寄って来て危険になるって思わないのか? いや、流石におかしいだろう、どうしたんだ?)
よく見ればユーナさん達の目に生気が無い。更に、言葉もおかしくなってきている。なんと言えば良いのか、ヨレヨレで酔っ払った様な声音になってきている。
(どう言う事だ? 何か襲ってきたような感じはしない。なら、助けに来た子供達が襲ってきている? それならそれで、周りに居ないのがおかしい。いや、射程の長い魔法なのかもしれない。だけど、それならわざわざ自分達を狙う理由が分からない。そうなると……)
再度上空をヒラヒラと舞っている蛾の方をよく見れば、何か粉のような、糸のようなものを振り撒いているのが見えた。
他に何かあるとも思えなかったので、すぐさま蛾に向かって<爆炎の大槌>を放つ。
巨大な炎の塊が角の先から放たれ、頭上の蛾に向かって飛んでいく。炎は、自分達に降りかかっている粉だか糸だかわからない物を飲み込みながら進み、それらを撒き散らしている蛾に直撃する。
瞬間、近くの枝やそれに生えている葉も巻き込み爆発し、激しい火柱を上げた。当然、そんな火柱が発生する爆発なのだから大きな音と強烈な光が発生する。
その結果、遠くの木々に留まって寝ていた鳥や、隠れていた獣が驚いて騒ぐ鳴き声が聞こえる。当然その中には、ゴリラや恐竜の鳴き声もある。
そして、その爆発の衝撃を至近で受けたユーナさん達は地面に倒れ、最初は何があったのかと言う風に呆然としていたが、しばらくすると目に生気が戻ってきた。
(やっぱり、あの蛾が原因だったのか。焦りすぎて必要以上の威力で攻撃してしまった気しかしないけど、まぁ結果オーライだ。さて、派手な事をしてしまったから、すぐにでもここから離れなければいけないな。光に誘われた虫の大群に加えて、今の音に誘われたゴリラや恐竜まで混ざった場合、ユーナさん達を守りきれる気がしない)
軽く焦りながらユーナさんに話しかけようとした時、ユーナさんの横、何も無い空間が少し歪んだように見えた。
目を凝らしてじっと見てみると、どうやら妖精さん、いや、ハイエルフの街を覆っていた物や、王国の軍隊を覆っていたような膜があるようだ。
(もしかして、村長の孫はこの中に?)
もし、この膜がハイエルフの所にあったようなものを隠す膜なら、反応がココにあるのに姿が見えないのも、合点がいく。
(それなら、探知魔法は凄いな。自分は、ここに人間は四人しか居ないとしか感じられないし、自分の五つの複眼で周りを見ても、そうとしか思えない。そんな状態にも関わらず、探り当てる事ができるなんて……やはり、覚えられるなら覚えておきたい魔法だ。しかし、この森の中で何かを隠す膜があると言う事は……いや、膜じゃないか、伝説の結界ってやつなのだろう。そんな結界が有ると言うことは、もしかしてここが伝説の隠れ家? まぁ、結界を破って中を確認すれば分かる事だ。それで違うなら、すぐにここを離れればいいだけだ)
自分は、真っ直ぐユーナさんの隣まで進み、念のために角の魔力を少し上げ、結界があるはずの空間に突っ込む。
何の抵抗も無く、角は結界に吸い込まれて行き、先端が刺さった瞬間風船が割れるような音がした。直後、突っ込んだ場所からまるで、霧でも晴れていくように景色が変わって行った。
そこは、この森に沢山ある開けた場所と同じような所で、中央に村でも見たような普通の家が建っていた。
屋根は赤く、庭には、この辺りに生えている物とは違うと一目で分かる、捻じ曲がったような木が生えており、その近くには井戸もある。
家に近い所には花壇の様なものもあり、花が咲いている。
(大昔の魔術師の隠れ家だと言うから荒れ放題だと思っていたけど、そんな事は無いのか? しかし、ここまで綺麗に残っていると、全然関係無い人がただ隠れ住んでいただけの家で、もしかしたら伝説なんて関係無いのかもしれないなぁ)
そう思ってしまうほど、綺麗な家がそこに。そして、その隠れ家(仮)の方を見れば、入り口に子供が二人立って居て、こちらを見ていた。
一人は男の子、もう一人は女の子。多分、いや、確実に村長の孫だろう。完全に正気に戻ったユーナさん達も、孫達を見つけられた事にほっとしているようだ。
しかし、男の子の方の表情は険しく、女の子の方は男の方にくっつき不安気な表情である。
(何か、前もこんな事があったような……ああ、ハイエルフの街の時だ。どうしようか、どう考えても怯えられている……駄目だ、自分じゃどうにもならない。と言うより、ユーナさん達に任せれば良い。警戒を解いてもらおうにも自分は共有語を話せないし、そもそもこんな見た目じゃ無理だ)
そう自分が諦めている間にユーナさんと他四人が、ゆっくりと何か言いながら子供に近づく。女の子は人間だと分かって少し安心したようだが、男の子は更に警戒を強めたようだ。
(そういえば、名前は何なのだろう? そういえばユーナさん達がキース、タニアとか言っていたな。名前の雰囲気からして、キースが男の子でタニアが女の子かな?)
すると突然、子供達の方から大声が聞こえてきた。発したのはどうやら男の子、キース君の方だ。
教えて貰った言葉ではなかったので、悪意のある言葉ではないのだろう。しかし、ギスギスとした空気から察するに、歓迎されている雰囲気でもない。
女の子、タニアちゃんの方はキース君の大声か、それともそれまでのやり取りのせいか、今にも泣き出しそうな表情でキース君の方を見ている。
ユーナさん達は、こちらに背を向けているので表情はわからないが、声の雰囲気からするとオロオロとうろたえながら説得しているようだ。
そして、説得は失敗したようだ。キース君が又何か言ったのをきっかけに、ユーナさん達は二人から距離を取り出した。
タニアちゃんは、キース君を止めるような仕草をしながら泣いている。キース君はそれを手で制し、何かぶつぶつと唱え出した。すると、淡くキース君の手が輝き出す。
その輝きはドンドン増して行き、ついには指の間から光が漏れ出す。キース君は覚悟を決めたような表情で、その手を前に出し、開いた。そこには、輝く水晶が有った。
キース君は、その水晶を頭上に掲げながらタニアちゃんに何か言った。タニアちゃんは最初の内は嫌がっていたようだが、そのうち泣きながら後ろにある隠れ家に入って行った。
ユーナさん達は、キース君が何かを唱え出した時、すでに臨戦態勢になっており、二人の兵士が何か詠唱している。
そして、タニアちゃんが完全に隠れ家に入り、水晶の輝きが更に強くなった時、兵士は魔法を放った。
放たれた魔法は、片方は火の玉、もう片方は土の塊だろう。それが、キース君に向かって飛んだ。
しかし、それらの魔法はキース君には届かなかった。なぜなら、突如キース君の目の前の地面から生えてきた巨大な人の頭に阻まれたからである。
更に、地面から生えた頭はそのまま首、肩、胸と地面から生えてくるように出てきた。
それは、まさしく土の巨人であった。見た目は街や村でも見かける成人男性と同じで、普通の服を着た姿をしている。ただし、その大きさは比べ物にならないほど大きい。
その巨人の股の間から、キース君が見える。キースは何か言った後、手に持って掲げていた水晶を地面に叩き付けた。
すると、その水晶は小さな破裂音と共に二つに分かれ、片方はキースの頭、もう片方は土の巨人の頭に浮かびながら移動し、更に大きく輝いた。その光のせいで一瞬、視界が無くなる。
光が収まり、視界が戻るとそこには、輝く水晶を額に埋め込んだキース君と、土の巨人が居た。
キース君は額に水晶が付いているだけで見た目は変わっていなかったが、土の巨人の見た目は少し変わっていた。普通の服を着た姿から、簡単な鎧を着た姿になっている。
ユーナさんは自分の横まで移動し、他の四人は自分とユーナさんの後ろまで下がってきた。
「ブリュー ゴーレム トメテ オネガイ」
(ゴーレム? それよりも、どうやら戦闘状態のようだ。いや、それは見たら分かる。問題は、何故こうなったかだ)
「どういうことでしょうか? それよりも、何でこうなったんですか? 何か不味い事でも言ったんですか?」
「ソレハ……」
しかし、ユーナさんの答えを聞く前に、自分とユーナさんの会話は中断された。土の巨人、ゴーレムと言うらしいが、拳を振り上げながら突っ込んできたからだ。
鈍重そうな見てくれの巨体に似合わず、素早く動けるようで、ゴーレムはすぐに自分達の目の前まで距離を詰めて来た。
そして、その勢いのまま振り下ろした拳は、まっすぐユーナさんを狙っていた。放っておくわけにもいかないので、自分はそれに割り込み角を振り上げて応戦する。
五本の角を合わせて槍の穂先のような形にしていたため、角はすべてゴーレムの拳に突き刺さる。
結果、ゴーレムの拳が砕け散り、それでも殴った時の勢いは止まらず、腕まで砕け散っていく。
(思ったより脆い? このまま行けば、胴体まで一気にいけるか?)
と、思ったが、流石にその考えは甘かった。肘辺りまで砕けたところで、ゴーレムは飛び退き、距離を取った。そして、無事な方の腕を地面に突き刺した。すると、ゆっくりと砕けた腕が再生していく。
(なるほど、幾ら壊しても土が有れば再生可能なのか……面倒くさい)
「ユーナさん、止めてと言いますが、あれはどうやって止めれば良いんでしょうか?」
「チカラ ミナモト コワス クズレル ヒカル アヤシイ」
そう言いながら、ユーナさんはゴーレムの頭を指差す。
「なるほど、あの頭の水晶を壊せば倒せる訳ですね? 分かりやすくて良いですね」
「タブン タオセル カクジツ ナイ」
(そうか、確実じゃないのか……)
「面倒臭いので、一気に全部魔法で吹き飛ばしていいですか?」
「フキトバス ダメ ゴーレム ウシロ キース イル アト デンショウ カクレガ コワス ナクナル ヒジュツ ナカ タニア イル ダメ」
たしかに、普通に考えればゴーレムの後ろに隠れ家(仮)が有る状態で強力な魔法を撃てば、ゴーレムだけではなく隠れ家も吹き飛ばしてしまう。あと、村長の孫も。
もしかしたら、ゴーレムだけで済むかもしれない。が、そんな虫のいい事は言っていられないだろう、虫だけど。
(そもそも、その保護対象と戦闘状態って言うのが……まぁ、そこは今更言っても仕方が無い)
「あー……つまり、強力な魔法は使わずにあのゴーレムを戦闘不能にしないといけない。と、いう事ですか」
「ソウ ムズカシイ デモ ソウ スル ナイ ダメ オネガイ イイ?」
「良いも悪いも、そうするしかないんでしょう? それに、そうしないと自分の目的の物も駄目になるかもしれませんし、キース君とタニアちゃんでしたっけ? 子供も駄目になるんでしょう? なら、仕方ないですよ」
話し終えた所で、丁度腕も修復しきったのか、ゴーレムは両腕を回して準備運動のような動きをしている。そして、屈伸運動をしたかと思うとそのまましゃがみ込み、その後真っ直ぐ上に飛び上がった。
(垂直に飛び上がってどうするんだ?)
と思っていると、丁度跳躍の頂点に達した所で、ゴーレムがこちらに向けて片足を伸ばしたポーズを取った。
次の瞬間、こちらに向かって矢のように飛んできたのである。まさかの行動に驚いたが、好都合である。再度、角を束ね迎撃する。狙い通りに角は足を砕き、そのまま腰を粉砕し、角が腹まで砕いた所で先端に刺さったまま止まった。
(よし、一気に角を広げ、胴体もバラバラにして、そのまま頭部の石を破壊して終わりだ)
と、考えたが、角が開かない。なぜ? と思い角をよく見ると、砕けた胸から下の破片や、足の破片が角の根元にある関節部分に食い込んでいた。
更に、土から砂になって行き角の関節の隙間を無くし、動けないようにしていた。その上、角の先に刺さりながらも砕けずに残っているゴーレムの腕が、外側の角を掴んで押し込んでいる。
そのため、内側の角と頭角は少し動くが、胴体を粉々にするには少々可動域が足りない。と言った状態になっている。
(なら、振り回して自分から離れた所で魔法を叩き込んでやる)
と考えたが、半壊のゴーレムが飛んでいって、キース君やユーナさん、その他に当たってしまった場合、怪我もしくは最悪死んでしまうかも知れない。それに、当たらないでも飛んで行った先に誰かいれば、魔法を叩き込む事が出来ない。
同様の理由で、今の状態で魔法を操って頭部の水晶を狙う事は出来ない。見えない水晶を狙って、魔法を飛ばすのは更に危険だ。
なら、やることは決まっている。無理やりにでも、しかし回りにできるかぎり危険ではない方法で吹き飛ばす。
まずは、駄目元で角に纏わせている魔力を上げる。しかし、角を掴んでいる腕に亀裂が入る程度で、拘束が緩む気配も無い。隙間に詰まった砂も、ほんの少し減っただけだ。
(では、次の行動を)と思った矢先。
今は、角に刺さったゴーレムの胴体のせいで頭部が見えないが、周りの光の具合から見て、どうやらゴーレムの額の水晶が更に輝きを増したようだ。
嫌な予感がしたので<鉄の装甲>を発動し、身構える。次の瞬間、六本全ての足が地面に埋まった。
いや、埋まったと言うと語弊が有る。地面が隆起し、足を飲み込んだのである。そして、前胸と中胸の間の関節の部分に、衝撃を受けた。それも一発や二発では無く、何度も何度も、何か尖った物で連続して叩かれているような圧迫感と、鈍い金属音がしている。
しかし、これと言って自分はダメージをうけている感じはしない。すると、打撃音に合わせてじわじわと、脚を飲み込んだ土が脚にそって上がってきた。
(自分に何をするつもりか分からないが、このままにしている義理も意味も無い)
予定通り、全て吹き飛ばす事にする。まずは<濁流の装甲>を発動する。全身が洪水の様な勢いの水流に覆われる。更に、念には念を入れて<暴風の装甲>も発動する。
全身を覆う濁流が、嵐のような暴風に巻き上げられ、自分は視界を失う。しばらくすると、角に詰まった土の感触が消え、角と脚が動いたので<鉄の装甲>以外を解除し、視界を確保する。
先ほどの魔法に巻きこめたのだろう、角の先に有った半壊のゴーレムは存在せず、周りには泥まみれになってこちらを睨むユーナさん達と、泥まみれになってこちらを呆然と見つめるキース君の姿があった。
(あ……そうか、そうなるよね。雨の日に傘を回転させてはいけません。基本でしたね)
「ユーナさん達は大丈夫でした? 取り敢えず、ゴーレムは倒しましたよ」
ユーナさんは、何か言いたげな表情で、こちらを見ている。しかし、キース君が大声を出したので、すぐそちらに向き直った。
キース君はいつの間に回収したのか、ゴーレムに埋め込んであった水晶を持っていた。そして、その手を突き出し、今度は空中で動かしながら、何かぶつぶつと唱え出した。
すると、キース君の足元に光り輝く円に囲まれた幾何学的な模様が現れ、段々と輝きを増して行く。更に、円の周りの土が少しずつ捲り上がり、浮かび上がりだした。
自分がなんだか綺麗だな、と呑気にその様子を眺めていると「ブリュー! トメテ!」そう言いながら、ユーナさんと他二人の兵士達がキース君に魔法を放った。
三人が放った魔法は、最初に放ったような手加減した魔法ではなく、当たれば確実に怪我では済まない威力だ。
しかし、それらはキース君の目の前で何かに当たったように霧散してしまう。どうやら結界があるようだ。自分としてもユーナさんに言われたし、どうみてもキース君がやる気満々なので、止めたいのは山々なのだが、下手をすれば行動どころか息の根を止めてしまう。
火と雷だと五本出てしまう、そんな物を直撃させると相手が子供だから……というより、人間なら即死するだろう。
(いや、意外と生き残るか? ……まぁ、下手な賭けはやめよう)
当然、他の属性でも威力が高いと殺してしまうだろう。と、言うよりも手だけピンポイントで弾こうとしようにも、確実に手だけじゃなくて腕にも大怪我させてしまう。
しかも、結界がある。つまり、中途半端に威力が低いとユーナさん達が撃った魔法のように無効化されるだけだ。
(なら、突進して角で結界を破ってから撃つか?)
一瞬そう考えたが、至近距離で撃つと尚更キース君が無事に済む気が一切しない。だからと言って、そのまま角で叩き落とすと、キース君の命ごと叩き落としそうだから却下である。ならばと、結界を破って且つキース君を殺さないように魔法の威力を調節……なんて出来る気がしない。
(いっそ、何をするのか分からないけど、それを待ってから……いや、むしろ……駄目だ、考えていても埒が明かないし、時間もなくなる。やってみて無理なら無理だ。後で考える!)
ごちゃごちゃ考えている間も時間は過ぎてしまうのだ。まずは<閃光の一撃>を放つ。五本の雷を束ね、キース君が手に持つ石を狙う。しかし、それはキース君の前で結界に遮られ、四散する。
(うーん、やっぱりこの程度じゃ駄目か)
今度は<雷光の一撃>を放つ。先ほどよりも凶悪な五本の雷を束ね、再度手に持つ水晶を狙う。しかし、又してもキース君の目の前で四散してしまう。
(意外だ……最悪、結界を貫いてキース君の腕が駄目になるかと思っていたけど、意外と強固な結界のようだ。本当、どうしようか)
二度の攻撃の間にも、キース君は目を閉じてブツブツと何か詠唱しており、それに呼応するかのように足元の模様と額に埋め込まれた水晶と、手に持つ水晶も光を増していく。
そして、三度目の攻撃を何にしようかと迷っている間に、キース君の足元にある模様が一際大きく輝き、手に持った輝く水晶が勢い良く飛び出した。そして、そのままキース君の目の前の地面に落ちる。
すると、水晶が落ちた所から瞬時に人間サイズのゴーレムが飛び出してきた。
見た目はまさしく重装歩兵と言った感じで、T字のスリット状になった兜のバイザーの奥には、赤い燐光が灯っており、兜の額部分には輝く水晶が埋まっている。
体には胸当てと胴鎧、腰鎧、それに手甲と脚甲を纏っていて、手にはロングソードとタワーシールドを持っていた。とは言え、全て土でできている。
(さっきのに比べれば小さくなってるし、それほど強そうには見えないな)
と、思って眺めて居ると、キース君は自身の額の水晶に手を当てる。そして、何と言ったのだろうか? 大声で叫んだ。
すると、土で出来ていたゴーレムの体が、鎧が、手に持つ武器が、金属の光沢を持った黒い物に変わっていく。
更に、ゴーレムのバイザーの奥と水晶の輝きが増す。全力で来るという事だろうか? そう思った瞬間ゴーレムが頭部を残して破裂した。
(自爆? いや、失敗したのか?)
と、思ったが、その破裂した際に発生した破片はキース君の方へ殺到し、その周りを回りだした。残った頭部は、額の水晶と目を点滅させながら、キース君のちょうど真上あたりに浮かんでいる。
(今なら、何も考えずに狙える!)
そう考え<雷光の大槍>を浮いている頭部に向けて放つ。
しかし、魔法を放つ直前に渦はその勢いを増し、土を巻き上げ竜巻のようになり、頭部を覆い隠す。
ほんの少し、あと一瞬と言った所を遅れながら、五本の雷は頭部が隠れた位置に殺到する。そして、雷は弾かれてしまった。吸収したのか、それとも元々そうなるようになっていたのか、竜巻は更にその勢いを増していく。
(やったか? そんなわけがないな。どう見ても弾かれていた。さて、どうしようか?)
魔法を魔力の続く限り叩き込む。と言ったように、ゴリ押しみたいな事をすれば、おそらく竜巻は吹き飛ばせるだろう。しかしそんな事をした場合、加減ができない。少なくともキース君は一緒に消し飛ぶ。最悪、後ろの隠れ家も、その中に居るタニアちゃんもまとめて消し飛ばしちゃう事になるだろう。
(あと何よりも、そんな事をした場合、どの面下げてこの森から村まで戻ればいいのか分からない。本当、なんで保護対象と戦闘しているんだろう……)
そう考えている内に、今度は竜巻が段々と勢いを失っていく。最終的に竜巻は消え、砂煙だけが残った。
(あれ? 実は効いていた? やったのか?)
しかし、その考えは外れていたようだ。砂煙が切り裂かれるように吹き飛ばされ、その中から現れたのは、自爆したはずの黒いゴーレムであった。




