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ブリューナクな日々  作者: 大きいは強さ
第2章:帝国
38/52

第18.5話 テントの中と外の話

 ●テントの中での話



 野営地に戻ったユーナに対し、アランが話しかける。


「ご苦労、いや違うな。お疲れ様だ、マクラミン殿」


「そんな、私はまだ騎士なのですから、レッドマン様よりも立場は下です。呼び方も、マクラミンと呼び捨てで構いません」


 今までと違う態度のアランに、ユーナは少し疑問を持ちながらも返す。


「まぁ、立ち話もなんだ。テントの中で話そう」


 そう言って、アランは目の前の大テントに入っていく。ユーナもその場でブリューナクと別れ、それに付いて大テントに入る。

 中には誰もおらず。大きな台の上に周辺の地図が広げてあるだけで、特にこれと言って物もなかった。そして、台の周りには椅子が設置されていた。

 一番奥の椅子の近くにアランは立ち、ユーナに座るように促した。ユーナは、アランが座るのを見てから手近な椅子に腰掛ける。


「さて、繰り返しになるがまずは救援に応じてくれて礼を言う。ありがとう、助かった」


 アランは、今にも額が台についてしまうのではないのかと思えるほど、深くお辞儀をした。


「ちょっと、やめてください! 私は何もしていません! 全てブリューのお陰です」

 

 慌ててアランに頭を上げるように言うユーナ。それもそのはずである。現在のアランとユーナの立場を考えればこの行動はおかしいのである。しかし、その心情を知ってかしらずか、それを聞きアランは顔を上げ、椅子に座り直し、人の悪い笑みを浮かべる。


「そうか、では本題に入ろう。通信魔道具で帝都に連絡したところ、マクラミン殿は今回の働きにより騎士隊長に昇進だ。おめでとう。とは言え、帝都に戻って色々と正式な手続きをしなければいけないから、今はまだ騎士だがな」


「ちょ、ちょっと待ってください! 待ってください! え? どういうことでしょうか?」


「つまり、これからは俺と同格と言うことだ。ヨロシクな」


 そう言って、爽やかに笑うアラン。だがすぐに爽やかさは消え、悪戯に成功したような笑みへと変わる。


「説明になっていません! というか、意味が分かりません! 私は略式どころか、まだ書類変更しかしていなくて、正式にはまだ騎士に、いえ軍に入ってすらいないんですよ? それを今度は騎士隊長? どうなっているんですか!?」


 ユーナは、声を荒げながら台を叩き立ち上がった。彼女は現状、書類上は騎士であるとされているだけの存在なのである。それをアランは騎士の上位、いやこの国で考えるならある種の到達点でもある地位に上がったと告げたのである。


「逆に考えてくれマクラミン。なぜそうならないと思った?」


 一転して真剣な表情で見つめながらアランが口を開いた。


「え?」


 まったく分からないといった表情のユーナを見て、アランは腕を組み話し始める。


「そもそもだな……まず、お前が使役している邪精霊の力を考えてくれ。俺と、英雄と、捕獲目的の防衛重視とは言え、軍を纏めて撃破した存在だ。更に、今俺が着ているこの鎧の素材になったモンスターをお前と邪精霊、他に冒険者が三人。つまり人数にして四人だけで狩ってきた」


 そこでアランは一呼吸開ける。ユーナは反論しようとしたが、まだあるぞ。と、言われ止められた。


「そして今回、まずは危機に陥ってた俺達を助けるため、王国からの侵略軍を先発は全滅させ、後発組である本隊を覆っていた謎の新型結界の破壊。それと、敵の大将である元英雄のグレゴリー・オーバンを使役した邪精霊との連携で撃破。さて、これだけ揃っていて、何故自分が騎士のままだと思った?」


 考えればわかるだろう。そういった態度である。たしかに、分からないでもない。しかし、ユーナにはまだ気になる点があった。


「分かりますけど、叙任式や、その他様々な知識はどうするんですか?! 他にも騎士隊長って事は騎士を指揮する事になるんですよね? 指揮の方法なんて知りませんよ。そもそも! 騎士隊長とは言いますけど、隊員はどうするんですか?」


「まず叙任式だが、戦争が終わったらどうしたって帝都に行くんだ。そこで済ませるに決まってるだろう。貴族に対する作法や、しきたりその他諸々? 最初から叙任後に覚えてもらう……と言うより覚えなければならない。だから問題は無い。そして最後に、指揮方法の習熟に隊員だったか。何を言っているんだ? 邪精霊単体で一騎士団よりも強いのに必要か? まぁ一応指揮に関しては前述の訓練の合間に入れる予定だから安心しろ。最低限はできるようにしてくれるはずだ」


 前半は少し同情的に、後半は何を言ってるんだお前は? 最後は考え込むような。と言った様子でアランは言う。


「なら……いえ、そもそも……」


 それでも、なおも食い下がるユーナに、アランは手をかざし押しとどめる。


「落ち着け。取り敢えず、騎士隊長就任は既に決定している。諦めろ。何かあるなら、この戦争が終わった後、帝都に戻った時に皇帝陛下に言え」


 アランは仏頂面で、俺に言うんじゃないと話を終わらせた。


「はい、わかりました……」


 そのユーナの答えに、不満げな表情、しかし口角は少し上がっているような、よくわからない表情でアランは首を振る。少し考えて、ユーナはその意味を察す。


「はぁ、レッドマン。これでいい? わかったわ」


 ユーナは肩を落とし俯くが、すぐに顔を上げアランを睨む。それを、満足そうにアランは見ながら再度話し始めた。


「よし、次に以前から話されていた事なのだが、この戦争が終わったのち、ここに国境警備のための要塞都市を作る事が決定した。目的としては国境警備及び、灼熱の山脈の本格的な調査と、鉱石等の採掘のためだ」


 そう言いながらアランは地図に描かれた現在位置とその周辺をを指す。


「なぜ今更なの? この辺りを帝国が支配して長いわよね?」


 このあたりの土地はかなり昔、それこそ、まだ王国が大陸の半分を支配するより前から帝国の領土だった場所だ。そして、その頃から今は亡き国と隣接していたのだから、防衛のための要塞を建造するにしても、開発するにしても、もっと早くに着手していてもおかしくはない。しかし、現状は手付かずである。


「色々と理由はあるんだ。そうだな、今回、長い間放置していたこの場所を開発する事になった一番の理由は、お前と邪精霊の存在だ」


「なぜ? 要塞都市の作成に私とブリューが関係するの? まさか、私にここの守りを任せるつもり?」


「普通の都市なら、いや町や村でもそうだが、それなら別に問題は無かった。お前が飾りでも良いから上に立って、後は古参兵や現地の武官にやってもらえばいいからな。だが、国境警備の要塞や都市を守るなら話は変わる」


 そう言いながら、尋ねるような視線でアランがユーナを見る。


「ああ、防衛……と言うよりは監視のために兵士が必要になる訳ね。当然それを指揮する者も……あら? それだと、さっき言った形でやれば良いんじゃないの?」


「そうだな、だがここは灼熱の山脈の近くだ」


 ユーナは少しの間考え込み、合点がいったような表情になる。


「灼熱の山脈から降りてくる可能性のある、強力なモンスターに対処するための存在が必要になるのね」


「そうだ。かなり前ではあるが実際そんな事があって被害が広がりに広がったらしいからな。だから、一人は異常な事態に対応できる強力な者がいた方が良い。それに、すぐに要塞が出来るわけでもない。まずは簡易的な砦の建造だ。そこで、この地の守りに俺が回される事になった」


「なるほどね、じゃあ私はどうなるのかしら? 一緒に砦を守ったりするの? さっき言った強力な者として」


 少しからかうようにユーナが言うが、アランはそれを無視してマジメな表情で返す。


「いや、そうはならない。お前にはこれまで俺がしていた仕事の内、一つを代わってもらう事になる」


「ノッてこないのね。それで、それはなに? まさかレッドマン、あなたの軍を仕切れとは言わないでしょうね?」


「できるのか? それならまかせるが」


 さっきのお返しと、冗談めかしてアランが言うと、ユーナは腕を組み半目になる。


「できないわ、冗談よ。それにそうなったら、結局私もここに居ることになるからさっきの話が分からなくなるわ。で? 何をしたらいいのかしら? 私とブリューは」


「簡単な事だ。帝国内の危険排除を頼みたい」


「危険排除……どういうことかしら?」


「他の騎士隊もやっている事なんだが、帝国内に発生した通常では考えられないようなモンスターの大量発生や、強力なモンスターの撃破をしてもらいたい」


「そんなの、冒険者に頼めば良いじゃない」


「そうだ。ある程度は冒険者に頼んでいる。と言うよりも冒険者ギルドが対応している。だが、そうだな……例えば、俺が前着ていた鎧の素材、さっきも言った山脈から降りて来た核珠持ちの灼熱悪鬼(イフリート)だ。あれは最初、冒険者の依頼だったんだが、一向に討伐される事がなくてな。遂には、このあたり……と言ってもここからもっと東なのだが、いくつかの村が畑ごと焼かれてしまい、このままだと不味いと考えられて、国から軍を派遣する事になった。そして、当時ただの兵士だった俺が倒したという訳だ」


「なるほどね。つまり冒険者が対応しない、もしくは冒険者でも対応できない、緊急の危険の排除に回って欲しいわけね?」


 昔、冒険者ギルドで誰かが達成したわけでもないのに達成済みとなっている依頼を稀に見かけたが、そういう事だったのかとユーナは納得した。


「そうだ。といってもそれほど頻繁には起きない事だからな。基本的には街道にそって一定の地域を見回ってもらう事になると思う」


「大体わかったわ。それにしても、なんだか話だけ聞いていると、あなたの左遷みたいに聞こえるわね」


「たしかに、そう聞こえるがまぁ仕方あるまい。だが、これでも俺は帝国最強だからな。ザイゴッシュ王国を相手にするなら俺しか居るまい」


 少し自慢げに言うアランの姿を見て、ユーナは人の悪い笑みを浮かべる。


「救援を求めていたのに? 今までこの辺りは放置されていたのに?」


 痛いところを突かれた! そんな表情になるアラン。


「うっ……そ、そもそも今回の会戦は突然すぎるんだ! 関係が悪化するような事は何も聞いてなかったんだぞ。それに王国の結界もおかしい! なんだ、あの出鱈目な能力は! 数年前にやった演習の時はあんな物は無かったぞ!」


 そう言いながら、アランは台を叩きながら立ち上がる。それをユーナは白けた目で見る


「国同士の話は知らないわよ。私は元々他国の人間なんだし。でも、あの結界が異常なのは認めるわ。特に後発組、本隊が纏っていた結界は異常ね。ブリューが割ったから良いけど、あれだけの魔法と矢をすべて無効化するなんておかしすぎるわ。もし、ブリューが居なかったら……あなた、今頃死んでいたわね」


 そうユーナが言うと、アランは更に不機嫌そうな表情になる。


「それはもう礼を言っただろう」


「そうなんだけどね。ところで、あなたは何でそんなにブリューを嫌うの? たしかに、ランドルフ・ピットマンを殺したのはあの子だけど、状況を考えればかなり身勝手よ?」


 そうユーナが尋ねると、アランは席に着きながらゆっくりと語り始めた。


「いや……そうだ。そうなんだがな、昔からなんだ。俺は甲殻魔虫、もしくはそれに似た物が関わると、自分を抑えられなくなるんだ。最近は大分マシになってきた方で、昔は見たらその場で襲い掛かるほどだった」


「なんでそんな……誰か大切な人でも殺されたの? それとも、何か呪いでも受けた?」


 少し重くなった空気を変えようと、冗談めかしてユーナが聞けば、アランは真剣な表情で続ける。


「昔からだ。誰かが……という訳ではない。呪いの線も最初に疑った。だが、光術師や呪術師、他にも考えられる色々な者に診てもらったが、一切分からなかった」


「そう……」


 かける言葉が見つからずユーナが口を開こうか思案していれば、アランは鼻を軽く鳴らし、いつもの不機嫌そうな表情で答える。


「気質と言う奴なのだろう。そう俺は結論付けている。気にするな」


「納得はしないわ。でも、あなたがやけにブリューを嫌うのはそういう事情があったのね」


「すまないな。視界に入っていなければそれほど取り乱したりもしないんだが」


「もういいわ。理由は分かったから。今後はうまくやってきましょう」


「そうだな。だが、ランドルフを殺したのを許すつもりは無い」


 そう言い放つアランに、ユーナは心の中でしつこい男だ。と、毒づく。


「なぜ? あの子を先に攻撃したのは私達人間でしょ?」


「そうだな。それはもちろんその通りだ。だが、それよりも先に混沌の大樹海というモンスターが居るべき領域、自分の居場所から飛び出し、我々人間の世界に飛び込んできたのは奴だ。そして、ランドルフはそれを止めようとして殺されたんだ。恨まない訳が無い」


 理解も納得もできるが、許容することはできない内容にユーナはしばし言葉を失ってしまった。しかし、何も言わなければブリューナクを殺す事を認めてしまう。


「そう……だけど。でも、あの子は邪精霊なのよ?」


 そう言葉を絞り出し、考え直してはもらえない? とユーナは続けようとした。が、アランの様子を見てそれは止めた。


「でも、も何もない。この話はここまでだ。恐らくどこまで話しても、分かり合える気はしないからな」


 アランが語気を荒げ言い放ち、鼻を鳴らす。その瞬間、テントの中に兵士が入ってきた。


「失礼します! 帝都から緊急連絡であります!」


 アランとユーナは顔を見合わせる。ユーナは知らないが、戦場から帝都やその他の大都市へ緊急連絡があっても、その逆は奇襲を受けている等の特殊な状況を除き、殆どないはずだからだ。なので、アランには緊張が走った。


「わかった、報告しろ」


「は! つい先ほどザイゴッシュ王国から直接帝国に通信があり、停戦を申し込まれました!」


 その発言にアランは目を見開き驚く。


「ばかな! 早すぎる! しかも宣戦布告したのは王国側だぞ!? 何を考えてる! いや、王国の最大戦力を落としたから……それにしてもおかしい。何だ? 何が狙いだ? いや、待てそれを帝国は受け入れた? それなら……まぁいい、報告はそれだけか?」


「いえ! 停戦に伴いアラン・レッドマン騎士隊長および、騎士ユーナ・マクラミンに帰還命令が下っています!」


 一瞬、まさしくあんぐりと言ったふうに、アランは大口を開け呆けたがすぐに気を取り直す。兵士もそんなアランは見ていなかったと言うふうに対応する。


「もう一度聞くが……俺も戻るのか?」


「はい! 両名ともに帰還せよ。との事です!」


「なぜ、俺まで戻らなければならない? 奇襲されてここを取られました。それじゃ、済まないんだぞ?」


「は! それに関しましては、停戦の条件の一つに、国境からの兵の退去を求める物があったのであります」


「条件?! 攻めてきたのは王国で、敗退したのも王国なのに? そしてそれを飲んだ!? 何を考えているんだ議会は! 駄目だ。すまないマクラミン、俺は今から帝都と連絡を取る。どうなるかは分からないが、多分明日は帝都に帰還する事になるだろうから、帰還の準備をしておいてくれ。もし、帰還する事になったらその時は邪……ブリューナクだったか? に護衛を頼みたい」

 

 ひどくうろたえた様子でアランはユーナに話しかけ、そのままテントから出ようとした。


「はぁ……かなり身勝手な事だけど、ブリューが嫌と言ったらそこまでよ」


 擦れ違い様にユーナがそう言うと、アランは立ち止まり怪訝な表情でユーナを見る。


「なぜだ? 使役されているのだからお前の命令には絶対服従なのだろう?」


「色々あるのよ、色々ね。モンスターテイマーとは違うのよ」


「ぬぅ、まぁそのあたりの話は又今度だ。取り敢えず俺は行く。そうだ、宿泊先のテントは分かるか? 出て右にあるテントだ。一応お前だけの物となっている。何か俺に言う事があったら兵士に言付けるか、紙に書いて置いておいてくれ。それではな」


 今度こそアランは、報告に来た兵士と一緒に外に出て行った。直後、ユーナは台に突っ伏し、そのまま数分唸ってから顔を上げた。


「まさか私が騎士隊長とはねぇ……嬉しい、とは違うわね……。悩んでいても仕方ないわ、護衛の件もあるからブリューと話しましょう」


 そう独り言を言って、ユーナもテントから出て行った。



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 ●テントの外での話



 私の名前はディーナ・アリエフ、火炎騎士隊、治療術師隊、分隊長だ。今私は、指令所である大テント前に居る邪精霊に向かって歩いている。


(あの邪精霊は素晴らしいわ。いえ、厳密にはあの角かしら? どんな重症患者でも、触ればたちどころに傷が治るなんて、是非一本は欲しい。話じゃ完璧に使役されてるらしいから、多少無茶しても大丈夫でしょ。それに邪精霊だから、角の一本くらい抜けてもすぐ生えてくるはず)


 なぜ私がそんな無茶苦茶な理論、と言うか考えを持っているのかと言うと、実際に私が出会った事がある邪精霊は、生え変わるはずがない物が生え変わったからである。具体的に言えば頭だ。

 少し手強かったが、所詮はワーム系。動きは遅く、グズリと腐った肉を切るような感触で気持ちが悪かったが、頭を落としてそれで終わり。と思っていた事を今でも覚えている。

 実際、簡単に頭を落とすことは簡単だった。しかし、落とした頭は落ちた瞬間に空気を吐き出すような音を鳴らしながら萎び、切り口は泡立つようにして蠢き、そこからは新しい頭が生えてきたのだ。

 その後は消耗戦だった。切っても、切っても、頭が生えてくる。結局五十だろうか? もっとだったかもしれないが、それだけの回数を繰り返してようやく倒せた。あの悪夢を思い出したら気分が悪くなってきた。


(……止めておきましょう。これ以上思い出すと、精神衛生上良くないわ。それよりも、今は負傷兵の治療をしないといけない。どうにも手も魔法も、何もかも足りないから早くしないといけないわ)


 そう考えながら、羽を開いたり閉じたりしている邪精霊の周りに集まって「おめぇすげぇな!」「ありがとうな! お前のおかげで助かったぜ!」等と、言っている兵士達の所へ近づく。そして、兵士を押しのけて邪精霊の前まで出る。


「えーっと……角を借りるわよ!」


 話しかけたは良いが、どうにも反応がない。なので、少し不安になる。

 

(大丈夫、これ? いえ、レッドマン様が邪精霊が到着した時、使役者を治療しろと命令して、それを聞き入れていたんだから大丈夫! 聞こえてるし理解してるはず!)


 そう判断して、私は周りに居る押しのけた兵士に向き直る。


「あなたたち、負傷者を運ぶのとその処置を手伝って! 私達の魔法と魔法薬だけじゃどうにもならない人も居るの!」


 私の言葉を聞き、兵士達は突然真剣な顔になった。


「今ここで格好良いところを見せれば」

「お前の考えは読めた。俺が先だ」

「まてまて、協調性をアピールすることが大切だ」

「そうやって、自分一人抜け駆けするつもりだろう? 俺は知ってるぜ」

「お前ら、まともに仲間の心配する奴は居ないのかよ……」


 そしてなぜか押し合いへし合いをはじめようとする。そんなふざけたような行動に、少しイラついてしまった。


「遊んでないで、今にも死んでしまいそうな人も居るから急ぐ!」


 私の言葉に、いや丁度その小競り合いのような物がひと段落したのか、我先にと救護テントに向かって走って行った。


(はぁ、バカねぇ……黙ってやれば……よし、それよりも角を取らないと)


 そんな事を思いながら、私は邪精霊へと向き直った。甲殻魔虫の角はかなり丈夫で、解体する際、外し辛い物であるが、力を上手くかければ簡単にねじ切れるのである。

 よし、と気合いを入れ角に触れる。その瞬間、私の中に魔力が流れ込んでくるのを感じた。


(まさか、これ程とはね……)


 私は前線には出ていなかったが、結界に弾かれ飛んできた魔法や、ケガをして運ばれてきた兵士達が暴れた際手を引っかかれたり、戻って来たが力尽きて倒れた兵士を運んでいる時に引っ掛けたりと、色々な理由で小さいケガをいくつかしていた。

 もちろん小さいケガなので、すでに血で塞がっているのだが、ジクジクとした痛みがあった。それが今少し触れただけで全て消えたのである。


(治ってるわね。なら舐めたりすれば病気とかも治せるかしら?)


 そう一瞬考えたが、先ほど言ったケガだけでなく、腰痛や右肩関節の痛みも消えてる事に気が付いた。


(駄目ね。こんな物を舐めたら即死するわ。コアセコイアの核珠よりも魔力量は多いんじゃないのかしら? そうなるとこれ、ずっと持っていて大丈夫なのかしら? ずっと握っていたら魔力毒で死ぬ、とかないでしょうね?)


 一瞬手を離し考える。しかし、治療するなら手が多い方が良い。それなら数本取って、それを使って治して回る方が良いと思いなおす。

 再度私は角に手をつけ、ある方向に多く力を入れつつ引っ張った。記憶が正しければ、こちらの方向へ力を入れれば簡単に外せたはずなのだ。

 力の限り引っ張った。私は非戦闘員とは言え、鍛錬を欠かした覚えは無い。それこそ、もし戦闘になったらバスタードソードを振れるくらいには鍛えている。そこらの一般兵士には負けない程度の自信もある。なのに、どれだけ引っ張っても角はビクともしない。

 

(あれー? こっちじゃなかったっけ? なら、もう一つの方向かしら? 引いて駄目なら、押してみる精神ね)


 そう考え、今度は別の方へ力を入れて、引っ張るのではなく力の限り押し込む。しかし、どれだけ押し込んでも動く気配はない。


(なら……最終手段よ。叩いてへし折る!)


 と、半ば自棄になって叩いてみるが、当然の如くビクともしない。そのうち、何故か気持ちも悪くなってきたので、地面にへたり込んでしまう。


(うぅ……無理なのかしら。と言うか、頭痛と吐き気が……これは、魔力中毒? やっぱり長時間触れてるのは危険なのね)


 好き放題に角を触られている邪精霊は、私が角をどうにかしようとしている間もじっとして動かない。視線は……複眼なのでどこを見ているかは分からない。もしかしたら、文字通り眼中にないのかもしれない。


(ふぅ……これは私の力じゃ無理ね。いえ、というか冷静に考えればあれだけ大立ち回りして傷のついてない角なんだから、私の力でどうこうできるわけがなかったわね)


 脳裏に浮かぶのは墜落するかのように王国兵士を蹴散らして、その後すぐに本隊に突撃し結界を割った姿だ。あの後敵の元英雄とやらと激戦を繰り広げ勝ったらしい。それでも角や甲殻は、この通り鈍い光を発しながらも傷一つないのだ。


(素直に、角を譲ってもらえるように交渉するしかないわね。大丈夫、すぐ生えてきますよ。と、言えば譲って……もらえるかしら? まぁ今それは置いておいて、負傷者の治療が先ね)


 角を取るのはいったん諦め、兵士達や、隊の仲間たちが運んできた負傷者の治療に移る。と言っても動けない人を、無理やり角に触らせるだけなのであるが。

 そしてそんな簡単な方法であるにも関わらず、応急処置だけで放置せざるを得なかった、酷い怪我を負った重症者が、軽い切り傷や擦り傷の軽傷者と同じ速さで治療されて行く。

 とは言え、手足を失った人達の手足が生えてくると言ったほどの効果は無いようだ。それでも傷が塞がり、体力は戻らずとも、これ以上の出血が無い状態になるのは凄まじい。


(やっぱり、この角欲しいわ。と言うより、この邪精霊そのものが欲しいわね。これが手に入れば……


 一瞬で膨れ上がった野心は、邪精霊の目を見て一瞬でしぼんだ。


(いえ、無理ね。そもそも、普通のモンスターの使役方法も知らない私じゃ無理。知っていてもなんでしょうね? 出来る気がしないわ。やっぱり角だけでいい。でもその角をどうやったら……)


 最初に考えた、使役者に頼み込む方法をとるしかないのか? それ以外に方法は? 考え込みながら治療作業を続けていくが、特になにも思いつかない。


(思いつかないわね。何をするにても、使役者のユーナ・マクラミンだったかしら? 騎士らしいけど、でもあの服装は騎士と言うより……。服装はどうでもいいわ、使役者と接触しないと無理ね)


 私は考えながらも指示を飛ばし、重傷者の処理をしていく。そして、最後の一人が治療し終わった。


「みんなお疲れ様、テントに戻って明日に備えましょう」


「おつかれさまです~」

「おつかれっしたー」

「おつかれさまっす」


 そんな声を掛け合いながら、隊の皆は救護テントに入っていく。そこで、私は邪精霊の方へ向き直りマスクと帽子を取る。


「ありがとう、本当なら助からなかったかもしれない人達も助かったわ。まだ戦闘は続くかもしれないから、あなたも怪我しないようにね?」


 礼を言っても特になんの反応も無い。なので、一応言いたいことは言っておくことにしておく。


「そうだ、もし良かったら、そのうち角を一本ちょうだい? じゃあね」


 そして、お辞儀をし、私も隊のテントへと戻った。

 次の日起きると、レッドマン騎士隊長と、いくつかの人員が帝都に戻るとの指令が下されたらしい。私の分隊は戻る方になっていたため、大慌てで帰還準備をすることになった。

 森では襲撃とまでは言わないが少し警戒しなければならない事があったが、無事に抜ける事が出来た。森から一番近い村では、何かあったらしいが、私達の分隊は特にこれと言って何もなかった。

 その後はどの隊にも何も無く、帝都に無事戻る事ができた。そして、あの邪精霊を使役しているユーナと言う騎士が、騎士隊長になったらしい。

 更にそれに伴い、新規騎士隊の兵士隊長、治療隊長、弓師隊長、魔術隊長が募集された。


(これは、チャンス! 隊長になれるだけでなく、使役者と近づけるから角を貰う事もできるかも! 絶対この機会を物にして、新しい隊の治療術師長になるわ! そして、必ず角を手に入れる!)


 私はそんな野望を胸に募集会場に赴いた。

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