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ブリューナクな日々  作者: 大きいは強さ
第2章:帝国
36/52

第17.5話 グレゴリー・オーバン

 茶番のようなお互いの最後通告が終わり、戦闘が始まった。

 始まってすぐ、黒い甲殻魔虫は空を飛びながら王国兵士達に向けて二度も魔法を放ってきた。グレゴリーが街道で見たときよりも強力な雷魔法だったが、結界装置はそれを難無く弾いた。


「流石だな、いや当然か。まぁそれ以前にこれで防げる前提でやろうと思ってるんだ。防げなかったらなかったらそれこそお手上げだな。よし、帝国の魔法も矢も届いてないな、全軍!このまま前進せよ! 王国万歳!」


 グレゴリーの号令に、同じように王国万歳! と、声を上げながら部下である兵士達は前進した。帝国からの攻撃は通らず、こちらからの攻撃は通る。士気は高いままである。


(このまま一気に接近して、残ってるバイパー隊とオーガ隊を前面に出して、崩れたところで結界装置を固定してコング隊を突っ込ませるか? 接近さえできれば、如何に灼熱悪鬼(イフリート)のアランとは言えど狂った大猿(クレイジーコング)を四体同時に相手はできないだろう)


 先の前哨戦とも呼べるような戦闘で、王国側はかなりの損害は受けたが、まだ無視できる程度であった。それに得る物もあった、危険視していた甲殻魔虫にかなりの大技を使わせた事である。報告よれば、最低でも中級以上の魔法を二発と、防御魔法を四つ以上展開させる事はできたそうだ。


(どの程度消耗してるかは分からんのが悩ましいが……まぁ万全ではないだろうさ。だが、万が一に備えて、レックス隊は近くに置いておくのがよさそうだな)


 そう考えながら、グレゴリーは近くにいるレックス隊と呼ばれる分隊員達を見る。全員がメガハウンドリザードないし、それに準じた能力を持ったモンスターを使役していた、分隊の中でもかなりの実力を持った集団である。


(だったんだがなぁ。しっかし、何でレックス隊は全員合成獣(キメラ)に乗り換えたのかね。いやまぁ、たしかに強いのはわかるけどよぉ……)


 別に、グレゴリーは合成獣(キメラ)という存在そのものを嫌悪している訳ではない。ただ、なんとなく自身の美意識とでもいうのだろうか、そう言った物で考えた場合、なんとなく外見に対して拒否感が出るのである。


(ああ、そういえば、あの虫を分隊長が殺したがってたな、隊長の敵だとか言っていたか? そうだ、前任の分隊長も合成獣(キメラ)を使役してたな。そんで……あの虫の偵察任務で殉職していたっけな? ……だからか)


 納得したところで状況に変化が起こった。どうやら、甲殻魔虫が突っ込んできたようだ。魔法で駄目なら接近戦を挑もう、とでも使役者は考えているのだろうか。


「だが生憎だな、この結界は物理も魔法も両方遮断する優れものだよ。とは言え、接近される前に撃ち落とせれば儲け物だ。レックス隊と魔術師隊、弓師隊は対空攻撃! 目標はあのつっこんでくる黒い虫だ! 外すなよ!」


 魔術師隊と弓師隊の魔法と矢が、甲殻魔虫に殺到する。だが、どうにも効果は薄いようだ。しかし、レックス隊の中の合成獣(キメラ)の一匹である、腕が異常に大きくなった狂った大猿(クレイジーコング)の投げる大投槍はそれなりに効いているように見える。


(本当は、アレを敵陣に投げ込んで崩し、そこにコング隊とレックス隊が突っ込むという方法を取ろうとしていたんだがなぁ……まさか、こんなに早くあの虫が来るとはな。監視させていなかったら危なかったぜ。とは言え、先の戦闘や今の戦闘でかなりの魔力を消費してるはずだ。この対空攻撃でどうにかなるとは思えないが、手傷くらいは負わせる事ができるだろう)


 甲殻魔虫は器用に魔法や大槍、矢を回避したりその角で砕きながらこちらに向かって迫ってくる。数発は甲殻に当たっているようだが、防御魔法を使っているのと、元から恐ろしく頑丈なのだろう、傷を負ったようには見えない。そのため、勢いは一切衰えず一直線にこちらに突っ込んでくる。しかし、大投槍が足の先に当たった時、バランスを崩し動きが鈍った。


「好機を逃すな! 確実に落せ!」


 グレゴリーの命令通り兵士達は攻撃を集中させる。そして丁度、レックス隊の大投槍が当たった瞬間、甲殻魔虫は抱えていた物を取り落とした。それを追いかけて虫は下降していく。


「攻撃の手を緩めるな! 絶対に上に逃がすな、仕留めろ!」


 流石の虫も、この量の魔法と矢は堪えるのか、取り落としたものを抱えなおして上に上がろうとはしなかった。しかし、地面スレスレを飛びながら、勢いを落とさずこちらに向かってくる。


(まさか、角で破れるとでも思っているのか? 使役者の姉ちゃんが狂ってるのか、それとも……というより、使役者はどこだ?)


 ここまで状況に対応した動きを出来るという事は、近くにいるのだろうと探したが、見当たらない。しかし、すぐにグレゴリーはどこにいるか気が付いた。


(そうか、あの抱えていた何かに使役者が入っているのか。とすれば、あれを壊して中の使役者を殺せば……いや、甲殻魔虫だか邪精霊だか、どちらにしても使役の仕組みは俺も良く知らんが、モンスターテイマーとして考えるなら、使役者を殺した場合使役されている者は暴走するだろう。なら、一番確実かつ安全なのは、やはり虫を殺す方か)


 まぁ最悪は使役者だけでも殺して俺たちは撤退だな。等と考えていると、甲殻魔虫は先遣隊の生き残りの報告にあった、様々な(メイル)装甲(アーマー)の魔法を瞬時に纏って結界に激突した。

 この結界は、防御力と物理的な接触に対する捕縛力を限界まで高め、更に、内側からの攻撃は外に逃がすというまさに、完璧な能力を持っている。

 それゆえに、外に出てしまうと中に戻れない上、解除すると少しの間張り直せない、大がかりな仕組みが必要、実は前面部にしか展開できていない等、色々な欠点も持っているのだが。

 しかし、現在の状況では特に問題は無い。そして、そんな結界に虫は衝突した。当然、災害が形を持ったような見た目となった甲殻魔虫であろうとも、結界を破る事は出来なかったようで空中に固定された。


「よし、捕まえた! 逃がすんじゃねぇぞ! レックス隊、前に出て止めを刺せ!」


 グレゴリーがそう言ってる間にも、王国から放たれた魔法と矢が空中で固定された甲殻魔虫に殺到する。属性反発のせいでそれた物は地面に当たり、土煙が舞い上がり甲殻魔虫の姿が見えなくなる。

 魔法や弓矢を使えない普通の兵士達や、レックス隊も、攻撃に参加しようと走り寄るが、結界を発生させている装置である杖を持っている狂った大猿(クレイジーコング)達が前進しているため、結界に捕らわれている虫は後退してしまい、たどり着くのに時間がかかってしまった。

 そして、レックス隊の一人、槍を投げていたキメラを使役していた隊員がようやく土煙に突入した時にそれは起こった。

 ガラスが割れるような音が響き渡り、結界装置の先に付いている青い珠に亀裂が入り、砕け散ったのである。そしてその瞬間、結界がかき消されるようにして霧散した。


(まさか、結界を破られた? なぜ? 誰に!? いや、この状況ならあの虫か……やるじゃねぇか)


 驚愕しながらも、すぐに冷静になり状況を分析する。結界は消えてしまった事による兵士たちの動揺、このまま戦った場合の被害と、勝算の有無。


(虫は俺とレックス隊で沈めると考えて……残兵力でレッドマンまでやれるか?)


 少し見えづらい前線の方の状況を考え、今言った戦力を抜いた場合の戦力差を考える。


(難しいか……コング隊で時間稼ぎをして、その間に虫を沈めてそのままアランを俺が沈める。これしかないか)


 そこで、はたと気が付く。この結界をかき消した相手を沈められるのか? と。


(この結界を装置ごと破ろうと思うなら、火山に居る状態の真紅の竜ディープクリムゾンドラゴンの全力のブレスと同じ位の威力の物を叩き込まないといけないって説明を受けていたな。つまりそれほどの威力の魔法、もしくは固有能力をあの虫は持っているのか? となると、不味いな……)


 一瞬、即時後退という考えが浮かぶが、それを頭を振ってかき消す。


(いや、そんな大技を使った後だ。それに、前哨戦、突撃時の攻撃及び防御魔法の展開。どれだけ魔力をもっていようと、かなり使ってるはずだ。なら、もう魔力はほとんど残ってはいまい。仮にあの抱えているものが魔道具で、その力でどうにかしている場合であっても同じだ。限界点だろうさ。いずれにしても油断はしないが、かなり削れたと考えられる。今ならやれる、今だからやれる)


 目線を再度土煙でみえなくなった甲殻魔虫へと戻す。結界が消えて少し時間がたったが、甲殻魔虫も合成獣(キメラ)も出てこない。


(やったか、やられたのか……土煙に突っ込んだ合成獣(キメラ)は、たしか一番力があるタイプだったな。となると、苦戦するほどの力があると考えるのが正しいか。仮に、やられてるとしてだ。レックス隊の残った四人と、俺だけが持っている発展型の簡易結界も合わせれば倒せるか?)


 そう考えて居ると突然、強烈な風が吹き土煙が晴れた。そこには、虫の角に鋏まれ、もがいている合成獣(キメラ)が居た。よく見れば、使役者の隊員もそれに巻き込まれていて動けないようだ。


「あいつを助けるぞ! お前ら!」


 そうレックス隊の分隊長が叫び、四体の合成獣(キメラ)が虫に向かって走り出そうとした次の瞬間。

 つかまれていた合成獣(キメラ)もろとも、その隊員は爆散した。余りに非常識で、現実離れした光景に一瞬全ての動きが止まる。

 そして、咽返るような血の臭いによって、それが現実と認識し、慣れていない者が嘔吐する。しかし、レックス隊の面々は、怒りに満ちた声にならない声を上げて突撃する。虫は疲れているのだろうか、その動きを止めている。


(ここまでとはな。四人でかかればレックス隊が一方的に負けるとは思わねぇ、思わねぇが……。結界を破って、あの合成獣(キメラ)を撃破した事から考えてまだ油断できねぇ。無駄に終わるかもしれねぇが、やっておくか)


 そう考え、グレゴリーは乗っていた自身の使役獣で相棒である、巨大な虎に似たモンスター風雷虎(ふうらいこ)に話しかける。


「相棒、今から複数合成獣(キメラ)を召喚するが、威嚇はしてもいいけどよ、攻撃はするなよ? 頼んだぜ」


 その言葉に、風雷虎(ふうらいこ)は喉を鳴らす事で応えた。


「よし、じゃあいくぜ」


 長い詠唱を唱え終わったあと、そこには変な見た目の生き物が五体立っていた。見た目は、カメレオンに似た爬虫類なのだが、足が馬になっており、更には背中に香炉のような物が付いている。


(やっぱり、何度見ても何かおかしいよなぁ合成獣(キメラ)の見た目は。あのバカの美的感覚はどうなってんだ)


 そんなどうでもいい事を考えながら、グレゴリーは呼び出した合成獣(キメラ)に指示を出す。


「お前ら、あそこに甲殻魔虫が見えるな? あれに近すぎず遠すぎずの距離で走り回れ、背中の煙が消えたら帰還できるように設定しておく、頼んだぜ!」


 グレゴリーの命令を聞き、そのカメレオンのような合成獣(キメラ)たちは、風景に溶け込むようにしてスーッと消えて行き、背中から出ている煙が見えるだけの状態となる。

 それを確認し、甲殻魔虫の方を見ると、すでにレックス隊の四匹は虫に組み付いており、その腕をつたって背中に乗り移ろうとしていた。

 対して、甲殻魔虫は色々と魔法を発動させ、取り付かれまいとしているようだったが、簡易結界を発動させている隊員と、合成獣(キメラ)にはそんな物は効かない。


(まぁ、魔法が効かないと言っても短時間だがな。しかし、これで決まれば良いんだが……。何か、嫌な予感がするな)


 その嫌な予感は当たり、おもむろに角を掴んでいる二体は持ち上げられる。更に、簡易結界を発動しているにも関わらず、掴んでいた手は腕ごと爆発し、吹き飛ばされる。

 その二体はまだいい、横薙ぎに振るわれた角の直撃を受けた合成獣(キメラ)は上半身と下半身に分かれてやられてしまった。腕をつたっていた隊員は、腕が爆発した時、そのまま角に当たり、合成獣(キメラ)の腕と同じように欠片も残さず爆発した。

 結局、振るわれた角の軌道と反対に居た合成獣(キメラ)一匹だけが無事に逃げる事ができた。そして、解放された甲殻魔虫は纏っていた魔法を解除した後、再度角から魔法を放つ。

 街道で見た物よりも強力な雷属性の魔法が、立ち上がれないで居る合成獣(キメラ)の一体に直撃する。すでに結界は切れていたのだろう、再度起動するほどの魔力も残っていなかったのか、使役者もろとも合成獣(キメラ)は炭となった。

 そして再度同じ物を、分隊長とその使役している合成獣(キメラ)に放とうとした時、無事だった合成獣(キメラ)が動いた。それを見ながらグレゴリーは焦る。


(嘘だろ!? こんな簡単に? イヤ、それよりもまだあんなに魔力が残ってたのか。くそ! 煙の効果が一切表れねぇ! どうする? 今助けに入れるか? いや、今更過ぎる。それに距離を考えてもそれは無理だ! 奴はもう諦める。だが、レックス隊の死が無駄にならないように動く!)


 無事だった奴が魔法でやられていくのを見ながら、俺は相棒に指示を出す。


「あそこで転がっているメガハウンドリザードの頭をした合成獣(キメラ)が見えるな? あいつが立ち上がったら、あいつの真後ろに常に居ろ。そして、チャンスがあったら虫の死角に入って、隙あらば攻撃してくれ。俺は俺で動く。頼んだぞ!」


 そうグレゴリーは言い残し、相棒の体に付けた簡易結界装置を起動させ、分かれる。そして、近くに居た連絡兵に話かけた。


「おい、今前線はどうなっている! 被害状況は?」


「は! 現在、歩兵隊、バイパー隊、オーガ隊は半数が戦闘不能です。コング隊も二体が死亡、残り二体も深い火傷等の重傷を負い、コング隊は戦闘続行ほぼ不可能です。魔導師隊および弓師隊も、半数が最初の甲殻魔虫迎撃の際に矢と魔力を消費しすぎたため。すでに森へ後退、補給および休息に移っております!」


 思った以上に状況は悪かった。なによりも、倒せはしないでも時間稼ぎ位は出来ると思っていたコング隊が全滅しているのが痛い。


「なんだと? なんでそうなってんだ! 簡易結界装置は使ってないのか?」


 ぶつけても仕方がない怒りをグレゴリーは連絡兵にぶつけてしまう。


「申し訳ありません。使っているのですが、予想外に帝国の攻撃が激しく強烈なのです。特に、アラン・レッドマン率いる火炎騎士隊の精鋭部隊と思われる集団の攻撃は、従来の簡易結界では防げない状態であるようです」


 どうやら想定外の状態だったのは黒い甲殻魔虫だけではなく、帝国の装備にもあったようだ。もはやまともにぶつかる事はできない。


「くそっ! 俺が行くって言いたいとこだが、あの虫を何とかしないと、どうにもならねぇ。仕方ねぇな、後退しつつ攻撃。あの部隊とぶつかっている隊は防御に徹して時間を稼げ! 虫が片付いたら俺がアランを仕留める。全軍に通達頼んだぞ!」


「は! 了解しました!」


 返事をした連絡兵は、すぐさま後退して行く。後方にある全体に連絡を取れる魔道具を使うためだ。


「どうなってやがる! 帝国の装備じゃ、俺達の簡易結界は破れねぇ筈だろ!」


 見送りながら思わず悪態をつく、ついた所で何が変わるわけでもない。


(どうする? 取り敢えずはクソ虫だ。相棒がやられるとは思わないが、素早く加勢してすぐ倒す。レッドマンはその後だ)


 せめてアランを倒すため、帝国側に進んでいたグレゴリーは踵を返し、相棒の方へ向き直り走り出すと、丁度側面から虫に噛み付くところだった。


(よし、決まった! 如何に硬い甲殻と言えども、相棒の牙と爪には耐えられるとはおもえねぇ!)


 そうグレゴリーが勝利を確信した時、虫は驚くべき動きをした。なんと、自身に攻撃魔法を当てたのだ。しかも、その攻撃で無理やり自分の体勢を変え、相棒の攻撃に対応したのだ。


(嘘だろ!? なんて奴だ! あんな無理やり体勢を変える魔法、自爆してそれで終わっちまうもしれねぇのに……使役者の指示か? だとすると、暴走覚悟で殺しておいた方が良かったか!)


 グレゴリーが相棒に向かって走りながら、虫が運んでいた銀色の筒のような物を見ると、それは、燃えながら雷魔法を先端から放っていた。


(どういうことだ? 誰かアレに攻撃でもしたのか? いやそうか、魔道具の一種で結界だのを破壊したのがあれだとは思ってたが、爆弾か何かだったのか?)


 銀色の何かは先端部から魔法を放っているが、全体は燃え盛っており、よく見ればその熱で表面は溶けているようであった。


(あの中に人が居て無事であるとは思えないな。いや……? よくよく見れば、溶けてもう開かなくなってるようだが、扉の面影みたいな物が見えるな。ならやっぱり中に人が居る? それも使役者が? そうだとしてもあんな無茶苦茶な突撃をしても大丈夫な強度の?)


 思考が何度も同じところを回ってしまう。中に居るとしたら辻褄は合うのだが、それならそれで今度は分からない事が出てくる。そうやってグレゴリーが悩んでいると、何かが破裂する音が、相棒である風雷虎(ふうらいこ)戦っている方から聞こえた。

 思わずそちらに視線を戻すと、信じられないものが見えた。相棒の片足の先が無くなっているではないか。更に、二本ある牙の片方が折れている。それでも相棒の闘志は衰えておらず、黒い甲殻魔虫に向かって唸り声を上げていた。


(嘘だろ!? 相棒と一対一でぶつかって虫は無傷で相棒はボロボロ? クソッ、俺としたことが力を見誤ったのか! 駄目だ。せめてレッドマンだけでもと思ってたが、仕方ねぇもう逃げるしかねぇ)


 逃げを考えつつも、アラン・レッドマン、もしくは甲殻魔虫だけでも始末しておきたい。そう考えていた。しかし、完全に力を見誤り、相棒であり己が見てきた中でも最強と呼べるモンスターである風雷虎(ふうらいこ)が万全の状態から戦って、ここまでされるような相手に対して、色々な手段が限られている現状、何も有効な手は浮かばない。


(せめて、あの煙が効果を発してくれていれば……逃げるにしても、仕留めるにしても)


 撤退を決意し、どうやって撤退するかを考え始めた時、不自然な体勢で甲殻魔虫の動きが止まる。


(なんだ? 命令でも入ったか? それとも使役者が死んだ? ……いや、そうか! あのバカの煙、なんだったか? カガクヘイキ? よく分からんがそれが効いたのか。まさか、煙を撒くだけで動きが止まるとはな! 少しあのバカを見直すか)


「どうだクソ虫野郎! 散々暴れやがってよ! おかげで、こっちの作戦は全部パーだ!」


 話しかけながら近づく、だが油断はしない。まだ何か隠し玉がある。そう感じて、グレゴリーは念のために自身と風雷虎(ふうらいこ)の結界装置を再起動しておく。


「何とか言ったらどうだ? はっは! 話せないだろうな、なんたってお前は虫だもんな!」


 どこを突けば一気に無力化できるか、動けないでも下手を打てばこちらがやられる。そうグレゴリーは考えながら、相手の反応を見るために挑発する。

 それに対する返答は、角から発射された雷魔法である。しかし、簡易結界が起動しているためそれは無効化される。だが、簡易結界もコレまでの使用で限界が来ていたのだろう。木の板が折れるような音をさせて、ボロボロと崩れ落ちた。


(危ねぇ……やっぱりまだ余力があったか)


 これが最後かと思いたかったが、なぜか嫌な予感はまだしていた。ただの直感ではあるが、真正面からこの距離で対峙して分かった。この甲殻魔虫は思っていた以上に危険だ。底が見えないのだ、まだ余力があるように思える。


(おいおい、とんでもないぞ……こいつは)


 悠長に構えている暇は一切ないと断じ、グレゴリーは「行くぞ相棒!」と短く言い、風雷虎(ふうらいこ)と一緒に甲殻魔虫に突っ込む。

 頭と胴の間の関節、生き物の弱点であり、甲殻魔虫の体の構造上柔らかい関節を狙って必殺の一撃を放とうとした。


(コレで終わりだ!)


 その瞬間、胴に鎖が巻きついた。見れば、一緒に飛びかかった風雷虎(ふうらいこ)にもそれは巻き付いていていた。


(まずい! これは……!)


 グレゴリーはモンスターテイマーである。そのため、呪いや魔法、魔道具と言った物には余り詳しくは無い。だが、今自身と相棒に巻き付いた鎖が何を目的とし、このままで居ればどうなるかはよく知っていた。


(ここで隷属の呪かよ!)


 グレゴリーは焦りながらも、手甲に付いた爪でどうにか破壊できないかと鎖を叩くが、巻き付いた場所、破壊には向かないカギ爪という事もあり、どうにもならない。

 頼みの綱の相棒も、同じように苦戦している。お互いの鎖を破壊し合おうにも、魔法でどちらかがやられても確実にとどめを刺せるように離れていたため、近づいている最中にこの鎖の機能が発揮されてしまう。


(クソッ! 早くこれから逃れないと本格的にやべぇ! くそっ! この爪で切れない! この手の物で何度狙われたか! まさかここで来るとは! どうする? くそっクソ! 糞っ!)


 暗い光が鎖から発せられた。そんな気がした。その瞬間、グレゴリーの意識は途絶えた。


 ------------------------------------------------------


 グレゴリーが、風雷虎(ふうらいこ)と一緒にブリューナクに向かって飛びかかろうとしていた時。

 ウレジイダルの少し立派な建物の一室。何の変哲も無い、普通の部屋で。エイハブ・ポートマンはニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべていた。


「おやおや? あのお嬢さんもう使ったのですか? 速いですね、早いですね。やはり、あの虫は恐ろしい力を持っています」


 そう言っているエイハブの手の中には、濁った光を発する石が握られていた。見るからに邪悪な雰囲気をもったそれは、見た目通りに邪悪な物であった。


「さてさて、では恐ろしい力とやらを手に入れましょうか」


 ユーナ・マクラミンが出撃する前に渡された杖は、とある魔道具を起動するための鍵だった。その魔道具の名前は、隷属縛鎖。

 その機能は、その鎖で縛った者の魂と思考を強制的に縛り、使用者の完全な操り人形とすると言った物である。と、されている。

 なぜ伝聞のようなあやふやな答えなのかと言えば、大陸の全土で存在する事すら禁止されていたからだ。当然と言えば当然ではある。言うなれば使用された相手は、殺されるより酷い状態にされるのであるからだ。

 更には作る事の出来る人間がすでにこの世に居ないというのもある。数百年前に居たと言われる魔道具職人しか製法を知らず、解体しても仕組みが分からないという物だったのだ。

 ちなみに、その職人は最初からこんな邪悪な物を作るつもりは無く、違う目的を持って作っていた物の副産物として生まれたそうだ。

 さて、そんな存在すら否定された禁制物がなぜ現存しているのかと言えば、やはりこう言った物を残しておいて、場合によっては使いたい人間は居るのである。

 結果全ては処分される事は無く、巡り巡ってエイハブの元へ流れてきた訳である。しかし、エイハブも最初これを入手した時は使い道に困っていた。

 どんな相手でも操れる。そうは言っても、人形同然にしかならないのである。つまりどれだけ優れた者であってもこちらが操作しなければ意味がない。

 下らない欲望を満たすためだけなら十分かもしれないが、逆を言えばその程度にしか使えず、敵対する商人や国の重鎮に使ったりして裏から操るなんてことはできないのである。まず間違いなく雰囲気でバレてしまうのである。

 そうなればモンスターに使い、それの力を使えるようにすればよいのだが、エイハブは商人である。そんな人間が、ある日強力なモンスターを操り人形のように使役していれば他人にどう見られるか。

 結局、何者にも使っても使った事がバレ、そこから己の失脚に繋がるので使う事が出来ない。つまりは強力すぎて使い勝手が悪かったのである。


「ですが、あれほどの存在ならばそのリスクを冒してでも手に入れたい」


 エイハブの脳裏に映るのは、あの黒い甲殻魔虫に似た邪精霊だ。街から街へ、中継地である村、その道中で出会った人やモンスター達、エイハブでも倒せるような存在から、そこらの人では絶対に敵わないと思えるような存在。そんな者をいくつも見たエイハブだから言える。

 あれは規格外過ぎる。と。

 実際にあの邪精霊が戦っている所を見たわけではないが、討伐に赴いた兵士達の話や、凱旋行進を見た民衆や冒険者、そして直に見た己の直感から考えて、まず間違いなくあれは今まで見た何より恐ろしい存在であると断言できた。

 だからこそ、隷属縛鎖を使って、あの邪精霊を完全に使役しようとエイドリアンが言った時に、エイハブは決心した。それを利用し、その力を我が物にしようと。

 そうと決まれば行動は早かった。色々な根回しをし、エイドリアンには真実を混ぜた嘘を言い誤魔化して、最終的には隷属縛鎖を使っても国から睨まれない。という、準備を整えた。

 そして、今その瞬間が訪れたのだ。


「どうでしたっけね? ふう、少し緊張しているようです」


 誰に言うでもなく、エイハブはそう呟いてから大きく息を吸う。そうして落ち着いてから作業を再開する。


「この魔石を、この腕輪の……ああ、ここですね」


 机の上に置いてあった腕輪の窪みに、手に持つ光る石を嵌め込む。すると、濁った光が強くなる。


「これを腕に嵌めれば、完全に対象を使役下に置ける。でしたか? そう言う状態になるらしいのですが」


 ここにきてエイハブは一瞬ためらう。できれば、他人に嵌めさせたいのだ。機能そのものが危険なものであるし、使い切りとも、何度も使えるとも聞いているため、機能がどう発動するか試していないのだ。

 そして、魔道具がどんな効果を発揮するか分からないのは恐ろしい。場合によっては使用者が死ぬ場合もあるからだ。しかし、今回のこれに関しては、成功してしまった場合その他人にあの恐ろしい力が渡る。

 そして、仮に成功した瞬間、その人物を殺した場合、あの邪精霊が暴走しないとは言いきれない。なにせ、この魔道具に関しては殆ど文献も残っていないからだ。

 もっと言うなら、殺す瞬間に嵌めた者が、邪精霊に自分を殺す命令をして、それを達成しようと邪精霊に動かれた場合、本当にどうしようもなくなる。


(大丈夫だ、私は今までどんな勝負にも負けていない、今回も勝てるはずだ)


 今までの危険な賭けとも言える行動を思い出し、その賭けに勝ってきた時の事を思い出し自らを奮い立たせる。そして、エイハブは覚悟を決めた顔で腕輪を嵌める。

 嵌めた途端に、腕を何かが這いずりながら伝ってくるような、なんともいえない気味の悪さがエイハブを襲う。それが肩を通過し、首筋まで上って来た瞬間、吐き気がするほどの頭痛がエイハブを襲う。


「ぐぅっ……ああぁぁぁああぁぁ!」


 思わず腕輪を外そうと動いたが、外すことは出来ず、頭痛は更に酷くなり、もしかすると頭が破裂し二つに裂けているのでは? と、思ってしまうほどの激痛を感じ、そのまま意識を失ってしまった。


 ------------------------------------------------------


 意識を取り戻した時、エイハブは草原に居た。頭痛も気味の悪さも無く、寝ぼけているような、霞みがかった頭で周りを見れば、戦場のように荒れ果てている。前を見れば、黒い大きなビートル系の甲殻魔虫が居た。そこで意識が覚醒する。


(なぜ?! ここは? いや、私はあの邪精霊を隷属させたはずだ! いや、それよりも何故こんな場所に?! これは、一体!! 獣人の!?)


 考えている間に、黒い甲殻魔虫はエイハブに向かって一直線に迫ってくる。その鋭い頭角は、間違いなくエイハブの胴体へ向いており、まず間違いなく殺意を持って進んできているのが見て取れた。


(まさか……まさか、まさか!)


 逃げ出そうおもい動こうとしたが、なぜか胴体には鎖が巻き付いており、身動きできない。


(こんなっ! そんな! 止めっ)


 そして、角が自身に突き刺さり、激痛と共にエイハブの意識は獣人の体で息絶えた。


 --------------------------------------


 そんな事があった二日後、シクエーズ=セクレア帝国の帝都に建っている冒険者ギルド本部。

 そのギルド長室に、一人の兵士がやってきた。


「失礼します、エイドリアン・パーネル殿に伝令であります」


 三度軽くノックをして、そう問いかける。


「よかろう、入りたまえ」


 兵士が促されて入った部屋の中には、頭を毛で完全に覆われて表情の分からないギルド長、エイドリアン・パーネルが書類を処理して居た。


「なんじゃ? 何かあったのかの?」


 エイドリアンは作業を止め、すこし楽しそうな声音で問いかける。それを少し訝しく思ったが、何か良い事が書いた書類をみていたのだろうと兵士は予想し、無視する。


「は! 二日前、ウレジイダルにてエイハブ・ポートマン殿が自室で死亡しているのが確認されました。

死因は不明ですが、外傷は無いようで、毒もしくは何らかの呪いによるものだとして捜査しております」


「なんと……そうかそうか、惜しい男を亡くしたもんじゃ……。しかし、わざわざギルド外の者にそんな報告させてすまんかったの」


「いえ、仕事ですので。それでは、失礼しました!」


 と言って、兵士は部屋から出て行った。それを見送りエイドリアンはため息をつき、手を組んで椅子に深く腰掛けた。


(やはり使いおったか、まぁそうじゃろうな。それにしても、すり替えておかなったら危ないところじゃったわい)


 エイドリアンは、親しい人間なら雰囲気だけでわかる程の人の悪い笑みを浮かべて椅子から立ち上がり、壁にある棚まで行き、そこに入っているグラスと酒瓶を取り出した。


(まさか、奴も使役するのではなく鎖に捕まった、もしくは近くの人間に使用者の魂を強制的に移す呪道具、移魂縛鎖とは思わなかったじゃろうな。まぁ、そもそも王国にも通じておったようじゃしのぅ……)


 琥珀色の酒を、グラスの中ほどまで注ぐ。そして、恐らく鼻があるであろう場所にグラスを持って行き、香りを堪能する。


(しかし、あやつもアホじゃのう。仮に本物だとして……いや、もしかするとあやつは隷属縛鎖の機能を完全には理解していなかったのかもしれんの。それにしたって、そんな簡単にアレを隷属できるわけが無いとわかるだろうに。どうみても、肉体的には人間よりも……いや、どんな者よりも高位の存在じゃ。誘導して利用できるかどうかが限界じゃろう。隷属どころか、使役なんぞもってのほかじゃわい)


 グラスに口を付け、一気に飲み干す。間違いなく髭が酒に浸かっているような飲み方であるのにも関わらず、エイドリアンの髭は一切酒に濡れていなかった。


(じゃが……そう考えると、何故あの娘にあの虫が付いていくのか、言う事を聞くのか……それが一切わからん。案外、最初に好かれた等と言っていたのが、本当なのかもしれんのう。なんにせよ、一つ憂いていた事が済んでよかったわい)


 そんな事を考えながら、エイドリアンは首を回して軽く一息吐き、グラスを近くにあった布で拭いてから机に戻り、再度書類を処理し始めた。

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