第15.5話 ユーナ視点で
空耳かどうかを確かめるため、ユーナは馬小屋に入った。
そこには、いつものように立ち上がり、触覚をゆっくり動かすブリューナクが立っていた。
「よかった! 目を覚ましたのね! ブリュー!」
そう言いながらユーナは近づく、するとブリューナクは角を大きく開き、ユーナを前足で受け止めた。
(この子は、絶対に死なせない。もう、あの子のようにはしない。それに、この子は多分……それも確認しないとね)
思わず抱きついたユーナだが、無事を確認したのなら、今度はしなければならない事がある。今、帝国と王国は戦争状態に入っているようで、西の国境付近で戦闘が始まりそうな状態なのだ。
『ブリュー、心配したのよ?』
『シンパイ ゴメン イマ ドウナッテル』
『報酬の情報は無かったわ、それよりも戦争中なの』
『ジョウホウ ナイ? センソウ? ユーナ サンカ?』
『そう、戦争に出撃しないといけないわ、私もブリューも』
『……ジブン アツカイ ナニ? シエキ? ニンゲン チガウ? モウジュウ?』
『そうね、私が使役してる事になっていて、その上あなたはこの国の秘密兵器よ』
『ソウ……シカタナイ ヒミツヘイキ? ヒミツヘイキ』
(この子は、少しも虫律の影響を受けてない? 寝ていた時にあれほど香を焚いていたし、それまでだって笛を聞かせて踊った。なのに、少しも状態が変わらない。だけど、私の言う事をたまに拒否しながらも、従ってくれる。
よくわからないわ。完全にこの子の意思だけで、私に着いて来てくれているだけなのかしら?)
ユーナは考え込みながらも、ブリューナクに戦争に出る意思が有るのかを聞く。
『やっぱり嫌かしら?』
『イヤ キク イヤ カンジ ~~~~~~』
最初の方は聞き取れたが、早口であるせいか、ユーナには後半何を言っているのか理解できなかった。
『ごめんなさい。良く分からないわ』
『コッチ ハナシ ジョウホウ ナカッタ ホントウ?』
『この辺りには伝承が残ってないらしいわ、でも王国にはあるみたい』
『オウコク? アル?』
『そうよ』
『ワカッタ ジョウホウ オウコク アル イク』
どうもブリューナクは王国へ求めるものが有るのなら行くと言っているようだ。しかし、今の状態でユーナの使役するブリューナクが行くのは、良い結果をもたらさないのは目に見えている。
(盗賊頭の事を考えれば……きっと、この子は既に王国から帝国勢力の存在として認識されてるはず。まさか斥候部隊が全滅してから一切調査してないなんて事は無いでしょうし。だから今、この子が王国に行く事だけは避けないと……それ以前に)
『今この国は、王国と戦争しているのよ』
『アー…… ワカッタ』
『戦争に行って、王国を倒して支配すれば、欲しい情報は手に入るわ。手柄を上げれば、あなたの欲しい情報も得られるでしょうし』
『ソンナ カンタン ナイ……』
(そう簡単に行かない……ね、状況を理解しての答えなんでしょう。なら、この子は少なくとも狂っては居ないわ。それに、人間の思考を知っている。やっぱり、この子は……)
『ウーン…… オイトク ソレヨリ エイユー デル? テキ?』
『王国には、元英雄の人間が五人居るわ』
『モト? エイユー モト? …… モト ジブン コロス スル ランドルフ クラベル ヨワイ?』
(この子、ランドルフの事も覚えてるのね……そして、彼が殺すつもりで襲ってきていた事も。その上で私についてきてくれているのね)
『ランドルフと同じか、それ以上の英雄ばかりね』
『ウエ ツヨイ ウエ』
『そう、強いの』
ユーナの答えに、納得がいっていないような雰囲気をだすブリューナク。
『ナルホド ツヨイ クラベル ナイ?』
(あら? 答えを間違えたかしら? 比べ物にならないって事? それだと、一人だけ居るわね……厳密には一人しか知らないんだけど)
『一人、強いモンスターテイマーが居るわ』
『モンスターテイマー? ツヨイ? ホカ ナイ?』
『他にも居るわね。合計で五人よ』
『ゴニン…… ツヨイ ヒトリ? ホカ?』
『うーん……強いのは強いんだけど、でもそれは限定的な物よ』
『ゲンテイ? ゲンテイ ゲンテイ ツヨサ?』
『そう、限定的なの、だから強さが不安定なの』
そこでユーナは自分の記憶を辿る。英雄になろうとしていた時に、先に英雄となった冒険者たちがどうやってなったかを調べていたのである。
(たしか、限定的なのよね? 私が冒険者になった時には、既に王国に行ってたみたいだから良く知らないんだけど)
あやふやな自分の記憶を辿りながらユーナが、ブリューナクに説明をする。
『ウ……ン? キヲツケル モンスターテイマー?』
『そうよ』
『センソウ デナイ ナイ?』
『無いわね』
『デスヨネ ウーン…… ヤッパリ デル イヤ』
『それはできないの。ごめんね』
『ウン アキラメル デル デモ デル イイ ツカワレル キガスル』
『それはそうだけど……』
ユーナは言葉を続けようとしたが、食い気味にブリューナクが言葉を被せてきた。
『イエイエ ナニ タダ ナニ シナイ モラウ ナイ ワカル デモ アル ナイ ワカラナイ ジョウホウ センソウ デル イノチ カケル ナイ』
『そう、その通りよ。でも』
今度はブリューナクが前脚をユーナの顔の前まで出してくる。恐らく話を最後まで聞いてくれと言う事なのだろう。
『メイレイ ムシ ナイ デル ナイ ナイ ソウ…… ジョウホウ ベツ センヨウ キュウシャ ホシイ』
(確信したわ。さっきまでは少しは効いているんじゃないのかしら? と、思っていたけれど、それはありえないわ。譲歩や駆け引きみたいなのをしているのよ?)
過去に使役したオーレの事をユーナは思い出す。彼……いや、彼女は意志の疎通はできても最低限であり、まちがっても駆け引きのような事はできなかった。
(しかも、ここまで自己の意思で話せていると言う事は、この子は虫律の影響を完全に受けてない。もし、受けていたのなら、これだけ話せるなら、もう少し私の言っていることに同調するような感じだもの。やっぱりこの子は精霊ね。でも、それならそれで色々疑問が出て来るけど……今考えても仕方ないわ)
『情報はともかく、厩舎は私の一存だけじゃ決められないわ』
『ウーン イイヨウ ツカッテル オモウ ムチャ イウ ナイ ジブン スペース ホシイ ウマゴヤ イヤ ツチ モグル』
『分かった、話はしとくわ』
『ソレクライ アト ナンド イウ リカイ スル オモウ センソウ アブナイ ニゲル ジブン』
(やっぱり虫律は効いていないわね)
しかし、もしかしてと、一瞬ユーナは思い香炉へと手を伸ばした。しかし、再三やっているのを思い出し。それで無理であるという現在の状態を思い出し、自嘲の笑みを浮かべ伸ばした手を戻した。
『仕方ないわね、命は一つしかないのだから』
『ア ソウソウ キョウユウゴ? オシエテ? セイレイゴ ジュウブン リカイ イイ デモ キョウユウゴ オボエル ラク』
ユーナがブリューナクの使役を諦めると、ブリューナクは良く分からない事を言ってきた。どうやらキョウユウゴを知りたいようだ。
(どういうことかしら? 共有語を理解したいだけなのかしら?)
ユーナとしては教えても良かったのだが、現在の状況から考えてそんな暇はないと思われる。
『共有語を教えるのは良いんだけど、時間が無いわ』
『ジカン ナイ? センソウ ヒトダンラク イイ』
『わかった、一段落したらいいわよ。私は朝食を食べてくるわね、ブリューにも何か持ってこさせるわ』
そのままユーナは馬小屋を後にし、近くを通った兵士に銀貨を数枚渡して「お肉をあげて」と、言いつけておいた。
(きっと、あの子はいつか私から離れて居なくなる。それは、今すぐかもしれない。精霊を使役する力は虫律には無いから……だから、私があの子を使役するのは無理。かと言って、逃がすのは私もあの子も危ない……どうすればいいのかしら)
問いかけようにも、こんな話を誰にすればいいのか、ユーナには思いつかない。そんな気落ちしそうになる心に喝を入れる。
(私が弱気になってどうするの。それに、今は未だ出撃命令が出てないから良いけど、私が正式に軍に入れば命令を無視することは出来なくなる。そうなると、あの子には力を使って貰うしかなくなる。命令が下った時あの子は私の言う事は聞いてくれるの? そもそも、何であの子は付いてきてくれるの? 人間になる方法? だったかしら? それを探していると言う事は……)
そうユーナ考えながら食堂に入ろうとすると、エイハブに呼び止められた。
「おや、これはこれは、マクラミン様、おはようございます。今日もお美しくて何より」
にこやかなエイハブだが、何故かユーナは薄ら寒い物を感じた。この男の前では、たまに何かしら値踏みをされている気がするのだ。それは性的な視線とは異質で、だが気分の良いものではない。しかし、そんな事を顔には出さず挨拶をする。
「おはようございます、ポートマン様、有難うございます」
「そうそう、パーネル様から頼まれて居た物が届きましたよ」
そう言われてユーナは首をかしげる。特に何かを渡すとは聞いていないからだ。
「ギルド長がですか、何でしょうか? 私は、なにも聞いては居ないのですが」
「ユーナ様が今あの使役虫に運ばせている、籠がございますでしょう? あれをそのまま戦場で使うとなると、ユーナ様はもちろん、使役虫にも危険が及ぶでしょう。そこで、パーネル様が私どもの商店に一つ、戦闘に耐えられそうな籠を。と、ご依頼をされたのですよ」
ユーナはなるほど、と頷く。それをみてエイハブは話を続ける。
「何せ邪精霊用でしょう? 前例のない物に出来合いの物、なんてあんまりだと考えまして、私ども無い知恵を絞って一から作り上げた次第です。それで、一つ試作品ではございますが、これだ! と、良いものが出来たので運んできたのですよ。その名も虫籠と言うのですが、これは丸ごと魔法銀で出来ております。まず、内壁の基部には、接する物の重量を軽減する付与がかけております。更に、内壁には衝撃緩和の付与がかかっておりまして、多少の高さから落ちても中の人間は大丈夫、という設計になっております。そして、外壁部分には強度を上げる付与がかけてあるのです。なので、重さは今までの籠と同じ、しかし強度は要塞の簡易防壁以上、更には安全性も上と言った物に仕上がっております」
エイハブの怒涛の説明……いや、セールストークに、ユーナは目を白黒させながらも、内容を理解しようと思考を働かせる。
「はぁ……えっと、そんな凄い物を態々私のためだけに?」
「それだけ期待されている、と言うことでしょう。それに、これは一人乗りではなく、あらゆる状況を想定しています。そうですね……大体、重装備の兵士が武器を持ち、鎧を着ても六名乗れる大きさの籠です。軽減する付与も大体それ位の重量を想定しております。この意味が分かりますね?」
突然、エイハブが真剣な表情で質問する。ユーナも、言われたことを全て飲み込み切れてはいないが、言いたいことは理解できた。
「奇襲……いえ、強襲なのかしら? どちらにしてもそういう部隊として使われる覚悟、ね」
「ご理解いただけているようで何よりです。ちなみに、それは既に砦の中に運び込まれておりますので、直ぐにでもお使い頂けますよ」
ユーナの答えは正解だったようで、エイハブは元のにこやかな表情に戻る。
「ありがとうございます、ギルド長にも、そうお伝えください」
「いえいえ、英雄様に活躍して頂いて、帝国をより繁栄させてもらう事、それがそのまま私どもの利益に繋がりますから、これは言わば先行投資、という奴ですよ」
だが、にこやかな笑顔の中にやはり見え隠れするような物を感じて、ユーナはたじろぐ。
「いやはや、少し長く話しすぎましたね申し訳ありません。ところでマクラミン様、朝食はまだですか? でしたら、ご一緒に如何ですか?」
「そうですね、ご一緒させてもらいます」
そうユーナが言った瞬間、兵士が走り込んできた。酷く焦ったような様子で、悪い知らせを持ってきたと予想された。
「ユーナ・マクラミン様! レッドマン騎士隊長殿からの緊急連絡であります!」
思った通りであり、悪い知らせであった。基本的に緊急連絡と言うのは、隊が危険な状態になった時にしか飛ばさない物だと、アランに聞いていた。
「おねがい」
ユーナが続きを促すと、呼吸を整える為か、一度大きく息を吸ってから報告を始めた。
「はっ! 現在、灼熱の山脈西部の草原にて敵部隊と戦闘中! しかし、レッドマン騎士隊長は善戦空しく後退、このままでは全滅の可能性あり! そのため、邪精霊の力を借りたい、とのことであります!
敵部隊は、状況と敵兵から予想し、王国軍一番隊テイマーズであると思われます! テイマーズ隊長、グレゴリー・オーバンの姿も確認されているので注意されたし! との事であります」
その報告を受け、ユーナに緊張が走る。
(まさか、もう戦争に駆り出されるなんて……しかも、よりによって王国最強とはね……)
そう思いながらも、ユーナはどうにかして戦争に出ないようにしようと考える。
「私は、未だ正式に軍に入ってないのだけれど? 冒険者が、それも英雄が参加するのは禁止されてるのよ? その辺りの処理はどうするつもりなの?」
大昔、冒険者が傭兵も兼ねていた頃、戦争に赴く者も居た。もちろん、その中には後の定義であるなら、英雄と呼ばれる者達も居た。
しかし、冒険者の中でも英雄と呼ばれる、ある種の超越者でも戦争で戦い、命を落とす事はある。そして、戦争が終わった後でも、その最中であっても、英雄でなければ処理できない程の問題はそれなりに起きる。
そんな時に、対処できる英雄は死んでいるか、出ることができない状態になっている事が多々あった。そのため、多大な犠牲が払われ事態の鎮静に当たるしかない事が頻発した。
これではいけないと、冒険者ギルドが浸透し、大陸各国に設置された時、冒険者は国同士の戦争に参加するのを禁止する規則が作られたのである。
とは言え、冒険者を止めればその規則の範疇ではない上、当時に比べ国の保有する戦力が英雄に届きつつある上、元から軍に騎士としてスカウトされるのを目指して冒険者となる者も居て、近年では有って無いような物と化している。
「はっ! それに関しましてはギルド長であるエイドリアン・パーネル殿が既に処理し、ユーナ・マクラミン様を軍に転向させておりますので! 既に、マクラミン様は騎士であります!」
(手回しが良い事……)
ユーナは諦めたようにため息をつき、行き先を兵士に聞いた。
「……分かったわ、直ぐに準備していくわ。合流地点はどこかしら」
「はっ! 地図に合流地点を記載しそれをお渡しします。マクラミン様は、馬小屋前の広場で出撃準備をしてお待ちください!」
そう言って兵士は走って行った。それを見送り、ユーナは今まで黙っていたエイハブに向き直る。
「申し訳ありません、ポートマン様、聞いたとおりです」
「いえいえ、お気になさらず。それよりも、レッドマン様の一大事は、そのままこの国の一大事でしょう。必ずお助けしてくださいませ」
「分かりました、では失礼します」
ユーナは食堂を後にし、兵士に声をかけ、エイハブが運んできた新しい籠を持ってくるように言った。すると、銀色の籠とも言えない物が出てきた。
(大丈夫なのかしら?)
と、ユーナは思ったが、扉を開けると中は特にこれと言っておかしい所は無く、寧ろ家具の置いていない上等な部屋のようだ。しいて言うなら、今までの籠とは違い、上が空いてない分少し窮屈に感じる位で、何の問題も無かった。
それを兵士に運んでもらい、ユーナは再度ブリューナクの居る馬小屋の所まで来た。ユーナが到着すると、ブリューナクはムシャムシャと肉塊を貪っていた。
(ちゃんと大きい肉を持ってきてくれたみたいね。さて、ブリューは付いてきてくれるかしら? 従わせるのは無理とわかったのだけど、色々不味いわ。私の事はともかくこの子が……。お願いなら聞いてくれるかしら? ダメね、私こんなに身勝手だったかしら……。でも、下手にブリューを逃がせばこの子は討伐隊に追われてしまう。いくら強くても、この国……いえ、逃げれば指定討伐種として冒険者ギルドに布告されるでしょうし、その内大陸の全てから狙われる事にもなるでしょう。そうなれば、流石のこの子でも殺されてしまう。それだけはさせてはいけない……いえ、言い訳ね……。でも、この子の力じゃないとアランを助けるのは無理)
縋るような思いで、ユーナはブリューナクに話しかける。
『ブリュー、緊急の出撃命令が出たわ』
『キンキュウ? ナニ? ナニ アル』
『騎士隊長のアランが、危険な目に合ってるの。それで、応援を要請されたわ』
『アラン アブナイ? アノヒト ツヨイ?』
『相手が悪いのよ、王国最強のモンスターテイマーなの』
『アー…… センソウ デル サイキョウ テキ』
(この子が戦争に参加してくれれば勝てる……はず。けど、いいえ、もうこの子に任せるわ全て)
『大丈夫よ、ブリューなら負けないわ』
『ジシン ドコ モンスターテイマー モンスター シエキ? ツヨイ アカイ ドラゴン?』
(もしかして、戦ってくれるのかしら……。それに赤いドラゴン、多分真紅の竜の事かしら、あんな災害と比べるなんて……でも、また苦戦した相手と同じような敵と戦わされるかもしれない、と考えるなら仕方ないわね。嫌なら逃げればいいのに。いえ、逃げてほしくはないけど……)
『モンスターテイマーはモンスターを使役して戦う人で、本人も戦う人でかなり強いわ。でも、真紅の竜はAAランクそのテイマーが連れている魔獣はAランクよ』
『テイマー タタカウ モンスター タタカウ? モンスター A ヨワイ ドラゴン AA ツヨイ?』
『そうよ、ドラゴンのほうが強いの。大丈夫、使役者の強さもランドルフ同じ位だから、一緒に来たとしてもAAクラスの力は無いわ』
『イッショ AA ツヨサ ナイ?』
『そうね、無いわ。お願いできるかしら?』
ユーナは、どうにか戦争に出てくれるようにブリューナクを説得しようとする。
『シンパイ サセタ ゴハン モラッタ イッシュクイッパン ゴハン タタカウ アブナイ アブナイ コト スル』
(少し、意味が分からない事を言ってるわね……判断が難しいわ。意味無い事を言っているのか、それとも意味は有るけど私が理解できてないだけなのか、それが分からない。いえ、今はそんな事を考えてる場合じゃないわ、この子が私の願いを聞いてくれて戦ってくれるのかしら? いえ、思い上がりね)
『分かったわ、全部任せる』
『ドコ タタカウ』
『灼熱の山脈近くの王国側、つまり西の草原よ』
『ナルホド トオイ マエ』
(この子、ちゃんと距離や地形まで覚えている……。確信したわ、この子は邪精霊でも甲殻魔虫でもない。虫律の影響も受けなくて、尚且つ邪精霊のように狂っても居ない。それはもう精霊、それも上位の、それしか居ないわ。でも、そうだとするなら、なぜこの子は甲殻魔虫みたいな姿なの? それに、この子は本当に気まぐれだけで私に付いて来てくれているの? いえ、それはもうどうでもいい事ね。決めたわ、私はこの子をできるかぎり支援する。この子が、死んでしまわないように全力で。この子の盾や力にはどうしたってなれない。それは分かってる、けどそれ以外の事、情報を集める事や、他の事で助けるくらいできるはず)
そう、ユーナが静かに心に誓っていると、ブリューナクがユーナに問いかける。
『ユーナ コレ ハコブ?』
『この前までの籠だと、戦争なんてしている場所に行って狙われると危ないの。だから、硬くて強い籠に変えたのよ。これなら、危険はないわ。特に、真下からブリューを狙う対空攻撃はこれが守ってくれるはずよ』
(そう、この籠を運んでいるなら少なくともブリューは、飛行するモンスターに対する攻撃からは身を守れる)
『ワカッテル ツゴウ イイ ジブン』
『うん? 緊急なの、だからお願いしてもいいかしら?』
『キンキュウ ワカッタ テレパス スル』
『分かったわ』
(これよ、この魔法も決め手だったわ)
通信魔法はそのまま使うと、相手と自分を繋ぎ続けないといけないため、魔力の消費が激しいのである。更に、距離が離れた相手に使おうとすると、更に魔力の消費が激しくなる。だからこそ、通信魔道具なんてものが存在する。
(それに、この魔法はダイレクトに意識が相手に飛ぶのよ)
邪精霊を使役した事があるユーナだから分かる。邪精霊という物は基本的には死ぬまで狂っているのだ。例えばユーナが使役していたオーレに関しては最後まで怒り狂っていた。そんな狂った者が使って、対象に選択されたユーナが無事なはずが無い。
(それはつまり、この子が精霊である証拠)
そんな事を考えながら、ユーナがブリューナクとの会話を終え、籠に乗り込もうとすると、エイハブがやってきた。
「おお、マクラミン様、出発前とは丁度良いタイミングに来る事ができました。間に合わないかと思いましたよ」
そんな事を良いながらエイハブはユーナに近づく。周りの兵士は「手短にお願いします」と、その行動を諌めるようにエイハブに言っている。
「急いでいるので、手短におねがいします」
兵士たちの雰囲気から、自身も急がなくてはいけないとユーナも感じているため、少しそっけない態度でエイハブに接する。
「申し訳ありません、では、これをお持ちください」
エイハブも理解しているようで、すぐに本題に移り、ユーナに短い魔法杖のような物を渡してきた。
「もし、使役虫が危なくなったらコレを振ってください、何かのお役にたつかもしれません」
「そうですか、ところで、振った場合の効果はなんですか?」
いくら急いでいるからと言っても、ユーナは得体のしれない道具を使うつもりは無く、道具の説明をエイハブに求める。
「簡単に説明すると、新型の簡易魔法杖の試作品です。これは、虫籠に搭載された様々な機能を発揮するためにも使いますね」
「虫籠の機能とはなんでしょうか?」
「色々ありますので、全部説明すると時間を取りますが、よろしいので?」
(なんでそんな物を出発前に渡すのよ! さっきの食堂前で説明しとけば良いじゃない!)
そう、ユーナが心の中で毒づく。
「そうですか、では、重要そうな機能だけでもお願いします」
しかし、そんな心の声を表情には出さず、ユーナはエイハブに機能説明を求める。
「そうですね、この籠の紋章の部分が向いている方から<閃光の槍>と同じ位の雷魔法がでますね。ただし、撃てるのは五回が限度です。撃つ際には、杖に付いている緑の石を触りながら左右に振ってください。後は当然ですが、簡易魔法杖としても普通に使って頂けます。後、虫籠についての補足説明なのですが、内部操作でライトが点灯します。他にも色々あるのですが、重要なのはこれ位でしょうか。ああ、最後に……使役虫が危険な状態の時、石を触らずに杖を縦に大きく振れば助けになるかもしれません」
何故か最後だけぼかして説明するエイハブに、不信感を抱くユーナ。
「助けとはなんですか?」
当然、機能を聞こうとユーナは説明を求める。
「それが、使ってみてからのおたのしみ、と言われてしまいまして、しかも一回使うと長い間使えなくなるらしく……申し訳ありません。開発者に聞いても、教えてくれなかったのです」
なぜか、いたずらが成功したような笑みを浮かべるエイハブ。
(なんでそこで遊び心をだしてるのよ! 助けになるけど少しの間使えない機能こそ説明するべき事でしょう!)
ユーナは正直思ったままにいってやろうかと考えたが、周りの兵士のそろそろ行ってくれ! 頼む。と言ったふうな、縋りつくような目線に押され、エイハブとの会話を終える事にした。
「そうですか、いえ、ありがとうございます、大事に使わせてもらいますね」
「いえいえ、御武運を」
そのあと、先ほどの兵士に合流地点の記載された地図と、合流時のライトの点灯パターンを教えてもらい、籠に乗り込んだ。
乗り込むと、ブリューナクがユーナにテレパスを使ったのであろう、ユーナの頭に直接響くようにブリューナクの声が聞こえてきた。
『ブリュー、飛んで貰っても大丈夫よ』
『ワカッタ ドッチ』
『あっちの方、西に向かってずっと行って』
ユーナは指を指しながら、密閉された空間なので見えるはずが無いことに気が付く。
『ミエナイ ナカ』
(ごめんなさい。ブリュー、私が悪いわ……)
ばつが悪く、少し黙ってしまうユーナ。そして、見えてはいないのに顔の赤みが薄れるのを待ってから指示を飛ばす。
『ごめんなさい、ゆっくり回ってくれないかしら』
そう言うとブリューナクは、ゆっくりと高度を上げながら回転しはじめる。そして、丁度いいところでユーナが『止まって』と言うと、ピタリと西を向いて止まる。
『このまま真っ直ぐ行って、おねがいね』
『チカイ イウ オリル』
『分かったわ』
『イソグ? イッタ?』
『そうね、緊急だから出来るだけ急いで欲しいわ』
『イッタ』
そのブリューナクの発言に、何か恐ろしい物をユーナは感じた。更に高度が上がり、そこで再度方角を確認し進行方向を定める。そして、ブリューナクが進行方向に向いた瞬間、窓の外が見えなくなった。
(何が起こったの? もしかして、敵の奇襲? ここまで来てるの?! ブリューは! ブリューは大丈夫なの?)
そうユーナが考えた瞬間、ユーナは籠の中で後ろ向きに吹き飛び、籠の壁にぶつかり、意識を失った。




