第1.5話 冒険者ギルド
混沌の大樹海。それは、この大陸有数の危険地帯に指定されている場所。
魔獣や甲殻魔虫や魔鳥、更には竜や龍と言った、高位のモンスターが闊歩している。更に、夜はそれに加えアンデッドも彷徨い出す。と言った恐ろしい場所である。
なぜ、この大樹海がそんな風になっているのか? というのは、伝説や古文書等によると森の中央部、未踏破地域にある。と、されている巨木が原因だと言われている。
しかし、実際にその巨木を見た。と言った人間は居ないため、所詮は伝説であるとされている。
それに人々はそんな事よりも、そこで得る事ができる希少な薬草や、モンスターの体から取れる様々な素材が得られれば良い。と、考えているため余り興味は無いようだ。
そんな危険な場所ではあるが、貴重な物が取れ、それが金になると分かれば人が集まる。人が集まれば村ができる。いつしかそれが大きくなり町になる。
フォレストサイド、それがこの冒険者の町の名前だ。混沌の大樹海の南に位置するこの町は、大樹海に狩に行く冒険者の集う場所であり、そのため稀に森から危険なモンスターが町に向かってきたりするが、これまで何度も襲撃され、その度学び強化してきた強力な防衛機構と、町に居る冒険者によって、今ではすべて撃退、もしくは討伐することができるほどになった強固な要塞のような町だ。
その町の、大樹海側である出入り口方向から人が走ってきた。その人物は、脇目も振らず全速力で町へ入り、一直線にある建物を目指して駆けた。そこは、冒険者ギルドフォレストサイド支部。支部、と言っても土地が土地だけに、実力のある冒険者ばかりが集まる場所であるため、それなりにしっかりとした見た目で、中も辺境の寂れた宿屋のようではなく、本部と同じように綺麗である。
そんな場所に先ほどの人物、一人の冒険者が転がり込んできた。それだけならよくある話である。受けた依頼そのものや、その帰りで何かしら恐ろしい目にあった冒険者は、大体がギルドまで走ってくる。そしてその殆どがギルドの前、もしくは入ってすぐに崩れるように倒れる。
しかし、今転がり込んできた冒険者は倒れることも無く「邪精霊がでやがった!!」そう、大声で言い放ち、カウンターにいる受付嬢に向かって血走った目をして大股で歩きで迫って来たのである。
「落ち着いてください、えーと……ジェイク・ジョンソンさん。まずは深呼吸しましょうね?」
受付嬢は、カウンターに恐ろしい勢いで向かってきた冒険者に冷静に対応する。恐怖や興奮のため、おかしな事を言い出すのもよくあることなのだから。
「そんな事っ! してる、場合じゃねぇ! ……早く、支部長に会わせてくれ!」
しかし、ジェイク・ジョンソンと呼ばれた甲殻魔虫の甲殻で作ったと思われる、真っ黒な全身鎧を着た冒険者は、落ち着くどころか更に興奮した様子で声を荒げカウンターを叩いた。
「落ち着いたら、いいですよ? だから、まずは深呼吸をしてください。吸ってー吐いてー。はい、どうぞー」
しかし、受付嬢も伊達にこの支部の受付を任されているわけではない。笑みを浮かべてはいるが、目は笑っていない。そんな恐ろしい表情で答えると、ジェイクは、向けられた表情のためか。それとも、周りの冒険者から浴びせられる(何だ? この騒々しいやつは?)と言わんばかりの視線に晒された為なのか、はたまたその両方か、どちらかは分からないが静かになった。
「すまねぇ、少し焦っていた。だけど、本当に急いでるんだ! 早く取り次いでくれ!」
「まったく、せっかちな人ですねぇ」
しかし、またすぐ興奮した様子でまくし立てて来るため。受付嬢は「は~……仕方が無いですねぇ」と、ため息をつき、小走りでカウンターの後ろにある扉へ「支部長~呼ばれてますよ~」と言いながら入っていった。少しすると、禿頭に大きな傷跡を持った筋骨隆々な大男が、受付嬢と一緒に出てくる。
「おう、ジェイクじゃねぇか。どうした? 何か面白いことでもあったのか?」
と、禿頭の大男がニヤニヤしながら問いかけた。
「ジェフ! 面白くも何ともねぇ! やばいもんが出やがった! 邪精霊だ!」
すると、その表情が癇に障ったのか、ジェイクは今まで以上に語気を荒げて反応した。
「落ち着け、お前さんが喚きながらギルドに入ってくるのは聞こえてた。そんで? さっきから言ってるが、本当にそれは邪精霊か? なにかの見間違いとかじゃねぇのか?」
ジェフと呼ばれた男は、カウンターに肘をつきながら、面倒くさいと思っているのを隠さない様子でジェイクに反論した。
「そんなはずはねぇ! 間違いなく俺は見たんだ! コア・セコイアが穴を開けられて核珠を潰されて、立ち枯れてくのを! 犯人も見た! 黒い虫型の邪精霊だ!」
その発言を聞いた瞬間、カウンターの近くはおろか、支部内に居た者の一切の話し声が止んだ。その沈黙を破ったのは禿頭の大男、このギルドの支部長ジェフ・グレン。
「おいおい、ジェイク。おい、ジェイク? 寝ぼけたのか? コア・セコイアに……何だって?」
額に手を当てながら、困った奴をみるような様子でジェフはジェイクに話しかける。
「だから! コア・セコイアに穴を開けて、核珠を破壊して出てきた虫っぽい邪精霊が居たんだよ! なんども言ってるだろ! 頭の中まで禿げ上がったか?!」
その様子が気に入らなかったのか、ジェイクは更に語気を荒げる。
「てめっ! ……分かった分かった。分かったから落ち着け、ジェイク・ジョンソン。まずお前、コア・セコイアがどんな物か分かってて言ってるのか? そもそも、他の甲殻魔虫と見間違えたんじゃあないのか? ここには、カオス・ビートルやエンペラー・ビートル他にも数種類居るし、中には木に穴を開けてるやつも居るだろう?」
実際、この森には強力な甲殻魔虫が多数生息する。しかし、その発言を聞き、ジェイクは馬鹿にしたような笑みで答えた。
「ジェフ、自分で何言ってるのか考えてみろ? コア・セコイアに穴あけて、その上核珠を破壊したのがそのへんに居る甲殻魔虫だってか? ジェフ、お前本当にギルドに篭り過ぎて頭の中までハゲたんじゃないのか? 冗談だ、怒るなよ。たしかに、この森に居る甲殻魔虫は他の所じゃ見られないレベルの危険度だ。だが、あの防衛機能の塊みたいなコア・セコイアを倒せるほどの強さは無いはずだ。と言うより、絶対にありえない。
それに、さっきお前が挙げた二種類は地上専門だ、何を間違えて木に登るんだ? よしんば、コア・セコイアに登ったとしてだ、どうやって穴を開けるんだ? あいつらの角はたしかに鋭く尖っている。
そりゃ、物を挟むこともできるだろうが、木を掘り進むような動きができるとは思えねぇ。更に、仮に掘れたとしても、確実にコア・セコイアの超再生に飲み込まれて一瞬で木の一部にされちまう。
何より、俺の二つ名《大角》にかけて、あんな甲殻魔虫は見たことが無かった。多分、ここに居る誰よりも一番多く甲殻魔虫を狩ってきた俺だから言える。あれは、絶対そこらにいるような甲殻魔虫じゃなかった」
そう、ジェイクは自分の鎧と兜に付いている、鋭い角のような部分を指しながら一気に言い切った。
「むぅ……まぁ、甲殻魔虫じゃない。ってのは良く分かった。だが、だからと言ってなぜ邪精霊になるんだ?」
「おいコア・セコイアの特性すら忘れたのか? このハゲは?」
「何度もハゲハゲ言いやがって……てめぇ、覚えとけよ? だが、そうか……いや、しかしなぜ? そいつを……ひとまず邪精霊とするか、が何故取り込まれなかったか。か。
超再生は知っているし、俺も現役のころ剣を飲み込まれた事があるから分かるが、それが機能しない。もしくは、遅延させる方法なんて聞いたことがないぞ?」
ジェフが頭を掻きながら、わからねぇな。と、言うとジェイクはニヤリと笑いながら答えた。
「それが、一つだけあるんだよ。コア・セコイアを切りつけても、切りつけた剣や入った物が助かる方法が」
すると、それまで傍観に徹していた冒険者の一人が、野次を飛ばした。
「へぇ? そんな方法があるなら核珠はもっと市場に溢れているはずなんだが、どういう方法なんだよ?」
と、問いかけられる。それに対して、ジェイクは更に笑みを強めながら言った。
「説明するのは簡単だ。木を切る得物に魔力を纏わせるんだ。ただし、コア・セコイアの幹に流れている魔力をせき止めることが出来るほどの量を、な」
それを聞いてジェフを含め、回りの冒険者は大笑いした。
「ハッハッハッハッハッハ! ジェイク? お前、それは無理ってやつだ。コア・セコイアの魔力は、殆どあの超再生にまわされているんだぞ? あの、巨大な木のモンスターのだ。それをせき止めるほどの魔力だ? 出来るわけないだろ!」
最初は笑いながら、後半は殆ど怒鳴りながらジェフはジェイクに言った。しかし、それを見て、ジェイクはため息をついてから話し始めた。
「ジェフ、だから最初から言ってるだろ……。は~……それができる存在が居るだろ? 精霊と、それに連なる種族以外で」
そのジェイクの発言を聞き、周りも理解したのか、また静かになる。
「なるほど……だから、邪精霊か。たしかに、歪みで生まれた奴ならやりかねんし、可能だ。それならそれでおかしな話になるが……今は関係ないな。なるほど、お前さんの言ってることは正しいようだな。そうなると、なんで邪精霊が核珠なんて欲しがるんだ? たしかに、あれには大量の魔力が蓄積されてはいるが、邪精霊が欲しがるほどの魔力でもないはずだが」
「そう、そこだ。だからこそ俺は焦っていたんだ。ただでさえ面倒な邪精霊が、核珠の力を取り込んでさらに厄介な物になろうとしている……のかもしれない。実際分からない話だし、となると流石に調査が必要だろ?」
そう言いながらニヤリと笑い出すジェイク。
「たしかに、モンスターの中には魔力を溜め込んで、手が付けられなくなっちまう奴も居る。……ジェイク、さっきから何をニヤついて居るんだ?」
すぐジェフは何をにやけているのかを理解し、軽く顔をしかめる。
「ああ、なるほどな。焦ってたのは他の冒険者や、自分が危険だから早く何とかして欲しい。とか、そういうかわいらしい物かと思ってたんだが……お前さん、その調査を依頼として出せってんだな? そんで、それに行きたくて仕方なかったわけだ」
どうだ? と、ジェフが問いかけるとジェイクは、チッチッチと舌打ちをしながら指を振り、勿体をつけてから言い放った。
「いや、調査自体は依頼が出なくても出るつもりだったぜ? なにせ、見たことも無い虫型だ。もし邪精霊じゃなくても、それが甲殻魔虫だったら何かしら甲殻は手に入るだろう。とふんでるからな。
調査依頼という形にして欲しかったのは、本当に邪精霊だった場合、一緒に判断してくれるメンバーが欲しかったって言うのと、何より情報を渡すだけのタダ働きってのがしゃくだっただけさ」
「ハッ! なるほどな。たしかに、混沌の森は色んなことが起きる場所だし、それによって冒険者が死ぬのは自己責任だ。だが、あまりにも強烈な異常は後々大きな問題になりかねない……よし、いいだろう! この謎の存在を調査する依頼を出してやる」
「よっし! 流石ジェフ! たのむぜ!」
お前には負けたよと、言いながらジェフは受付嬢に依頼書作成を指示した。そうしてこの日、冒険者ギルド、フォレストサイド支部に、混沌の大樹海に発生した、謎の存在の調査依頼が張り出された。