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ブリューナクな日々  作者: 大きいは強さ
第2章:帝国
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第10.5話 とある一般兵の視点で

 エゴール・ベロワという男が居る。

 彼は、ドワーフと呼ばれる人種である。人間に比べて背丈が低いが力が強く、手先の器用な人種だ。

 職業は重装歩兵で、普通の兵士より重い武装をしており、普通の兵士より少し偉い。と、本人は思っているが、実際のところ重装歩兵であろうが、普通の歩兵であろうが装備が違うだけで何も身分に差はない。

 そんなどうでもいい事は置いておこう。彼は今回、邪精霊討伐の任務の際、討伐軍に組み込まれていた一兵士であった。

 最初は、初めて見ることになった邪精霊にワクワクしていた。仲間内の話でも、甲殻魔虫に似ているから危険は危険でもそこまでではないだろう。と、言われていたからだ。

 だが、フォレストサイドに着いて、邪精霊の前まで行った時に後悔した。


「オイラ、なんでこんな任務に組み込まれたんだろう……」


 正直、討伐隊の隊長であるレッドマン様が、突撃命令を出した時オイラは、死ぬと思った。オイラ達が束になってかかっても倒す事ができない。名実ともに英雄にまでになった強い冒険者である、ランドルフが殺された後なのに……。

 そう思いつつも、命令には逆らえない。オイラは、いつも使っているウォーピックを握りしめ、仲間の兵士達と一緒に突撃したんだ。

 すると、多分雷属性なんだろうな。目の前がピカッと輝いたかと思ったら、全身を焼かれるような痛みと、衝撃を感じたんだ。そして、目を開けると、皆して仲良く地面に転んでいたんだ。しかも、その時に死んじまった奴もいたんだ。

 オイラがなんで助かったのかは分からない。だけど、全身を襲った衝撃と、魔法のせいなのか? 全身が凄い痺れていて、指一本すら動かない状態になっちまった。

 そこで、不幸中の幸い? いや、幸い中の不幸? それじゃただの不幸か、なんでもいいや。オイラは吹き飛ばされた後、魔法を受けなかった、他の兵士達を見る事ができる位置に倒れたみたいなんだ。

 そのせいで、残っていた兵士達と、レッドマン様の最後を見ることになっちまった。

 オイラ達を吹っ飛ばした後、邪精霊が少し飛び上がったかと思うと、レッドマン様を中心に、何もないところから沢山の水が湧き出して、皆を飲み込んじまった。

 更に、邪精霊はそこに雷属性の魔法を打ち込んだんだ。どう考えたって、それで皆やられちまったと思った。その時、オイラはできれば予想が外れていて欲しかった。だけど、水が消えた後には、皆が同じ所に集められて、ぴくりともせず転がっていたんだ。

 そして、皆を食べるつもりなのか、邪精霊が倒れた皆の方を向いて降りてきた。


(もう、だめだ……皆、ここで邪精霊に喰われっちまうんだ……)


 そこで、オイラは諦めて意識を手放しそうになった。けどその時、作戦本部のテントの方から、一人の女の人が兵士を連れて歩いてきたんだ。邪精霊もそれに気が付いたんだろう、そっちを向いた。

 オイラは思わず「逃げろ! 敵うはずがねぇ!」と、言いたかったんだけど、まだ満足に動くこともできなくて、眺めて居る事しかできなかったんだ。

 見ていると、その人が笛を取り出して、腰のなんだか良くわからない物から煙を出しながら、踊りだした。


(気が狂っているのか!? 殺されっちまうぞ!)


 と、思っていたんだ。仕方ないだろう? だって、騎士隊長様でも敵わないような存在なんだ。踊ってどうなるんだって話だよ。だけど、邪精霊は大人しくそれを眺めているじゃないか。

 そのあとはトントン拍子っていうのかな。どうやらオイラ達は助かった。少しすると、邪精霊の横を通って衛生兵が来てくれて、オイラ達を運んで行ってくれたんだ。

 そんで、救護テントに入って、簡易ベットに寝かされた。そこで、オイラはやっと助かったと実感できて、気が緩んで寝てしまった。

 オイラが起きると、どうやら、あれから一晩たっていたみたいだ。状況が分からなかったから、起きている仲間に話を聞く。

 なんでも、あの女の人はフォレストサイドで最後に合流した冒険者で、虫律とか言う技術を持っているらしい。よくわからないけど、甲殻魔虫ならなんでも操れるそうだ。

 英雄、軍、その両方が討伐に失敗した場合、その技術を使って、邪精霊の行動を止めて使役、又は討伐する。それができなくても最悪、時間稼ぎをして退却するってのが今回の作戦だったんだってさ。

 結果は、見事邪精霊に力と存在を認められて、邪精霊は絶対服従となったらしい。だから、オイラ達は今生きてられるわけだ。

 そして、その功績をもって女の人、ユーナ・マクラミンという名前らしいけど。そのマクラミンは、いや、マクラミン様って言うべきなのかな。は、英雄と認定されたらしい。更には、そのまま冒険者を止め軍に入り、どうやら騎士隊長様と同じ位の地位になると噂されてるそうだ。

 そうこうしているうちに、もうウレジイダルまで帰還するから、動けるものは外に出て準備しろと言われた。外に出ると、邪精霊を討伐した後、その死骸を乗せるために用意された台車の上に、あの邪精霊が乗っかっていた。


(捕まえた後に殺しちまったのか?)


 と、考えたが、マクラミン様曰く、寝ているらしい。表情なんて物がないのに、良く分かるもんだと感心した。

 撤収作業は問題なく終わり、レッドマン様を先頭にオイラ達はまっすぐウレイジダルを目指して帰っていった。その途中、台車から邪精霊が起き上がったりして驚いたけど、それ以上に驚く事が起こった。

 物見兵や騎士の人達が、進行方向に対して右の空を指差し騒ぎ始めたんだ。

 最初は、狼煙か、何かそういった空に浮かぶ信号でも見たのかな? と思っていたんだけど、馬が落ち着きを失い始めてから何かおかしいと思い、オイラもそちらを見た。

 すると、そこにはドラゴンが居た。オイラはドラゴンなんて一度も見たことがないけど、知り合いの冒険者の話や、物語や、酒場の吟遊詩人の詩で聞いた通りの姿をしていたから分かった。

 それ以前に、普通のモンスターとは違う。と、はっきり分かるほどの恐ろしい雰囲気をもっていた。それが、こっちに向かって飛んできていたんだ。馬はパニック寸前で、周りの仲間もおろおろとしている。


(なんだってドラゴンなんてのがこんなところに!)


 すると、マクラミン様は歌う様な、囁くような、綺麗な声で邪精霊に話しかけたんだ。それに対して、邪精霊は同じような鳴き声で返した。

 一呼吸置いて、邪精霊の角からオイラ達を吹き飛ばした時と同じような魔法が放たれ、そのままドラゴンに命中し爆発したんだ。だけど、ドラゴンは無傷で煙の中から現れた。


(なんてこった、邪精霊の魔法が効かったら、もうレッドマン様しか……いや、オイラ達よりもレッドマン様は、昨日の邪精霊との戦いの疲れが残ってるはずだ)


「どうしよう! これじゃ、やられっちまう!!」


 そう言って周りの兵士達と慌てていると、ドラゴンは隊列の右側に降りた。そして、その背から何と、ザイゴッシュ王国の紋章の入った外套を着た人間が降りてきた。

 ザイゴッシュ王国とオイラの住むシクセーズ=セクレア帝国は、仲が悪いって訳でもないんだけど、良いって訳でも無い。でも、最近じゃザイゴッシュ王国は最近この大陸を制覇しようとしているって噂が流れているから、何かの拍子に戦争にならないとも言えないような状態らしい。

 そんな国の人間を前にして、マクラミン様はさっきと同じような綺麗な声で、邪精霊に話しかけた。それに邪精霊は、さっきと同じように鳴き声で返した。そんな事が何度か続き、皆不安になってきていた。

 すると、ユーナ様が突然「場所を空けて!」と言うので、騎士の方々やオイラ達はそれに従い、ドラゴンと邪精霊の間を空けた。すると、邪精霊はドラゴンと向かい合う形になるよう台車から降りて来た。それに対応して、ドラゴンは大きく口を開けた。


(ありゃ、どう考えてもブレスを吐いてくる体勢だ。ドラゴンを初めて見たオイラでも分かる! どうするんだよ!)


 恐らく直撃を受けるのは邪精霊だろう。でも、間違いなく余波はオイラ達にもくる。そして、邪精霊はそれでやられなくとも、オイラ達は絶対に無事じゃすまない。等と、オイラが思っている間も、マクラミン様は邪精霊と話していた。


(暢気に話してないで、どうにかしてくれよ! このままだとオイラ達、死んじまうよ!)


 そう、オイラ達が焦っていると、次の瞬間、邪精霊の角から、騎士隊長様やオイラ達を吹き飛ばしたのよりも、ついさっき撃った魔法よりも強そうな雷の塊を角から放ったんだ。

 その魔法はオイラが思ってたより強力だったみたいで、命中した時の衝撃や、砂煙と閃光で目が眩み、視界がなくなっちまった。

 すると、今度はリリリリリリリリリと、エコークリケットのような鳴き声が聞こえてきたんだ。だけど、それはエコークリケットのように、可愛らしい物ではなくて、耳をつんざく程の大音量だった。思わず、耳を押さえ地面に座りこんじまった。

 少しして、砂煙がましになったので周りを見ると、馬が何頭か気絶し、仲間も、騎士の方々もオイラと同じように耳を押さえていた。

 そんで、音も砂煙も完全に消えて、視界が回復したから、邪精霊とドラゴンが戦っているであろう場所を見ると、ドラゴンは邪精霊によって串刺しにされてたんだ。


(おっかねー……オイラ、良く生きてられたなぁ……マクラミン様が居てくれて、本当良かったなぁ)


 その後は、馬が回復するまで、ドラゴンを素材単位に解体する作業をさせられた。解体しながら傷を見たんだけど、あれほど鋭い角に突かれて出来た傷なのに、まるで何度もかき回しながら槍で貫いたような状態だったんだ。思わず背筋がゾッとした。


(もしかしたら、オイラもあの時、こんな傷口と同じような状態にされちまってたのかもしれない……いや、そういえば英雄様が弾けて死んでいたから……うぅ)


 そんな事を考えて、ブルリと背筋を震わせて居た時に、ふと気が付いた。ドラゴンと一緒に来たザイゴッシュの人間が見つからないんだ。


(ドラゴンの近くに居たから、巻き込まれたのかなぁ? でも、あんなのに巻き込まれたら……あの英雄の冒険者と同じように……)


 そんな事を考えながらも手を動かす。すると、後ろから肩を叩かれたので振り返る。


「なんだい?」


「素材として使えない、必要の無い肉を、譲ってくれませんか?」


 すると、そこにはマクラミン様がいた。肉は渡しても問題がなかったんで、マクラミン様に渡せる事を伝えて、すでに切り取った分の肉の置いてある場所を伝えた。


「そう、ありがとう」


 マクラミン様は笑顔でそう言ってから、すぐに肉を数人の兵士と協力して運んで行き、邪精霊に食べさせ始めた。


(ドラゴンの硬い肉を、あんなふうに調理もせずに食べれるなんて、どんな顎なんだ……と言うか、ドラゴンの肉って食べたら死ぬとか言われてなかったっけな?)


 と、横目で見ながら思いつつも、もマクラミン様が居なかったら、オイラはアレで噛み付かれてたかもしれない。と考えてしまって、又背筋に冷たいものが走った。

 解体が終わり、ドラゴン一体分の素材の山ができた。そこで運ぶ方法をどうするか、隊長たちが話し合いはじめた。最初は、兵士一人一人に少数ずつもたせて運ぶようにするか。と言う話もあったのだが、間違いなく数人は自分の懐に入れるだろう。という懸念があったのでどうするかと悩んでいたそうだ。

 だが、そこでマクラミン様が丁度良い提案をしてくださった。


「いつまでもブリューを台車に乗せて運んでもらうのも悪いですし、ドラゴンの素材を皆様に運ばせるのも悪いので、空いた台車に置いてください」


 そう、おっしゃられたのである。そこで、初めてオイラは気が付く。


(今まで、邪精霊に気を取られ過ぎていて気がつかなかったけども、とんでもない別嬪さんじゃないか! しかも、オイラ達を思いやれる優しい心も持っていて、邪精霊に認められるほどの何か強さを持っている。完璧な人じゃないか……オイラ、こんな人が居るなんて思いもしなかったよ。マクラミン様が騎士隊長になったら、そっちの隊に乗りかえられないかなぁ)


 そう思いながら、オイラ達は台車にドラゴンの素材を乗せた。そして、ようやく回復した馬に繋げて再度出発したんだ。そして、川についたんだ。別になんの危険もない、普通の川で、普通の橋がかかっているだけの川だ。

 だから当然、何事も起こらず台車を含め、全て渡りきったんだけど、邪精霊。いや、ブリューとマクラミン様が呼んでいたんだったっけ? それが、その見た目通りの重量のため、渡れなかった。


(そりゃそうだ。あんな大きいモンスターがわたる事なんか考えてないもんなぁ。なら、どうするのだろう?)


 そう思い、皆で眺めていると、邪精霊が前羽を開いた。


(あ……これは、さっきと同じ爆音が来るぞ!)


 と何故か全員が思い、橋から距離を取った。隣ではマクラミン様がぺしぺしとブリューの側面を叩いている。その動作がなんとも可愛らしく、オイラは更に付いて行きたくなった。そう思いながらもオイラ達は馬を優先しつつ距離を取っていく。すると、ブリューは前羽を畳んだ。


(お、歩いて渡るつもりなのかな?)


 と思った瞬間、もう一度勢いよく前羽を広げ、マクラミン様のぺしぺしを無視し、飛び上った。予想通り鳴り響く爆音。でも、今回は離れていたのと、身構えていたため、オイラ達は助かった。けれど、近くに居たマクラミン様は涙目で耳を押さえうずくまっている。

 その動きも、表情もまた可愛らしかった。オイラは、絶対このお人に付いて行くと心に決めた。

 ブリューが川を渡り切り、地面に降りるとマクラミン様が、うつむいたまま橋を渡って来た。そして橋を渡りながら上げた顔は、それはもう恐ろしい表情だった。

 それこそ大鬼(オーガ)も裸足で逃げるような表情で、ブリューに向かって走り寄って行った。そして、その甲殻を固く握りしめた拳で、少し離れたオイラ達が居る所まで聞こえるほどの打撃音が鳴るほどの強さで殴り始めた。それを見て、オイラはやっぱり今のままでいいと思った。

 その後は特に何事もなく、ウレジイダルまでオイラ達は帰ってきた。門の前でブリューを台車に乗せて、縄で固定した。このまま入ると、パニックになるかもしれない。という配慮らしい。


(正直、こんな程度の拘束なんて有って無いような物だろう)


 と、ロープで縛りながら思っていたけど、拘束できている。という、分かりやすい見た目になったとたんに安心感が沸いてきたので、間違いじゃないんだなぁと、変に感心していた。

 そして、帰ってきたオイラ達を迎えたのは、凶悪な邪精霊を討伐どころか、それを使役捕獲した、新たな英雄の誕生と帰還を喜ぶ街の住民達の笑顔と歓声だった。

 それを受けた時、オイラは初めて軍に入ってよかったと感じた。そのパレードの最中、新たな英雄を一目見ようと道いっぱいに広がる群集の中に、あのドラゴンの背に乗っていた人が居たように見えた。けれど、それはすぐに人の波に紛れて消えてしまった。


(あれー? まぁいっか。そんな事よりも、オイラはこの後の慰労会が楽しみだ)

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