第10話 街と竜
ガタンッという振動を感じ、目が覚めた。
周りを見れば混沌の大樹海と違って、生えている木々が小さかった。具体的には自分と同じか、自分より低い程度である。恐らく、本当に寝ている間に行動を開始され、すでにここは混沌の大樹海を出てすぐの草原ではないのであろう。
現在自分は見渡す限りの草原の中を、踏み固められた結果生まれたような道を台車に載せられて進んでいるようだ。近くには、馬に乗った騎士や、歩いている兵士が居る。そして、台車の上には自分の他に、ユーナさんが乗っており、自分の右前足の近くに腰掛けていた。
台車そのものは、自分の角に当たらない位置に三頭の馬が配置され、それによって引かれているようだ。
(あー……動き出す前に起きられなかった。というか起こしてくれなかったのか、ユーナさん。後、どうでもいいけど、瞼が無いのに朝日で起きないのかな、自分は)
そう思いながら、周りを見るために台車の上で少し足を伸ばして体を反らしてみる。しかし、やはりというべきか。周りは草原とまばらに生える木や茂みとちょっとした丘程度で、のどかな空気がながれているだけであった。だが、自分が動いたせいで馬が驚き、周りの兵士達とユーナさんが自分に対し、警戒態勢を取った。
「おはようございます。なんだかスミマセン、運んでもらって」
流石にまずいと感じたので、朝の挨拶するため鳴くと、ユーナさんが周りに訳してくれたようで、兵士達は落ち着き、馬を宥めてくれた。
(ちょっと色々あったけど、いやーのどかだなぁ。自分よりはるかに大きい木しか見たことが無かったから、この辺りの風景が凄く新鮮だ。さて、ユーナさんと言う、翻訳魔法を使わなくても話しかけられる通訳者を手に入れたから……次はどうしようか。一番良いのはそのまま教えてもらう事だけど、どう考えたって踊り子っぽいユーナさんじゃダメだろう。なら、街に着くんだから図書館なりなんなり……自分のこの図体では図書館に入って調べ物は無理だな。と言うか、そもそも自分は共有語を知らないから駄目じゃないか……)
翻訳魔法で乗り切れる。と、少し楽観視しすぎていたようだ。
(あっちゃー……どうしよう……。いや、大丈夫だ。取り合えず、通訳してくれる人は手に入れた。それこそ、そのままユーナさんに調べて貰ってもいいだろう。それにもしかするとユーナさんは、今のこの扱いから見て、きっと国の重要人物の可能性もある。最初変な想像してごめんなさい。でも、見た目完全に踊り子なんだよなぁ……。いや、そんなことは無い。もしかするとこういう服を着ているのが地位の証なのかもしれない)
口笛のような物を吹きながら、そのリズムにのって前後に揺れるユーナさんをみる。どう見ても踊り子である。何かしらの地位に就いた人には見えない。
(大丈夫。大丈夫だ。最悪は翻訳者で良いし、もしかするとユーナさんが、何か知っているかもしれない。知らないにしても人を使って調べるくらいはできる……地位に居ればいいなぁ。まぁ、何をするにしても、街まで行って自分の立ち位置とか、人間の文化レベルとか、色々と確認しないとなんともならない)
そうやってのんびりと台車に乗って、ガタゴトガタゴトと道を進んでいくと、視界の隅、右側の空に何か飛んで居るのを発見する。遠目に見ても、それなりの大きな生き物のようだ。
(あれ、もしかして自分より大きい? まぁ、森でも自分と同じ位大きな漆黒大梟が居たし、普通なんだろうなぁ。あれ? でも危険地帯の外には、そんなに大きなモンスターは居ないって長老樹様言ってなかったっけ?)
注視している間も、だんだんとこちらに近づいてきており、その全貌が明らかになっていく。
頭は形状で言うのならトカゲ……いや、恐竜だろうか? それと狼辺りの肉食動物の頭を足して二で割ったような形状をしており、全体に鱗が生えている。口は、人を簡単に噛み殺せそうな、鋭い牙の生えた凶悪そうな造形をしており、顎の付け根だろうか? その辺りにトゲのような物が生えているようだ。
体は大きく、頭同様鱗に覆われているのだが、下に強靭な筋肉が見るだけでも分かるほどに隆起しており、まるで恐竜のようである。その体から生える四肢もまた太く、それでいて逞しい。そんな腕や足の先には、鋭そうな爪が生えており、どんなものでも引き裂けそうである。
尻尾も例に漏れず長く逞しく、先には棘のような物が生えていて、人があんなもので叩かれたら、ひとたまりも無いだろう。間違いなくふたと見れない姿にされる。
そして、背中には蝙蝠のような巨大な翼膜に覆われた羽が生えており、その巨大な体を宙に浮かせるためだろうか? 羽ばたいており、その羽ばたく音がここまで聞こえるようであった。
そして、全身を覆う鱗の色は緑で、太陽に反射し、まるで油を塗った金属のようにギラギラと光っていた。
(あれは……ドラゴンで良いんだよな? それにしても、ドラゴンらしいドラゴンだ。混沌の大樹海に居た深緑色のトカゲ。いや、深緑の竜だったかな? あれは、どっちかっていうと羽の生えたトカゲって感じだったけど、これはまさしくドラゴン! って感じで格好良い。いやでも、深緑の竜はトカゲらしい格好良さと可愛らしさを持っていたから、ビジュアル面ではいい勝負してるのか? いや、果たして……まぁいいか。しかし、あれは味方なのかな? 真っ直ぐこっちに向かって飛んできているけども……)
そう思って、周りの兵士や騎士を見ると、ようやくドラゴンに気がついたようだ。ドラゴンを指差して焦っている。馬に至っては、パニックに陥ったようで、その場で暴れまわり、騎士を振り落とそうとやっきになっていたり、周りの兵士を蹴りそうになっていたりと、かなりの混乱状態のようだ。
(これは味方どころか、友好的な感じですらないのかな? どうしようか、目の前で人が食べられるのを見るのも嫌だしなぁ。でも、勘違いで撃墜して面倒な事になるのはもっと嫌だしなぁ)
「ブリュー アレ タオス」
自分が迷っていると、ユーナさんがそう、おもむろに物騒な事を言ってきた。
「あれ倒しちゃっていいんですか? 本当に?」
「イイ アレ テキ」
どうやら飛んでくるドラゴンは敵であるそうだ。道を歩いているだけでドラゴンが出てくるとは、どうなっているんだろう。
「そうですか、ならいいですけど」
さて、と、考える。変に強力な魔法を使うと、周りの兵士や騎士さんはもちろん、ユーナさんも流れ弾を受けてしまうかもしれない。そう思い、まずは<閃光の槍>を余波が出ないよう、固めて打ち出す。
五本の雷は狙いを違わず、こちらに向かってくるドラゴンに命中し、炸裂した。しかし、表面が少し煤けた程度で、何ともない風にドラゴンは煙の中から現れ、そして隊列の右横に降り立った。すると、背中からローブを着た人が降りてきた。
(あ……これは不味い。なんで味方撃ったんだ? って怒られるパターンだ。多分)
人が乗っているし、問答無用で襲ってこない様子からして、どうも味方なんじゃないのか? と思った自分は焦った。
「敵って言ったじゃないですか、ユーナさん! しっかりしてくださいよ!」
「ブリュー テキ タオス」
「人じゃないですか! どう見ても! 仲間じゃないんですか? 何か、ドラゴンライダーとか竜騎士とか、そんな人居るんじゃないんですか?」
「ブリュー アレ テキ」
質問しているうちに、ユーナさんはなんだかおろおろしだす。更に、周りの兵士や騎士達も不安そうにしだす。どうやら、しつこく言うところからして、本当に敵だったようだ。しかし、それならそれでドラゴンとは言え、単騎でこの軍に仕掛けるのは大丈夫なのだろうか?
「本当にいいんですね? 知りませんよ? 回りの兵士さんとかは危ないから、下がっていてくださいね」
まぁどうであっても、自分が悩んだところで何かできる気はしないので、迎撃のために、台車から降りる。そこで、ユーナさんが周りの兵士や騎士に言ってくれたのだろう、ドラゴンの前に続く空間が空く。相対しようと前に進み始めると、ドラゴンがこちらに向かって口を大きく開けた。
(あ、これはブレスを吐かれる。自分は大丈夫でも周りの兵隊さんが不味い)
警戒しつつも、もしかしたら自分の予想が間違っているかもしれないと思いつつ、ユーナさんに再度同じ質問する。
「やっちゃいますよ? 良いんですね?」
「ブリュー ヤル テキ タオス イソイデ!」
「はいはい! 分かりましたよ!」
今度は周りに人も居ないので、強力な魔法を使っても大丈夫と考え、余波など一切考えずに<雷光の槍>を叩き込む。
五本の雷を束ねたの光の槍の太さ、そして密度は<閃光の槍>の比ではなく、つんざくような音を鳴らし、地面を抉りながら目の前のドラゴンに向かう。
まるで、雷が落ちたような爆音と閃光。そして巻き起こる大量の土煙。何も飛んでこない様子を見て、兵士たちやユーナさん達は(やったか?!)といった雰囲気になっている。だが、どうもドラゴンの気配は消えていない。つまりは有効打にはならなかったようだ。恐らく吐こうとしていた……いや、すでに吐いたブレスか。その類の物をぶつけられて相殺されたのかもしれない。
(駄目なのか。上手くいけば……と思ったけど、仕方ないか。それなら!)
確実に仕留めるために飛び上がり、ドラゴンが居るのであろう場所に突撃する。だが現在、自分の羽は<部分変異>を再度使っていなかったため、鈴虫状の羽のままである。
(あ、忘れてた……いや、飛行魔法で飛ぶから大丈夫だろう。羽も形状が変わった状態なんだから、本来の動作で動くとは思えない)
だが、この考えは不味かった。飛び上った瞬間、耳をつんざく様な、大音量の鈴虫の声モドキがけたたましく草原に鳴り響いた。
(あーそうか……そうだよ。森で試して音が鳴ってたよ。冷静に考えればこれ、かなり間抜けな飛び方しているな。とかなんとか思ってたのを思い出したよ)
反省しながらも、ドラゴンが居るのであろう場所に突っ込む。すると、断末魔じみた絶叫と供に、いつぞやの深緑の竜に突撃した時のような手ごたえを感じる。
しかし、今回は見渡す限りの草原である。つまり、周りに叩きつけるのに丁度良い物がない。なので、地面に六本の足を全て引っ掛け、無理やり体の動きを止めた。
先ほどから発生していた土煙と、無理やり急制動をかけたために発生した土煙、その両方が晴れた頃、そこには無残にも|角に貫かれ<・ ・ ・ ・>絶命している緑色のドラゴンが有った。
(よし、取り敢えずはこれで良いのか?)
しかし、隣に降りていたはずの人の死体は見当たらなかった。方向転換をしながら探してみたが、影も形もない。
(逃げた? いや、あの距離じゃ無理じゃないのか? それなら、弾けちゃったんだろうなぁ。魔法か、角に刺さったか、刺さった勢いのまま裂いたか、そのまま爆散したか……どれかは分からないけど。しかし、最上位魔法は凄いな。周りに人が居る時は使わないようにしよう)
周りの焼け焦げた地面を見てしみじみと思っていると、ユーナさんがなんとも言えない表情で自分を見つめていた。取り敢えず、いつまでもドラゴンを角に刺していても仕方ないので、地面に振り落とす深緑の竜より弱かったのか、傷口は刺し傷と言うよりドリルで抉ったようになっている。
隊列を見やれば、兵士や喜びながら渋い顔と言った、変な表情でこちらに向いていた。騎士に関しては、足元に馬が倒れており、怒った顔の人も居た。
(あれ? 何がどうして馬がやられているんだ?)
そう思いながら戻ると、ユーナさんはちょっと怒ったような、困ったような表情をしていた。
「あれ? 本当は倒しちゃだめでした?」
「チガウ ウルサイ」
「五月蝿い? あーもしかして羽ですか?」
もしかしなくても羽、正しくは鈴虫の声モドキのせいだろう。
「ハネ ナル ウマ キゼツ」
どうやら、鈴虫モドキの鳴き声は相当だったらしい。見れば台車を弾いていた馬達も道の脇に転がっていた。胴体が動いているところをみれば生きてはいるようだ。更に、騎士達が乗っていたであろう馬たちもへたり込んだり、台車を引っ張っていた馬と同じように、地面に転がっているような始末だったのである。
「ああ、これはその……すみませんでした」
「イイ ユルス デモ コンド キ ツケル」
「はい、わかりました」
結局、馬が動かなければどうにもならないし、どちらにしたってしとめたドラゴンを解体する必要があったので、一時待機となった。そこで、肉は捨てるという事を聞いたので、ユーナさんに言って肉は食べさせてもらえる事になった。
深緑の竜ほど美味しくなかったが、鶏肉のような感じで、悪くはなかった。薄い塩味のササミが記憶の中と合致するものだろうか?
そうこうしているうちにも解体は進み、そのうち馬達も回復した。そこで、解体した結果手に入った角や爪に皮と言った、武器や防具の原材料になるような素材は台車に載せるので、自分は歩いてくれとユーナさん経由で言われた。
(いつまでも、自分を運ばれているのも申し訳ないし、何より、あの量の剥ぎ取ったばかりの生き物の破片を、兵士さんにずっと運ばせるのは流石に悪いな)
と思ったため、素直に台車から降りた。その後は、隊列の最後尾につき歩いている。そうやって二時間だろうか? それ位進んだあたりで、川に差し掛かった。
綺麗な川で、よく見れば沢山の魚が泳いでいるのが見える。川に架かる橋は、それほど大きいわけではなく、丸太と板で出来た簡素な物で、増水したら壊れそうな雰囲気を持っていた。
(これ、自分渡れるかな? 重量的に踏みつぶして終わりって感じになりそうだ)
そう思いながら恐る恐る前足を乗せ、体重をかけてみると、木が割れるような軋む音が聞こえた。
(これは無理だ。仕方がない、飛んで渡るか)
と、思い前羽を広げる。すると、歩いている間も隣に居たユーナさんが、ペシペシと側面を叩いてきた。かわいい。
「トブ ヤメル ハネ ウルサイ」
「あ、すみません」
(さて、<部分変異>使って……いや、もう一度試してみるか)
と、思ったが、試してみたいことを思い出し、やめた。
(自分は飛行する際、自分自身の羽を使って飛んでいるわけではない。主に、魔法によって浮いて進んでいる。なら、前羽を開き後ろ羽をはばたかせて飛ぶ必要はないわけだ。だけど、森の中でも試しも、さっきもやってみた結果は失敗だ。それはなぜか。多分本能? と言うか癖というか、なんというか分からないが前羽を開いて飛べば後ろ羽を動かす。と、身体にしみこんでいるんだろう。なら、前羽を開かず、飛行魔術を使って飛べるのかどうかを、魔法の存在を知った今、試してみたい。もし、成功すれば訓練次第では飛びながら話せる……かもしれない)
そう考え、意識を集中させながら、羽を開かずに、(飛べ!)と、念じる。しかし、目論見は外れ実験は失敗した。特に何事もなく前羽は開き、鈴虫の声モドキを大音量で鳴り響かせながら体が浮くと言う結果になった。
そのため、横でユーナさんが耳を押さえ、うずくまっている。可愛い。
可愛いが可哀想なのでさっさと橋を渡り、羽ばたくのを止め、地面に降りる。すると、ユーナさんは俯いた状態で足早に橋を渡りはじめた。
そして、橋の半ばで顔を上げると、憤怒の形相で拳を固く握りしめ、自分に走って近づいてきて、側面に何度も拳を打ち付けてきた。怖い。
しかし、鈴虫モードの時に飛ぼうとすると、どう考えて居ても爆音が鳴ってしまい、周囲に強力な音波攻撃をしてしまう。と、いう事が分かったから、よしとしよう。
「そろそろ止めてくださいユーナさん。痛くないですし凹みませんが、凹みます」
正直ユーナさんにしか言葉は通じないのだし、羽を鳴らして話す必要は<念話>を使えば無いのだろうけど、やっぱり話せるなら話したいという思いがある。
そうこうしながら更に進んでいくと、遠くに城壁のような物が見えた。白く高い壁に、鋼鉄で出来ているのだろう。重そうな扉が付いている。
そんな城壁に設置された、見張り台のようなところに居る兵士が旗のような物を振れば、隊列の先頭付近に居る兵士も似たような旗を振る。そして、先頭にいる騎士が速度を上げ、先行する。
そして詰め所のような所に近づくと、門番であろう兵士が敬礼のような動きをして、詰め所に入っていった。すると、台車に乗せていたドラゴンの素材を、周りの兵士達が担ぎ始めた。
(なんで今台車を空にするんだろう?)
と、思っていると「ノッテ」と、ユーナさんが台車を指さしながら言った。理由が分からないので、ユーナさんになぜかと聞く。なんでも、自分がガサゴソ自由に歩いていると、街の人に不安を与えてしまうから。との事だ。
(なるほど、いたずらに不安感を煽るのは良くない)
台車に乗ると、兵士たちがすかさず縄を使って、自分を縛る……と言うか磔にするように台車に固定した。ただ、羽は話すために開いていたため、その下の腹を押えるような形になっている。そして丁度、その作業が終わったタイミングで、重く響くような音がした後、門がゆっくりと開いた。
「この中が街ですか?」
「コレ マチ ウレジイダル ヒロイ テイト オナジ」
「テイト? ここが帝都ですか? と言うことは、この国って帝国なんですか? じゃあ、黒い体で光線吐くドラゴンとか飼って居ます?」
(うん? 自分は何を言っているんだ?)
特に何を思い出した訳でも無いのに、訳の分からない事を聞いてしまった。この質問にユーナさんは、少し怪訝な顔で返してきた。
「コノ クニ テイト ヒト イル クロイ ドラゴン マチ イナイ」
「あ、すみませんこっちの話なので」
と、適当にごまかしておいた。そして、門を通り抜けると自分達は大歓声に包まれた。




