1章エピローグ
初めて見るが、見慣れた物の前に自分は居た。
(この感じはまたか……)
長老樹様の前で気を失うように寝たあの時と同じように、夢の中のようだ。
目の前にあるのは、取っ手の付いた四角い透明な箱の中に、これまた透明なカプセルが入った自動販売機の一種のようだ。
(これは……そうだ。ガチャガチャだったか?)
そう思っていると、自分の意思とは関係なく手が動き、そのレバーを回した。回した手は子供のようだった。出てきた物はどうやら珍しい物らしく、自分は喜んでいるようだった。
そんな感情を抱いたまま、視界がぼやけ始め、辺りはまた真っ白な空間になり、自分はカブトムシになっていた。
(あー……ユーナさん見たときに感じた感覚はこれだ。興味のある物で、良い物を手に入れた時の満足感だ……それにしても、なんて物を思い出すんだよ……。もっとほら、自分の顔とか、親とか何をしてたのか、とかあるじゃないか……。思い出しても仕方ないとしてもさ)
そんな事を思っているうちに視界が暗転していく……だが、暗転しきる前にチラチラと、人型に見える影のような物があった気がするのだが、確認する術はなく、完全に意識を失った。
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フォレストサイドの冒険者ギルド。そこで怒鳴っている冒険者が一人居た。
「おい! どういうことだ! 精霊大角虫は捕獲された? あげく使役だ?」
と、怒鳴る冒険者、ウオレヴィ・ヴォルティが受付嬢に詰め寄る。
「はい、ですから、何度もそう言っているでしょう?」
「ちくしょうっ! 奴は俺が狩ると決めていたのに!」
正直、ウオレヴィ自身、なぜそんなに狩らないといけないのか、狩りたいのか分からなかった。これまで、狩りにしても何にしても失敗したことがないからそう感じるのか、それとも、別の何かが有るのかすら分からなかった。自分の事なのに何が何だか分からなかった。
だから苛立っていた。怒っていた。何か自分が自分でないような、そんな漠然とした不安感があり、そんな気持ちをもってしまう自分にイラ立ち、自分自身や回りに八つ当たりしていた。
「おいおい、獲物を逃がして悔しいだろうが、それは俺も同じなんだぜ?」
とその怒れるウオレヴィに<大角のジェイク>ことジェイク・ジョンソンが話しかける。この二人、あの調査依頼の時にパーティは解散したのだが、その後も何かとつるむ事があり、結局今や一緒に行動している。
「そうよー? ウオレヴィ、あんまり怒っちゃだめよ?」
と、ダリア・フラカッシーニ。以前の大鬼魔術師の皮でできたローブではなく、漆黒大梟の羽を材料にして織られたと思われる、黒いローブを着ている。
ちなみに、ダリアはこの二人と組んでいるわけではなく、たまたま今日ギルドに来た所、怒鳴っているウオレヴィを見つけたので話しかけたらしい。
「そうですよ、ここは酒場じゃないんですから。それに、受付嬢さんも困ってるじゃないですか」
そう声をかけられ、三人は驚いてそっちを向く。そこには、丁度医務室から出てきたカルロス・ビジャローヤが居た。これで奇しくも、あの時のメンバーがギルドのカウンターの前に揃った事になった。
「あら、あの時ぶりね? 一角獣さん?」
「そうですね、雌オーガさん?」
開口一番、軽い言葉のジャブを放つダリアに対し、同じように返すカルロス。
「あら? 今の私は漆黒大梟よ?」
再開早々、火花を散らしあうダリアとカルロス。それを見て、ジェイクとウオレヴィはどちらともなく苦笑する。
「お前ら……会って早々喧嘩とか仲が良いな。」
そう、やれやれと言った雰囲気でジェイクが止めに入る。もともとやる気はなかったのか、ダリアとカルロスは少し睨み合ってから、ふんっと鼻を鳴らして一応の決着としたようだ。
「そんなわけないでしょ。で? ウオレヴィは何で怒ってるのかしら?」
「いやな? 俺たちが会った時に調査した邪精霊が居ただろ? あれをどうやら、この国、帝国の軍に掻っ攫われたみたいなんだ」
「ふーん? 別に良いじゃないの」
「よくないんだよ、ダリアちゃん。俺は奴を、俺の手で狩りたかったんだ」
と、それまでカウンターに向かって息巻いていたウオレヴィが、振り返りながら言う。
「あの邪精霊、冒険者に使役されて終わったんでしょ? なら、闇討ちでも、正面からでも、言いがかりでも、なんでもいいから襲って狩っちゃえばいいじゃない」
ダリアは、そんなの簡単じゃないと物騒な事を羅列していくが、ウオレヴィは眉をしかめて答えた。
「それがな? どうもその邪精霊を使役した奴は、冒険者だったらしいってのは言ったな? そんで、今回の功績で英雄認定される事になったらしいんだよ。そこまでは良くある話らしいんだが、そのまま冒険者やめてこの国に仕えるんだとよ。そうなったら、下手に手を出すと俺が軍に、いや国に追われちまうんだよな。最悪は俺の故郷を巻き込んじまう」
そうやってお手上げだ。と、本当に両手を上げて頭を振るウオレヴィ。すると、ダリアが小首をかしげ笑いながらとんでもない事を言った。
「なるほど、そうねぇ……じゃあ、他の国にウオレヴィが仕えちゃえば良いんじゃないの? わざわざ使役しに来て、更に使役者を仕官させるんだったら、戦争でも起こったら絶対戦うことになるでしょ? なんちゃってね」
この案にウオレヴィは目を見開き、物凄い勢いで立ち上がった。ジェイクは丁度何か飲み物を飲んでいた所だったのか、盛大にそれを吹き出し咽ていた。
「それだ! さっすが俺のダリアちゃん! 冴えてるぜ! それでいこう。だけど、そうだとしてどこに行けば良い?」
「ゲホッ……ちょっと、ちょっと待て。待てウオレヴィ」
「それなら、ザイゴッシュ王国なんてどうですか?」
と、ジェイクを無視して、それまで黙っていたカルロスが提案する。
「そりゃなんでだ? 俺はハイエルフの町にずっと居たから、人間の国について全然知らないんだ」
「では説明しましょう。この大陸には現在、大小合わせて六つの国があります。まぁ厳密には連合だったりして、一応一つとしているだけと言うのもありますが、それは割愛しますね。それで、その中でも、一番大きな国がザイゴッシュ王国で、大陸の西半分を領土としています。次に大きな国がここ、シクエーズ=セクレア帝国で、大陸の残り半分の南東部分。つまり四分の一を領土としています」
「ふむ、つまり一番強い国に行く、という事になるんだな? だが、そんな所に行ったらそれこそ戦争なんてしないんじゃないのか? 十分すぎる国土に、それに見合った力があれば、わざわざ他から奪ったりする必要なんてないじゃないか。それに、下手に騒いでモンスターの大群やら、アンデッドを生み出すような状態を作るものか?」
ウオレヴィその言葉に対し、カルロスは人の悪い笑みを浮かべる。
「ハイエルフはそうでしょうね。国、いや街と言った単位で生きていければそれで良いと考えるのですから。ですが、人間は違います。より広い土地を、富を、欲望は果てしないのです。その結果、この大陸には人間が一番広く生活していますしね。そして、そんな人間だから、大陸の半分では満足しません。となると、残りの半分も手に入れようと動くでしょう」
「なるほどな。取り敢えず、この帝国を狙うとしたら隣にある強力な国、となるとザイゴッシュ王国になるって事でいいんだな?」
「その通りです。実は私、ザイゴッシュ王国に少し顔がききましてね? どうですウオレヴィさん、一緒に来ますか?」
「おう、そういうことなら頼むぜ!」
カルロスの問いに、二つ返事で了解しながらウオレヴィが、カルロスと握手を交わす。すると、そこに細い手が伸びてきた。
「ウオレヴィが行くなら私も行く!」
と、ダリアが私も連れて行けと言い出す。
「雌オーガは要りません」
カルロスは、ウオレヴィと話している時の雰囲気から一転して、ひどく冷たい態度で対応した。しかしダリアは諦めない。
「アンタには言ってないわよ! ウオレヴィ連れてってくれるわよね?」
「いいぞー、ダリアちゃん! 一緒にいこうな!」
「やったー! ウオレヴィ大好き!」
そうやってまた二人の空間を作ろうとするのに対して、カルロスが額に手を当て処置無しとため息をつく。
「ウオレヴィ本当に行く気か?」
と、それまで咽ていたジェイクが真剣な表情でウオレヴィに話しかける。
「ああ、なんだかんだで世話になったな。俺は行く。戦争なんてものを軽々しく望んだり、参加したりするのは間違ってるのは分かってるがな。目的を果たすにはそれしかないなら仕方がないだろ」
「そこに関してはもう何も言わねぇよ。フォレストサイドまで来るような、しかもハイエルフを自称する冒険者なんだ。何かしたい事や目的、それこそ命をかけてまでやりたい事があって来てるのはわかってる。俺だってそうだからな? だから、俺も付いていく」
「おいおい、いいのか? ていうか自称じゃねぇ事実だ」
「分かった分かった。まぁとにかくだ。良いか悪いかで言えば……まぁ、悪いだろうさ。だがよ、お前と一緒でな。俺も、あの邪精霊は狩ってみたいんだ。まぁ理由は俺の持ってる得物や鎧を見てくれればわかるだろうけどよ」
そう言って笑うジェイクを眺め、ウオレヴィは唸る。
「うーん……わからん。いや、甲殻魔虫の甲殻を利用した鎧と得物だってのはわかるぜ? でもそれくらいだ」
そんなウオレヴィの答えに、ジェイクはずっこけるような動きをする。そして少しすねたような表情で理由を話し始める。
「わかんねぇのかよ……いや、一度も言ってなかったか。俺はな、最高の甲殻魔虫の武器と防具を作ってもらうのが夢なんだ。基礎素材としては、俺が知ってる限りここのエンペラー・ビートルが最高でな。それを基に付与を施して作り上げる予定だったんだけど……まぁ、あんな物を見ちまえば、あれを使いたくなるだろう?」
ようやく納得したのか、ウオレヴィは手を叩く。そして、同時に人の悪い笑みを浮かべる。
「なるほどな。ていうかジェイク、そうなるとお前も俺と同じ位、帝国に搔っ攫われて腹を立ててたんじゃないのか?」
そうニヤニヤしながらウオレヴィが言えば、ジェイクはそれは違うと首をふる。
「そこはあれだな。先に見つけておきながら狩れなかった俺が悪いと納得している。それに、報告時点では俺……いや、冒険者ギルドだけで手に負える奴だとは思っていなかったしな。そういう意味じゃ、お前の方がどうかしてるぜ」
「ん……まぁそうか。たしかに俺だけ、いや俺の街で迎撃して無理だったような奴だからな。たしかにあれほど息巻いていたのは恥ずかしい事だった。すまない」
そう言ってウオレヴィは振り返り、話の成り行きを見守っていた、カウンターに居る受付嬢へ向き直って頭を下げた。受付嬢は「いえ、よくあることなので、気にしないでください」のような事を言いつつも謝罪を受け入れていた。
「まぁそういうこったから、俺も付いてっていいか? カルロス」
「ジェイクさんなら歓迎です。行きましょう」
少し申し訳なさそうに言うジェイクに、カルロスは笑顔で答えた。それが面白くないのはダリアである。
「なによー、私と全然対応が違うじゃない! ほんっと嫌な奴ね。あんた」
「仕方ないじゃないですか。私は貴女が嫌いなんですから」
「はんっ! いいわ、ここで決着つけてやりましょう!」
今にも殴り合いそうに睨み合う二人の間に、ジェイクが止めに入る。
「おいおい、一旦やめろ。ダリア、いい加減にしてくれ。大体、カルロスの口利きでどうにかして貰うんだから、あんまり突っかかるな。それに、ウオレヴィの邪魔がしたいわけじゃないんだろう? あと、あっちに行ったらどうなるかは知らねぇけどよ。行く道は一緒になるんだから堪えろ」
「それは……そうだけど。でも、謝らないわよ」
「ええ、私も貴女に謝ってもらおう等とは思っていませんし、期待もしていませんよ」
再度二人の間に散る火花。それを見てジェイクは片手で額を覆う。
「おい……いや、もう何も言わん。取り敢えず、口での言い争いで止めておいてくれよ?」
ジェイクはそう言った後にため息を吐く。それに対して二人はお互いをにらみながら、舌打ちで答える。それを見てまた、ため息をつく。その様子を、ウオレヴィが面白そうに眺めていた。こうして、この四人はまたパーティを組み、ザイゴッシュ王国へと旅立って行った。




