第9.5話 虫使いのユーナ
戦闘音が止んだ……決着が着いたようだ。
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私の名前は、ユーナ・マクラミン。
この大陸の一番北に位置する、インキズタント王国、その北部にある辺境の村で生まれた。
私の村は閉鎖的な村で、虫律師と呼ぶ特殊な技能を持つ人々が居る所だった。そこで私は、自分で言うのもなんだけれども、若くして村一番の虫律師だった。
更に、先天的に精霊語を発音することもできた。だから、精霊と交信しその力を借りる事ができる精霊術師のような事もできた。
ある日、村を近くの山から下りて来た邪精霊が襲った。その時の邪精霊は多分、オレイアドが歪んだ物で甲殻魔虫、センチピート系と呼ばれるムカデのような姿を取っていた。
狂ったような言葉を吐きながら襲い掛かる邪精霊。それから逃げ惑う村人を横目に、私は何故か邪精霊を使役できると確信し、持てる虫律術と精霊術を用いて使役しようとした。結果、成功し村は助かり、私は村の英雄となった。
それに気を良くしていたのだが、ある時冒険者の一団がやってきた。なんでもここらに現れた可能性のある邪精霊を討伐しにきたらしい。
私はその人達に自分がいま連れている甲殻魔虫がそれだ。と言い、更に私が使役している事を自慢した。そして、虫律師のすばらしさを説いた。しかし、返ってきた言葉は称賛ではなかった。
「甲殻魔虫を使役ねぇ……お嬢ちゃんみたいに精霊術も使えて、邪精霊を使役できるなら凄いけどなぁ。皆ができるわけじゃないんだろ? それなら何ていうか、モンスターテイマーの劣化でしかないよな」
そう、言われた。
その時は全力で抗議したし、使役していた邪精霊、オーレをけしかけて謝罪させた。だけど、その一件はずっと私の中に残り続け、ある日町に出ることがあったので、ほかの人達もそう思ってしまうのか冒険者ギルドまで足を運び、聞いてみることにした。
結果は、そう考えてしまうという答えが大多数であった。
悔しかった。だから私は旅に出たのだ。この力をもって虫律師の名声を高める旅に。
最初のうちは、村から出て一番近い町で名を上げようと頑張っていたのだけど……その町、と言うよりインキズタント王国だと、虫律師の評判は余り良くなかった。曰く、思ったより使えないとの事だ。
なんでも、私と同じように考えて一旗揚げようと出てきた者は、これまで何人もいたそうだ。だが、使役する甲殻魔虫というモンスターの特性上、下手をすればパーティを組んだメンバーに襲い掛かる上に、少しでも魔法的な攻撃手段を持つモンスターに対しては、なすすべも無く一瞬でやられる場合もある。その上、甲殻魔虫は成虫になった場合、一部の種類を除いて傷を完治させる事ができない。
対して、モンスターテイマーは場合によっては複数のモンスターを従え、個にして群と言えるような者も居る。そのため、わざわざ虫律師でなくても……という訳だそうだ。
その上、私達の村は山中にあるので、斥候や野伏の技術、それに虫律に使う香の調合を覚える過程で薬剤調合や、ちょっとした魔法も覚える。そして、村の外に出る者は全員、それらの技術を十全に扱える。そのため、虫律よりもそちらの方で重宝がられてしまうのである。つまり、少し特殊な斥候役で終わってしまうのだ。
だから最初はその印象を変え、見返すことも考えた。しかし、何度か組んだ冒険者がこう言った。
「お前さんが悪いとは言わねぇがよ。一度ついた印象は、そうそう変わらないぞ? ああ、怒らないでくれ。別に馬鹿にしたいわけじゃなくてだな。その、余計なお世話かもしらんが、お前さんがどうしても変えたいと言うのなら、もっとでかい国で、それこそザイゴッシュ王国か帝国に行って、何かしらでかい事を成し遂げた方がいい。それこそ英雄認定とかな? そうすりゃ、かなり風向きは変わるはずだ」
そんな有り難い助言を受けたので、私は街を出て大陸を南下した。風塵山脈の横を進み、クートライン共和国を越え、アマダ王国も越え、シクエーズ=セクレア帝国にまで来た。
なぜ、こちらに来たかと言えば、虫律の技術を生かすには甲殻魔虫が多く生息する場所であるほうが都合が良い。そうなると、混沌の大樹海が一番である。そして、そこへ入ることができるのはこの大陸の東側の国だけなのだ。
そして、混沌の大樹海に入る事ができるのは三つある。一つ目は北側に位置するクートライン共和国、二つ目は大樹海にかなりの国土を持っていかれているアマダ王国。そして三つ目がシクエーズ=セクレア帝国である、
移動距離を考えれば、先の二つの国でもよかったのだが、名声を得るならより大きな国でやったほうが良いし、それに離れていたほうが、先ほどの悪い評判もここまでは届いていないだろうと考え、遠く離れたここまで来たのだ。
最初は、虫律師の知名度が低すぎたため一切相手にされず、パーティにも入れなかった。挙句の果てには、虫律師の衣装のせいもあって、娼婦と間違えられて迫られたり、夜道に襲われそうになったこともあった。けど、オーレのおかげで事無きを得ていた。
それはそれとして、名声を得るにも日銭を得るにも、依頼を受けなければどうにもならないので、仕方なく精霊術師として活動していた。
そのうち活動を続けていると、パーティを組んだ他の冒険者から「その、使役してるのはなんだ?」と聞かれるようになった。そこで私は自信満々に「邪精霊よ!」と、答えれば皆揃って驚いた。
当然と言えば当然だ。邪精霊はその生まれ方や性質のため使役することは不可能だと考えられているためだ。そして、そんな物を使役しているのだから、その方法を知りたがるのが人の性であろう。
そこで私は虫律師である。と言うことや、精霊術も使えるから可能だった。等と説明し、名を売るための行動を開始した。そんな事を繰り替えしているうちに、それなりに名も売れ<虫使いのユーナ>という二つ名も得た。
しかし、調子に乗っていたのだろう。そこで失ってしまった。初めて使役できた邪精霊を、私の大事な相棒になっていたオーレを、とある依頼で失ったのだ。
慣れもあったのだろう。正直に言えば、驕りも有った。
エンペラー・ビートルを狩って、その甲殻と角を取ってくるだけ。と言う、私にとっては簡単な依頼だった。しかし、その日は中々目当てのエンペラー・ビートルが見つからず、調子に乗って混沌の大樹海の未踏破地域に近づいたのだ。
未踏破地域とは、その名のとおり誰も踏み入れた事が無い地である。それは何を基準にして決められているのかと言うと、人が入って一夜過ごせるかどうかという点である。
大体の危険地帯と呼ばれる場所の未踏破地域と言う物は、地形的な理由もあるが、いわゆる簡易結界と呼ばれる物を使っても、それを破って襲ってくるような強力なモンスターが生息している場所だ。
そんな場所に近づくと、すぐにエンペラー・ビートルが出てきた。なので、いつも通り虫律で動きを止め、邪精霊で止めを刺し、解体した。
物は取れたので帰ろうとしたのだが、そこで深緑の竜が出てきた。多分、エンペラー・ビートルを解体した際の体液の匂いに引かれて来たのだろう。
私の虫律は甲殻魔虫にしか効かない。まして、精霊ではないドラゴンに精霊と交信できる力は役には立たない。かと言って私が使える精霊術はそこまで強力ではないので、撃退することも叶わない。武器も持ってはいるが、私程度の腕で振るわれた剣やナイフの類でどうこうできる相手でもない。
姿を確認した瞬間逃げたが、根本から生物としての性能が違う相手なので、目潰し等で時間を稼ぎながら逃走することになり、結局オーレはやられてしまった。
(あの子が捕まり、いつも聞こえていたような声を、更に苦痛にまみれさせたような甲高い悲鳴。引き裂かれる時の悲痛な叫びを私は一生忘れることはできないでしょうね……)
失ってすぐは、何もする気にならならず、大樹海の近くに居るのも嫌だったので、ウレジイダルにまで出てきて、何をするわけでもなくぼんやりとしていた。
しかし、いつまでもそのままではいけないし、居られない。消えてしまったあの子の分まで私が生きるためにも、そして、名を上げるためにも。
そうと決めた私は、まずは新たな甲殻魔虫……いえ、邪精霊を使役するため、甲殻魔虫の形を取った邪精霊の情報を、集めてもらっていながら、自身も邪精霊を探していた。そんな時である。
「おぬしが、甲殻魔虫型の邪精霊を探している<虫使いのユーナ>のユーナ・マクラミンかの?」
ある日この大陸の冒険者ギルドのトップ、ギルド長が私に声をかけてきた。そして、ウレジイダルの冒険者ギルド、その応接間と呼ばれる場所で私はギルド長と話をする事になった。
「はい、そうですが。何故わざわざギルド長に呼び出されたのでしょう?」
「いやな? お主に依頼があるのじゃよ」
「はぁ、しかし私は今邪精霊を失っているので、甲殻魔虫がらみでなければ、あまり……と言うよりそんなに役には立てませんよ?」
「ほっほっほ、そんなおぬしに朗報じゃ。甲殻魔虫型の邪精霊がみつかったようじゃ。それも、とびきりの大物がのぅ」
それを聞いて、私は思わず飛び上がって喜んだ。
「本当ですか! それはどこですか?」
「場所は、混沌の大樹海じゃ。今度、そやつを帝国軍と合同で討伐する作戦が有るんじゃがな? ワシの勘では、どうも討伐しきれない気がするのじゃ。そこで、邪精霊を使役できると言うおぬしに手伝って欲しいのじゃよ」
大体話は見えてきた……だけど。
「それは、私にとって願っても無いことですが……。何か裏がありますよね?」
美味い話には裏がある。それを、私は村から出て何度も味わった。そのたびに、オーレと一緒に切り抜けてきた。何より今回の作戦は帝国と合同らしい。それなのに私にまで声をかける念の入れよう……間違いなく何かある。
「そうじゃのぅ……もし、使役に成功したらお主にこの国、シクエーズ=セクレア帝国の軍に入ってほしいのじゃ」
「なるほど……軍が欲しがるほど強力な邪精霊なんですね?」
どうやら、思った以上の大物が出たようだ。しかし、それならそれで願ったりかなったりだ。
「そうじゃの、できれば受けて欲しいのじゃが……どうするかね?」
「一つ、条件があります」
私の言葉にギルド長の雰囲気が少し変わる。見定めるような、そんな雰囲気だ。
「叶えられる範囲なら叶えよう」
「はい、もし使役できた場合、私を英雄として認定して下さい。その際は、虫律師として大きく宣伝する事も」
ほんの一瞬ギルド長は止まり、雰囲気を先ほどまでの穏やかな物に戻した。
「ほほぅ? それくらいなら何とでもなるわい。と、言うよりもじゃな、相手の邪精霊の推定ランクはAじゃ。寧ろ、成功したら確実に英雄じゃよ」
何かおかしかったのだろうか? そう思いながらも、それを聞き私は覚悟を決めた。
「ありがとうございます。それではこの依頼、受けます」
「よし、よろしく頼む」
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そして、私は今混沌の大樹海の前に広がる草原の野営地に居る。
「決着がついたのかしら?」
その考えは飛び込んできた兵士によって打ち砕かれる。
「伝令! アラン・レッドマン騎士隊長率いる討伐軍全滅! 敵、邪精霊にはほとんど外傷は見当たりません! 作戦通り、次の行動に移ってください!」
という知らせを受け、その場に緊張が走る。周りに居た兵士たちは顔を青くしている。仕方がないだろう。帝国最強とも言われる騎士と、それに比肩すると言われる英雄認定された冒険者の両名がぶつかって一方的にやられたというのだから。
「私の出番って訳ね、ギルド長、報酬の件お願いしますね?」
私も怖い。だけど、私の目標のためにも、そのために死んでしまったオーレのためにも、やるしかない。
「ほっほっほ、もう成功した気なのかのぅ。気の早い娘じゃ」
もちろん、成功するかどうかは分からない。だけど、成功させなければならない。
「では、行ってまいりますね。」
テントを出て戦闘区域に入る。その際に兵士に邪精霊が何をして、どの位消耗しているかを聞いた。何度も攻撃は受けてはいるが、甲殻に傷は無し。魔法も最低でも中級を少なくとも六発は撃っているそうだ。
そんな邪精霊、精霊大角虫は、どうやら倒した兵士達を確認しているのか、向こうを向いていた。
(報告を聞く限り、英雄と騎士隊に対して、中級を六発なんて訳がない。少なくとも二発は上級を撃ってるはず。そして、それだけの大技を繰り出していたのだから、きっともう魔力も体力もかなり使ってへとへとなはず。これなら、きっと使役できるわ)
そう考えながら、私が近づくと精霊大角虫がこちらに振り返り、その視線が合った。厳密にはゆっくりと方向転換している間に視界に入っただけなのだろう。
しかし、その瞬間、私は死ぬ。そう直感した。
捕食者と被捕食者の絶対的な関係。混沌の大樹海に生息するエンペラー・ビートルと余り変わらない大きさなのに、その力強さや存在感は、あの時出会った深緑の竜の比ではなかった。自然と歯の根が合わず、ガチガチと小さく音を立てる。
(こんな……いえ、やるのよ! やらなければ殺される!)
そう、震える体と心に喝を入れ、虫律を行った。そこからは覚えていない、持てる技術の全てを出し切った。そして、私が目の前の精霊大角虫の方を見ると、相手も動きをとめて此方を見ていた。そこで私は、精霊術師の基本的な技術である、精霊交信術で話しかけた。
『私の話しを聞いてくれませんか? 暴れないなら、頭を上下させてください』
すると、精霊大角虫は、頭角が私に当たらないように避けて頭を上下させた。
(よし! どうやら虫律は成功した……いえ、精霊語が理解できるだけなのかもしれないわ。早合点は駄目。だけど)
「とりあえず、動きは封じました! みなさん、成功です!」
緊張で兵士たちが暴発するのを防ぐために、確信は無いがあえてそう言う。おお、やったのかという雰囲気で周りの兵士たちは力を抜いているが、まだ完璧に使役できたわけではない。
『私の名前はユーナ・マクラミンと言います。今後ともよろしくお願いしますね』
すると突然、精霊大角虫の背中、羽の部分その全てが魔法と思しき光につつまれる。
(魔法の発動光!? 何か失敗した!?)
と感じたが、すぐに光は止み、そこには前羽はそのままにエコークリケットに似た羽に後ろ羽があった。周りの兵士は、使役失敗かとざわつき始める。しかし、次の瞬間。
『コンニチハ ブリューナク イウ ヨロシク』
(まさかっ! 話しが出来るほどに上手く行ったの!? ブリューナクが名前? そもそも邪精霊なのに、これほど落ち着いて反応してくるのは……いえ、今考えるのは後よ)
精霊語を聞き取れない者、この場はユーナ以外には何を言っているか分からないが、何か話したという事は分かったようで、回りの兵士達も驚いた。
『オカシカッタ? コウゲキ スル ナイ』
取り敢えず、どうにか名前を呼ぼうとするのだが発音が難しい。
『ヨブ ムリ ブリュー イイ』
私が名前の発音に苦労していると、そう言ってきたので、そう呼ぶことにし『ブリュー、人を殺さないようにしてくれますか?』と、問いかけた。
『タベル ウラミ カウ コロス シュミ』
質問の方法が悪かったのか、意味が通らなかった。というより、そのままの意味だとかなり危険である。なので再度質問することにした。
『殺さないようにしてくれますか?』
『コロス ナイ』
その言葉を聞き、私は安堵した。どうやら敵意は無いようだ。
「皆さん、完全に殺意を抑えることに成功しました! 危険ではありません」
そう周りの兵隊達に伝えると、力が抜けたのかへたり込む者も居た。
伝令兵が、光る魔道具で野営地に安全になったことを伝えると、テントからギルド長が出てきて私の隣まで来た。
「流石<虫使いのユーナ>じゃの! 二つ名通りの見事な仕事じゃ! さて、次はこやつを人が住む場所まで連れて行けるようにしてくれんかの? 最悪は街の外でも良いんじゃが、できるだけ手元に置いておきたいのでな」
「はい、完全に使役してみせましょう」
そうギルド長に言い、私は再度ブリューナクの方へ向き直る。
『あなたを街まで連れて行こうと思います』
『マチ? イク ダイジョウブ?』
不安気というよりも、確認するためといった風にして聞いてくる。どうも、この子は物怖じしない性格のようだ。といっても、私が知っている他の邪精霊、オーレは常に低く唸っていて、時折顎を打ち鳴らして威嚇音みたいなのを出すだけで、殆ど意味のある言葉を話さなかったが。
『私が居るから問題ないですよ』
『ナラ イク』
『私の言うことを聞いてくれますね?』
『キク モクテキ アル』
『目的?何があるんでしょうか?』
『~~~~~~~ イライラ スル?』
前半は何を言っているのか理解できなかったが、後半、というより最後だけを聞くならば、まだ使役し切れてないのか危険性がありそうだ。
平坦な声音からは感情は読み取れないが、もしかすると、元々持っている凶暴性に加えて、戦闘によって人間に対して悪い感情を持っているのかもしれない。
『人間は、攻撃ばかりするような者だけではないのです。許してくれませんか?』
『イイ オマエ マッテタ ミツケタ』
(マッテタ ミツケタ!? ということはこの邪精霊に認められた?)
突然の事に私は浮足立つ。いつか効いたおとぎ話に、精霊と邪精霊を従えたモンスターテイマーが居た事を思い出す。
(ミツケタ? 待ってて見つけた? もしかして私は選ばれたの? それよりも、これだけ意味のある会話が出来るのなら、この邪精霊は邪精霊ではなく精霊なの?)
平坦な声音のせいで、先ほどは感情が読み取れないと思ったが、もしかすると先ほどまでの戦闘を何とも思っていない可能性もある。
(どちらでも良いわ! 私は選ばれたのね! いえ、落ち着きなさいユーナ・マクラミン、早とちりは駄目よ)
私は、高揚する心を押えながら確認をする。
『私を待っていたと言って居ますが、どういうことでしょうか? それと、見つけたというと、どういうことでしょうか?』
抑えても湧き上がってくる高揚感。自分でも興奮していることが分かる。そして『……? マッテタ ミツケタ スキ』この瞬間、私は魂が繋がったと感じた。
「『好き!?』やった! やりました! 完全に使役完了です。もう何も問題はありません!」
(スキ? 好き? 好まれた? 精霊に好まれるなんて、本当に私は選ばれたのね!? それにさっきの感覚! これが伝説に聞く魂結合なのね!)
魂結合、それはおとぎ話や伝説で語られる、モンスターと心を通わせた証。その高みにまで登った者は例外なく偉業を成し遂げていた。とある国の伝説にある魔術師は、その力を持ってなんども国を救ったと言われているほどの物である。
私は、そのままこの邪精霊、いや、もしかすると精霊なのかもしれない。新しい相棒を撫でながら話しかけた。たまに、精霊語が分からなくて私が聞き返したりするけど、話しをする限り、この子の頭は悪くない。
むしろ、かなりの知識や知恵をもっているのかもしれない。更に、あの英雄を殺し、騎士隊を壊滅させるほどの力を持っている。
(こんな子に選ばれるなんて、私は必ず歴史に名を残すわ! そして、虫律師の名は世界に轟くのよ!)
私は興奮しながら隣に居るギルド長に話しかける。
「依頼通り、邪精霊を完全に使役しました!」
「そうか! 完全か。本当に問題はないんじゃな? それなら、よくやった」
ギルド長はそう言った後、野営地へと戻っていった。そうやって私が有頂天になっていた、そんな時である。治療テントが爆発、炎上したかと思うと、騎士隊長アラン・レッドマンが鎧も付けず、手に自身の得物、身の丈ほどもある大剣を持ち、それを燃え滾らせながら憤怒の形相でこちらに向かって一直線に歩いて来た。
(誰が見ても分かる。どう考えても、この子を殺すつもりだ。それはさせない!)
そう思い騎士隊長の前に出る。
「部下や、友の仇を取らせてもらう。どけ」
「嫌よ、この子はもう私の使役虫よ! いくら偉い騎士隊長様でもこれは譲れないわ」
そう私が言うと、アランは異名そのままの灼熱悪鬼のような表情で切っ先を私に向けてきた。
「どけ、一緒に切り殺してもいいんだぞ?」
「あら? いいのかしら? 私を殺すとこの子はすぐに元に戻って暴れ出すわよ? それに、騎士隊長様達が失敗した場合の保険が私だったはずなのですが?」
そういえば、ばつの悪いような表情に一瞬だけなったが、すぐさま先ほどまでの燃えるような怒気を私にむかって浴びせかけてきた。
「チッ……かまわん。どちらにしろ、後で解体、つまりは殺すつもりなんだ。それが遅いか早いかだけだろう」
一触即発、そんな空気が私と騎士隊長の間に流れ……いや、騎士隊長は今にも剣を振りあげんとしている。その時だ。
「おぬしら、そこまでにせんか! 何でこう、国の人間と冒険者はそりが合わんのじゃ。取り敢えず、何があったんじゃ? 教えてくれないかの?」
ギルド長が、私とアランの間に入ってきた。
「この騎士様が、私の新しい使役虫を殺すと言うのです」
「この女が、友の部下の仇をかばった。だから、まとめて切り殺そうとしたまでだ」
私と騎士隊長の答えを聞き、ギルド長は恐らく額であろう場所に手を当て、ため息をついてから話し始める。
「なるほどのぅ……レッドマン殿、この邪精霊はたしかに、我らの友であり英雄のランドルフ・ピットマンを殺した。更にお主の部下である兵士達も殺したのであろう。しかし、今やこの<虫使いのユーナ>によってもはや支配下に置かれておる」
そこで騎士隊長、レッドマンは「だがっ!」と口を開いた。しかし、ギルド長の妙に威圧感のある雰囲気と手で制される。
「最後まで聞くんじゃ。だからと言って、許すことはできないのも分かる。じゃが、レッドマン殿も受けて分かったであろう? 圧倒的なこの力。これがあれば、この大陸を帝国が制覇するのも可能なはずじゃ。だから、ワシに免じて今は剣を収めてくれんかのぅ?」
時間にして数秒、しかし長く重い時間が過ぎ、レッドマンがギルド長を切り殺してしまうのか? と思われた。
「……ッチ! 今回は剣を引いてやろう。しかし! しかしだ! そいつが俺の部下や友を殺した事は忘れない! もし少しでも、少しでもだ。制御を外れたとしたら! その場でバラバラにして焼いてやるから覚悟しろ!」
そうレッドマンは言い残し、無事な治療テントに去って行った。
(でも、私としてはこれだけちゃんと準備して負けたレッドマンが、再戦してこの子に勝てるとは思えないんだけど……)
「すまんの? 大丈夫じゃったかの?」
ヤレヤレ、と言った風にギルド長は私に話しかけてた。
「はい、大丈夫でした。有難うございます。ですが、先ほど言っていた大陸を制覇とは?」
「いや、のう……まぁいずれ分かることじゃが……いいじゃろう、話しておくかのぅ。お主が使役した邪精霊は、分かっているじゃろうが、恐ろしい力を持っておる。まぁ、最初に依頼をお主に話した時の内容から分かるじゃろうが、そんな力をワシ達は得た。なら、その力を使ってこの大陸を支配しようと考えておるのじゃ」
「なるほど……たしかに、あれほどの事ができるこの子の力を使えば、この国がこの大陸の覇者となれるでしょうね。ですが、それは冒険者ギルドのルールから外れるのでは?」
「そうじゃ、だからこそお主を冒険者から軍属にしようとしたのじゃ」
「基本的に、冒険者は冒険者ギルドは国と関係を持たない。持ってしまえば依頼で英雄が戦場を跳梁跋扈する事になりますしね。いえ、そうであっても私は良いとしてもギルド長? あなたは、今現在重大な違反を犯してるのでは?」
ふと、私は疑問に思ったことを口に出す。この決まりは大昔、それこそ大陸がもっと多くの国に分かれていた時から決まっていた事なのだ。
(よっぽどの事が無い限り、この規則は破られないのに……なぜ今回?)
「あー、それはちょっと今置いて置いてほしいのじゃが……どうせ知る事じゃし、説明しようかの。まず最初に、別にワシは何かで釣られてこの話しを持ってきたのではないぞ? 実はの、英雄の中には、すでに何人か自分の意思で各国の軍に入ってしまった者が居るのじゃ。冒険者ギルドは辞めておるから実際は元英雄じゃが、そんなもの肩書が変わっただけじゃな」
突然の説明に私は絶句する。ギルド長ほどの地位に居る人間が黙認している。つまり、すでに基本規則は破られ始めているという事だ。
「つづけるぞ? そして、今一番恐ろしい事はそこなんじゃよ。大陸西部を支配するザイゴッシュ王国には、既に英雄が五人も軍に入っておる。その内三人はそれほどでもないが、いや……十分に危険ではあるのだがの? 残りの二人が更に問題なんじゃ。その上、あの国は勇者召喚、じゃったかな? 異界から英雄に比肩……いや、言い伝えが正しいのなら凌駕する存在を召喚する方法も知っている。と、言われておる」
「なるほど……知らないうちにあの国はそんなことになっていたのですか……。そして、そんな国が攻めてくればこの国は滅びると、そう言いたいのですね?」
「そうじゃ。とはいえ、そんなにすぐ攻めこんで来るとは思えないんじゃがな? 一番はその強力な力を背景に、無理やり条件を飲ませようとしてくるという所じゃろうが……まぁ対策は必要じゃろう? そこに来たのが今回の邪精霊じゃ。正直、ここまで強力ではないと思っていたのじゃが……嬉しくて、嬉しくない誤算じゃった」
「まぁ、使役できたのですからよかったじゃないですか」
「そうじゃの。まぁ、だからこそお主とあの邪精霊には期待しておるぞ」
そういって話は終わったと、またテントに戻ろうとするギルド長に、私は声をかける。
「あ、ギルド長すみません一ついいでしょうか?」
「なんじゃ? なにか質問かの?」
「確信はないのですが……もしかしたらあの子邪精霊ではなく、精霊かもしれません」
それなりに離れていたはずなのに、目で追えないような速さで私の前まで一気につめてくる。
「なんじゃと!? どういうことじゃ?」
ランドルフが殺されても、レッドマンの率いる騎士隊が撃破されても眉、眉がどこか分からないのだが、それをピクリとも動かさなかったギルド長が慌てた声で返す。
「まず、使役行動を取っている時に会話していたのもあるのですが、思った以上に狂って居ません。前に使役していた邪精霊は……もっと、獣のような感じでした」
「となると、使役できているのかの? お主は虫律と精霊術しか扱えぬはずじゃが?」
突然の私の爆弾発言に、ギルド長の声から焦りと少しの怒りを感じる。
「そこはまぁ秘密なんですが、大丈夫です。それに、精霊である。と確定したわけでもないんですから」
実際、精霊かも? 程度なのだ。それに、精霊なら私は使役はできない。使役出来ていると言う事は、甲殻魔虫、つまりは邪精霊なのだろう。
「そうかのぅ? 本当に大丈夫なんじゃな? おぬしを信じるぞ?」
「はい」
「うぅむ……まぁ、くれぐれも街で暴れないように言っておいてくれんかの? 流石にモンスターを街に入れたら暴れられて、内側から滅亡なんて馬鹿な事にはなりたくないからの」
他にも色々言いたげではあったが、逡巡するような動きをしたのち、ギルド長は納得したような、してないようなふうで去っていった。そして、レッドマンや、ギルド長と会話している間も、こちらを不安そうに見ている気がするブリューに私は話しかけた。
『騎士様は貴方に怒っていたんです』
(なんて言えばいいのかしら? 友達ってどうやって発音するんだったかな? えーと……あ、思い出した!)
『友達を殺されて悲しんでいたのです』
『トモダチ コロス イヤ』
(どうやら、この子は人間の心の機微も分かるみたいね……でも、大樹海の中にずっといたはずなのに、どうして?)
『だから、騎士様は謝って欲しいと考えているのです』
『アヤマル ワカル ナイ アヤマル スル ワカラナイ』
『言葉が話せないのは仕方ないのよ。それならそれで、代わりの行動で示せば良いの』
『カワリ……ナイ』
『大丈夫よ。これから私と一緒に頑張っていきましょう』
そう言いながら私はブリューの角をなでる。
『それと、明日は街にいくから、その台車に乗って寝てくれないかしら?』
馬で引く事のできる、巨大なモンスターを捕獲、又は討伐した時使用する様々な補強を施した台車を指差しながらそう指示した。
『アレ マチ イク?』
『そうですよ』
と、答えるとブリューは素直に台車に乗ってくれた。それを確認し、私も寝ようとテントに向かって行こうとすると。
『アシタ イツ マチ イク?』
と、ブリューが聞いてきた。
(街に行くのが不安なのかしら? それとも、起きるのが遅れたら、置いて行かれると思っているのかしら?)
『寝ても大丈夫ですよ。そのまま運びますから』
『ハコブ マチ?』
『寝てる間に運びますよ』
『ワカッタ オヤスミ』
納得したのか、安心したのか、そう言いながらブリューは台車の上で動かなくなったので、私は今度こそテントに向かった。
勘違い&勘違い
言葉がちゃんと伝わらないのは人間にはちゃんと聞き取れない&発音できないってことで一つお願いします。




