第7.5話 対邪精霊
英雄戻る。
その知らせを受け、シクエーズ=セクレア帝国は兵を出立させた。率いるのは、火炎騎士団騎士隊長アラン・レッドマンである。
真紅の鎧を纏い、背には身の丈ほどある刃まで真紅の剣を背負っている。
鎧の名は灼熱悪鬼の魂剣の名は狂化炎熱地獄
騎獣は、フレイムホースと呼ばれるモンスターで、手綱も鞍も鐙も全て真紅である。当然、それら全てには付与がほどこされている。
真紅に染まった騎士隊長を先頭に、シクエーズ=セクレア帝国の兵は街道を進んでいった。
道中、特に何も起きることは無く、ウレジイダルを経由し、フォレストサイドに軍は到着した。到着してすぐ、アランはギルドに向かった。件の英雄との顔合わせがあるためである。
「さて、英雄と言うがどれほどのものかみせてもらおうか」
不機嫌そうな顔で、笑みを浮かべる様はまさに灼熱悪鬼そのものだった。アランはギルド支部の扉を開け、カウンターの受付嬢の前まで行き話しかけた。
「失礼する。シクエーズ=セクレア帝国騎士隊長アラン・レッドマンである。冒険者ギルドとの合同作戦の件で来た。作戦本部まで案内して欲しい」
「はい、存じております。では、ご案内いたしますので私についてきてください」
受付嬢についていくと、第二会議室と札の付いた扉の前に着いた。
「こちらの中が作戦本部となっております」
「案内ご苦労、下がっていいぞ」
「はい、それでは」
そのまま受付嬢はもと来た通路を戻っていった。アランは扉をノックして「入るぞ」と、短く言って入室し、驚いた。
中には禿頭の大男ジェフ・グレン支部長。
シクエーズ=セクレア帝国の冒険者ギルド長エイドリアン・パーネル。
それと、アランのよく知る一人の男が居た。
見た目は中肉中背、髪の毛の色は黒で適当に切ってある
瞳の色は茶色で、顔つきは普通だが、くりくりとした目つきのせいで、悪戯小僧のような印象を受ける。
装備は軽装で、胸当てとガントレットとスネ当て、後は申し訳程度に関節部を守るカバーの様なものを装備しているだけである。
得物は妙な形の両手剣で背負っている。得物を除いて、見てくれだけなら駆け出しの冒険者と言われても分からない男だった。
しかし、アランはこの男を知っていた。よく、知っている。
「よう、久しぶりだな!灼熱悪鬼のおっさん」
「久しぶりだな、ランドルフ。元気にしていたか? まさか英雄になっているとは思わなかった」
「元気も元気! 俺ってば英雄認定を受けちゃったんだよね! そこんところの話聞きたい? 聞きたい?」
「相変わらず変わらないなお前は」
そう言いながら、アランは笑いながらランドルフと握手をした。そうして、握手をしている二人に向かってジェフが声をかける。
「顔合わせは済んだようですね。では今回の作戦を説明します。現在、目標はここ、フォレストサイドに向けて南下中のようです。進路を変えなければ、このまま突っ込んでくる形ですね。ですが、その前に混沌の森とフォレストサイドの間に広がる広い草原地帯を通過します。兵士や騎士を展開する事それに英雄、ランドルフの戦闘スタイルを考えると、ここに布陣するのが妥当です」
「はいはーい! 質問いいですか? 支部長~」
ジェフの説明を、何が面白いのかニヤニヤと聞いていたランドルフが手を挙げる。
「いいですよ、ランドルフさん」
「その口調、超気持ち悪いでーす。いつもの口調の支部長は、どこにいったんですかー?」
「るっせぇ! お偉いさんと話すとき位ちゃんとしねぇか! おめぇがおかしいんだよ! 失礼、お見苦しい所を見せました」
「支部長―今、正にーその口調がお見苦しいと思いまーす。 あと、俺は個人的にアランとは友達だから? 大丈夫でーす」
「てめぇはもう喋るな! 喋るにしても、ちゃんとした内容にしろ!」
「あー……支部長? かしこまって話して話が進まないなら、もういっそ何時もの口調でいいぞ? 俺は気にしないぞ」
ランドルフにからかわれているジェフを見かねてか、アランが提案をする。
「そうじゃの、時間に余裕があるわけじゃないのじゃから、手早く説明して布陣したほうがよいじゃろ」
更に、エイドリアンも話を進めるように言うため、ジェフは軽くため息をついて会話を再開させた。
「っく!ふー……分かった。じゃあ、説明に戻るぞ。まず、軍の布陣の仕方だが、基本的には円陣を組む。ただし、方向は内向きだ。一番外側、つまり最後列に弓隊と魔術師隊を最置き、その前に重装歩兵、そしてその最前列、つまり一番内側に盾持ちを置く。といった配置にする」
「なんかどっかで見たことあるなこれ……あぁ、闘技場みたいなんだなこれ」
「そうだな。さしずめ、てめぇは猛獣と戦わされる剣闘士だ」
「うぇー……なんだかテンション下がるなぁ」
「てめぇが作戦の要なんだからシャキっとしろよ! シャキっとよ! それにこの布陣はてめぇの援護や、万が一てめぇが邪精霊にやられちまった場合、さっさと助けてその後軍で邪精霊を討伐するための布陣でもあるんだ。そんでまぁ、これは最悪の中の最悪だが、ランドルフも軍もやられちまう、若しくは無力化されちまった場合、最後の手段である虫使いに出てもらう」
「なにそれ? 俺そんな肩書きの奴聞いたことも、みたこともないぜ?」
と、怪訝な顔でランドルフが言う。
「この作戦のために呼ばれた奴なんだが、なんというかまぁ特別な奴だ。スペシャリストってやつだな」
訳知り顔でジェフは言っているが、実際の所、何をどうするかはまでは知らない。知っているのは、実際に面識のあるギルド長であるエイドリアンだけである。
「へぇーよくわかんねぇけど……役にたつの?」
「その辺りは大丈夫なはずじゃ。なにせ、彼女は混沌の森の甲殻魔虫の中でも一番強力なエンペラー・ビートルも手懐けておったからのぅ」
ランドルフの疑問をエイドリアンが答える。
「ほんとに!? それなら使えるかもな!」
そこで、支部長であるジェフが手を叩き、注意を自身に集める。
「さて、説明はこれで終わりだ。何か、質問とか変更したいところはあるか?」
「うーんあるような……ないような……」
「なんでぇ、ランドルフ何かあるならハッキリ言いやがれ」
「いや、布陣の形には文句はないんだけどさ? この盾持ちの後ろの重装歩兵は要らないんじゃないのかなぁ? って思うんだよねぇ俺。だって、相手は邪精霊なんだろ? しかも、甲殻魔虫の姿をしてるんだろ? じゃあ、飛ぶ場合もあるわけだ? そんなやつ相手に特殊加工したとは言え、重たい鎧を着けた兵士が役に立つとは思えねぇんだよなぁ。弩弓を装備してるとかなら別なんだけどな」
「なるほど、どう思う騎士隊長さん?」
そう、細かい点をしていくランドルフに対し、ジェフも納得と言った表情で、アランに問いかける。
「確かに、言われてみればそうだ。よし、重装歩兵はランドルフがやられてしまった場合の主力隊に加える事にしよう」
アランは、ランドルフがやられるとは微塵も思っていない様子で判断した。
「よし、今度こそ何も無いな作戦会議を「ごめん! もう一個だけ!」ってめぇ! 言いたいことを纏めてから話やがれ!」
「ごめんてば! そんで、陣形なんだけどさ、隣の人との間隔をもう一人分くらい広げてくれないかな? 多分、このままじゃ狭くて俺、やってらんないと思うんだよね」
「ランドルフが戦い辛いというのなら仕方が無いが……そうなると万が一の場合がな」
「伊達に英雄になってないんだぜ? 大丈夫さ。だから、たのむよ」
「……わかった。仕方ないな、間隔を広げよう。ただし失敗するなよ?」
「まかせとけって! うん、これで言いたいことは全部言ったぜ! 支部長!」
「ったく、何度も何度も……よし、今度こそ会議は終わりだ! さぁ、狩りの時間だ野郎ども!」
「ああ!」「いくぜ!」「若いのぅほっほっほ」
ジェフの掛け声に、男たちは三者三様の返事をして会議室を後にした。
...
..
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そのまま、その日の内に、軍は混沌の森の前に広がる草原に布陣した。陣が完成し、何時でも向かい打つ準備ができた時、作戦本部からの連絡が通信魔道具に届く。
「伝令! 邪精霊がそろそろここに到着する模様、諸君らの奮闘に期待する。との事であります!」
「いよいよ来たか」
誰ともなしに言った一言。その直後、奴が現れた。
五本の角は、貫けぬ物はないと言わんばかりに鋭く光り輝き、一本一本が人の背丈を越える長さで、少し震えているようにも見える。
複眼の数も五つで、全て真っ赤に光っており、まるで血が滴っているようだ。全身を覆う甲殻は夜の闇より濃い漆黒で、まるでドワーフの作る黒鋼のようである。そして、大きく羽を広げ飛んでいるのに羽音はしない。
存在そのものが悪夢。人間にとって、災厄でしかない邪精霊。冒険者ギルドが付けた個体名、精霊大角虫が混沌の森から姿を現した。
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