第6話 木と魂
緑の小幼女が指差す方へ進んで、かなりの時間がたった。
すでに日は暮れ、緑の小幼女も眠たそうである。そして、ここにきて恐ろしい発見をしてしまった。
今までは、木々が鬱蒼と茂っているため、まともに見る事が出来なかった。そのため、ちらりと見えた時にでも、気のせいかと思っていた。
しかし今、自分は木々の密度が下がった場所に来ている。つまり、空がよく見えるのである。そこで、今まで気のせいだと思っていた、あり得ない物が増えているのを見てしまったのだ。
(月が二つか……)
そう、自分の持っている知識では、地球の空には一つしか浮かぶはずのない月が、二つ浮いていたのだ。
(これは……完全に違う星に来てしまったな)
自分が居たのは、太陽系第三惑星の地球。そして、その星の衛星は一つだった……はずだ。しかし、ここは衛星が二つある星である。つまり、完全に違う惑星と考えるべきだ。
(これは、人間に戻ってもどうしようもないかも知れないな。まぁでも、人間に戻ればこの森から出て町とか村を探せるだろうし、そこで暮らすことができるだろう。記憶はなくとも知識はあるし、多分大丈夫だろう。多分、大丈夫……深く考えたら心が折れる)
そう結論付けたところで、前胸に乗っている緑の小幼女が、完全に複眼に被さる形で寝てしまっていたので、歩みを止めた。
(緑の小幼女め、寝やがった。おい……まぁ仕方ないか。よく考えれば、昨日の夜からずっと起きていたんだものな。しかも、昼過ぎ位まで自力で歩いていたしな。寝させてあげて居たいけど……そうなると、どっちに行けばいいんだ?)
方向を変えずに自分の以上に広い視界を使って周りを見渡しても、来た道を含めて同じような景色である。恐らく、と言うより確実にこの幼女の先導が無ければ迷ってしまうだろう。
(起きている時は、こっちと言わんばかりに指を差してたけど……適当に移動して、迷子になるのも嫌だし、今日はここで寝るか……いや、背負ったまま土に潜ったらまずいよなやっぱり。でもなぁ、だからと言って、このまま寝ないのも自分がやばいかもしれない)
さて、どうしようかと思案していると突然『~~~!~~~~~!』と、やたらと反響する年をとった男性の声のような物が、頭のなかに響いてきた。
どうやらそれは、緑の小幼女も同じだったようで、目をパチクリさせながら飛び起きた。そして、そのまま右斜め前方を指差した後、両腕を上下にバタバタさせた。それを何度も繰り返す。
(何この動き、かわいい。じゃなくて、指差した後にばたばた? ああ、飛んで行けって事か。何を急いでいるんだか知らないけど、とりあえず従っておこうか)
すぐさま飛行体勢に移り、緑の小幼女が指差す方へ飛ぶ。しばらく飛んでいると、突然森が途絶え、開けた場所に出た。
そこは、なだらかな丘のようになっておりその中央、つまり頂上には一本の巨木が生えていた。そう、巨木である。これまで、自分が登ったり枯れさせたりしていた木は、自分の大きさから考えれば普通の大きさだった。
だが、この巨木は違った。自分が登ってもしみの一つとしか思えないほどの太さがあり、高さも尋常ではなく、開けた場所に生えているのにも関わらず、雲がかかっているのもあって先端部が見えない。
これが世界樹だ! と言われれば信じてしまうほどの迫力を持っている。みれば、自分の背に乗る緑の小幼女も、真剣な顔で丘の中腹辺りを指差していた。
指された場所に降りてみると、緑の小幼女は自分の背から降り、少し離れたところに巨木の方を向いて立った。すると、何か風ではないのだが、風が吹いたような、そんな感じがした後、また声が頭の中に響いてきた。
『~~~?~~~...…あ…?あ…あー。き…てる…う?きこえ…のう?ムズ…のう。』
と、再度意味の分からない、反響する声のようなものが、断片的に聞こえだした。
『これでどうじゃ?! きこえてるかのう?』
(声が! いや、理解できる言葉!? 日本語? どういうことだ?)
突然、今まで意味が分からない声のような物だったものが理解できる言葉になり、自分は焦るが、事態はどんどん進んでいく。
『おぉ! よしよし成功したようじゃな。初めましてじゃなわしは……わしの名前はなんじゃったかのサンドラ?』
「長老樹様は、長老樹様ですよ」
(緑の小幼女も話し出した? いや、違うのか? どういう状況だ?)
混乱の極みに居る自分を置いておいて、謎の声と小幼女は会話を続ける。
『そうか、そうじゃったな。ありがとうサンドラ、後はわしが話すゆえ、下がっても構わんぞ』
「いえ、私もこのビートルは気になるのでご一緒させてください」
『そうか? まぁ別に困らんから良い。さて、待たせたのぅ。初めまして、わしは長老樹と呼ばれておる、古き時代を知っている木じゃ』
どうやら、目の前の巨木が話しかけてきているようだ。だが、それを理解した上で意味が分からない。
(なんだ! この頭に響く声は!? 一体何が起こってる?)
『それは念話だからじゃよ。ニホンゴとやらは何か分からないが、なんじゃったかのー……あれじゃ、理解できるようにしたら、そう聞こえたというだけじゃ』
(心を読まれている!?)
何が何だか分からない。まず、この老人のような声の主は、長老樹と言い、目の前の巨木だそうだ。そして、言葉が何故か日本語として聞こえるのは、その長老樹が何かした結果らしい。
そして、先ほどから緑の小幼女、名前はサンドラというらしい。が、なぜかこちらを睨んでいる。何か言っただろうか?
(そういえば、翻訳魔法とか使おうとしてたな自分。そうか、翻訳魔法を自分に使ったのか)
『そう、それじゃよ翻訳魔法。それをつかったんじゃよ。と、念話じゃと言っておるじゃろうが』
(なるほど……頭の中で思うだけで会話が出来るんですか?)
一応の状況の理解ができたので少し落ち着いた。それを雰囲気で察したのか、長老樹もやれやれといった雰囲気を出している。
『さて、一応落ち着いたかの? そうじゃ。これは念話というやつでの。たしか、テレパスとも言われとったかのぅ? 指定した相手と言葉を使わず会話が出来る。いや、違ったかの? ああ、そうじゃ。厳密には、意志を直接指定した相手に伝える。という魔法なのじゃよ』
(だとすると、翻訳魔法は必要なかったのでは?)
『ほほう、そこに気がつくか。この<念話>という魔法はな、遠く離れた相手や、言葉を話す事が出来ない相手とも会話が出来る。という、便利な魔法なんじゃよ。しかし、欠点もあってな。自分と相手が同じ言語を理解しておらねば会話ができんのじゃ。そこで、必要になってくるのが翻訳魔法というわけじゃ』
(と、言うことは長老樹様? で間違いないでしょうか? 自分は、途中間違えて襲ってしまう形になってしまった妖精さん達とも会話ができるようになったのでしょうか?)
『様はなくてもよいぞ? しかし、妖精さん達? はて、そんな種族この森におったかの? 森の外にはそれなりの数がおったが、たしか森にはおらんかったはずじゃが……近いのは、サンドラ達と同じドライアド位かのぅ?』
「長老樹様、もしかするとハイエルフ達のことを言っているのかもしれませんよ?」
自分と長老樹が妖精さん? と、疑問符を浮かべながら唸っていると、今まで黙っていたサンドラが助け舟を出してくれた。
(というか、この会話? はサンドラにも聞こえているのか)
『ちなみに聞こえておるぞ、ここに居る三人に繋いでおるからな。話がずれたの、それにしてもそうか、なるほど。たしかに何も知らないで、しかもそのナリでハイエルフ達を見れば妖精さん達と言うふうにみえるじゃろうのぅ。なにせ、お主より圧倒的に小さく弱いからのぅ。さて、そやつらとの会話は今は無理じゃろう。なぜなら、ワシはエルフ語も人間語も知らぬからの』
(翻訳魔法を使ったのに、知らないから無理とは?)
『まず、翻訳魔法と言ったがの、これは厳密には付与みたいなものでな。これをかけた者が、知っている言語を相手も理解できるようにする。と言った効果を与える物なのじゃ。ちなみに、言語を知っていても古い言い回し等、かけた者が知らなければ、かけれられた者は理解できないのじゃがの。そして、ワシは自慢ではないが精霊語以外知らぬ。ちょっとは人間語の……何じゃったかな? そうじゃそうじゃ、ここらは共有語じゃったかな? それを、少しだけ知っている程度なのでな、人間系であるハイエルフとは話せないじゃろうな』
(付与? それよりも、人間系? どういうことですか? 人間は人間じゃないのですか?)
『ふむ、何と言ったらいいのかの、種類が違うが元は一緒? いや違うのう……あれじゃ、別種ではあるが、子を成せるという存在を一まとめにするときに○○系という風に人間たちが言うのじゃよ。分かりやすいじゃろ? だから、わしも説明をする時はそう言うようにしているんじゃ。また話がそれたの、それでハイエルフは人間系というわけじゃ。ちなみに、なぜ人間系と言うかと言うとじゃな。一番多い人間系というのが、そのものずばり人間という種族、人種かの? なんじゃよ』
(分かったような、分からないような……というか、そうなると自分は人間より大きな生物になってしまうんじゃ……)
『そうじゃな。そこのサンドラが、ちょうど人間の子供と同じ位の大きさじゃ。成体……大人になれば大体倍くらいの大きさかの? それでもお主には遠く及ばぬ大きさじゃろうて』
(なるほど分かりました。次に気になったんですが、現状、自分は精霊語しか理解してないということですね?)
『そうじゃな、精霊の言葉だけ理解できるんじゃ。といっても、精霊自体余り見かけることはないじゃろうがな』
(はぁ……それじゃぁ何の……今会話するためでしたね。では次ですが、なぜ自分をここに呼んだのですか?)
『ソレには色々理由があるのじゃが……質問を質問で返すようで悪いが、お主は何じゃ?』
(分かりません。外見としては虫なのですが、こんな虫が地球に居るとは思えないんです。と言うより、ここは地球では……ないですよね?)
『地球……そうじゃなぁ、わしもその名称を聞いた事は無いのぅ』
そういってふぅむと唸る長老樹を見て、自分は考える。自分が持っている前世と言えるようなこの記憶に関して話してしまうかどうかを。
(その……妄想だと一笑に付されるかもしれませんが、自分は元は人間だったのです)
『ほう……ほうほう、元は人間。なるほどのぅ。この世界についての知識はあるのかの?』
馬鹿にされて終わるかと思いきや、何か知っているような雰囲気で長老樹は会話を続けてくれた。
(残念ながら、無いです。多分、自分はこことは違う世界? 惑星? から来たと考えています。そして、ここに来る際に虫になってしまったようです)
『なるほどのぅ……惑星……地球、異世界のぅ。そして、虫になってしまったか……』
(そうだ! 長老樹様! 人間に戻る方法を教えてくれませんか!?)
『ぬぅ……待て待て。よし、ならば一つずつ説明してやるかの。まず、おぬしはこの森、人間には混沌の大樹海とよばれる、この大陸有数の危険地帯に居るのじゃ。ちなみに、ワシがその森の中心つまり最奥なのじゃがな。次に、この星の事じゃが、一番多い種族は人間系の人間じゃ。といっても、ワシが知ってる範囲でじゃが。大きさや距離は分からんが、この星にある大陸の一つにワシらは居る。位置としては大体、大陸の中央から見て南東側じゃな』
そう言いながら、どこからか枝を取り出したサンドラが自分の前に楕円形を描き、その右側の丁度真ん中辺りに小さく丸を描く。さらにそこへ注釈として混沌の大樹海と書いてくれた。
(あ、字が読めるようになってる)
「そりゃそうでしょ。そうなったんだから」
自分の少し間抜けな考えに、目の前で絵と字を書いていたサンドラが胸を張りながら答える。
(そうか……と言うか、考えてることだだもれなのか今)
『続きを話しても、良いかの?』
(あぁ、すみません。お願いします)
『いいんじゃよ。さて、ここからがお主の存在についての話なんじゃがな。まず、お主の種族は分からん。多分、ビートル系だと思っているのじゃが……色々と自信は無いの。そして、これが多分お主にとって一番重要かもしれんが、おぬしは来たのではなく、最近生まれた存在じゃ』
途中の言葉も衝撃的だったが、それ以上に自分は最後の言葉で足元が崩れるような感覚に襲われた。
(ちょっと待ってくれ、最近生まれた? はぁ? 待ってくれ。理解が追いつかない。待て、星? なんだここは地球じゃないのか? いや、それは薄々分かっていたけど。そもそも自分は、人間から虫に変えられてこの世界に来たんじゃなくて、この世界に虫として生まれたってことなのか? え? 何で?)
脚の感覚がなくなり、焦りが強くなる。ジリジリと何かが焦がされるような、そんな感覚がどんどん増していく。
『一気に色々言うやつじゃの。まぁ、お主がこの星で生まれた存在かどうか。という話に関しては、そういう事になるのぅ』
何を今更、と言ったふうな雰囲気を持った長老樹の声が頭に響く。
(ふざけるなよ! 目が覚めたら土の中に居て虫になっている! 人間の頃の知識の断片はあるけど記憶は無くて! 出会うことのできた人型の生物は攻撃してきて! 挙句の果てにお前は元から人間じゃない?!)
『そうだのぅ』
(うるせぇ! クソッ! 畜生! どうすれば。なんだ! 自分が何をしたって言うんだ!)
考えは纏まらない。何が悲しいのか分かっていないのに悲しくて胸が苦しい。しかし、涙が出ない。声を上げて泣き叫ぼうにも、体から出るのは「ギューイギューイギューイギューイ」と、カブトムシの威嚇音が鳴るだけ。それが余計に自分が虫になったのではなく、元から虫であったという事実を突き付けて来る。
(夢なら覚めてくれ!)
体から何だかよく分からない物が噴出し、それが回りに渦巻き出す。それを見て更に焦りが強くなる。
(自分は何なんだ。何がどうなっているんだ!)
視界は歪み、なんだか恐ろしい事が起きそうな予感がする。だが、それを止める事も、止める気にもなれない。その内、意識も失いそうになったその時。
『落ち着けばかもの』
そう聞こえたかと思うと、自分の真上に巨大な水球が出現し、そこから大量の水が、まるで鉄砲水のような勢いで自分に向かって降ってきた。それは自分の体から噴出した何かによって、少し勢いが弱まったが、結局そのまま降ってきた。
勢いが弱まったとはいえ、そんなものを食らえば普通カブトムシなどひとたまりも無い。潰れてお終いになるほどの水量だった。だが、自分は耐えた。それもかなり余裕で耐え切ってしまった。
『頭は冷えたかの? というより、これで死ななかったんじゃな』
ぽたぽたと角から落ちる雫を見て、冷静にはなったが、殺意があったと言われれば腹も立つ。
(お前っ! 殺すつもりだったのか!)
『そんな訳無いじゃろ。ハイエルフの一団の集中砲火を二度も受けてかすり傷無しだったのじゃろ? それなら、アレくらいの魔法程度では死なぬよ』
自分の怒気に対して、どこ吹く風と言った様子で長老樹は返してくる。それが更にいら立ちを募らせる。
「長老樹様強がってるわ。あれ、結構本気だったよね?」
「サンちゃん、やっぱりそう思う? 私もそう思うー」
「そうよねぇ、あれはどうかと思うわぁ」
「正直<濁流の一撃>はどうかと思うわ」
「どう見ても殺意高すぎ、殺る気満々だったでしょ、おじい様」
「アタイとしては、もっと高威力の当てても良かったんじゃないかな? って思うんだけど」
「そりゃ、結果論でしょ」
「マリーはそんなのだから乱暴者って言われるのよ?」
「うるせぇ! アタイは乱暴者じゃない! 少し……そう、少しおイタが過ぎるってやつだ」
「それを乱暴者って言うんじゃないの?」
そんな姦しい声が聞こえてくるので思わず周りを確認すれば、サンドラの周りに、似たような緑の小幼女いや……幼女だけではない、サンドラと同じような肌と髪と瞳を持つ美少女や美女、ドライアドが集まって来ていた。
『おぬしらは本当、好き勝手に物を言うのぅ……』
わいわいと騒ぐその集団を見て、長老樹は人の姿であれば、ため息をつきながら頭に手を当てているような声で苦言を呈す。
「だって」
「それが」
「精霊」
「って」
「もん」
「でしょう?」
それまで好き勝手に話し合って居たドライアド達は、示し合わせていたかのように返してきた。
『はぁ~……まあよぃ。とにかく頭は冷えたかの?』
(あぁ……取り乱してわるかったな)
なんとも気勢を削がれ、自分は、不承不承と言った感じで返す。
『まぁ、仕方がないじゃろう。大体、前世の記憶を持ったままの者はそうなるわい。特に、知性を持った生き物だった者は特に、のぅ』
(どういうことだ? 今の言い方だと、自分のような転生者は一人じゃないみたいだが)
『そこを説明しようとしたのに、お主が勝手に暴走しだしたんじゃぞ? というか、その口調が素なんじゃな』
呆れた様な声が自分の頭の中で響く。実際、自分が悪いので素直に謝罪した。
(すまなかったな。説明してくれ)
『うむ、では説明しようかの。いきなりじゃが、まず魂とはなんじゃ? という話じゃ』
(待て、待ってくれ。宗教的な話になるのか?)
『ならんよ。続けても良いか? それでな、魂というのはあらゆる時間と空間に存在する、エネルギーの塊の切れ端。と、ワシは考えておる。それが……便宜上世界と呼ぶかの。それと交わると、その世界の命となって生まれる。そして、そこで生きながら内包された魂のエネルギーは増してゆくんじゃ』
ここまではよいか? と言う雰囲気を感じたので(大丈夫だ)と、答えておく。突然魂だのと言われてもピンとは来なかったが、説明に必要な説明なのだろうと割り切る。
『さて、ならば魂が宿った者が死ぬとどうなるのか? と言うとじゃな。答えは蓄えたエネルギーを持ったまま、その世界から飛び出し、元のエネルギーの塊に戻ろうとするのじゃ。しかし、どうやって判別されているのか分からないんじゃが、戻っても切れた時同じ大きさで無ければ弾かれるようでな。弾かれた余分な魂は散り散りになり、また時間と空間を漂い、最終的にはどこかの世界に辿りつく。それを繰り返し続けている物が魂だ。と、ワシは考えておる』
(なるほど。しかし、それが自分と何の関係が?)
『話は最後まで聞くものじゃぞ? ほとんどの魂が、世界を抜け出た衝撃や、戻り損ねた時の反動、分裂の時で全ての情報を失うようでな。ちなみにその情報は、言わずともわかるじゃろうが、知識や記憶、経験と呼ばれるものじゃな。じゃが、たまにそれを失わず、断片的、もしくは丸々持ったまま生まれる場合があるのじゃ。それが転生者というわけじゃな』
(原理は分かった。だけど、何故そんなことを知っているんだ?)
『それは、ワシも転生者だからじゃよ』
自分は少し驚いたが、同時に変に納得もしていた。普通に考えて、前世がどうのと言い出した者にまともに取り合う者といえば、それを体験した者位なのだろうから。
(……お前確か、最初に古き時代を知っている。とか言ってなかったか?)
『言ったのぅ』
(と言う事は、一体お前の前世はどれほど昔なんだ?)
『じゃから人の……いや今は人ではないが、話はちゃんと最後まで聞けと言っとるじゃろう。魂というのは、あらゆる時間と、空間に存在すると言ったじゃろう? 魂にとって時間とは無意味なものじゃし、転生する場合はまったく別の次元、つまり別の世界じゃな。そこに転生するようじゃ。全く同じ時間と世界に転生するなど、自然にしていればまずありえんみたいじゃの』
(なるほど。つまり、今自分が死んで転生してもこの世界に転生することはなく、完全に別の世界に転生するってわけか?)
『大体その通りじゃな。とは言え、さっきも言ったが色々な要因のせいで、確実に前世の記憶を持つわけじゃないのじゃがな。まぁそう言いだすと、全ての魂を持つ者は転生者という事になるんじゃが、そのあたりは今は関係ないから置いておいて……まぁ、長々と色々説明して何が言いたいかと言うとじゃな、前の生の事なぞ忘れてしまえ。と、言いたいのじゃよ。本当に忘れてしまえとは言わぬがの? しかし、だからといって前の生に執着するのはバカのすることじゃて』
(イマイチピンと来ないが、大体分かった。しかし、自身が転生者とは言っても、なんでそんなに詳しいんだ?)
『うん? それはワシが前世でそういう研究をしていたから。と、いうのと長い時間が有ったからからじゃな』
(時間が有ったから? 研究をしていた? どんな世界のどんな種族だったんだ?)
そう聞くと、長老樹は顔もないのに少し得意げな表情? のような雰囲気で話し始めた。
『世界はそうじゃな。星の海……星や大陸の意味を理解しておったから、宇宙……銀河と言って分かるかの? に、進出している世界で、色々な星々と交易をしておった世界じゃ。こことは違い魔力なんてものは無かったのぅ。いや、代わりにと言うのか近い物は有ったが……あれはある星の種族特有の……っと話が逸れたの。そうそう、なんだかよく分からない所から発生した生命体のせいで、銀河丸ごと絶滅寸前だったのじゃよ。しかし! ワシの研究していた精神の力を使った機械や、技術の副産物でその変な生命体の撃退に成功! 更に全滅にまで追い込め……と、言うところでワシは死んだのじゃ。それでその精神の力の研究の過程でな、魂やそういう物に関係しているんじゃないのか? と、言うさっき説明したものに関しての研究が進んだんじゃ。そして、前世にも居た自称転生者の話を合わせて、転生の仕組みの仮説……つまり、さっき説明した事じゃな。までは行ってたのじゃ。そして、その仮説を立てた直後に実際にワシ自身が死亡し、この世界に来て? いや、目覚めてかの? それが正しかったと確信したのじゃよ。ちなみに、前世での種族は……この世界で言う、エルフみたいなのじゃったな。長生きで見目麗しき種族だったはずじゃ』
自慢にも聞こえる説明を聞いて、自分は軽く引いたが、少し疑問も持った。
(かなり色々覚えてないか?)
『そこも説明するから少しは待たんか。まったく、人の……まぁいいわい。とりあえず最初に言ったように、魂は大本の塊に戻ると全ての情報を無くしてしまう。と言うのは説明したの? じゃが、例外というのか残りかすのような物は必ず残るんじゃよ。それは強烈な執念だったり信条だったりと様々じゃが、その人物の根幹を形作るような物じゃな。それで、そういうのを持っている者が長生きすると、前世の知識や記憶を取り戻したりするんじゃよ。原因や理由は、今のワシでは解明する手段が無いため分かってないんじゃが、仮設として、魂のエネルギーが分裂する前の量まで戻ったためだとワシは考えておる。でな? 執念や信条どころではなく、知識や記憶といった個人を大きく形作る物が残っていた場合、エネルギーが分裂する時の量まで戻ったら完全に前世の事を思い出すんじゃよ。なぜそこだけ言い切れるかと言うとな? ワシは、この世界に生まれた時、既に知識と少しの記憶はあったんじゃよ。そして、時を経ていろいろ思い出し、ついには全てを思い出した。と、言うわけじゃな。だから、先ほどの仮説も思いついたんじゃ』
(なるほど……しかし、今までの魂の仕組みを聞いていると、知識だけでなく記憶も覚えてるとは、凄まじいな)
『そりゃあれじゃろ、ワシ前世では寿命まで生きたんじゃもの。蓄えたエネルギーの量が違うわい。更に、ワシはワシにとことん執着していたしの』
そう言って長老樹は、フォフォフォフォと笑い出した。
(なるほどなぁ……しかしまぁ、前世に縛られてはいけないってことか)
『ワシが言えた義理ではないかもしれんが、そうじゃな。そんなところじゃな。ここに居て、一度も転生者が来なかったかと言うとそうじゃない。お主で六人目かの? 何れも何かしら強力な力や知識を持っていた物だったが、前世に縛られた物は例外なく早死にしたらしいのぅ』
(らしいって……なんではっきりしないんだ)
「だって、ワシ木じゃし? ここから動けないからたまに来る風の精霊や、さっきも言った、やってくる転生者から話を聞くしか手段がないからの」
(なるほど……たしかに仕方ないな。じゃあ、次の質問なんだが……)
そう考えた矢先、強烈な眠気が襲ってきた。この体になってから一度も覚えたことのない程の強烈な眠気が。
(なん! 意識が……)
そして、自分の意識は唐突に途絶えた。
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『ぬぅ? <念話>が切れおったぞ? 寝たのかこやつ』
「長老樹様、このビートル昨日の夜から歩き通しでしたし、昼には上位魔法六発、更には正体不明の上位魔法を越える威力の魔法一発を放ったんです。さらに、どうやら飛行魔法を使っていたようなんです。とどめに、先ほど長老樹様の上位魔法を受けていましたし。それに終わらず。どうやら、部分変異の魔法まで使っているようです。中位精霊……いや、高位精霊でも疲れて眠りますよ」
サンドラは自分で言いながら(あら? 冷静に考えてこの甲殻魔虫おかしくない?)等と考えて居た。
『ふむ、まぁこやつの場合それだけでもないじゃろうがな……取り敢えず、今は寝かせてやろうかの』
そうして、この日の会話は終了した。




