第八話
相変わらず待ち時間が長い割に短いです。
では、どうぞお楽しみあれ↓
【――そうではない。もっとこう……繊細に、シャープな感じにじゃ】
『あ、ん、えっと……こう?』
【……主は全然ダメじゃのぉ】
蓮花はちっとも成功しない渚紗に落胆する。対する渚紗も上手く容量がつかめず首を傾げいていた。
【ほれ、我がもう一度お手本を見せる。よぉーく目に焼き付け、五感という五感で感じとるのじゃ】
そういって蓮花は軽く目を伏せて集中。
渚紗の眼から見ても分かる。白い巨大な力が蓮華を包み込んだ。
蓮花は手のひらを上に向けると、そこには光り輝く白い球体が浮かんでいた。
指を動かして自由自在に球体を操る蓮花。それを必死に観察して感じ取ろうと努力する渚紗。
そう、渚紗は今修行をしていた。
なぜ渚紗が修行をすることになったのか。それを知るには昨日の深夜ほどまで遡ることになる。
――昨日深夜。渚紗と沙耶の両名、蓮華神社へ帰還。
二人はくたびれた様子で神社の生活スペースである社務所へと入っていった。
沙耶は畳の上に寝転び、渚紗は宙にプカプカと浮かんで座っている。
「……疲れたわ」
『ああ、俺もこんなに疲れたのは幽霊になって初めてだ』
「そう。……まぁ本題をとっとと話そうかしら」
沙耶は体を起こし渚紗と向かい合う。
「渚紗があの人体模型をブッ飛ばした時。アナタは普通ならば在りえない霊力と妖力を同時に使っていたわ」
『霊力と……妖力……』
「霊力ってのは生きた人間が持つ正の力。妖力はその逆ってのが分かりやすいかしら?」
『ん~……RPG的に光と闇的な関係か』
「その解釈でも間違いないわ。ただ、霊力は生きた人間、妖力は死に近いものにしか扱えない。つまりアナタのやったことは本来ならば在りえない事なのよ」
【――ほぅ。それは面白い】
突然現れて話に割り込んできた蓮花に渚紗は驚いた。沙耶は気付いていたのか、はたまたこの状況になれているのか驚いた様子はなかった。
【やはり、主ら兄妹は特別な存在と言えるのぅ。どれ、我が少し鍛えてやろうか?】
『蓮花ちゃんが、ですか?』
【うむ。我とて神の一柱。長生きな分、力の扱い方は沙耶よりも心得ておるわ】
そういって平らな胸を張り、自慢げな表情を浮かべる。
「この先、渚紗も少しは戦えるように……いや、せめて力の使い方を覚えて欲しいわね。未知の力なわけだし、危険性がまだハッキリとしていないから」
沙耶のこの一言により、渚紗は決心した。
――修行を受ける事に。
こうして明日に備えて休む二人。
因みに、沙耶が蓮花に暗視の術がないかを聞いていたのは余談。
次の日。沙耶はいつも通り学校へ。渚紗も優奈の護衛をした後に神社へと戻って、修行を始めたのである。
しかし、渚紗の修業には一向に進展が見えなかった。
【主は才能があるのかないのか……どっちなのじゃ】
『むむむ』
【何がむむむじゃ。……ふむ、しかし困ったのぉ】
渚紗は要領が悪いのか片方の力すら操ることが出来ない。
どうしたのものかと悩んで渚紗を見つめている蓮花は、在る事に気が付いた。
【……主は常に実体化しておるのか?】
『え、うーん……よく分からないけど多分』
【幽体化は出来るのかのぉ?】
『……出来ますよ、ホラ』
そういって渚紗は簡単に幽体化して、地面へとすり抜けたりして見せる。
【何故それが出来るのに力を扱えんのじゃ! それは妖力を意図的に操る事で幽体化するものじゃぞ。お主はポルターガイストはやったことあるかのぅ?】
『んと、一応前に練習して使えるようには……』
渚紗はポルターガイストを使う。地面は不自然にガタガタと揺れ、風もないのに木がざわめく。小枝や小石が宙へと浮いた。
『ぐぅ……ハァ……ハァ……』
【その感じじゃ。その感覚を忘れるな。お主は今確実に妖力を操ることが出来ておった。技を介さず、素のままで使えるようにするだけじゃな】
『これが妖力なのか……』
【うむ。この調子で霊力と妖力の使い方を覚えて、術や技の一つぐらい今日中に修得するぞ!】
『はい!』
「そういえばさ、沙耶」
昼休み。他愛のない話をしていた翔子、沙耶、優奈の三人。突然翔子が思い出すかのように話を切りだした。
「昨日の休み時間に急に走り出したじゃん? えっと、七不思議? 関連で」
「ええ」
「あれ、なんで?」
率直に質問をする翔子に沙耶は難しい表情をする。
一般人である二人を巻き込まないように説明するのが難しいのだ。
「……危険だからよ」
「「危険?」」
「ええ。なんでだか知らないけど、最近このあたりの怪異が活性化してきてるのよ。それで、一般人に被害がいかないように蓮華の巫女で退魔師として私が動いてる」
翔子も優奈も今一理由に納得できていない表情をしている。
「うん、難しくてよく分かんないけど。それで昨日のあの七不思議……【招かれざる魔の手】だっけ? あれは退治出来たの?」
「逃げられたわ。でも、今度会うときは絶対に滅する」
若干話の方向が暗くなってきたところで優奈が話を変えた。
「あ、あの幽霊さんは? 今も一緒に居るのかな?」
「な、――っとと……あの幽霊は今は一緒じゃないわ。私の家にいるわ」
「お化けの人かぁ……で、結局あのお化けはなんなの? 七不思議とは違うの?」
(割と答えにくい所ばかりズバズバと斬り込んでくるわね……)
適当に誤魔化そうと頭を働かせる。
「お化けじゃなくて、幽霊ね。あの人は害意はないわ。むしろ協力者ね」
「じゃあ、優しい人なの?」
優奈の質問に沙耶は苦笑する。
「まぁ、ね。悪い人ではないわ」
「お化け……じゃなくて幽霊ってことは青白くて、怪我してて血塗れな見た目なの?」
翔子のどうでもいいような質問にため息を吐く沙耶。優奈と翔子では多少温度差が違うのであったが、彼女たちはこれもノリの一つだと受け止めてあまり気にしてはいない。
「そんなわけないでしょ。……そういうのは悪霊と呼ばれるのヤツ。彼は普通の姿よ」
「彼ってことは男の子なんだね」
「うっ……そうね」
「男……ってことは、除きたい放題ジャマイカ!」
翔子の下品な発言に沙耶から頭をはたかれる。
「いた~い。沙耶が酷いよ優奈ぁ……」
「よしよし」
「アンタが変なこと言うからよ」
中学時代から続くいつも通りの風景。高校に入ってもそれは変わることはなかった。
「七不思議って他にはどんなのがある?」
「……聞いてどうするの」
「いや~沙耶が戦う七不思議ってのに少し興味が……」
「教えないわ」
「えぇ~……どうして?」
「危険だからよ。七不思議は実在する。そこら辺に浮いている幽霊たちとは格が違うほど、危険で手ごわい相手なのよ。そんな危険な存在、二人に関わらせるわけにはいかないでしょ」
「でも、沙耶は危険なんだよね?」
「そうそう。アタシたちは親友なんだから、そんな水臭いこと言ってんじゃないぞー」
「優奈、翔子……」
二人の心配に沙耶は心を打たれる。
「それに敵を知り己を知れば百戦達磨っていうでしょ」
「翔子ちゃん、それをいうなら百戦錬磨だよ。達磨だと意味が分からないよ」
「ありゃ? そうだっけ。まぁ、大体同じ意味だからいいよね」
(なんで翔子はこの学校に入れたんだろうか……)
ある意味七不思議のようなものだなと沙耶は思った。
「つまり! 七不思議を知ってればその対処法が分かるし、そもそもその場所に近付かなければいいんだよ!」
「翔子ちゃんの言うとおりだね。でも、七不思議って全部知ったら呪われるとか、殺されるってよく聞くよね」
「うっ……相変わらず優奈は無自覚で酷いよね」
「ふぇ?」
優奈は翔子をフォローしつつも無自覚で攻撃した。翔子はうるうると口で言いながら項垂れる。
(そういえば、それも七不思議の定番よね。ってことは呪いとかも実在する可能性が……でも、七不思議を知らないと攻略できない。……詰んでるわね)
「分かったわ。今私が知っている七不思議を教えてあげる。頼むから、危険なまねは絶対にしないでね。あと新しい七不思議が分かったら真っ先に私に伝えて」
二人は強く頷く。それを見て沙耶も決心して告げた。
「先ずは昨日の【招かれざる魔の手】からね。あれは――」
話を始めた沙耶はまず、魔の手について話し出す。
出現場所、条件、対処法などなど知っていることをすべて話した。
そして続いて話すのは、【疾走する人体模型】についてだ。
「アレは夜の校舎内ならどこにでも現れるわ。走るのが異常に早いから、見つかったらもう終わりね。対処としてはそもそも夜の学校に行かないことと、見つかったらやつより先にどこかの教室に入って鍵を閉める事ね」
「え、それだとドアを壊されない?」
「いや、何故だかは分からないけどアイツは校舎内を破壊するようなことはしないわ。出来ないのかは分からないけど」
「沙耶、会ったことあるの!?」
「……昨日、ちょっとね」
魔の手を倒しに行こうと校舎内に忍び込んだら、遭遇したと少しだけ真実を入れて隠しながら話す。
「じゃあ【疾走する人体模型】は退治できたの?」
「……逃げられたわ」
「えっと、沙耶……がんばって、どんまい?」
「くっ……その優奈の優しげな視線が痛いわ」
優奈の無自覚が沙耶に追い打ちをかける。
コホンと咳払いをして気持ちを切り替える沙耶。
「最後は【喰らい喰らい】ね。コイツについてはあまり詳しい事は知らないわ。深夜の中庭に現れるって事と、見た目は鋭利な牙が何本も生えた口で、浮遊しているってくらい。対処法は知らない」
「三つ……ってことは後は四つだ」
「これには会ったことがないんだね」
「後回しよ後回し。先ずは校舎内全域の人体模型から……だったはずなんだけど、」
「「けど?」」
「……事情が変わったから魔の手から倒すわ。理由はまぁ深くは聞かないで」
「わかった」
「うん」
これでこの話は打ち切り、と言わんばかりに沙耶は話を変えた。いつもの三人らしい会話に戻る。
そして、時間は静かに流れていく。
放課後。沙耶は優奈を送った後、神社にいた渚紗と合流して再び放課後の校舎へと訪れた。
昨日のリベンジと、もう少し深く探索するためだ。
時刻はまだ夕方。部活にいそしんでいる生徒や、残って勉強に励む生徒、仕事を片付けている先生がまだ校舎の中にいる。
二人は消灯までの時間を探索へと費やす。効率的に物事を進めるためだ。
『方針もなく無暗に探し回って大丈夫か? 昨日みたいに怪異に遭遇したりしたら厄介だ』
「そうなのよね……。人体模型の言い方的にアイツはまだ当分私たちの前に現れないと信じたいわ」
『あと、奴って呼ばれる存在に中庭にいるはずの【喰らい喰らい】。後まだ知らない七不思議が四つ』
「奴って呼ばれたのが七不思議なのか、それともまた別の何かなのか……そこも問題ね」
ふと気になったことを尋ねる渚紗。
『昨日図書室から借りたのは読んだか?』
「まだよ。今日無事に帰ることが出来たら、読んでみましょうかね」
『あまり不吉なことは言うなよ』
切り替えるように話を渚紗の修業について変える。
「そういうアナタは蓮花様との修行はどうだったのよ? 何か成果があったのかしら」
『当たり前だ。術の一つや二つ覚えて来たんだぜ』
「そう、期待しているわ」
自信ありげに腕を上げてこたえる渚紗に、沙耶はクスクスと笑う。
渚紗は少し脱線しかけた話を元に戻した。
『それでまずは何処に行く? 七不思議の定番と言ったら……音楽室だとかトイレだとかだが』
「音楽室はまだ部活があってるから無理ね。同じトイレの怪異が複数いるとも考え難いわ」
『ああ、でもトイレの怪異と言ったら【トイレの花子さん】だろ普通。なんだよ【招かれざる魔の手】って。マイナーすぎるどころか聞いたことすらないわ!』
「……でも、それならまだ【招かれざる魔の手】の方が良かったわね」
『なんでだ?』
「知名度の問題よ。七不思議の定番は全国何処の誰でも知っている。それこそ【魔の十三階段】とか【音楽室のピアノ】とかね」
『それのどこに問題があるんだ?』
「知名度が高いからこそ、よく知られ恐れられる。故に【トイレの花子さん】なんて知名度だけで言うなら最強クラスね。【疾走する人体模型】ももとになったのが人体模型で、知名度が高いからあれほど強かったわ。【招かれざる魔の手】もトイレから手が伸びるっていう典型的な七不思議のひとつね」
『なるほどな。じゃあ定番所を探すのなら、北校舎や体育館にグランド、あとはプールだとか校長室あたりか』
「どれも部活とかがまだ使ってて調べられないわね」
『八方塞がり、か。どうする?』
「それじゃあアナタの修業の成果を見せて貰いましょうか。どんな術を覚えたのか知っていれば、連携がそれなりに取りやすくなるわ」
『分かった』
「場所はココだと拙いからどこか人気のない広い場所に向かいましょう」
二人はようやく歩を進めだした。向かう先は人気の少ない中庭。
そこで渚紗は一日という短い間での修行の成果を披露するのであった。