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第七話





先に動いたのは人体模型。その見てくれとは裏腹に素早い身のこなしで、沙耶との距離を詰めた。


繰り出されるは右ストレート。暗い中、月明かりに照らされる廊下のお蔭で、辛うじて反応することが出来た。


右の掌底で人体模型の腕を受け流して懐へと潜り込む。流れるような所作で繰り出される肘は、綺麗に人体模型の横腹に突き刺さった。しかし、人体模型は怯んだ様子もなく反撃。


全身を器用に使い、捻る事によって生じる回転の力で沙耶に左フックを叩き込む。至近距離で繰り出されたはずのそれは、必殺の威力を秘めた一撃であった。


その場でしゃがみ込むことでフックをやり過ごす。しかし、しゃがみ込んだ沙耶を追うように人体模型は足を蹴りあげた。


蹴り足から逃れるように後ろへ飛ぶ。轟ッと風を切る音が響いた。


【ふむ。今の攻防……体術にも心得があるみたいだな】


人体模型は余裕を見せ、沙耶へと話しかける。対する沙耶は少し息を切らしていた。渚紗は二人の攻防に息を呑み手を出せないでいた。


【少しは楽しめそうだ……フフッ】


笑う人体模型に沙耶は懐から素早く取り出したお札を投げつける。


人体模型は慌てた様子を見せる事無く、拳を突き出した。勢い良く突き出された拳から生じる拳圧。それだけでお札を難なく相殺したのである。


間初入れずに投げられるお札と針。お札は拳圧だけで相殺し、針は指と指で挟みこんで受け止める。


【この程度か?】


不敵な笑みを浮かべながら、見せつけるように針を廊下に落した。


(……やっぱり、お札は触れず・・・・・・に落とすのね)


沙耶は再び懐からお札と針を取り出す。


(なら、……こうすればッ!!)


お札と針の両方に霊力を込め、投擲。風を切って飛ぶそれを人体模型は身を翻して躱した。


「やっぱりね」


【……何がだね?】


「アンタ……いや、アンタたちは霊力に弱い。だからその身で受ける事を嫌う」


【……だとしたら?】


「私の攻撃は受けることが出来ない・・・・・・・・・・


お札と針を投げつつ牽制し、距離を詰める沙耶。霊力を込められたそれらを躱しながら間合いへと入ってきた沙耶を迎え撃った。


【ぬんっ!!】


繰り出された重い拳の一撃。沙耶は半歩後ろに下がって、霊力を込めた手で拳を受け流した。


沙耶の触れると稲光が生じる。そして人体模型は苦痛の表情を浮かべた。


その一瞬生まれた隙を突き、さらに距離を詰めて胴体へ掌底を叩き込む。


【ぐはっ!?】


霊力が込められた一撃は流石に効いたのか、たたらを踏む人体模型。その無防備な姿に追撃をかける。


お札を持ったまま打つ掌底が人体模型の頭へと繰り出された。それを紙一重の所で躱される。


人体模型は沙耶を投げるために、体を掴む。しかし、全身に巡らされていた霊力がそれを許さなかった。


バチィと稲光を発し、人体模型の手を焼いて弾いた。


堪らず人体模型は距離をとる。後ろへと弾かれるように跳び退いた。


だが、その場所は……。


「――滅ッ!!」


沙耶が印を切り、人体模型が足を踏み入れた場所へと指を差した。


淡い桃色の光の奔流が、人体模型の足元から溢れ出した。奔流は人体模型の体を呑みこむ。


【ぐ、ぐおぉおおおおおおお!!?】


霊力による奔流が人体模型の体を焦がす。


沙耶の行ったこれは結界術の一つで指定された範囲を霊力の奔流が襲うものだ。それでは、沙耶は何時の間にこの範囲を指定したのか。


答えは簡単。人体模型に避けられたお札と針だ。


これらが地面に張り付く、もしくは突き刺さり範囲を指定する目印マークとなったのである。


「終わりね……」


沙耶はそう呟き、止めの一撃を繰り出そうとお札と針を取り出す。しかし、そこで異変は起こった。


【ぬぅ――ハァアアアアアアアア!!!!】


奔流を気合で人体模型が弾いたのである。沙耶は驚き、表情を顰めた。


肩で息をする人体模型。その姿は霊力による作用で焦げ、ボロボロだがその力は失われていはいない。


【ハァ……ハァ……なるほどな。少々、侮っていたようだ……お主の事を】


ボロボロだがその得体のしれない絶対的自信を持つ人体模型。沙耶は底知れぬ人体模型の力に、恐怖した。


【確かに儂ら怪異にとって霊力は、絶対的な弱点。生きる人にしか持つ事の出来ぬ力だ。しかし、それは儂らにとて言える事だ】


人体模型から力が溢れ出していく。それは何処か暗く、禍々しい……異形の力。常闇を顕現したかのような力だった。


【儂は怪異。妖怪ではないが、少しは持っておる。――妖力・・をな!】


妖力。妖の持つ潜在的力。霊力が生ける人間が持つ正の力だとするならば、妖力はその逆。不浄なる死に近しい存在が持つことを許される負の力。霊力が妖の弱点であるならば、妖力は人間の弱点とも言えるだろう。


【体術と妖力は相性が良くてな……。儂は好んで使う】


そういった人体模型は既に沙耶の間合いへと踏み込んでいた。咄嗟の事に反応が遅れた沙耶。その一瞬は致命的であった。


妖力を纏った人体模型の一撃は、沙耶の腹部へと突き刺さった。幸い、霊力を腹部に集中させていた沙耶は、比較的軽症で済んだ。しかし、


「ぐっ……」


人体模型に首を鷲掴みにされて掴まってしまった。人外の力を女性である沙耶の力で外せるはずもなく、体が軽々と宙へと浮いた。


【魔の手のこのような技は好きではないのだが、致し方あるまい】


掴む右手に妖力と力を込める。沙耶は苦しそうにもがくだけであった。


【直ぐ楽にしてくれよう……】


左手の拳を握り、最大限妖力を込める人体模型。それを振りかぶると沙耶の体へと狙いを定め、突き出す。


『止めろぉおおおおおおおお!!!!』


そこに渚紗が割り込むように飛び込んできて、渾身の一撃を人体模型の頭に叩き込んだ。


ドゴォッ!!


激しく音を立てながら壁に叩きつけられた人体模型。その手から沙耶は離されていた。


間一髪の所で沙耶は助かったのである。


【ぐっ……なん、だ。主の……この力……は】


尋常じゃないほどのダメージを受け悶絶している人体模型。その表情は理解できないものを見るようなものであった。


渚紗はそんな人体模型を無視して、咽て座り込む沙耶の元へと向かう。


『大丈夫か! 沙耶!?』


「げほっ……がほっ……渚、紗。あり、がとう……」


『危なかった……』


「それよりも、アナタのそれは……」


渚紗が今、人体模型に放った渾身の一撃。それには霊力と妖力が込められていたのだ。


無意識化に行われたその行為に渚紗は気付いていない。


『え、普通に殴っただけだけど……』


【在り得ん!】


二人の会話を裂くような恫喝。一瞬にして二人は緊張の下に引き戻されてしまった。


【主の今の一撃……本来ならば反発しあう二つの力が混じっていた。主は何者だ!】


その問いに渚紗は答える。自分なりに、自分らしく。


『俺はただの幽霊だ! 沙耶と一緒に義妹ゆうなを守る、な!』


【幽霊……だとぉ?】


人体模型の表情は不可解なそれとなり、そしてどこか納得したように頷いた。


【半妖でもない主が霊力と妖力の二つを使うなどあり得ないと思ったが。そういう事か……】


『……何が言いたい』


【人として霊力を持つ主が死に、死ぬことにより妖力を得る。そして、どちらの存在にも近しい幽霊だからこその芸当か。本来ならば死んだ時点で霊力は失われるが……どうやら主は特別な存在のようだ】


そういって愉快そうに笑う人体模型。


【なるほど……あ奴が欲しがるのも頷けるというものよ】


『奴? 奴って一体誰だ!』


【フッ……主たちに話す必要はない】


「……アンタたちの目的は優奈じゃないの?」


沙耶の質問に人体模型は黙したまま答えない。すると、人体模型は踵を返して二人に背を向けた。


【――この勝負預ける】


それだけ告げると人体模型は疾走し、見る見るうちに姿が見えなくなってしまった。


突然の事態に唖然としている沙耶と渚紗。


しかし、重圧や殺気などが完全に無くなる事で緊張感がほどけた。二人は疲れたようにどっと座り込む。


『……ふぅ。助かった、のか?』


「逃げたというよりは、見逃されたようね」


『これからどうする?』


「……今日の所は一端引き揚げましょう。整理するべき事もあるし、私は明日も学校だからね」


『了ー解! それじゃあ、とっとと帰るか』


二人は立ち上がり、深夜の校舎を人知れず後にする。いくつかの謎を残しながらも。


こうして学校探索一日目が終わりを告げた。







【面白い存在よ。……もっと戦えるほどまでに強くなれ。儂を楽しませるほどにな】


深夜の校舎内。理科資料室の中で楽しげにつぶやく人体模型の姿があった。


そこに闇から現れるような一つの影が現れる。


【楽しそうだな【疾走する人体模型】。何かいい事でもあったか?】


【む。……お主か。蓮華の巫女とその連れに会ってきた】


【ほう。……どうだった?】


楽しさを含んだ問いかけに、人体模型は笑みを浮かべ返す。


【面白い奴だった。主の言ったとおりにな】


しかし、そこには少し後悔と残念そうな表情が入り混じっていた。


【惜しむらくは、名を聞きそびれたところだ。蓮華の巫女が読んでいた名は……“渚紗”だったかの】


【……】


【強くなったあ奴と戦いたい故に態々見逃したんだ。強くなって貰わねばな】


【肩入れするのは別に構わんが、……裏切りは許さんぞ】


【分かっておる。心配は無用だ】


一瞬だけ重苦しい空気になったが、それはすぐに霧散した。


【他の連中はお構いなしに殺しにかかるだろう】


【連中と殺り合って生き延びるほど強くなれれば、それだけ儂の楽しみが増えるわい】


【まぁ、貴様の好きにしろ】


それだけ言うと、影は闇に溶けて消えた。残されたのは人体模型ただ一人。


人体模型はうずうずと戦うのを楽しみにする体を押さえながら、元の場所へと眠りについたのであった。







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