第四話
大分間が開いてしまい申し訳ありません。
間が開いた割には、短めです。
それとあんまり話も進んでいませんね。
それでは、お楽しみ下さい。
『ぐっ……クソ、離……せよ!!』
渚紗は自身の首を締め上げる、暗く濁った色に変色した手のようなものを殴りつける。しかし、ビクともせず力が弱まる気配もない。
【クヒヒ……サァ、どうしようか? このまま絞殺されるか……それとも、キヒヒ】
魔の手は妖しげに渚紗へと語りかける。
どうにかしてその手を振りほどこうともがく渚紗。
殴っても、蹴っても、幽体化しても……その手が渚紗の首から離れる事はなかった。
徐々に絞める手の力が強くなっていき、渚紗はかすれた悲鳴を上げる。
(畜……生……俺は、こんな所で、こんな意味の解らない奴に!)
――殺される。
一度死んだ身である渚紗は死ぬ恐怖を、知っていた。それ故に再び死の淵へと立つ、殺されようとすることがたまらなく嫌いで、恐怖した。
そもそも死んだ身である幽霊は死ぬのであろうか? 渚紗の思考はそこに辿り着く。
もし死ぬのであるのならば、今度は幽霊である魂の消滅。文字通り、永夜渚紗の完全消滅を意味していた。
(義妹を……碌に守る事も出来ずに、俺は死ぬのか? そんなのは……)
『絶……対に……嫌、だ!!』
渚紗の咆哮。最後の力を振り絞り、暴れる渚紗。しかし魔の手はそんな渚紗を嘲笑うかのように、さらに力を込めた。
――はずだった。
「滅ッ!!」
二人の間に割り込むように飛び込んできた影。影は凛とした声を上げ、札のようなものを長く伸びた手に叩きつけた。
札が手に触れるとバチィッ!! と音を立てて稲光を発する。
【ギィィイイイイイイ!!?】
魔の手は悲鳴を上げて掴んでいた首を放した。そして見る見るうちに伸ばしていた手を引き戻していく。
手から解放された渚紗は尻餅を突き盛大に咽た。
『ゴホッ、ゲホッ……』
「大丈夫かしら?」
『あ゛ぁ……沙、耶……。どうして、ここにいるんだ?』
「突然、陰の気が濃密に跳ね上がったから。流石にヤバいと思ってね」
渚紗の疑問に答えながらも、沙耶は警戒を怠らない。その眼は引き下がっていく手を睨みつけている。
【ク、クケケケ……邪魔な巫女……絶対に殺す。殺す、コロスゥ!!】
「望むところよ。アンタは私が残酷に徹底的に消滅させてあげるわ」
殺意を前面に押し出して叫ぶ魔の手に、沙耶は挑発するように言葉を返した。
【クヒヒ、キヒヒ。――自惚れるなよゴミ屑が!!】
途端、空気がガラリと変わった。
重く、冷たく、鋭い空気。じっとりと二人に纏わりつく陰の気の中で、魔の手の咆哮が殺気を乗せてビリビリと大気を揺らす。
二人は突然変化した魔の手の雰囲気に驚く。二人に冷たい嫌な汗が流れた。
【クケケケ……今は見逃してやる、だが深夜にもう一度来い。そうすれば、貴様らに絶望を見せてやる、ウヒャヒャヒャヒャ!!!】
それだけ言うと魔の手は完全に姿を消した。同時に嫌な空気もすべて払拭され、ごくごく普通のトイレへと戻った。
流れていた緊張は解け、渚紗ははどっと疲れたように座り込んでうなだれる。
沙耶の方は手にしていたお札を制服の懐へとしまい込んだ。そして、つかつかとトイレを後にする。それに慌てて渚紗は立ち上がってついていった。
『ありがとう沙耶。おかげで助かった』
「気にしなくていいわ。それよりも早速、見つけてくれたのね。無謀な点は見過ごせないけど一応感謝しておくわ」
『あ、ああ。俺がこの高校に通ってた時にあった覚えていたのを頼りに来たんだが……』
「あの怪異……七不思議の名は?」
沙耶にそう聞かれた渚紗は、名前と怪異の内容について知っていることを全て話した。
そこに走って近づいてくる二つの足音。
「おーい! 沙ーーー耶ーーー!?」
声を上げて沙耶を呼んでいるのは、翔子であった。その後ろを小走りで優奈がついて来ている。
「もう、授業終わったと思ったら突然教室から飛び出して……何かあったの?」
「話をしてたみたいだけど、誰と話してたの沙耶?」
沙耶の傍まで辿り着くと二人して問いかけた。それに慌てた様子を見せず沙耶は返す。
「ちょっと……ね。いろいろあったのよ」
「ふーん」といって納得してない様子の翔子は訝しげに沙耶を眺めた。
「それで誰と話していたの?」
「……」
沙耶は黙って渚紗の方を見た。二人には沙耶が突然何もない方向を黙って見つめているのをみて首を傾げる。
事情を察した渚紗は慌てて首を横に振った。
『駄目だ。優奈の前で俺の名前は出すな』
「……そこにいる幽霊に事情を聴いてただけよ」
と沙耶は渚紗の名前を出さず、幽霊がいて話を聞いていたという事だけを告げる。それを聞いて二人は驚いた様子で身構えた。
「え、ええぇ!? お、お化けがいるの?」
「もしかして、沙耶が教室を飛び出していったのと関係がある?」
「お化けじゃなくて幽霊よ。まぁ、そんなところね」
翔子のお化け発言を訂正して、優奈の問いに相槌を打つ。
「安心しなさい。害はないわ……もし、あるのなら私が守ってあげるしね」
『いやいや、怖ぇよ!?』
懐に手を差し込んだのを見て距離をとる渚紗。いつものお札が飛んでくることを嫌ったのである。
「沙耶って巫女さんやってるのは知ってたけど、除霊とかもできるんだ……」
「寧ろ、そっちの方が専門家もね? 神事とかも一通りできる能力はあるわ」
「それで、その幽霊さん? のお名前は?」
「……あー、それは教えられないわ」
必死に首を横に振る渚紗を横目で見ながら誤魔化す沙耶。とって付けたような理由を話すと二人はそれを信じて、名前を尋ねる事はなくなった。しかし、代わりに何があったのかと尋ねるようになった。
「あまり二人を関わらせたくはないんだけど……さっき話した七不思議覚えている?」
「「七不思議?」」
「そう、七不思議。そのうちの一つ『招かれざる魔の手』ってのがさっき起こってたのよ。場所はそこのトイレね。危険だから絶対に近寄っちゃだめだからね! いい?」
「わ、わかったよ」「う、うん」
内容を詳しく二人に聞かせて、危険だから近寄らないように釘を刺す。
それからは二人を連れて教室へと戻っていった。渚紗も後をついていくが教室に入る頃になると、再び『探索をしてくる』と言って沙耶と別れた。
「……危なくなったら逃げなさい。絶対によ」
『ああ。わかってる。流石に二度も死にたくはないからな……』
沙耶が立ち止ったのを不思議に思った二人は、授業が始まるといって早く入ってくるように促す。沙耶は慌てて二人の後を追った。
一人残された渚紗は探索を再開したのであった。
夕方。紅に染まった西日が教室の窓を介して照らす。教室はすっかりと朱色に染まり切っていた。
そんな教室の教卓の上。渚紗はぷかぷかと一人浮かんでいる。
あれから校内を一通り見て回った渚紗だったが、大した成果も情報も手に入れる事はなかった。
それで今は優奈を送り届けている沙耶の帰りを待っている。
ガラガラと音を立てて教室へと入ってきたのは沙耶。無事に送り届けたらしい。
「待たせたわね。あれから何か収穫あった?」
『あれからは不気味なほどに何もなかったな。やっぱり魔の手が言ってた通り、深夜に奴の所へ行くのか?』
「……それしかないわね。奴をうまく倒せれば、他の奴の情報も手に入るはずよ。まぁその問題の深夜になるまでは、探索を続けましょう」
『そうだな。じゃあ、図書館かな? あそこは一人で調べるのには骨がいる』
「アナタは幽霊だから骨がないものね」
『そういう意味じゃねえよ!?』
「冗談よ」
そういってクスクスと笑う沙耶に渚紗は脱力した。
そこで一転して沙耶は真面目な表情を繕った。
「正直な話、私は少し七不思議を舐めてかかっていたわ。でも、実際の所は怪異として強かった。下手をすればやられるのはこちら」
渚紗は魔の手の不気味さ、あの激昂時の威圧と殺気を思い出していた。
「やっぱりそこら辺の怪異よりも実態がある分強い。七不思議の噂がそれに拍車をかけているわ」
『アイツを倒すんだよな? でも、どうするんだ?』
「退魔符や陰陽術を使って戦うしかないでしょうね。弱らせたところを一気に浄化して消滅させる」
沙耶は懐からお札や針といった類の物を覗かせる。針は当然金属でできており、見た目に反してしっかりとした重さだ。
『俺は魔の手と戦う事になったら、どうすればいいんだ?』
「……隠れてなさい」
『え、いいのか?』
「だってアナタ普通……幽霊の時点で普通ではないけど、戦う術を持ってないじゃない。足手まといになられるくらいなら逃げて隠れて貰ってた方がいいわ。それにアナタの役目は戦う事じゃないでしょ?」
『……ああ』
どこか納得がいかないような表情をしている渚紗だが、無理矢理頷いて自分を納得させる。
沙耶が歩き出すと渚紗もその後を追った。
二人がまず目指した先は図書室。昼間の時の様に渚紗は幽体化して図書室の壁をすり抜けて中へと侵入した。
幽体化とは体を幽霊と同等、つまり霊体へと変える事である。それでは渚紗は常に霊体の状態ではないのか? というとそれは違う。霊体ではあるが完全ではなく表面だけを実体……見えはしないがこちらから触ることはできるという状態を無意識で行っているのだ。それ故に、渚紗は地面の上を歩けるし、扉にも触ることが出来る。幽体化はその無意識をコントロールして完全に霊体へとなることを差すのだ。
内側に侵入した渚紗は扉の鍵を開錠して沙耶を招き入れる。
二人は軽く言葉を交わすと本棚を漁る。沙耶はオカルト関係の棚を。渚紗は学校資料関係の棚をそれぞれ探す。
二人が本を探し始めて半刻ほど過ぎた。夕日はすっかりなりを潜め、闇夜が辺りを支配し始めている。消灯されている図書室は、窓から入るかすかな登りたての月明かりが唯一の明かりと言っても過言ではない。
いくつかの本を抱えて二人は受付のカウンターへと集まる。抱えていた本をカウンターに下ろすと沙耶はカウンタに設置されているデスク型のパソコンを起動した。
『お、おい。勝手に使っていいのか?』
「だって、この暗さじゃ見えないじゃない。ちゃんと手続きは踏むから大丈夫……なはずよ」
『そこは断言してくれよ……』
手慣れた? 手つきでパソコンを立ち上げていく。そして、ログイン画面でその動きは止まった。
『? どうしたんだ?』
「……図書委員用、いや、貸し借り用のIDとパスワードが分からないわ」
『つまり?』
「貸し借りの偽装が出来ないって訳ね」
『オイィ!?』
ログイン画面の光で照らされる沙耶。その姿は何か考え事をしているようだった。暫くすると何か閃いたのか、カウンターの引き出しを漁りだす。
『何をしてるんだ?』
「日誌を探しているのよ。委員会なんだから日誌ぐらいつけるでしょ? アナタも探しなさい」
『別にいいけど……日誌なんか探してどうするんだよ』
「図書委員の日誌なのよ? パソコンのIDとパスワードくらいメモしてあるでしょう」
『……なるほどな!』
暫く探し続ける二人。日誌を見つけたのは渚紗であった。
『お、これじゃないか?』
「見せてみなさい」
渚紗が手渡したノートを開いて眺め始める沙耶。それは確かに図書委員の活動報告を書かれた日誌であり、IDとパスワードがしっかりとメモされていた。
「ビンゴね」と呟きながら素早く打ち込んでいく。
画面が飛んで四つの項目を映し出した。貸出。返却。検索。履歴の四つ。沙耶は貸出のボタンをクリックする。
USBでつながっているバーコードリーダーを手に取り、本の裏表紙に着けられているバーコードへと当てた。ピッと音を立てて書籍情報が画面へと映る。それを確認したあと貸出完了のボタンを押して終了。それを冊数分繰り返した二人。
「これは帰って私が読んでおくわ」と沙耶は言いながらカバンへと本を仕舞う。立ち上げたパソコンをシャットダウンして席を立った。
「じゃ、行くわよ?」
『次は何処へ行くんだ?』
「決まってるでしょ……」
そういって沙耶は不敵に微笑んだ。渚紗は緊張した面持ちでゴクリと息を呑んだ。
「――南校舎四階のトイレよ」
お久しぶりです。
いやぁ。時の流れは予想以上に早すぎますね。
油断してたらつい数日以上たってしまいますから。
次の更新も遅れそうです。
書くのが難しいというのもあるんですが、来週はテスト期間です。
他にも私用や、模試や検定が近い所から勉強は必須。
モンハン共々少し遅れてしまいますがご容赦ください。
それでは、また次話にてお会いしましょう。