第二話
「そこの浮遊霊! いや、……永夜渚紗!!」
『――え?』
「ちょっと面貸しなさい?」
『……え?』
渚紗に突然話しかけてきたのは目の前に立ちはだかる少女。
黒い髪を紅いリボンでツインテールにしており、厳しそうな印象を与えるつり目の黒い瞳。優奈よりは一回り位位大きな少女だが、胸はさらしを巻いているのかは分からないが小さく、巫女服を身に纏っていた。
渚紗は驚いていた……否、混乱していた。
(え、ちょっ……この子いま俺に話しかけて来たよな? フルネームで呼んじゃってくれてるし。でも俺は幽霊な訳で普通の人には見えない筈。つまりこの子は普通じゃない? なんか巫女さんのコスプレしてるし……本物なら霊感とかあるのかもしれない)
幽霊になってから五年もの間、渚紗は人と話したことはない。いや、話せたことがない。
いずれも渚紗の存在に気付くことは出来ず、話しかけられるどころか視界にすら収められない有り様だ。
それ故に今話しかけて着た少女の存在に驚きながらも、どこか期待してしまい嬉しさを感じていた。
思考の渦に巻き込まれ呆然と立ち尽くしていた渚紗に、業を煮やした少女は懐から一枚のお札を取り出し渚紗に叩きつけた。
お札が渚紗に触れた瞬間、途轍もない稲光が生じ渚紗の体に衝撃としびれるような痛みが奔った。
『あべしっ!?』
「アナタ、永夜渚紗よね? で、どうなの? 着いて来てくれるのかしら!」
『痛い……って、いきなり何をするんだアンタは!?』
「うるさいわ。だって一向に動きもしないし話をするわけでもない。私は気が長い方じゃないのよ」
そう言いながらお札を懐からチラチラと見せつけるようにする少女。
それを見て渚紗の怒りは怯んだ。
『な、なんなんだよソレは』
「……まずは私の質問に答えて欲しかったんだけど、まぁいいか。これは退魔符……所謂、除霊などに用いるお札ね。一応除霊しないように手加減はしてあげたのよ?」
『あ、そうなんだ。それはありがと……う? って違ぁーーーーう!』
「今度はこっちの質問に応えなさい。アナタは永夜渚紗で間違いないわね? 永夜優奈の兄である」
見事に話をスルーされた渚紗だったが少女が出した義妹の名前を聞いた瞬間、一転して真面目な表情になる。
それは今日体験した奇妙な現象も合わさり恐怖と共に表情が強張った。
『……確かに俺は永夜渚紗で優奈の義兄だが。アンタは何者だ』
「漸く答えてくれたわね。じゃあ、私も答えましょう……蓮華高等学校一年B組、鳳華院沙耶よ。優奈とは小学生のころからの付き合いの親友って奴よ」
『優奈の親……友……?』
渚紗は過去に家に訪れた優奈の友達の姿を思い出していく。その内の一人に確かに沙耶の容姿と一致するのがいくつかあった。
『え、でも……巫女服なん「常識的に考えて友人の家に巫女服なんて来ていくわけないでしょ!」……それもそうだな』
いずれも私服若しくは制服で家に来ていたが、巫女服なんてインパクトの強いイメージが先行してしまっていた。
『えっと、鳳華院さん……でいいか?』
「沙耶でいいわ」
『そうか。じゃあ沙耶って呼ばせて貰う』
話を再開させようとする渚紗だったが、沙耶がそれを制した。
「此処でするような話じゃないから、できれば神社まで来て欲しいんだけど……ていうか来なさい。拒否権はないわ」
『ああ、それは別にいいんだが……俺になんか用事でもあるのか?』
沙耶の後ろについて歩く渚紗は、慣れ親しんだ地理から向かっている先は蓮華神社と予想した。
沙耶は考え事でもしているのか渚紗の質問には答えず、黙り込んだまま進んでいく。
渚紗もそれにならって黙ってついていく。
十分ほど歩き蓮華神社の山の麓に辿り着いた。
ずらりと並んでいる凶器のような階段を見てげんなりする渚紗。しかし、自分が幽霊だってことを思い出すと宙を浮いて移動を始める。
階段を上り切るのにまた五分ほど時間を要した。鳥居の下をくぐり登り切った先には古くも大きな神社が佇んでいる。
参道がありその傍には手水舎、社務所といたって普通の神社の作りをしていた。
沙耶の後に続き石畳の上を歩いていき、社務所へと入る。
外にはお守り・祈念神石・絵馬等やご祈祷(特別祈願)・玉垣の奉納等の受付所があったが、中は至って簡素な作りになっており和室だ。
ちゃぶ台の前にある座布団に座るように促された渚紗。沙耶はちゃぶ台を介して渚紗の正面に座った。
『それで、用事ってのはなんだ?』
話を促す渚紗。沙耶はそれに簡潔に答えた。
「アナタの妹、凄く霊に好かれてるわ。このままだと危険なの。手伝いなさい」
『はぁ?』
「だから! 体質なのかは知らないけど優奈は、霊や怪異という存在に異常なまでに好かれ付きまとわれてるの。今までは私一人でもなんとかなったけど……アナタは体育館で何か感じなかったかしら?」
体育館。その一言で渚紗はあの不気味で常軌を逸した光景を脳裏に思い浮かべてしまった。
辺り一面が血で紅く染まっており、生徒の残骸がそこかしこにばら撒かれた情景。
渚紗はその光景を再びはっきりと思い出してしまい、吐き気を催した。
『っ……お前、も……あの光景を、見たのか?』
「……ええ」
『優奈は、優奈は見たのか?』
「あの子には一切合切、これっぽちの欠片も霊感は無いから。アレが見えたのは私の様な霊感の強い人か若しくは、アナタの様な怪異側の存在だけね」
『そうか……』
渚紗は安堵していた。優奈だけでもあんな悲惨な光景を目に焼き付けていないことに。
「アレらは恐らく優奈を狙っているはず。でも、あそこまで強く悍ましい力は初めて。幾ら専門とは言え、あんなに負の感情が育ちきった怪異たちを相手に私一人というのは流石に厳しいわ」
『だから、俺に目を付けたのか?』
「ええ。アナタが優奈のお兄さんってのもあるけれど、そこまで自由の効く幽霊なんてそうそういないもの」
『だが、俺はそういうのは全くの素人だぞ? 逆に俺が殺されそうなんだが「アナタはもう死んでるでしょうが!」……おお、そうだった』
「一人よりは二人よ。そういう専門的なことは期待していないわ。寧ろ専門を離れた奇抜な発想とか、アナタの特性を生かした技術とか……人間二人いれば何とかなるものよ『俺は幽霊だがな』うっさい!」
いらないツッコミを入れてしまい、沙耶にお札を叩きつけられ『あべしっ!?』と悲鳴を上げながら倒れる渚紗。
「と・に・か・く! アナタはこれから私と共に行動する。私の指示はちゃんと聞くこと。わかった?」
『い、いえっさー……』
【ほぅ……愉快な奴じゃのぉ】
突如頭の中に響くような声に渚紗は驚き後ずさった。対する沙耶は慣れたようにその声に返事をする。
「神様がそんなに簡単に本殿から外に出ないで下さい」
【相変わらず堅い奴じゃのぉ鳳華院は。ここも我の敷地内じゃ、大目に見よ】
そういって二人の前に現れる和服の女性。沙耶に神様と呼ばれた女性は神聖な雰囲気をその身に纏っていた。
『か、かかか神様!?』
「そうよ。家の神社に祀ってある神様よ」
【うむ。我が神じゃ。名を護心蓮花ノ御神……まぁ、気軽に蓮花ちゃんとでも呼んでくれればよい】
『軽ッ!? 神様なのにちゃん付けとか……』
【今時、仰々しい神様は受けが悪いのじゃ。もっとフランクな感じで接した方が良いと知り合いの神が言っておった。……という訳で、この姿にも疲れてしまうからちぃと失礼じゃ】
そういうと女性の体は見る見るうちに縮んでいき、美人の女性であったものが可愛らしい幼女へと姿を変えた。
普通ではありえないその現象を見た渚紗は、蓮花と呼ばれた神様が本物であることを信じるしかなかった。
『か、神様って……本当に実在したんだ』
「幽霊のアナタが何を言っているの?」【幽霊である主には言われとうないよのぉ?】
一人と一柱にそう切り返されて何も言えなくなった渚紗。
「それで蓮花様は何の御用があってこちらまで参上したのでしょうか?」
【うむ。ちぃとそこの幽霊に興味がわいたからじゃ。……決して暇をつぶそうなどとは考えてはおらぬよ?】
「語るに落ちてますよ蓮花様」
【ガーン!?】
つまり、蓮花は暇つぶしに態々現れただけであった。
場の空気を元に戻そうとワザとらしく咳払いする蓮花であったが、その姿が幼女であるためにまったく様になっていなかった。
【まぁ冗談はこれくらいでじゃ。本題は主らの学校じゃ】
「……」
『学校っていうと、蓮華高校? あそこがどうかしたのか?』
【うむ。あそこはちぃと……いや、大分かの。陰の気が濃すぎるんじゃ。それ故に今まで沈黙を保っていた怪異共が好き勝手に暴れよる】
「原因は……恐らく優奈でしょう、ね」
『優奈が!?』
「言ったでしょ? 優奈は異常なくらいまでに霊や怪異たちに好かれてるって。優奈を得ようと怪異たちが暴れているせいで陰の気が濃くなっているんでしょうね」
【おお、あの娘か。我にもよく分からぬが、我らの様な者たちにも優奈は魅力的に映るのぉ】
そういわれて今一ピンとこない渚紗。
『でも、俺には別に魅力的に見えないぞ? あ、勿論怪異的な意味だが。義妹としては凄く可愛いと思っているし、良い子だとは思うが……』
「そう、それよ! 私は怪異側である筈のアナタがそういう反応だからそれがカギになると思ったの!」
【ふむ……兄妹そろって変わった人間なんじゃのぉ……】
蓮花のその反応に渚紗は少し困ったような表情を浮かべる。
『あ、っと……俺と優奈は血は繋がっていないぞ? 俺は拾われた子だから』
渚紗の一言で場の空気は一気に重く冷たいものへと変わった。
沙耶と蓮花の二人は驚いたような表情を浮かべており、対する渚紗もやってしまったと表情を強張らせた。
「……ごめん」
【……すまん】
『いや、別に気にしないで貰った方ががこちらとしてもやりやすい』
何とも言えない空気になったのを払拭しようと話を元に戻す渚紗。
『それで蓮花……ちゃん? は、学校をどうしたいんだ?』
【うむ。その優奈という娘を守るついででいいのじゃが、怪異の元を断って欲しいのじゃ。我はこの地から離れることが出来ぬからのぉ】
『怪異の元……?』
蓮花の告げた言葉の意味を理解することが出来なかった渚紗は疑問符を浮かべている。
それを遮って答えたのは沙耶。
「心当たりはあります。学校で最も強い怪異。……恐らく、“七不思議”でしょう」
『七不思議ねぇ……確かに学校と言えば定番ではあるな』
【怪異の元を断てば、少なくとも学校の中での優奈という娘の安全は、ある程度は保証できるであろうな】
「ずっと守り続けるよりはそちらの方が良いですね」
【では、主らに任せるぞ?】
「御意」
『ああ、出来る限り頑張らせて貰う』
その後、沙耶と渚紗の二人は蓮花を交えて今後の細かい動きについて話し合っていく。
夜は静かにひっそりと更けていった。
暗い暗い常闇。
そこに卓を囲むように六つの影が鎮座していた。
【忌子が儂らの城に現れたようだ】
【キヒヒ、早く捕まえて壊れるまで遊んでから、食べてしまいたい】
【……ハラ、ヘッタ】
【だが、蓮華の巫女が周りでウロチョロと目障りだ】
【あんな雑魚に興味はないねぇ……】
【……】
話し合いのようでまったくまとまりがない六つの影。
それを制するように一つの影が現れた。
【巫女のほかにも面白い存在がいるようだ】
そのカリスマ、いや恐怖ゆえか……好き勝手に発言していた六つの影は全て黙って耳を傾けていた。
【我らに近しい存在だが、我らとは明確な違いを持っているようだ】
六つの影はそれを聞いて楽しそうに表情を歪めた。
【巫女を亡き者とし、忌子を手にしよう。男は出来ればこちら側に引き込みたいところだが……。我らが本領は夜、機会は何時でもある】
それだけ言うと影は姿を消した。それに続くように六つの影も一つずつ消えていった。