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二階層




PTを組むことを決めたアルベルト達はあの後しばらく酒を酌み交わし、飲みすぎたため《謳う白熊亭》に一泊してからギルドに向っていた。固定PTの登録申請をするためだ。


別段、PTを組んだからといってギルドに知らせなければならないという決まりはない。フリーの冒険者が集まって一時的にPTを組むこともあるし、既にPTを組んでいる者が他所のPTに借りられることだって極稀にだがある。それらまで一々把握していられないのだから当たり前だが、固定PTとなると話は別だ。

ライセンスを持っている冒険者の情報はギルドで管理されていて、そこの誰が何処のPTに所属しているかも同様となっている。これは情報の整理を簡易にするためだけでなく、防犯や保険のためでもあった。

PTに所属する冒険者が犯罪を犯した場合、連帯責任としてそのPT全体にも罪がかかる。軽いものなら注意や罰金で済むが、重いものになるとライセンスの剥奪や国外追放、最悪処刑ということもありえるため自然と自戒を促すことになるのだ。他にも、実際は何の関係も無い冒険者が《A》というPTに所属していると嘘を吐いて事件を起こした時、真偽を明確にできるようにするためなど様々な事情がある。そのため強制ではないが、固定PTを組んだ場合はギルドに登録するのが推奨されており、登録したPTにはギルド関連の有料施設を使用した際に『PT割引』が使えるようになるなどの特典が付く。また、難度の高いダンジョンを攻略したりギルドからの依頼を解決することでPTランクと呼ばれるギルド内での格付けを上げると、倉庫やPTルームを借りれるようになったりもするのだ。

そういった利点があるため、PTの登録申請を渋る者はあまりいない。ギルドからの依頼を断りづらくなったり、大したものではないとはいえPTの情報が公表されるなどのデメリットもあるが、それらは高ランクのPTでもなければ然程気にすることではなかった。


つい先日まで高ランクPTに所属していたアルベルトだが、新しく作るとなればそんなことは関係ない。二年前と同じく新米PTとしてまた一からスタートするだけだ。そんな気概とはまた別に、大通りを人の流れに沿って歩きながらアルベルトは頻りに首を捻っていた。考えることはこれからのスケジュールでも、PTリーダーとしての職務のことでもない。PTリーダーについては、レムとコノエの強硬な主張により《謳う白熊亭》を出る前からアルベルトに決定していたが、風来坊なコノエの気質も人の前に立ちたがらないレムの性格も理解しているアルベルトには特に異論はない。本来ならリーダーがするべきギルドとの情報交換や各種手続きのやり方なども代理で行わされていたので手間取ることもないし、PTの雑務を片付けるのも慣れているので適任といえば適任だ。

だから現在アルベルトが悩んでいる事柄は全く関係ないこと。関係ないと言ってもこれからのPT活動にはかなり重要であり、もし有名になれた時に恥をかかないためには真剣に取り組まなければならないものだ。故に頭を悩ませる。


「PT名、どうするよ?」


「オレはアルに任せる。そんなに悩まなくても直感でパパッと決めちゃえばいいって」


「同じく。心配せずとも、アル殿ならば素晴らしい名をつけられるでござるよ」


他二人はこの調子なので、やはり考えるのはアルベルトの仕事になる。確かに名前一つに時間をかけ過ぎるわけにもいかないが、適当に名付けたがために嫌な意味で有名になってしまったPTを知っているアルベルトは出来るだけ無難な名前にしようと必死だった。だが何分急な事、妙案など早々思いつくわけもなく気が付けばアルベルト一行は既にギルドに到着していた。


冒険者ギルドのある建物は様々な施設を持っている事もあって中々大きい。

玄関から入って直ぐには三階まで吹き抜けのホールが広がっていて、右手側には各所の受付が並び、左手側にはランク別に依頼用紙を貼り付ける掲示板群が置かれ、玄関正面奥には待合室も兼ねた食堂が開店している。ホールの両脇からは上階への階段が伸びており、二階には資料室と治療室、それとギルド員の詰め所があって、三階にはギルドと提携している商店の他、魔物から取れる素材や採掘した鉱石などの換金所なども設けられている。それ以外にも市外訓練場やギルド専用アイテム研究所など一つの建物内に収まらない大きな施設がグランガランの随所に存在するが、それらはいま関係ないだろう。


このうち、アルベルト達が今回利用するのは一階右手側に並ぶ受付の中にある『登録受付』だ。読んで字の如く登録をするための受付だが、ここではPT登録以外にもなりたて冒険者の個人情報を登録する役割もある。その隣にギルド事務課受付があり、PT脱退時や冒険者を引退する場合の手続きはこちらで行っていた。

一昨日出向いたばかりの事務課を通り過ぎて受付窓口に立つと、笑顔で対応してくる女性のギルド職員に用件を告げる。今日はそんなに人がいないからか、受付にもスンナリと入ることができていた。


「いらっしゃいませっ! どちらの登録をご利用ですか?」


「PT登録をお願いします。リーダーはアルベルト=アレクセイ、PTの名前は―――えー……」


結局、ここに至るまで良い名前を考え付けなかったアルベルトはそこで一旦言葉に詰まる。このままでは本当に直感で決めてしまうことになるのだが、アルベルトは己のネーミングセンスにあまり自信がない。以前に錬金で作成したアイテムの特許を申請した際など、記載したアイテム名を見た受付の人に引き攣った笑顔で「独創的な名前ですね」と言われたこともあり、名付けるという行為を苦手としていた。

そんなアルベルトだが、名前の候補が一つだけあることにはある。ただ、それは元々別に存在したモノの名前であり、冒険者がPT名に使うには相応しくないと自分でも思えるものだったので他にないかと考えていたのだ。しかし、やはりというかその候補以上の名は思いつかなかったのだから仕方ない。左右を陣取り待っている二人に後で文句を言われるような心配はないだろうが、せめて堂々としていようと心がける。

一度咳払いをして元々崩れていない姿勢を殊更正すと、アルベルトはこれから名乗り続けるであろう、冒険者にとっては不吉すぎる名を告げた。


「PT名は《パストラル》にしてください」


「パストラル……ですか? あの、本当にそれでよろしいので?」


不安そう、というより正気を疑うかのような視線で聞き返してくるギルド職員に無言で頷き、きちんと“理解している”ということを示してみせる。それでも納得していない様子だったが、仕事は仕事と割り切ったのか手早く準備を整えていく。


「では登録される方はPCIRTのご呈示をお願いします」


ギルド職員の言に従ってアルベルト達は自分のPCIRTを受付カウンターに置いた。

PCIRTは中身を弄る事こそ違法となっているが、フレームなどは比較的自由にできるため大きくではないものの外観はそれぞれ変わっている。フレームの改造やデコレーションは専門の業者もいないしギルドも関与しないので自分でやるしかないのだが、それだけに冒険者の性格がよく表れることから『その冒険者を知りたければまずPCIRTを見ろ』と言われるほど、実は重要なファクターになっているのだった。


一応詳細を語っておくと、通常配給されるPCIRTは光沢のある白いフレームを持った縦9cm横4cm厚さ1.5cmくらいの長方形に折り畳まれた板状の機械で、縦に開いて使用する。開くとやや斜めに固定され、縦幅はだいたい16cm弱。上部内側に文字や図形を表示する画面が付いていて下部内側が操作盤となっている。フレームの下には素材の色が丸出しの無骨な板が見られるが、これは中の精密機器を守っている堅板と言われる特殊合金だ。これなくしてPCIRTはなかったと言ってもいいだろう。


そのような形状のPCIRTだが、アルベルトのものは一見すると色が光沢の無い黒に変更されている以外は通常の配給品とあまり変わりがない。だが、実は開いてみると画面を覆う上部フレームの四隅に金色の蔦のような意匠が描かれ、操作盤に至っては最初に書かれていたはずの文字まで全て一新して上部と同様の意匠を凝らしてあった。周りからは見え難いが随分な凝りようである。

一方、レムのものは全体を深い青で染められ、フレーム表面の右下にレムの一族が掲げる“二又の尾を持った猫がツンと上を向いている”エンブレムが白色で目立ちすぎないよう描かれている他には特に変えておらず、簡素な印象を受けた。ただ、下部フレームの左上隅にある穴から伸びる白い紐で結わえられた金の鈴がその簡素さと上手く噛み合っていて良い感じのアクセントになっている。

最後にコノエのものに目を向けるが、前者二人と比べてもその外観は簡素では足りないほど、たった一点を除いて何の手もつけられていない。フレームは配給時と変わらない白一色、ただしその中央にやや大きめの赤い丸が一つだけ描かれている。それ以外には本当になんの変更もないようだった。


登録受付を担当するこのギルド職員はそんな冒険者それぞれのPCIRTを見るのが楽しみにでもなっているのか、感心したように何度も頷きつつ一個一個を隅までチェックしてから手元にある白い箱状の機械に翳し、それが終わったらPCIRTを先ほどより大き目の箱にある六つの窪みの何所かに填め込んでいく。その後は一言も発さずに30cm四方はある薄型の画面を見つめ、PCIRTと比べて何倍もある大きさの操作盤を扱い作業を進めた。


いま行われているのは、他のPTに登録されていないかというのを始めとするPCIRTに記録されている様々な事柄の調査だ。ギルドのホスト(超大型情報記録装置)に記録されている情報とPCIRTの情報に食い違いがないかを照らし合わせているのである。ちなみに最初にPCIRTを翳した機械は違法処理をしていないかを調べるための走査装置であり、現在填め込まれている箱はPCIRTにアクセスするための接続装置だった。

これらを使った調査が終了して問題が無ければ、そのまま記録情報統合連結……通称『リンク』と呼ばれるものをそれぞれのPCIRTに設定して登録は完了となる。このリンクとは、簡単に言ってしまえばPT情報を共有するということであり、PCIRT同士に情報連結を行わせることによって他のPCIRTの位置を特定したり、自分のPCIRTから仲間の簡易情報を閲覧することができるようになる機能のことだ。もちろん共有情報にもキーを設定してロックをかけることはできるし、電源を切っていれば位置の特定もバイタルチェックも不可能になるが、それらの少なさが=PT内の信頼関係を示すことにもなる。


ともあれ。

順調に進めばそう時間のかからない作業である。アルベルト達もご多聞に洩れず十数分で終えることができたようで、処置の済んだPCIRTがそれぞれに返された。これで三人も正式に新米PTの仲間入りだ。


「はい、これでPT登録は完了です。もしリンクなどに不具合があった場合はまたこの受付までお申し出ください」


ありがとうございましたー、という声を背に受けながらアルベルト達は冒険者で賑わうギルドを出る。快晴な空に輝く太陽はまだ中天に達しておらず、早めに来たこともあって昼の時間にはまだ大分余裕があった。


「時にアル殿。先ほどPT名を決定した際の受付嬢の対応が、どうも引っかかっておるのですが……《パストラル》とはどういう意味なのでござるか?」


「それはオレも気になった。似たような古代語に“素朴”とか“気楽な”って意味の言葉があったはずだけど、それとは違うんだろ?」


この時間を利用してアイテムの買出しにでも行くべきかとこれからの予定を検討し始めたアルベルトだったが、今まで黙っていたレムとコノエが口を開いたことで一旦その考えを追いやる。

二人の疑問は最もだし、了承していたとはいえこれから自分たちも名乗っていくものだけに、ちゃんとした意味を理解したいのだろう。アルベルトも説明するつもりではいたので、特に考え込むこともなくこの名前が持つ意味を告げた。


「ああ、パストラルってのは此処から東にあるオーガン大陸のウァット地方にあった田舎町の名前だよ。まぁ、七年前に魔物の群れに蹂躙されて地図から消えちまったがな。突然魔物の群れが襲ってきた原因は未だに不明、一説には近くにあった遺跡から何らかの理由で一斉に溢れ出したダンジョンモンスターの暴走とも言われてるが真相は定かじゃない」


そんな目に遭った町の名前だと知っていてわざわざPT名に使うなど、たしかに正気を疑われても仕方がないだろう。何せ地図から消えたということは、建物が破壊されたとか人がいなくなって廃れたとかそんな生易しいものではなく、完膚なきまでに物理的に滅んだということである。今からパストラルがあった場所に行ってみても、そこには更地しかないということだった。

しかもそれにはダンジョンが関わっているかもしれないのだ。そんな縁起が悪いどころか不吉極まりない名前を使う者など、よほどの無知か、どうしても使いたい理由がある者かの二択しかない。そして、知っているのに使ったアルベルトは自然後者になるのだが、そうなると今度はその理由が何であるかに焦点が絞られる。


「それで? アルはどうしてわざわざその名前を選んだの?」


「我らも一度アル殿に採決を委ねた以上文句などありませぬが、我らが共感を得るためにもそこに籠められたアル殿の想いを聞かせて頂きたいのでござる」


レムは純粋に興味から、コノエは言ったとおりの理由からだろう。両者から妙に熱い視線を受けて、やや照れながらだがアルベルトは何でもないように心中の思いを洩らす。故郷を……自分以外の全てを失ってからずっと抱えていた、ちょっとした寂しさを。


「別に大した理由はないって。ただ、あそこに暮らしてた奴らはみんなマイペースで自由人なのばっかだったからな、俺はともかく個性の強いお前らがいるなら丁度いいだろうって思っただけだ。それにまぁ、唯一の生き残りだった俺以外に使う奴もいないだろうし、故郷が誰からも忘れられるのは寂しいしな」


『農牧の町パストラル』魔物の群れに襲われ消滅 生存者:1

それが公式に残っている記録であり、アルベルトの知る事実である。

元々田舎なだけあって他所の町との交流はあまりなく、しかし穏やかながら騒がしい住人の気風もあって自分から出て行くような者もいない町だった。近場に攻略しつくされた遺跡はあれども冒険者すら滅多に寄り付かない。その時たまたま町に滞在していた冒険者に助けられなければ、アルベルトも故郷の者たちと運命を共にしていただろう。

そんな場所だから、知っている者はほとんどいない。国やギルドに限って言えば“初めて遺跡の外で遺跡の被害を受けた町”として有名だったりするが、一般人や基本的に自分本位な冒険者などは聞いたことがあってもすぐに忘れてしまう程度の事柄だ。寄ったことがある者でさえしっかり覚えているかは怪しいし、そうなると必然、元在った町本来の姿を知っているのはアルベルトだけになる。

それではあまりにも悲しい。確かに此方から合わせなければならないほどマイペース過ぎる者達ではあったが、基本的に気の良い連中だった。そんな彼らがアルベルトは好きだったし、パストラルでの農作業生活も好んでいた。だからそれらが永遠に失われたのは正直に寂しいと感じたのだ。

故郷を失い冒険者を志した時も、もし自分でPTを作るなら故郷の名を付けたいとも思っていた。それで活躍すれば、少なくとも名前だけは不名誉でないものも残るから、と。ただそれは、冒険者として過ごすうちに難しいと学んだし、そもそもPTを作る事だってそう簡単じゃないと分かってからはスッカリ忘れていたのだが、どうやら機会が巡ってきたことで再燃してしまったらしい。

これではいくら考えても良案など出ないはずだと、アルベルトは自身を分析して苦笑した。


「よもや、アル殿にそのような過去があったとは……くっ、不肖ながらこのオオエヤマ コノエ、アル殿の想いのためにも《パストラル》の名を広めることに全力を尽くすことを誓いましょう!」


「いや、そりゃ嬉しいがとりあえず落ち着け」


なにやら感動して一人熱血スイッチの入ったコノエが意気を上げ、それをアルベルトが周囲の迷惑にならないように宥めている傍ら。レムは少々バツの悪そうな顔で俯いていた。

まさかこんな重い過去があってのこととは思わなかったというのもあるが、それ以前に“アルのことはアルに聞けば教えてくれるだろう”と安易に考えていたらしい自分が許せなかった。今回は違ったが、アルベルトにだって話したくないことや知られたくないことはあるだろう。もし不躾に踏み込んではいけない領域に土足で上がるような真似をしてしまった場合、いくら自分のことに無頓着で心優しいアルベルト(レム主観)でも流石に気にしないでいられるはずがない。今度からはきちんと情報を集めて吟味し、知らないフリをしたほうがいいことを探しておこうと心に決めてレムは顔を上げた。


「ねぇアル。PT名の由来はわかったけどさ、これからどんな風に活動していくのかは決めてるの?」


「ん? ああ、概ねはな。とりあえずは俺たちでの連携も確認しとかなきゃならんし、まずはEランクダンジョンを一つ攻略してみようと思ってる。その後は他に仲間を探しつつ地道に繰り返しってところか」


レムの問いに予め練っておいたプランを答えつつ、アルベルトは少し肩を竦めた。本当ならもう少しメンバーを揃えてから連携の調整などは行うべきなのだが、即戦力でこのPTに入ってもやっていける人物など早々いない。レムやコノエには声をかければ喜んでついてきそうなファンとでも呼ぶべき存在がいたりするが、そういう輩を加えるのは不和を生じさせる原因になるので選ぶわけにもいかなかった。

仲間についてはこれからの出会いに期待するしかないが、だからといってのんびりしている暇もない。コノエは強者を求めて、レムは単純な好奇心からだろうか、アルベルトにも思い出した小さな望みがある。それらを叶える時間は有限で、待ってはくれないのだ。少しづつでも前に進まなければ願いは単なる願いのままになってしまう。

地道な、しかしキチンと先を見据えているアルベルトの発言を聞いてコノエが得たりと促す。


「では、最終的にはやはり?」


「おう。もちろん【リリアの宮殿】踏破を目指す」


しかと頷いて返したアルベルトは、二人の前を行くように率先して歩き出した。向かう先は商店街の道具屋だ。PT割引が使えるようになったとはいえ、アルベルトに限って言えば原材料をギルド以上に安価な場所で買ってアイテムは自分で作ったほうが効果も上だし安上がりになる。数が必要だったり、上級遺跡に挑むとなったらまた話は別だが、ほとんど消費の心配がない仲間と低ランクダンジョンに行くと決めているのにわざわざ多く用意することも高級ポーションを買うこともないのだ。


「そんじゃま、話も纏まったところで明日のために買出し行くぞ」


早くもリーダーシップを発揮するアルベルトを二人は頼もしく思ったが、用件は雑用なのでいまいち締まらないのだった。











商店街の中でも薬草類が一番安く手に入る道具屋、火種やロープなど冒険に欠かせない物の品質が特に良い道具屋、インスタントマジックストーンなどの魔導工学系アイテムの品揃えが豊富な道具屋……と巡っていたアルベルト一行は、夕日が目に付いた頃になってようやく解散の流れになった。


「悪いな、思ったより長引いた」


「別にいいよ。こっちは得をさせて貰ってるんだからアルは気にしないで」


「それにアル殿の目利きは参考になりますからな。また暇があればご教授賜りたいものでござるよ」


想定していた以上の時間拘束してしまったことをすまなそうにするアルベルトに、二人は常の落ち着いた態度で気にしていないことを示す。

とりあえずある物を買おうとするレムやコノエを見かねてアルベルトが選別を引き受けたのだが、新しい仲間のためにと少し気合を入れすぎて普段よりも時間をくってしまったのだ。PTを組んだからといって二人を必要以上に縛ることはしたくなかったアルベルトだが、PTリーダーという責任ある立場になって少々浮ついていたのかもしれない。

もっと確りしなければ、とアルベルトは内心で決意を固め、それを見透かしたレムはその真面目な態度に苦笑した。もっと気楽にしていればいいとは思うものの、害があるでもなくこれが自然体なのだと知ってもいるから別段口には出さないのだが。


「それじゃぁまた明日、朝八時に南門に集合だ」


「りょーかい」


「ではまた明日に」


別れの挨拶をして、今までいた中央噴水広場から其々の帰路につく。

レムは雑踏の中に姿を消し、コノエは真っ直ぐ自分の宿に向かったようだが、アルベルトは少し寄り道をしていくことにした。


夕日を受けて赤く染まる街並みを眺めながら、ゆっくりとした足取りで歩く。

もうすぐ日が落ちて夜が来るというのにグランガランから活気が失せることはなく、人々の喧騒はむしろ勢いを増している。それは来る夜に向けての準備を進めているからだろう。

グランガランは昼間も活気に満ち溢れているが、夜になれば昼間とはまた違った賑わいを見せる。犯罪とまでは言わないまでも、お天道様の下では憚られるような商売……平たく言えば賭博場や娼館などだが、そういった世間ではあまり好まれない日陰の店は暗闇が訪れてからが商いの時間なのだ。

それらは荒くれ者の多い冒険者たちの、酒に並ぶ娯楽でもある。ただし、こういった商売が成立する地域は例外なく治安はあまりよろしくない。だからこそグランガランでは繁盛しているのではあるが。

ただ、そういう店は迷路のような街並みの中でも一区画に固まって存在する。所謂、色町というやつだ。

酔っ払いに暴れられては困るからという理由で酒場からは離れた場所にあるのだが、賭博場は同じ区画に建てられている。というより、賭博場周辺に娼館が集まったという方が正しいだろうか。これは賭けで増やした泡銭でついでに女も買ってもらおうという魂胆かららしいが、実際にその通り繁盛しているのだから人間というのは分かりやすい。


分かりやすいといえば、色町ほどキチンと目的意識を持って区画整理が行われている場所もグランガランでは珍しいといえる。他に纏まっている所など、一般の住民が主な客層の食料品店や一般雑貨を中心とする商店街くらいだ。

元々無節操無作為に寄り集まって出来た都市なだけに、グランガランは店舗ごとに区画を別けたりなどはされていない。一応、1km四方を一区画として南東から順に1~30の番号を振って何番街といった風に呼んだりしてはいるのだが、ある程度の目安としてしか意味を成していないだろう。

一つの区画に様々な店が集まっていることもあれば、需要が少ない店が何件も隣接していたり、武具店と鍛冶屋の距離が何kmもはなれていたりと、其処彼処にある不便の前には番号程度あってないようなものだ。自分の生活範囲以外の番号を覚えている者も少なく、全て覚えている者などそれこそ常にマップを持ち歩いている冒険者くらいなものだろう。

住宅街の民家のように一箇所に集まっていた方が治安上良い場合もあるが、それにしたって偶然集まっている区画以外はてんでバラけている。改めて見ても本当に滅茶苦茶な都市だ。

それでも都市として機能しているのは、ちゃんと警備が行き届いているからだろう。そうでなければ冒険者の街改め犯罪者の街となっていただろうことは想像に難くない。


しばらくは静かな時間が流れていたが、アルベルトが目的地に辿り着いた頃には日もトップリと暮れてグランガランは夜の賑わいを見せ始めていた。

表通りに面した酒場からは喧嘩でもしているのか囃し立てる声や騒がしい音が断続的に響き、軒を連ねる夜店からも競うように威勢の良い声が上がっている。少し裏通りに目をやれば怪しげな露店と、どう見ても堅気ではない人間の姿がチラホラ。

そんな中、輪をかけて怪しい……いっそ不気味と表現できそうな店が一軒あった。喧騒からは少し遠く、けれど人目から隠れるほど陰に近くはない。

表と裏の境界とでも言うべき線があるとするのなら、この店は丁度その真上に位置するだろう。



【喫茶:泡沫】



看板はないが、そこは確かにその名で営業している。

その立地も佇まいも喫茶店というには異質すぎる雰囲気を感じさせるが、目に見えておかしな部分はない。それが一層異質さを助長していた。

ただ一つ普通の喫茶店と明らかに違うところを挙げるとすれば、完全に日が沈んだにも関わらず未だに営業中なくらいだろうか。

通常の喫茶店ならば日が沈むのとほぼ同時に店仕舞いを始めるが、【泡沫】の明かりは灯ったまま、まだしばらくは消えそうにない。


常人ならまず間違いなく忌避するだろう空間に進んでいくと、アルベルトは躊躇いなくその店の扉を開いた。

普通なら何の変哲も無いだろうカウベルの軽い音が、ことこの店に限っては破滅的なまでに不釣合いだ。ただそれだけの事でもう二度と来たくなくなるような不快感を齎すのは、最早ある種の奇跡に等しいのではないだろうか。

相変わらずな店の様子に苦笑しながら、アルベルトは店内の中央でマッシヴなポージングをキメている彫像のような人物に声をかけた。


「こんばんわ、マダム」


「あらん? アルちゃんじゃなぁいのぉ~、二週間ぶりくらいかしらぁ」


野太く力強い声を極限まで丸めた猫なで声を発して、それまでピクリとも動かなかった人物―――マダム・クレメンスは優雅に笑う。

彼……いや、彼女? は、性別を超越したオカマという種別の人間だ。筋骨隆々とした体躯とアルベルトに匹敵する高身長を、ピンク色で薄い布を使った踊り子さながらの露出度の高い衣装で包んだその外見は、怪しいを通り越して奇怪である。規格外なリーゼントヘアーと割れた顎、そして化粧を施された凶悪な人相、といった濃いというには衝撃的過ぎるその容姿は、耐性のない者が見れば確実にトラウマものだろう。


「前に作品を卸したのがそれくらいだったか。評判はどうだ?」


「いつもどうり好評よぉ。特に新人の女の子たちは凄ぉく喜んでたわぁん」


そう言って、自分も嬉しそうに笑う。

このマダムの言う“女の子たち”というのは、色町にあるマダム経営の娼館に勤める女性〔 嬢 〕を指している。その濃いという表現すら生ぬるい容姿からは想像できないが、これでもマダム・クレメンスは色町一の娼館経営者にして、何かと裏が騒がしい色町の総元締めでもあるのだ。

そんな人物が何故このような喫茶店にいるのか。それはここ【喫茶:泡沫】が、マダムが経営している娼館【泡沫の愛】を利用するための予約を受け付ける場所であるからだった。

【泡沫の愛】は勤めている嬢のレベルの高さからそのサービスや館の内装に至るまで全てが完璧で、料金は相応に高いもののそれでもと破産覚悟で通いつめようとする者が出た事もあり、その為か現在は会員制の完全予約制となっていてマダムの眼鏡に適う者しか入店を許されない。色町の中でも最高級の娼館なのである。


ちなみに、そんな最高級娼館を何故一介の冒険者でしかないアルベルトが利用できるのかといえば、それは人格がマダムの眼鏡に適ったというのも勿論だが、それ以上にアルベルトがマダムにだけ売っている作品に理由があった。

冒険者であると同時に錬金術師でもあるアルベルトは、今までにも様々な品物を錬金術によって作成してきている。その殆どは既存の品の方が性能が高かったり、あるいは用途不明のガラクタだったり、中には便利な物もあったがそういう物に限ってやたらと材料費が嵩んだり副作用が酷かったりと散々なことが多く、ギルドの認可を受けている作品は少ない。


その少ない中でも自信作の一つがマダムに卸しているポーション、その名も【錬金番号739マキシマム・ツルツルゲルリン】だ。

一から新しいポーションを作成しようとして出来たれっきとした失敗作なのだが、これにはアルベルト自身も驚くような途轍もない効能が秘められていた。それこそ万能と評しても過言ではない、至極の美肌効果である。

この【錬金番号739(以下略)】……以降は消費者間での通称・美肌ポーションと呼ぶが。コレには全身に被ったとしても無駄毛だけを取り除くという脅威の能力が備わっている他、正式名称や通称通りのツルツル美肌効果やシミそばかすを無くす、余分な脂肪を燃焼させるなど世の女性が聞いたら狂喜乱舞する素晴らしい能力を備えているのだ。しかも副作用らしきものは特になく、一ヶ月は何もしなくとも効果を持続するという、正しく万能の名が相応しい美用品だろう。

実際に頭から引っ被ったアルベルトが自分自身で全て確認しているので安全性も保障されている。ただし、目に入ると失明しないまでも視力が低下する可能性があるし、飲んだらお腹を壊すのでその点だけは注意だ。


広く世の中に売り出した方が儲けられるはずの美肌ポーションだが、実は特許申請時にたまたま居合わせたマダムが試供品に目を付けていなければ認可されるかも怪しかったという経緯があったりする。

当たり前だが、こんな万能品が本当にあるなんて誰も思わない。ギルドの受付担当も、アルベルトの説明を非常に胡散臭そうに聞いていた。それを実際に使ってみるだけでなく、専売契約まで持ちかけてくれたマダムはアルベルトにとって自分の作品の良き理解者でもあった。そうでもなければ、いくら偏見を持たない主義であるアルベルトとてマダムと普通に友人付き合いなどできていないだろう。

また、マダムは様々なコネとパイプを持っているためそれを強化する目的でこの商品を流すこともあり、そういった時は仲介料を差し引いた金額がそのままアルベルトの懐に入ったりもする。二人は利害においても良好な関係を築いているのだ。


「それでぇ、今日はどういったご用事かしらん? お店の予約だったらイイ娘を紹介してア・ゲ・ルわよぉう」


「ははは、そいつは楽しみだが、今日はちょっと寄ってみただけなんだ。実は俺をリーダーに新しくPTを組むことになって、その報告にな」


「あらあらぁ~、それは吉報ねぇ! アタシ、アルちゃんは絶対リーダー向きだと思ってたのよぅ」


《ウイングデイブレイク》に所属していたことを知っているはずなのに、詳しい内情を聞くようなことはせず、まるで我が事のようにマダムは喜んだ。世辞だとは思いつつも、アルベルトは素直にその賞賛を受ける。マダムと話していると無駄に張っていた余計な力が抜けてきて、あくまで自然に頑張ろうという気力が沸いてくるのだから不思議だ。

マダム曰く「オカマは気配りができてこそ一流」とのことだが、それならきっとマダムは超一流だろう。


それから少し雑談をして、アルベルトは暗い中を軽い足取りで帰っていった。









正直な話、あまり細かい設定は考えていません。なので今後、設定にズレが生じたりするかもしれませんが、その時が来るようでしたらどうかやんわりご指摘くださるようお願いします。

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