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一階層

世界の歴史は、けっこうテキトーに考えています。

「さぁて、どうすっかなー」


PTルーム同様、ギルドから貸し出されている《ウイングデイブレイク》の倉庫にPT共用だったアイテムを放り込んだあと、早々にギルドの事務課へPT脱退申請を提出したのは昨日の事。晴れて翌日となる今日、アルベルトは特にどこを目指すわけでもなく街中を歩いていた。


Aランク遺跡【リリアの宮殿】の間近にその威容を構える大都市、グランガラン。ギルド支部、教育施設、商店、教会、民家……そういったものが雑然と混ざり合うこの街は、誰しもに三大都市の中で最も「冒険者らしい」と云わしめている。それはもう、本当に色々な意味を込めて。


冒険者というのは昔から、未知の領域に自ら踏み込んでいく荒くれ者の恐いもの知らずと認識されていた。基本的に自由人で、時には人種の垣根も越えて往くその行動には賛否の両論があり、英雄と崇められた冒険者もいれば罪人として裁かれた冒険者も存在している。そんな評価の中に“盗掘者”というのが追加されたのは、何百年も前に遺跡が発見され始めた頃だ。当時の研究者や歴史家の中には遺跡を“墓”と捉える者たちも多数おり、そういった輩が遺跡から財宝を持ち帰る事もある冒険者のことを墓荒らし扱いしていたため、一般にも冒険者の一側面としてそういうイメージが広まっていった。


そのイメージを補強するのに一役買っていたのが[盗賊]という職業である。


これ以上ないぐらいに悪い印象しか受けない名前だが、冒険者にとっての盗賊というのは大衆の認識とは違い、ある意味で無くてはならないものだった。そもそも、職業としての盗賊は犯罪者のソレとは意味合いが大きく異なる。共通しているのは技術くらいだろう。開錠、罠の察知・解除といったスキルは遺跡探索には絶対と言っていいほどに欠かせない、重要なものだ。多くの魔物が徘徊する遺跡の攻略に屈強な戦士たちが必要であるように、遺跡中に設置された罠や、力尽くではどうにもならない鍵の開錠などには盗賊の力が必要になる。それは全ての職業に言えることで、だからこそ遺跡に挑む冒険者にはPTを組むこととその仲間たちとの連携は重要視される。


色々と話がズレたが、つまりこのグランガランという都市は良くも悪くも「混沌としていながら全体で調和がとれている」というまさに冒険者たちを体現したような場所なのだ。住み着いてから五年も経とうかというアルベルトからしても、たしかに此処は『冒険者の街』だった。歩いていれば其処彼処から聞こえる喧騒に混じって、やれ今日の成果だ、やれ何階層までいっただのという会話が聞こえてくる。つられるように周囲に目を向ければ、様々な冒険者たちの姿が見えた。

雑貨屋で体力回復用アイテム・(ライフ)ポーションなどを買っていく戦士、書店の軒先で週刊誌を立ち読みする魔導師、カフェテラスで寛いでいる聖職者と盗賊、ナンパをしては振られている二人の剣士……

見覚えのある顔もいれば初めてみる顔もいる。一見すれば職業の分かる者が大半だろうが、中にはアルベルトのように見た目や装備からは測れない職の者もいるかもしれない。


既に見慣れた風景を横目に、何も考えずとも足は勝手に進んで大通りを外れた路地裏の小道へ入る。住民たちが考えなしに好き勝手建てた建築物のお陰で、グランガランは大通りかそれ並の道以外は複雑極まりないくらいに入り組んでしまっていて、まるで遺跡の迷路のような様相を呈していた。これも当事者以外から見ると“冒険者らしい”街並みに映るようだが、実は笑い話でもない。決して治安が良いとは言えないグランガランの細い小道や薄暗い路地裏などは犯罪発生率も高く、迷子になどなろうものなら生きて大通りに出てこられる事のほうが稀だ。そのため、この都市に来たものが最初に求めるのは何よりも先ず“地図(マップ)”になるのだが、そんなものを無計画故に街を迷宮化した住人たちが持っているはずがない。そこで活躍したのは、やはり冒険者なのだが、もっと突き詰めると冒険者ギルドということになる。それは、ギルドの魔導工学研究機関が開発した『Personal Carrying Information Record Terminal{個人用携行情報記録端末}』通称『PCIRT(パケット)』に付属しているマッピング機能の恩恵であるからだ。


魔導工学とは簡単に言ってしまえば魔法と機械工作のハイブリッド技術なのだが、その最たるものがこの『PCIRT』である。

個人用携行情報記録端末の名の通り簡易に持ち運べる大きさの記録媒体で、ギルドで実施されている冒険者資格試験に合格して一冒険者と認められると配付される拳大の機械だ。

冒険者資格免許[ライセンスカード]がデジタル化されて中に入っておりこれが身分証となるのだが、それ以外にも様々な機能が付随している高性能機器なのだ。

マッピング機能もその一つで、起動状態で歩くと自動的に周囲の状況を計測して道を記録し区画ごとに整理しておいてくれる。現在では遺跡を探索するうえでの必須機能の一つとされているのだが、街のマップデータが最初から記録されているのはグランガランくらいのものだった。


そんなものが必要になるくらい複雑な道だが、流石に何年も使っていれば正しい道順程度は覚えるものだ。迷いの無い足取りで進むアルベルトは、そういえば腹が減ったなぁと思いながら、何度かの角を曲がってソコヘ辿り着いた。


《謳う白熊亭》


宿屋を兼業する酒場で、場所柄から人の入りは全くないが美味い飯と酒が出る、いわゆる穴場というやつだ。陰気な場所のわりに店内の清掃は行き届いていて居心地がよく、雰囲気もそこそこ。もっと安全で足を運びやすい立地条件だったならデートスポットにだってオススメできたかもしれない。扉のカウベルを鳴らしながら中へと入ればそれほど広くない店内に客は居らず、バーカウンターに立つ男が一人黙々とグラスを磨いていた。アルベルトはその男に声をかけてカウンター席に座る。


「よぉマスター、めし頼む」


「いらっしゃい―――おや? アルくんじゃぁないか。こんな時間に来るのは珍しいねぇ」


男……この店の店主である【ダークエルフ】のリベリエルは、声の方に視線を向け、客がアルベルトだと気が付くと朗らかに笑ってグラス磨きの手を止めた。


ダークエルフとは【耳長族:エルフ】と呼ばれる種族の亜種である。理知的で自然を好み長寿であるとされるエルフとは違い、ダークエルフは本能的な行動が目立ち一度破壊衝動に呑まれれば容易く魔に堕ちるという習性を持つ。また、エルフによく見られる白磁の肌とは正反対の褐色というのも特徴だ。

だが、リベリエルはダークエルフの中では稀有なほどに強靭な理性をもっており、平然と街中で店を構えている。もっとも、ダークエルフは種族柄あまり印象はよくないので日陰に隠れるような立地なのだが。

アルベルトにとっては行きつけであり、かれこれもう四年は通う常連客でもある。注文は“めし”の一言だけで十分に伝わっていた。


「日替わり定食でよかったよね? 今日は白身魚のムニエルだよ」


「じゃあ適当にワインも付けてくれ」


「うん、わかったよ」


リベリエルは注文を受けると頷いて返し、一度指を振ってからカウンター内のキッチンで調理を始めた。すると、それに追随するように調理器具や食材がひとりでに動き出し、勝手に火が吹き上がり、いつの間にか水が流れ、料理の準備を着々と進めていく。初見なら驚くだろうが、これも魔法の一種である。

物体を浮遊させたりして触れることなく操作するもので分類としては[念動:サイケ]になるが、リベリエルほど緻密な操作ができるようにするには相応の実力が必要になる。数える程度だが魔法を使えるアルベルトから見ても、リベリエルは軽く大魔導クラスの力があるように見えた。


「しかし、いつ見ても凄いな。マスターの魔法は」


「ホントに。なんで酒場経営なんてしてるのか謎だよね」


つい漏れた独り言に返事が返る。

先程までは確かにアルベルト以外に客はいなかったというのに、いつの間にか白髪の小柄な人物がその隣の座席で寛いでいた。冒険者としてそこそこの経験があるアルベルトに一切その気配を読ませることなくこの距離まで近づき、声をかけるまで気付かせない隠行は、正しく一流だろう。だが、普通ならば驚愕なり警戒なりするところを、アルベルトはただ感心したように己の隣へ目を向ける。


「レムか……相変わらず素晴らしい隠行だな。また腕を上げたろう?」


「や、アル。オレも日々精進してるってことだよ」


レム、と呼ばれた白髪の人物はアルベルトの賞賛に、小さく綺麗に整った美貌を少し得意気な笑みにしてそう返した。頭の上では頭髪と同色の“猫耳”がピンと立ち、その背後で“尻尾”がユラリと揺れている。レムは、この獣の耳と尻尾が生えているのを見る通り【獣人】と呼ばれる種族だ。


リベリエルやレムのように、この世界にはヒトでありながら人とは違う多様な種族が存在する。絶対数は人間に及ぶべくもないが、それぞれが何かしら特化した能力を持っており、大昔にはそれが諍いの種にもなった。今はもう表立って争うようなことはないが、戦乱の傷痕は深く、人種差別の意識も未だに根強く残っている。そういった経緯もあって、人間に混じって生活する種族はあまりいない。さらに冒険者ともなるとかなり珍しい部類に入るだろう。

元々他の種族たちは人間と違い、基本的に無闇矢鱈と行動範囲を広げたり、自分たちの見知らぬ土地へ積極的に踏み入ったりはしないからだ。大体の種族は、その文化も文明も身内で完結してしまっていて、外に求めるものが少ない。故に、そういったある種閉塞的ともいえる因習を好まない者、また性格的に窮屈さを感じてしまい馴染めない逸れ者などが、自由や開放感を求めて冒険者となるのが人間以外の多種族に最も見られる傾向である。


だが冒険者という存在は、大半の種族たちからはあまり良い顔をされない。それは、彼らにとって冒険者が自らの縄張りを荒らす者だという認識が強いせいだろう。今でこそ遺跡の攻略が大きな目標となっているが、昔は未開の地を探索したり、場合によっては開拓までもを推し進める……それが冒険者のあるべき姿だった。そうして多くの発展があったが、同時に幾つもの悲劇も起こっている。

その中でも最も有名なのは、希少種とされる【蛇女:ラミア】の聖域に無断で踏み入ってしまったために起きた《ストーンヘンジ》事件だろうか。細かいことは割愛するが、ある冒険者団体がまだ人の手が入っていない土地を探索していたところ、偶然にもラミアの集落を見つけてしまった。当時はまだ他種族との相互理解など望めるような状況でもなく、人間は得てして未知の存在に恐怖を抱き、理解の及ばぬモノは淘汰しようとする生き物だ。人のようでいて、しかし蛇でもあるその異容を見て冒険者たちは取り乱し、結果的に一つの命を奪ってしまう。その結果、冒険者団体は一人残らず身体を石にされて何年も野ざらしにされることになり、彼らを見つけた者はラミアをこそ悪と断じて種族間戦争に発展した。如何に特殊な能力があるとはいえ、人間に比べて絶対数が圧倒的に少ないラミアの負けは確定しているようなものであったが、戦端が開かれる直前になって石化の解呪に成功した冒険者数人が迅速な謝罪と説明を誠心誠意行ったことによって、なんとかギリギリのタイミングで争いになることを避けられた。

しかし、この事が発端で他種族と人間の溝はますます深まり、後の多種族大戦への火種になったと歴史家は言う。


閑話休題


ともかく、それだけ根が深い人種問題があるため……人間以外の種族をこれからは便宜上《亜人種》と呼称するが、彼ら亜人種は可能な限り同族でPTを組む。数の関係上別の種族と組んだとしても、人間と組むものは皆無といえた。

その点、レムは珍しい亜人冒険者の中でも、輪をかけて珍しかった。


「それで、今は何処のPTに交ざってるんだ?」


「あぁ……この間までは《クレストローズ》にお邪魔してたけど、今はフリーだよ」


何か嫌な事でもあったのか、レムは整った眉を顰めてやや疲れた表情を見せた。

特定のPTには長く居付かず、理想数に達していない若しくは何らかの理由で一時的に数の減っているPTに短期間だけ所属するといった生活をしているレムは、そんな環境を自分から選択したこともあってそれなりに社交的な性格をしている。他人からの不満などは上手くかわせる程度の器用さも持っているため、衝突や軋轢を起こすとはまずない。それを知っているアルベルトは、レムにしては珍しい様子に少し片眉を上げた。


「なんだ、なんかあったのか? 《クレストローズ》っていやぁ、このグランガランでも三指に入る強豪PTだろ」


「ん……まぁ、ね。PTの能力自体は目を見張るものがあったよ? ただ、あそこに後数日も居たら貞操が危ない気がしたんだよね」


「うわぁ……あの噂、本当だったのか」


ウンザリとしたレムの物言いに、アルベルトは思わず片手で顔を覆ってしまう。

いま、二人の話題に上っている《クレストローズ》というのは、数ある精強なPTの中でも特に優秀なPTの一つだ。PT団体≪彼岸花≫のトップでもあり、結成されてから今年で八年目のそれなりに古いPTで【リリアの宮殿】も中階層を攻略中だという。《ウイングデイブレイク》を新進気鋭というのなら《クレストローズ》はまさにベテラン。構成メンバー達も人の良い者が多く、ギルドや周囲からの評判も高い。

一見、非の打ち所がないように思えるが、このPTには少々善からぬ噂がたっている。それは、リーダーが 男 色 であるというものだ。しかも構成メンバー全員と関係を持っていて、特に美少年に目がないらしい。実際に《クレストローズ》は見目麗しい男性ばかりで成り立っているし、妙に仲が良すぎるようなことも今までに言われている。これにレムの態度や発言を加味すれば、噂が真実であったと捉えるのは容易い。

だからといって、アルベルトに何が出来るというわけでもなく、ただホモに気に入られるような容姿のレムに同情するしかなかったが。


「今日のところは奢ってやるから元気出せよ。愚痴くらいなら聞いてやるから」


「ありがと……お言葉に甘えさせてもらうよ」


嬉しげな微笑みを見せるも、それが翳って見えるのはよほど堪えていたからだろうか。今回は運が無かったと早々に切り替えられることを、アルベルトは切に願った。心の中では十字を切りつつレムの後ろの純潔の無事を祈りながら、いつの間にか傍に置かれていた白ワインのボトルを取る。マスターが気を利かせてくれたのか、グラスは二つあった。料理を続けながらも客の様子はしっかり把握しているようだ。

片方をレムに持たせたアルベルトは、もう片方は自分で持って其々にやや黄色がかった液体を注ぐ。


「ま、とりあえずは乾杯だ」


「何に対して?」


「もちろん、今日もこうして生きてる事に」


当たり前のようだが、冒険者にとっては割りと切実な事を口にして、二人はグラスを鳴らした。

最初からいきなり流し込むようなことはせず、まずは唇を湿らすように一舐めして味わう。エール酒ならばまた違うのだが、ワインにはワインの楽しみ方というものがあるのだ。特に年代物なら尚更である。

二人が飲んでいる白ワインは、どうやらそれなりに熟成されたものらしい。素人の舌でも違いが分かる程度には安物との差を感じられるようだった。そうしてワインをじっくり味わっていると、湯気を立てるムニエルが二人の前に一皿ずつ置かれる。続いて瑞々しいサラダとふっくらしたパン。どれも手が込んでいることが覗えて、とても美味しそうだ。


「はい、おまたせ~。ご注文の日替わり定食だよ」


「お、流石はマスターだ。ちゃんと二人前にしてくれたか」


「オレは注文してないんだけど?」


リベリエルの察しの良さに感心するアルベルトを、レムは少々困った様子で見る。意味は分かるが、申し訳ないと思っているのだろう。それに対して気にする素振りも見せずにグラスを傾けると、アルベルトは何でもないように言った。


「言ったろ、奢ってやるってさ。まぁ腹が減ってないっていうなら俺が全部処理するが」


「……わかった、頂くよ。もともとご飯を食べにきたんだしね」


気遣いにしては強引だったかもしれないが、苦笑するレムからは少しだけ憂いも晴れていた。







食事を終えてしばらくのこと。レムが《クレストローズ》に入っている間に受けたセクハラに関しての愚痴や最近手に入れた気になる情報などを話している途中、ふと思いついたようにアルベルトへ水を向けた。


「そういえば、アルはいまどうしてるの? オレばっかり話してたけどさ」


「俺か? とくに変わったことは……ああ、そういや昨日PTクビになったな」


「ふーん、クビになったんだ…………クビ?」


何気なく言われたために流しそうになった単語を拾ったレムは、最初キョトンとした表情でいたが、直ぐに驚愕と困惑と怒気を放出しながらアルベルトへ詰め寄った。それは凄い剣幕であり、傍目にも檄しているのがそのピンと張り詰めた猫耳と尻尾を見なくとも分かる。


「なんでっ、どうしてそんなことになってるんだよ!?」


「お、おいおい落ち着けよ」


「そっちこそどうしてそんなに落ち着いてるのさっ?!」


いつも沈着冷静なレムからは考えられないほどの取り乱しようだった。その表情は普段に無いほど怒りに染まっていて、眉根はキリリというよりギリリとつり上がっている。美人が怒ると怖いというのを実感しながら、アルベルトはなんとか宥めようとするもその平静さが逆に煽る結果となってしまった。そんな中、扉に付いたカウベルがカランカランと音を立てて来客を告げる。


「この店にしては珍しく騒がしいでござるな。何かあったんでござるか?」


暢気そうな問いを発したその客は、鉢金に羽織袴という『アシハラ』と呼ばれる国特有の出で立ちをしていた。腰には、同じくアシハラ伝来の剣である二振りの“刀”を差しており、見るものが見なくとも一目で冒険者と分かる。小柄だがとても整った顔立ちの美丈夫で、腰にまで届きそうな長い黒髪を後頭部に纏めて括っていた。

それがよく見知った人物であることに気付いたアルベルトは、これ幸いとレムを引き剥がして其方に向き直る。


「よっ。久しぶりだな、コノエ」


親しげに声をかければ、その美丈夫……コノエも同じく親しい者にのみ向けるのであろう笑みでもって応えた。そこに、ついでとばかりにレムへのからかいも交える。


「おお、アル殿。実に一月ぶりでござるが壮健そうでなにより……おや、猫の孺子もご一緒か」


「子供じゃない!」


普段の精神状態なら適当に流していただろう小さいことに、気が立っているレムはつい勢い込んで返してしまう。怒鳴ってからハッとして我に返るが、今度はムッツリと黙り込んでしまった。

コノエとレムは一年ほど前にアルベルトを接点に出会い、それからちょくちょく顔を合わせている。その中でこうしたからかいの言葉なども何度となく交わしてきたのだが、今回のようにムキになられたのは初めてのことでコノエも少々困惑してしまう。


「ふむ……どうもただ事ではない様子。何があったのか拙者にもお聞かせ願えぬか?」


「いや、別に大したことじゃ「ないわけないだろ!」……まぁPTをクビになったってだけなんだがな。どこにでもある話だろう?」


言葉の途中で全力の訂正をくらい、事実を伝えるに留めてアルベルトは呆れ気味の視線を未だ憤慨冷めやらぬレムに向ける。レムには《ウイングデイブレイク》での自分の扱いを知られているためによく心配され度々の苦言も受けてきたが、流石にここまで感情的になるような事でもないだろうとアルベルトは思っているのだ。しかし、この場に居る二人にとってはそうではない。

話を聞いたコノエは暫く無言で何事か考え込む仕草を見せた後、一つ頷いて刀の柄に手をかけた。


「それで、アル殿をクビにしたというPTは何処に? そのような不届き者、このオオエヤマ コノエが天誅を下して参りましょう」


「えっと、それなら確か23番街の……」


「待て待て待て! 二人ともちょっと落ち着けよ」


朗らかに迷いなく、殺気を滲ませながら言い切ったコノエとそれを支持しようとするレムを、クビになった当人のアルベルトが慌てて止める。

この二人、本人が全く気にしていなくともアルベルトに多大な恩を感じており、また得難い人物であると認めているため今回のようにアルベルトを侮辱するに等しい行いを放っておくことができないのだ。その姿はまるで主君を想う忠臣、若しくは恋する乙女に近いものがある。いきすぎて暴走するあたりも類似点か。

ともあれ。本当にカチコミなどされては堪ったものではないのでどうにか思い止まらせて席に着かせる。二人とも物分りは良いし柔軟性のある思考形態を持っているので不毛なことはあまりしないのだが、こと自分に関する事柄となると途端に強攻策に走ると最近になって学習してきたアルベルトは、どうにか話の矛先を逸らそうとコノエに話を振った。


「と、ところでコノエはこの一ヶ月間どうしてたんだ? たしかプレジデットハイヴに行くとか聞いてたけど、手応えはあったのか?」


「む……そうですなぁ。あの遺跡に出没する巨大な妖蜂や妖蟻などは中々手強かったでござるよ。特に妖蟻の甲殻は非常に堅固で斬り倒すのに苦労いたしました――――店主、熱燗を一本頼む!」


あからさまな話題転換にレムがジト目を向けたが、コノエはこれ以上はアルベルトの負担になると判断したのか、大人しく椅子に腰を落ち着けて成果を語ることにした。酒も注文してしばらくは動かないことをアピールする。そうなれば自然とレムも口を噤むしかなくなり、話の方向はいたって冒険者らしいものへと切り替わった。


「あそこのモンスターは斬撃と刺突に強いからな。コノエとは相性最悪だろう」


自身も何度か挑戦した覚えのあるアルベルトが、記憶している内容とコノエの能力を比較して言う。本来ならば【妖蜂:シェルビー】や【妖蟻:ブレイズアント】はコノエの使うような細く薄い刀で対峙していい相手ではない。奴等の甲殻は硬く、刃は通さないし鎚を使っても生半な力では傷を付けることもできず、弱点といえるのは関節や羽などだが動きが素早いため狙うのは一苦労だ。それを倒したというのだからその実力の高さが覗えるが、コノエという冒険者の驚愕すべき点は別にある。


「でも、どうせ深部まで潜ったんでしょ? いつも思うけど、一人でいってよく生きてられるよね」


「慣れればどうという事もないでござるよ。あの巣穴は底が浅いのもあって難度はそう高くないでござるからな」


「お前はそうかもしれないが、一応プレジデットハイヴはCランクのダンジョンなんだぞ? 普通は単独攻略なんぞできる場所じゃない」


既知のこととはいえ、呆れずにはいられない。確かに、一流すら上回る超一流ならCランク以上の遺跡単独攻略は不可能なことではないが、それは実力だけでみた場合だ。どんな冒険者も一瞬の油断が命取りとなる遺跡内で、たった独り神経を尖らせ続けることはできない。単独攻略の限界がDランクまでと言われているのは、いくつもの前例から学んだ教訓に則ってギルドが広めた、冒険者の死傷率を下げるための施策があったからだ。以来、よほど考えが足りない馬鹿かよっぽど酔狂な輩でもなければDランク以上のダンジョンに一人で挑むことはなくなっている。

だというのに、コノエはアルベルトの知る限りいつも独りでダンジョンに潜っていた。初めて出会った時などは一人でBランクのダンジョンに挑戦して死にかけていたし、それ以降は流石にCランク以上のダンジョンに単身で向うことはなくなったらしいが、それからもある理由からPTを組んだことはない。


「以前にも申した通り、拙者は武者修行を兼ねて遺跡に潜っておりますからな……味方がいては修行になりませぬ。まぁ、アル殿にならば背中を任せても良いとは思っておりますが――――おろ?」


自分で言ったことに自分で引っ掛かりを覚えたのか、コノエは中途で言葉を途切れさせると何かを考えるように視線を宙にやる。

コノエ自身が言うように、強者と凌ぎを削り極限状態で己を高める事を目的としているため誰かとPTを組んだりはしなかったのだが、それについて思う所がある訳ではないようだ。ほんの少しの間レムとアルベルトを交互に見やったコノエは、とても良いことを思い付いたという風情で一つ手を打った。


「丁度宜しい。アル殿、クビになったというのなら拙者と組んでみる気はござらんか? 上位の遺跡へ挑むには、流石の拙者も一人では心許ない……かと言って、半端な者を仲間とするのでは納得できませぬが、アル殿であれば申し分ありませぬ故」


「あ、そっか。アルって今はフリーなんだよね……その話、オレも乗らせてもらうよ。盗賊としての実力ならそんじょそこらの奴等には負けない自信があるし、アルとなら固定PT組むのも悪くないしね」


「……それは、願ってもないことだが。いいのか? 二人とも色々な所から誘われてただろうに」


レムもコノエも、冒険者としての能力はとても高い。グランガランでは間違いなく五指に入る猛者だ。そんな二人が、言ってはなんだが特別強いわけでもないアルベルトをPTに誘うというのはある種、異様な光景だった。最も、二人からしてみればアルベルトも強者にカウントされて然るべきなのだが。


「よく知りもしない輩に従うのは御免こうむりたいでござるからな。どうせならば、己が認めた者について行きたいではござらんか」


「実力も重要だけどさ、長くやってくなら一緒にいて安心できる人と組みたいでしょ、やっぱり。まぁアルなら実力についても心配ないけど」


べた褒めだった。正直なところ、先の展望が思いつかなかったアルベルトには正に渡りに船な提案だったので話を受ける事に問題はなかったが、レム達からの評価がここまで高いとは思ってもみなかったため、アルベルトは少々驚いた様子をみせる。だが同時に、それだけ信頼してくれているのだと思うと嬉しさも込み上げてくるようだ。


「そう、か……なら、これからよろしく頼む」


今日この時をもって、新たな冒険者PTが誕生したのであった。







詰め込んでるような感じが消えませんが、こんな感じの世界となってます。

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