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小さくなった夫が可愛すぎて困ります  作者: piyo
第一章

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7.ノエルは初めてプレゼントを貰う

ノエルが仕事から帰ってきた頃には、空は赤く染まり、すっかり夕方になっていた。


「おかえりなさいませ」


まだ少し冷える時期だったため、出かける際には外套を羽織っていた。

玄関先で手早くそれを脱ぎ、執事のアレックスに手渡す。

それと同時に、「これを自室に運んでちょうだい」と、手にしていた紙袋を近くの使用人に預けた。


「お出迎えをありがとう。旦那様はどうされています?」


「今は寝室でお休みになられています」


「まぁ……」


「それに、今日はとても頑張ったんですよ」


フフッと笑いながら、奥からやって来た侍女のマーサが、ノエルにこっそりと秘密話でもするかのように告げた。


「頑張った……とは?」


「午後になって、『少し出てくる』と言って、近所の森まで出かけられまして、かなりの時間を森で過ごされました……。

そのあとのことは、ご本人からお聞きくださいな」


「わかったわ」


森に出かけて、頑張った……一体、何をしに行ったのだろうか。


(寝顔、見に行こうかな……)


ノエルは自室には向かわず、先に夫婦の寝室へ立ち寄ることにした。

控えめにノックをして、「失礼します」と小さな声で告げ、静かに扉を開けた。

部屋を見渡すと、カーテンはしっかり閉められており、室内は薄暗かった。

ベッドに目を向けると、小さなふくらみがひとつ見えた。


(よほど疲れてしまったのかしら……)


その小さなふくらみ――サフィールは、ノエルが部屋に入っても身じろぎひとつせず、静かに寝息を立てていた。

そっと傍に寄り、起こさないように息を潜めて寝顔を見つめる。


あどけない顔立ちは、まったく中身が大人であるとは思えない。

早く元の姿に戻ったほうが、本人にとってはいいのだろう。


――けれど、今この状態だからこそ、私たちは……。


ノエルはそこで考えを打ち消し、首を小さく振った。


そう思ってしまう自分が、ひどく醜く感じられた。



まだ夕食までは、少し時間があった。


(彼が目を覚ましたとき、一番に自分の顔を見てほしいな……びっくりするのかしら)


ノエルは、そんな小さな独占欲に駆られ、夫が目を覚ますまで寝室にいることを決めた。


けれど、ただ目を覚ますのを待っているだけでは、暇を持て余してしまう。

本でも読もうか――そう思い、立ち上がろうとしたそのとき、ふと夫の枕元に一冊の絵本が落ちているのに気が付いた。


夫を起こさないよう、息を止め、物音を立てないように慎重に手を伸ばす。


やっとの思いで手にした絵本のタイトルは、「エルと魔法薬」だった。

何度も繰り返し読まれたのか、四隅は擦り切れ、表紙も色褪せている。


(これが昨日、旦那様が言っていた絵本……)


ページをめくろうとしたが、ベッド脇は薄暗く、文字はほとんど読めなかった。

そこでノエルはカーテンの近くまで移動し、隙間から差し込む西日を明かりにしてページをめくった。


夫は昨日、「子供向け」と言っていたものの、片方に絵、片方にびっしりと文字が書かれており、対象年齢は少し高めに思えた。


指があたる部分には、何度もめくられた跡があり、いくつかは破れて糊で修繕されていた。

この本を夫が大切にしていることは、明らかだった。


物語は、エルという少女が幼なじみの男の子と些細なことで喧嘩し、仲違いしてしまうところから始まる。

エルは自分も悪いと思いながらも、謝ることができない。

やがて季節風邪がその地域に流行し、男の子が感染してしまう。

エルは仲直りのきっかけとして、魔法薬を作ることを思い立つ。


物語の中では、自生しているジル草を使い、魔法薬の作り方が絵本に記されていた。


確かに正確な分量は示されず、手順も曖昧だ。

それでも、サフィールはこの本を頼りに、初めて魔法薬を作った。

彼にとってこの絵本は、教科書であり、ある意味では聖書のような存在だったのかもしれない。


ノエルは、穏やかに眠る小さな夫に目を向ける。

幼い頃のサフィールが、一生懸命に本を読みながら魔法薬作りを試している姿を思い描き、胸の奥がじんわりと温かくなる。


(もし――私たちの間に子供が生まれたら、その子にこの本を読み聞かせてあげたいわ)


ノエルは本をパタンと閉じ、静かにサフィールの傍へ近づいた。

彼の足元に絵本をそっと置き、ベッド脇に屈んで顔を寄せる。


子供特有の柔らかな頬に頬ずりしたくなる衝動が湧くが、そこはグッと我慢する。


顔を離した瞬間、眠りから目覚めた夫と、ばっちり視線が合った。


「あら、おはようございます、旦那様」

「おい、いま、何か……」


頬に手をあて、ノエルに尋ねるが、彼女はそれを遮るようにして言った。


「もう日が落ちてきました。そろそろ起きましょう。夜眠れなくなってしまいますよ」

「……」


ノエルはベッド脇から立ち上がり、淡々と話しかけながら小さな灯りをともす。


サフィールは何か口ごもるものの、言葉にはできず、ただ彼女を見つめていた。


(き、気まずい……。絶対、キスしたせいで起きたんだわ。言えない……早くここを立ち去りたい)


「それでは、私は夕食前に一度部屋に下がらせていただきますね」


完璧に作りきった笑顔で退出を口にすると、予想外にサフィールが「ま、待ってくれ」と引き留めた。


サフィールはベッドから降りると、薄暗い部屋の脇に置かれたサイドテーブルへたたっと駆け寄った。

花瓶に挿してある花を、その花瓶ごと持ち上げ、ノエルの前に差し出す。


「?」


花瓶に目を向けると、見覚えのあるピンク色の花弁の花が挿してあった。


「――これを、君に。午後、時間が空いたときに散歩していて、偶然見つけたんだ」


下から見上げる彼の幼い顔は、どこか緊張に満ちている。

小さな手で花瓶を持つ姿は、わずかに震えていた。


(偶然見つけた……なんて)


さっきマーサから「頑張っていた」と聞いた。しかも、かなりの時間をかけて。

彼は幼い頃の記憶を頼りに、昔自分が種を蒔いた場所を探し回ったのだろう。

咲いているかどうかもわからない、ピンクの花をつけたジル草を。

それに、小さな身体では探し回るのも一苦労だったはずだ。体力も、幼い子供では限界がある。

それなのに、自分のために無理をしてくれたのだ。


「ありがとうございます……」


ノエルはそっと花瓶を受け取り、その温かいぬくもりを感じながら、香りをすん、と嗅ぐ。


――きっと、今朝ジル草の花のことを話したから、それで探してくれたに違いない。

いま自分が育てているものが花をつけるのは、まだ少し先の話だから……。


胸の奥がじんわり熱を帯びる。

なんて……なんて不器用な愛情表現なのだろう。


「……自室に飾らせていただいても?」

「もちろんだ。君の好きにしてくれていい」


(初めてのプレゼントというだけでも嬉しいのに……これは、宝物だわ)


ノエルは花瓶を大切に抱え、ゆっくりと屈みながら「ありがとうございます」とお礼を言った。

そして、そっとサフィールの小さな額にキスを落とす。


顔を離したあとのサフィールの瞳は、驚きで揺れていた。


「それでは、一旦部屋に戻りますね」


ノエルは固まったままのサフィールに告げ、花瓶を抱えたまま自室の扉を開いた。

何気ない風を装ってはいるが、口元には自然に弧が描かれ、頬はまだ熱を帯びている。


花瓶を窓際にあるテーブルへ置いたあと、「あ」と部屋に運んでもらった紙袋の存在に気付く。


(いけない、すっかり忘れてた)


慌てて紙袋を手にとり、再度私室から寝室へ繋がった扉を開いた。

幸いにして、サフィールはまだ部屋に残っており、ぼんやりとした様子でベッドへ腰掛け足をぶらつかせていた。


ノエルが戻ってきたのを見て、彼ははっと我に返り、目を丸くして「どうした」と尋ねてきた。


「旦那様、私からも渡すものがありました。すっかり忘れていて……」


ノエルはサフィールに近付いて、紙袋の中身を取り出し、彼の膝へポンと置いてあげた。


「……」


「猫ちゃんのぬいぐるみです。私がいないときも、これがあれば、旦那様も寂しい思いをしなくて済むかな、と思いまして」


サフィールの膝に収まったのは、本物より一回りは大きい猫のぬいぐるみ。本物と違ってデフォルメされ、なんとも間の抜けた顔が彼の顔を見つめている。


「可愛らしいでしょう?

朝のパンケーキに描かれてた猫ちゃんそっくりじゃありません?」


「……」


妻からなんの悪意もない笑顔を向けられ、サフィールはなんと言えばいいのかわからず、とりあえず膝上のフワフワした物体を抱き締める。

その想像以上に気持ちいい抱き心地に、ますますどうしていいかわからなくなり、眉間に皺を寄せて苦言を述べた。


「君は……私を一体いくつだと思ってるんだ……」


妻からのプレゼントは嬉しい。

しかし、完全に子供扱いされていることに、口元を引き結び、サフィールは素直に喜びを表現できなかった。



次は夜21時ごろ投稿

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