4.ノエル、夫と添い寝する
入浴の時間。
さすがのノエルも、一緒に入ろうとは言わなかった。
大人のサフィールにすら見せたことのなかった自分の裸を見られるのには、抵抗があったからだ。
ただ――
コン、コン。
「はい、どうぞ」
ノエルの返事とともに、小さくなった夫が扉から顔を覗かせた。
「……」
彼の表情はしかめっ面で、解せないという気持ちが手に取るようにわかった。
ノエルは、就寝時は二人で寝るという約束を、無理やり取りつけていた。
というより、使用人たちに強制されたのだ。
せっかくサフィールがまともな時間に家にいるのだから、夫婦で一緒に就寝するべきだと、ノエルも含めて言い含められてしまった。
今、二人がいるのは、子作りが解禁されたら使うと、結婚当初に取り決めた夫婦の寝室である。
二人とも、ここを利用するのは初めてのことだった。
無言で入ってくるサフィールに、ベッドに腰掛けていたノエルが口を開く。
「やっぱり、こっちのベッドのほうが大きくていいですね。
私の寝室でもよかったんですが、子供って寝相が悪いでしょう?
下に落ちてしまうのが心配で」
「……何度も言うが、中身は大人のままなんだが。
そもそも、私は幼い頃から一人で寝ていた」
「ふふ、そうですね。高位貴族の方は、小さな頃から一人で眠るのでしたっけ。
でも、下位貴族――我が家では、自分が大丈夫だと思える時期までは、家族みんなで一緒に寝ていました。
せっかくこうしてゆっくりできるのだから、その温かさを旦那様にも味わってほしくて」
優しく微笑むノエルだが、サフィールの表情は硬く、扉の前で足を止めたままである。
「ほら、そんなところで立ってないで、こちらに来て下さいな」
ノエルが促すも、サフィールはふいと視線を逸らし、口元に手をやって呟いた。
「……なんて、目のやり場に困る格好をしているんだ、君は」
え、と思い、自分の格好を確認する。
けれど、着ているのはいつもの寝間着だ。
官能的なものでもなんでもなく、袖付きで着心地のよい生地でできたネグリジェである。
下着は着けていないが、透けるような素材でもない。目のやり場に困ることはない……はず。
「普段の寝間着を着ているだけなんですが……」
「寝間着姿なんて、初めて見た」
(そりゃそうでしょう)
今まで寝室を分けていたし、しかも夜の一般的な時間に帰宅することすらなかったのだから。
「じゃあ、初めて見た妻の寝間着姿はどうです?」
ノエルとしては、ちょっとした意地悪のつもりで聞いてみた。
きっと、顔を赤くして「からかうな!」と可愛く反論してくるのだろうと。
だが、実際は違った。
「……悪くない、と、思う」
「え」
予想外に褒められてしまい、ノエルは咄嗟に返事を返すことができなかった。
少しの間、部屋に沈黙が下りる。
「あ、ありがとうございます……。
さあ、お身体が冷えないうちに、ベッドへ入ってください」
ノエルの言葉に、ようやくサフィールの足が動いた。
……どこかぎこちなく見えるのは、気のせいではないだろう。
女性経験はいままでにもあっただろうに、緊張気味の幼児姿の夫は、やはり可愛らしかった。
おずおずと背の高いベッドの縁に足をかけ、ヨイショと上ると、ノエルの顔を見ずに先にシーツの中へと入ってしまった。
シーツの中からちょこんと顔を出すサフィールは、ノエルが思わず頬ずりしたくなる衝動に駆られるほど、あざと可愛い。
気付けば、こんなことを口にしていた。
「……旦那様は幼少期、誘拐されたりなんかしませんでした?」
自分がよからぬ人物であれば、攫ってしまいたくなるくらいに可愛い。
そして、その予想は図らずも当たっていた。
「よくわかったな」
寝転んだまま、驚いた顔でノエルを見る。
「小さい頃、見知らぬ大人に何度も連れ去られたことがあった。
そのせいで、寄宿学校に通い出すまで、親からろくに外出をさせてもらえなかった」
「なんとまあ……」
まさか、予想が当たっていただけでなく、想定以上の回数を経験していたとは。
それは、親が外出を制限する気持ちもわかる気がする。
「でも、引きこもっていたおかげで、本を読む楽しさを覚えた」
サフィールがポツリと漏らした。
「特に――暇つぶしに読んだだけの、子供向けの魔法薬の作り方が載った絵本が、私の人生を変えた」
「あら、じゃあ、たった一冊の絵本に、今の旦那様のルーツがあるんですね」
今や、魔術師塔の魔法薬開発部の研究室長だ。
誘拐経験なんて、トラウマにしかならなさそうなものなのに、そこから彼が転換していったと思うと、感慨深い。
「今度、その本を見せてほしいです。きっと、こちらの屋敷に置いてあるんでしょう?」
「あ、ああ。でも、君が見ても面白いと思わないと思うぞ。子供向けだから説明は雑だし、変に物語調になっているし……」
「あら、絵本としてはとても楽しい読み物じゃないですか。私、弟に絵本を読んで寝かしつけをするのが日課だったので、絵本は大好きなんです」
十歳も年の離れた弟を、ノエルは猫かわいがりしていた。
毎日就寝前に絵本を読んであげるのはノエルの役目で、昼寝の時間も、せがまれれば快く読んであげていた。
家にある本に飽きると、街の図書館まで足を延ばし、絵本を借りに行ったものだった。
「わかった。明日もどうせやることがない。部屋の本棚に置いてあるから、見に来るといい」
「ありがとうございます!」
さりげなく、サフィールの自室に足を踏み入れてもよいという言葉が含まれていたのだが、ノエルはまったく気が付いていなかった。
「……君は、子供が好きなんだな」
「え? はい、そうですね。
顔合わせで会ったと思うんですが、年の離れた弟がいるので、小さい子のお世話には慣れています」
「そうか……」
周りの友人には兄弟がいて、自分は一人っ子で寂しい思いをしていた。
そんな中、母が十年ぶりに懐妊し、待望の跡取りが生まれた。
自分にとっては、欲しくてたまらなかった兄弟だ。それはそれは可愛く、ノエルは母や乳母の仕事を奪ってまで、全力で構い倒した。
一時は甘やかしすぎて、「このままでは、彼が自分では何もできない子になってしまう!」と引き離されたこともある。
それくらいに、ノエルは弟が大事だった。
今のサフィールは、当時の弟を彷彿とさせる。
弟は今では十一歳になり、ほとんど自立しているし、ノエルがお節介を焼くと、
「僕はもう小さな子供じゃないよ」
と窘められて、シュンとしてしまったものだった。
だからこそ――つい、夫の世話を焼きたくなるのだ。
子供が好きなのかは、正直なところ、わからなかった。
でも、不思議なものだ。
入籍してから一か月も経って、こうしてお互いのことを少しずつ知っていけるなんて、思ってもみなかった。
もっと色んな話をしたい――
そう思って「ねえ、旦那様」と呼びかけたところ、彼の目はすでに閉じられており、口からは小さな寝息が漏れていた。
実のところ、この時間は、普段であればまだノエルも起きている。
就寝には少し早いかしら、と思っていたが、肉体年齢は正直だ。
あれだけ昼寝をしたにもかかわらず、あっさりと眠りについてしまうのだから。
「ふふ……ほんと、寝顔も可愛らしい」
小さな夫の横に潜り込み、彼の体温をすぐ傍で感じる。
目は冴えていたはずなのに、子供ならではの温もりと規則正しい呼吸に眠気を誘われ、ノエルも静かに目を閉じた。
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