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小さくなった夫が可愛すぎて困ります  作者: piyo
第二章

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20/22

19.ノエル、夫とデートする

「坊っちゃんが薬草学を学ばれたのは、魔法薬に興味を持たれた後だと記憶しております」


お茶会の後、早速アレックスに当時の夫の学習状況について確認するも、彼の口から語られたのはこちらの予想と違っていた。


「つまり、それってどういうこと?」


「五歳の頃、学問の類の勉強といえば、リテラシーと算術のみでした。それも範囲はごく僅かで、主にマナーや一般的な社会知識を身に着けることを優先されていました。

なので、当時の坊っちゃんに、薬草学の知識があったとは到底思えません。

それに、あの頃は字が読めるといっても、専門書には難しい単語が多いので、たとえ本を読んでいたとしても、その内容まで理解できてはいなかったと思います」


「そう、なの」


(すべてが退行してしまったと思っていたけど、知識だけは影響を受けなかったのかしら?)


考えても仕方がない。

今の夫にとって、以前の知識が残っているのはラッキーなことだ。その分、他の興味に時間を使えるのだから。


彼は将来どんな人間になるのだろう。

前と同じく魔法薬研究の道を進むのか、それとも魔術の道に行ったり?

はたまた芸術家や騎士になってしまうかもしれない。


五歳――もうすぐ六歳を迎える彼の可能性は無限大だ。

未来の夫の将来を思い、自然と胸が躍った。



寒い季節が過ぎ、春の陽気が近づいてきた頃。

もうすぐ夫の誕生日ということで、一緒にプレゼントの下見に街へ出かけていた。


「ノエル、ぼくの手、はなしちゃダメだよ? わかった?」


「はい、ちゃんとわかっていますよ」


もうすぐ六歳になる夫は、しっかりエスコートすると張り切っていて、頼もしいと同時に、とても可愛らしい。

けれど最近は、「可愛い」と言うと怒ったり拗ねたりしてしまうので、面と向かって口に出すのはやめていた。


(もうすぐ六歳か……)


早いもので、今の夫になってから、一年が経とうとしていた。

魔術師塔以外の友人や知り合いは、夫の現状を知らない者がほとんどなので、彼の姿を見ると、たいていこんな反応が返ってきた。


「え! もうこんな大きな子供が生まれたの!?」


計算がまったく合わないことに驚く顔を見て、夫は「こどもじゃなくて、おっとだよ!」と顔をプンプンさせながら抗議する。

その可愛さに、周りはもう何も言えなくなった。


夫は私の手を引きながら、街中を興味津々に見渡している。

休日とあって人も多く、手を繋いでいないとすぐに迷子になってしまいそうだった。


歩いている途中、ふとディスプレイの窓ガラスに反射して映った二人の姿を見て、夫が口を開いた。


「……六さいになったら、もっと背がのびるかな?」

「そうですね。でも、そのためには、よく寝て、よく食べて、よく運動しなきゃですね?」

「がんばるよ。それで、ノエルより大きくなるんだ」


六歳で私の背丈を抜くなんてことになったら、さすがに世界記録ものだろう。

ここは夫の心意気だけ、そっと買っておくことにした。


ディスプレイに映る夫は、私の腰ほどの大きさしかない。

それでも、彼の身長は爪が伸びたあの日から、少しずつ大きくなっていた。屋敷には十歳くらいまでの夫の成長記録が柱に刻まれている。

アレックスがそのことを教えてくれて、あの日早速、サフィール様の身長記録をつけた。当時の五歳のときより少し低く、本人は不満げだった。

けれども、最近また測ってみたら、以前測った位置をとっくに追い越してることがわかった。


(子供の成長は早いっていうし、あっという間に、大きくなるんだろうな)


「……はやく、大人になりたい」


夫がディスプレイから視線を逸らし、小さな声で呟く。


「急いで大人になっても、つまらないだけですよ?

子供だからこそ、いろいろな経験ができるときもあるんです」


「たとえば?」


具体例を聞かれ、私はうっと言葉に詰まる。

咄嗟に何かないかと周りを見渡し、視線の先にあるものを捉えて、そこを指さして言った。


「あそこにいる道化師は、みんなに風船を配っているでしょう?

あれを堂々と貰えるのは、子供のうちだけです」


「それは……たしかに」


私の言葉に納得した夫は、たたっと道化師の方向へ駆けて行き、ちゃっかり風船を二つ貰って戻ってきた。


紐を持ってふよふよと風船を浮かせる夫の顔は、なんともご機嫌である。


「良かったですね」

「はい」

「え?」


彼は腕を伸ばし、二つあるうちのピンク色の風船を、私の前に差し出した。


「あげる」


「あら、せっかく二つもらってきたのに、いいのですか?」


てっきり夫の可愛さに、道化師がオマケをしてくれたのかと思っていた。

それで、そのことを喜んでるのだと思っていたのだが……。


彼は顔を横に背け、少し恥ずかしそうにして呟いた。


「――妻にプレゼントをするのは、夫だけの特権だ」


(あ、また……)


時折、夫は前の夫を彷彿とさせるような発言をするようになった。

頻度は決して多くはないし、どういったタイミングで言うのかもよくわからない。

けれども、舌足らずさが抜けたはっきりとした口調は、やはり"旦那様"を思い出さずにはいられなかった。


「ありがとうございます。妻の特権で、有り難く頂戴致します」


うやうやしく受け取る私に、夫は頬を赤くしつつ、満足そうな笑みを浮かべた。



今日はあくまで、夫のプレゼントの下見だ。

気になるものや欲しいものがあれば、遠慮なく言ってくれと、事前に本人には伝えていた。


雑貨屋に入ったり、本屋を覗いてみたり――

調合機材の売っている店や、魔法薬の材料のお店は通り過ぎるだけで、彼は何の興味も示さなかった。


(元の姿のときと違って、まだ五歳だものね)


代わりに、魔法薬のお店に入って「大きくなれるくすり、ありますか?」と、夫は店員に直接聞き、店員を困らせていた。


しばらくして、夫の歩くスピードが目に見えて落ちてきたことに気が付いた。


「少し、休憩しましょうか」


私がそう提案すると、やはりすぐに「うん」と返事が返ってきた。



夫のリクエストで、お店には入らず、何か買ってきて外のベンチで二人並んで軽食を食べることにする。

夫は元々侯爵家の身分でありながら、こうしたことに抵抗はないようだった。


「ずうっとまえに、アレックスといっしょにこうやって外でおひるを食べたんだ。お外、きもちいいよね」


夫が言う"ずっと前"というのは、おそらく彼が本当に五歳だった頃のことを指しているのだろう。

外は気持ちいいが――少し懸念していることもあった。


今日、街を散策していて気付いたのだ。

彼はチラチラと周りから見られ、「めちゃくちゃ可愛い」と何度も言われていた。

夫が可愛いことには激しく同意するが、同時に少し不安が募った。


彼は幼少期に何度か誘拐されたことがある。聞いた話では、いずれもどこか街に出掛けた際、起きたことだといっていた。当時と場所も治安の状況も違うだろうが、どうにも警戒せずにはいられなかった。


(今はしっかり隣にいるし、絶対に傍を離れないで、目を離さないようにしよう)


紙袋の焼き菓子を一つ手に取り、夫へ手渡す。


「いい天気だから、本当に気持ちいいですね」


「うん。それに、ぼく、ノエルとはじめて二人でおでかけできて、とってもうれしいんだ。

これって、デートっていうんだよ」


焼き菓子を受け取りながら少し頬を赤らめ、喜びをストレートにぶつけてくる夫に、私の顔は自然と綻んだ。同時に、少しばかり驚きも覚える。


「そうですね、これはデート、ですね」


夫と結婚して早一年。

何度か、サフィール様とは服を仕立てに街へ来たことがあったけれど、そのときは常に誰かが同伴していた。

けれど、今回は完全に二人きり。

今日が、自分たち夫婦にとって、初めてのデートだった。


ベンチで二人並んで、焼き菓子を摘む。

こんなオヤツのような甘いものを、食事代わりにするなんて、マーサが見たらきっと叱られてしまうだろう。

でも、今はここに二人しかいない。だから敢えて、背徳感のあるものをご飯にしてみたのだ。


「あまくておいしい」


サフィール様が一口頬張りながら弾けるような笑顔で感想を言う。

私も同じものを紙袋から取り出し、パクリと齧る。


「ほんと、美味しいですね。見た目よりしっとりしていて、いくらでも食べられそうです」


他愛ないやり取りに、自然と笑みがこぼれる。

夫と結婚した当初は、こんなに穏やかに過ごす日が来るとは思っていなかった。


サフィール様が落とした欠片を、飛んできた鳥がつついてきれいにしていく。

彼はそれを面白そうに眺め、自ら欠片をポイッと投げて、鳥に餌をあげていた。


「サフィール様、ここは餌付け禁止ですよ。糞で広場が汚れてしまいますから」

「え、そうなの!? そっかぁ……」


色々あったけれど、なんだかんだで、私は今が一番幸せなのかもしれない。


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