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小さくなった夫が可愛すぎて困ります  作者: piyo
第二章

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18/22

17.ノエル、夫と向き合うことを決意する

「少し、仕事をセーブしようと思います。 」


翌日。

朝早くから応接室に執事のアレックスと侍女のマーサを呼び出し、二人に告げた。


「薬屋の仕事は辞めて、材料の卸しの営業に絞り込んで……もう少し、時間にゆとりを持とうかと」


突然の私の宣言に、二人はわずかに驚いた顔をしたあと、アレックスが先に口を開く。


「よく、ご決断されました」


何を、とは言わない。

その顔には、深い皺とともに穏やかな笑みが浮かんでいた。


……察しのいいアレックスは、私が仕事に逃げていたことも、ここまで無理をしなくても屋敷の収支は成り立つことも、全部わかっていたのだろう。

それでも責めることなく、これまで夫の世話を進んで引き受けてくれていた。


「何か、やりたいことができたんですか?」


マーサにそう尋ねられて、私は少しだけ息を吸った。

……もう、誤魔化す必要はない気がした。


自分の正直な気持ちを、話すことにする。


「ええ。

ちゃんと、今の夫……サフィール様から目を逸らさず、向き合う時間を作ろうと思ったの」


マーサもアレックスも、うんうんと頷きながら静かに耳を傾けてくれる。


「私、昨日……夫から、三回目のプロポーズをされたのよ?」


言ってみると、ふふっと自然に笑みが零れた。

夫を子育てしている人も珍しいと思うけれど、

同じ相手から三回もプロポーズされるのは、さすがに相当珍しいだろう。


「これまで……あの人に代わって、私がこの屋敷の大黒柱にならなきゃって。

あの人をちゃんと育ててあげなきゃって、必死だった。

そうやって……目の前の“サフィール様”から、逃げてたの」


少し目を伏せ、組んだ手に視線を落としたまま続ける。


「でもね、あの人は……

姿も変わって、記憶もなくなったのに、

それでも真っ直ぐに、私を“妻”として求めてくれたの。

それが……それが……」


――どれだけ嬉しかったか。


言葉にはしなかった。

けれど、目の前の二人は、私の気持ちを察してくれたようだった


「実のところ……少し、いえ……心配しておりました。

最近になって特に、奥様はお疲れの様子でしたから。

それに……」


マーサは少し言い淀んでから、静かに告げた。


「サフィール坊っちゃんも、泣いてしまうことがよくありました。

奥様に会いたい、もっと一緒にいたいと……。

もちろん、私どももお相手をして、お世話をさせていただいておりましたが……

奥様でないと嫌だと、駄々をこねることが多々ありまして……」


その話を聞いて、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。

まるで、母鳥を探す雛のようだ。


――それなら、やっぱり、妻はいらないのではないだろうか。


妻として向き合うと決めたばかりなのに、

母として接したほうが、彼のためにはいいのではないだろうかと考えが揺らぐ。


「奥様」


黙り込んでしまった私の様子を見て、アレックスが意を決したように口を開く。


「奥様には黙っていたのですが……

大奥様も、時折この屋敷を訪ねて来られていました。

いえ、正確には――私どもがお招きしたのです。

坊っちゃんには……母親が必要だと」


「えっ……? いつのまに……」


思わず、間の抜けた声が出てしまった。お義母様が屋敷を訪問していたことなんて、今言われるまで全く気がつかなかった。


「勝手をして大変申し訳ございません。

ただでさえ奥様の心労は計り知れないというのに、このことまでお伝えしたら、お仕事も、大奥様の対応もすべて抱え込んでしまわれるのではと、私どもは懸念したのです」


――胸が、ぎゅっと締めつけられる。

アレックスとマーサが、ここまで自分のことを思ってくれていたなんて。この半年、私は彼らに迷惑しかかけていない。


「大奥様も、ご自分にまでお気遣いをさせてしまうのは申し訳ないからと、私たちには黙っていてほしいと仰っていました。

これまでお伝えできず、大変申し訳ございませんでした」


「いいえ……むしろ、お義母様にまで心配をお掛けして申し訳ないわ」


なんの挨拶もせず、夫の世話までしてもらうなんて――私は、なんて薄情な嫁なのだろう。

マーサやアレックスだけでなく、たくさんの人に迷惑をかけている。


落ち込みを隠せない私に、マーサがアレックスの言葉を引き取るようにして、安心させるような優しい声音で告げた。


「自分が来たくて来ただけだから大丈夫だと、あの方もおっしゃっていました。ですから、そこを気に病む必要はございませんよ」


「そう……なら、いいのだけど」


「それで、肝心の坊っちゃんなんですが、大奥様のことはもちろん覚えておいででした」


マーサはそのときのことを思い出すようにして、ポツリポツリと語りだす。


「坊っちゃんが大奥様に会ったとき、てっきり母親である大奥様に存分に甘えにいくものかと思ったのですが……

アレックスの話でも、幼少期は大奥様によく構ってもらっていたということでしたし」


「けれど、坊っちゃんは――『母上、お久しぶりです』と、淀みなく言ったんです。

いつもの舌足らずな坊っちゃんでしたけれど、決して、あの方には甘えを見せようとしなかったのです」


思わず、目を見開いた。


(――あの小さな身体で、もうこんなにも自分の意志をしっかり持っているなんて)


見えないところで彼の心が育っていたことに、胸の奥がじんわりと熱くなる。


「もちろん、大奥様がいらっしゃる時は、子供らしく一緒に遊び、よく懐いておられました。ですが、お帰りの際は毎回あっさりしたもので……」


マーサは言葉を切り、困ったような微笑みを私に向けた。


「私たちは、ようやく間違いに気付いたんです。あの方は……母親の愛情が恋しかったのではない。

奥様ただ一人からの愛情を求めているのだと」


(私からの、愛情を――)


膝の上で重ねていた手を、ぎゅっと握り締める。

マーサのことを疑うわけじゃない。

でも、ぬか喜びはしたくない。

――また、傷付くことになったら、今度こそ立ち直れない気がしたから。


「……ほんとうに、そう思う?」


疑心暗鬼になっている私に、アレックスが口を挟んだ。


「もちろんですとも。

昨日の朝は特に坊っちゃんの癇癪が酷く⋯⋯

私は思わず、

『ノエル様はあなたの母親じゃないんですよ』

と言ってしまったんです。そしたら、坊っちゃん、なんて言ったと思いますか?」


彼は問いかけるようにして話したあと、すぐに答えを口にした。


『ノエルはぼくの母おやなんかじゃない!

ぼくのおよめさんなんだ!』


「――小さくても、あの方はちゃんと母親と妻の区別がついているんですよ。その上で、あなたを恋しがっている」


「……ッ」


昨日、言われた夫の言葉が、瞬時に頭によみがえる。


『ノエルは、ぼくのおよめさんだよ』


――ドクンと、胸が大きく音を立てた。


夫は、何度でも私を妻にしてくれるらしい。


小さく幼いからといって、愛情と母性の慈愛を取り違えていたのは、私のほうだったのだ。


胸に手をあて、ほとんど独り言のようにして小さく呟く。


「私⋯⋯ずっと、“旦那様”の妻だったのね」


やはり、“サフィール”という人はすごい。

私を――姿が変わっても、記憶や人格すら違っても、何度でも、同じ場所へ連れ戻してくるのだから。


「もちろんですとも!

“ノエル様”は“サフィール様”の、たった一人の奥様ですよ」


アレックスとマーサが、そろって優しく微笑みかけてくる。


「『ぼくのおよめさん』と奥様のことを申されましたので、それならば、きちんとプロポーズをなさらねばなりませんな、と提案したのです。

すると、『今日にでもする!』と、坊っちゃんが張り切ってしまいまして」


「それで、プロポーズには贈り物が付き物だとお教えしたところ、奥様のお好きな花を贈りたいとのことでしたので、昨日は森へ行き、あれでもない、これでもないと、納得がいくまで花を摘んでおられました。

熱が出てしまったのは、きっとその無理もあったのだと思います」


「……また、頑張ってくれたのね」


「そうですね。ちょうど半年前、小さな旦那様が、お一人で森へ行き、花を摘んで帰ってこられたことを思い出しましたよ。

本当に、奥様のこととなると健気で。やはり、あの方は奥様の“夫”なのだと、改めて確信いたしました」


あのとき、初めてプレゼントをしてくれた、不器用な彼の姿を思い出す。

姿も、記憶も変わってしまっても、夫は変わらず、まっすぐに想いをぶつけてきてくれた。


(……今度は、私の番だ)


二人に後押しされるようにして、静かに口を開いた。


「私、これからは夫にはちゃんと――

"妻"として向き合うわ。

もう、逃げません。全力で夫にぶつかって、私の愛情を受け止めてもらうことにします」


しっかりと自分の決意を口にしたあと、保険をかけるのも忘れない。


「だから……もし、私が間違った方向に暴走しちゃってたら、二人とも、止めてね?」


最後は、戯けるようにして言った。


「当たり前でございます。主人や奥様に仕える者として、道を違えないようサポートするのが、私たちの役目なのですから」


「奥様が坊っちゃんをあまりに溺愛しすぎて、鬱陶しがられないようにしないといけませんね?」


「フフ、そうね。気をつけなきゃ」


自然と笑みが零れた。

こんな風に会話をしたのは、いつ以来だったんだろうか。


久しぶりに胸のつかえが取れたような気がして、

とても晴れやかな気持ちで、今日からの日々を過ごしていける気がした。


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