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小さくなった夫が可愛すぎて困ります  作者: piyo
第二章

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17/23

16.ノエル、夫に三度目のプロポーズを受ける

「え? また熱を出したの?」


「はい……お昼過ぎから坊っちゃんの様子が元気なく……熱を測ってみたところ、高熱を出されていました。今はベッドでお休みになっています」


「そう……」


夫は、度々熱を出す。


以前、本人からも聞いたことだが、アレックス曰く、彼が幼い頃はよく熱を出していたらしい。

なんでも、夫は人よりも魔力が多い体質で、小さな頃はその循環がうまくいかず、発熱という形で表れていたという。

とはいえ、ただの発熱なので、毎回解熱剤を飲み、水分をとってゆっくり休めば、翌日には元気を取り戻すことが多かった。


(様子、見に行かないと……)


自分は、この“彼の様子を見に行く”時間がどうしても嫌だった。


――だって、あのときのプロポーズを思い出すから。


どうして、あのときすぐに返事をしなかったのだろう。

後悔の念ばかりが、胸に押し寄せる。

あの幸せな瞬間の思い出は、今や自分の中で、辛い記憶になりつつあった。


コンコン


「ノエルです、失礼します」


ノックをして、寝室へと入る。


――今の夫は、自分の私室で寝ることを拒んだ。風邪をひいた日も、ノエルがいないお昼寝のときも、毎日、ノエルと一緒に寝るベッドでないと眠れないというのだ。

だから私は今、彼の私室ではなく、夫婦の寝室へ足を運んでいた。


「サフィール様、大丈夫ですか?」

「ノエル……おかえりなさい」


部屋は真っ暗なので、明るくなりすぎないように小さな灯りを灯す。

夫の声のするベッドへ近づくと、顔を赤くして呼吸が辛そうにしている彼の姿があった。


小さな額に、そっと手を置く。

見た目通り熱く、まだ熱は引いていないようだ。


「熱いですね……しんどいですか?」

「うん……」

「お薬は飲まれましたか?」

「……」

「また、飲まれていないんですね」


私が呆れるように言うと、夫はバツが悪そうに顔を向こうに向けて呟く。


「……あのおくすり、おいしくないんだ」


「そうでしたね……甘すぎるんでしたっけ」


今の夫も、前と変わらず白いシロップの解熱剤が苦手だ。こういうところは、前の夫を彷彿とさせる。

彼が熱を出すたび、薬を飲ませるのはいつも私の役目だった。


「はい、つらいと思いますけど、少しだけ起き上がりましょうねー」


夫の身体の後ろに手を差し込むと、驚くほど彼の身体は熱かった。⋯⋯これはしんどいはずだ。

目も虚ろに潤んでいる。


「あたま……いたい」


「お薬飲んだら、治りますから。はい、ちびちび飲まずに、一気にゴックンしてください」


「うん……」


彼は渋々薬の入ったコップを受け取り、

目を瞑って一気に飲み干した。


それから、私を振り向き、水差しを指して水を要求する。


「はいはい」


水をコップに入れてやると、先ほどの薬以上のスピードで一気に飲み干した。


「……まだおくちがきもちわるい」


「すぐに味も消えちゃいますよ。はい、もう一度横になりましょうか」


ゆっくりと彼の身体を枕に横たえ、隣に転がっていた猫のぬいぐるみも横に添えてあげる。


彼はそっとぬいぐるみを抱き締め、小さく呟いた。


「ぼく……おおきくなったら、ぜったいにおいしいおくすりをつくる」


「あら……」


眉間に皺をよせ呟く姿に、思わず小さな笑みが溢れる。


(まるで、旦那様みたい)


この小さな身体の中にも、確かにあの人の未来が息づいているのだと思うと、

胸の奥が、少しだけきゅっと締めつけられた。


「シイルせんせいがいってた。ぼくね、おくすりをつくるさいのうがあるかもーって」


「まあ、シイルさんが?」


魔術師塔の研究室第一グループ課長であり、

夫の姿を変えた薬を作った部門の責任者だった彼は、

あの後、懲戒処分を受けた。


解雇は免れたものの、そのまま魔術師塔を辞めてしまった。


そして――

今は、私が働いている街の薬屋で調剤師として働いている。

今回の件で研究の道を諦め、注文通りの薬を作ることに方針転換したらしい。

そして、その傍ら、夫の様子を見に度々屋敷を訪れていた。


最初は、どの面を下げて屋敷に来るつもりなのだと、内心では憤ってもいた。


けれど、よく考えてみれば――

夫は、シイルやその部下である第一グループの者たちを、 一度も責めたことがなかった。


自分の身体の不便さに悪態をつくことはあっても、 誰かの名を挙げて責めることは、ただの一度もなかったのだ。


だからというわけでもないけれど。

私もまた、誰かを責めることを、やめることにした。


シイルは、屋敷を訪れるたびに、 夫に勉強や薬の作り方を根気強く教えてくれている。


――私よりも、よほど彼は、夫に向き合っていた。


「そしたら、ノエルもうれしい?」

「ふふ、そうですね。私は薬は苦手ではありませんが、サフィール様の作るお薬がみんなの役に立つと思うと、とても嬉しいですよ」

「そっか……」


夫は目を閉じて眠ろうとするが、なかなか寝付けない様子だった。


「何か絵本でも読みましょうか?」

「ん……だいじょうぶ。でも、ここにいて」

「もちろんですよ」


寝付くまで時間がかかりそうだと判断し、簡易椅子をベッドの近くに持ってきて腰かける。

少し冷えた手で彼の頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。


「ねえ……」

「はい、どうしました?」


彼が目を開ける。


「ノエル、ぼくのこと、すき?」

「え……」


突然の問いに、答えが一瞬遅れた。

ほんのわずかな沈黙。

けれど夫は、その答えを待たずに、先に自分の想いを口にする。


「ぼくはね、ノエルがだいすき」


「あら……」


なんて可愛らしいことを言ってくるのだろう。


そう微笑みかけようとした――その瞬間。


「でも、ノエルのいちばんは、ぼくじゃないんだ」


「!」


続けて出た言葉に、身体がギクリと強張った。

けれど今度は、声だけはすぐに反応できて、慌てて言い返す。


「いきなり何を言ってるんですか! 私だって、もちろん大好きですよ!」


(本当に何を言い出すの……熱のせいで不安になっているの?)


もう一度、熱を確かめようと額に手を伸ばす。

けれど、その手が彼に触れることはなかった。


「サフィール様、またお熱が上がってきたのでは――」

「ぼく、しってるよ。

ノエルのいちばんは、“だんなさま”なんだ」


「……!」


夫の目と、私の目が交差する。

熱でつらいはずなのに――真っ直ぐにこちらを見つめるその瞳には、はっきりとした意思が宿っていた。


伸ばした手は引っ込めることもできず、宙を掻いたままだ。


「ぼく、おおきくなったら、"だんなさま"より、かっこよくなるんだ。

だから、ノエルは、ぼくのおよめさんなんだ」


夫は、なぜかそれを確定事項のように言ってから、ふわりと微笑んだ。


(お嫁さんって……)


「私を、あなたのお嫁さんにしてくれるんですか?」

「うん。そしたらね、ノエルがおそくまで、しごとをしなくても、だいじょうぶ。

ぼくが、いっぱい、はたらくんだ。

たくさん、くすりをつくって、みんなが、うれしくなって……」


舌っ足らずで、まだうまく考えを言葉にできない彼。

それでも、一生懸命に気持ちを伝えようとするその姿に、胸がじわりと疼く。


「それでね、ノエルはね、やさしいから、きっと、いいおかあさんになるんだ」


「……」


(どうして、元の夫と同じことを言うの……)


「だからね」

「……はい」

「ぼく、たくさんおおきくなるから。ノエルは、ぼくのおよめさんだよ」

「……」


彼の言葉に、咄嗟に返事ができなかった。

目の奥がじんと痛くなり、目の前の景色が滲む。

鼻の奥がつんとして、思わずすすってしまった。


――なんて、嬉しくて……それでいて、残酷な言葉なのだろう。


夫は、私の様子になんて気付くこともなく、言葉を続ける。


「これね、“プロポーズ”っていうんだ。

アレックスがおしえてくれたんだ」


「プロポーズ……ですか」


「うん。それでね、プロポーズには、プレゼントもいるって。

ぼく、プレゼントがあるんだ」


トロンとした目つきのまま顔を動かし、サイドテーブルの方を指さす。


「あのおはな、ノエル、すきでしょう?

あげる」


「お花……? ……あ」


薄暗くて、まったく気づかなかった。

いつも花を飾っている花瓶に、小さなピンク色の花弁を持つ花が、数本挿してある。


(――ジル草……)


きっと、アレックスの入れ知恵だろう。

けれども、それだけで、私の心を揺さぶるには充分だった。


とうとう、頬に、温かいものが伝った。


部屋が暗くてよかった。

彼はほとんど目を閉じているし、たぶん、私の涙なんて見えない。


ぽろり、ぽろりと、雫が下へ落ちていく。

喉もつんとしてきて、声を出したら泣いていることがばれてしまいそうだった。

代わりに、目を閉じさせるようにして、彼の頭から目元までを撫でる。


ふっくらとした頬は、熱で真っ赤だ。

触れる部分が、ひどく熱い。

でも、きっと、私の顔も、いまは彼に負けないくらい熱を持っている。


「……ありがとうございます」


絞り出すように言ったあと、言葉は続かなかった。

けれど、そんなことにも彼は気づかない。

伝えたいことを全部話して満足したのだろう。

閉じた目は、もう開かなかった。


彼の頭から手を離し、シーツに顔を埋めて、思いきり泣いた。


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