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小さくなった夫が可愛すぎて困ります  作者: piyo
第一章

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14/23

13.ノエル、夫を看病する

今日は朝番の日だったため、通常であれば昼過ぎには帰れるはずだった。

だが、交代のバイトの子が急遽休みになり、ほかの子も都合がつかず、結局そのままノエルがフルタイムで受付に立つことになってしまった。


(まあ、どうせ帰っても旦那様は解毒薬の作業で忙しくて、構ってくれないだろうし……たまにはいいか)


そうして安易に引き受けた結果、帰宅後、ノエルはひどく後悔することになる。



「え、熱!?」


ノエルが帰宅してすぐに夫の様子を尋ねると、執事のアレックスが汗を拭いながらサフィールの状況を説明してくれた。


「はい……。昼食の時間なっても下に降りてこられなかったので、お部屋へ伺ったのですが返事がなく……。

僭越ながら中に入らせていただいたところ、机に突っ伏して息を荒くしていらっしゃいまして……。

今は自室で横になっておられます」


「ああ……なんてこと」


(昨日、ベッドに入らずに私の上で寝てたりなんかしたから……風邪を引いてしまったんだわ……)


「少し、様子を見てきます」

「いえ……ですが、奥様にうつしてはならないから、部屋には近づけさせないでくれ、と言付かっておりまして……」

「少しだけ話したら、すぐに出て行くから大丈夫よ」


アレックスの制止を振り切り、ノエルは夫が休んでいる自室へと足早に向かった。



コンコンと二度ノックし、返事を待たずに「失礼します」と中へ入る。

カーテンはすでに閉められており、西日が差し込んで部屋全体が夕焼け色に染まっていた。

ベッドの上には、トロンとした目つきでこちらを見ている夫の姿がある。


「入るなと言ったのに……」

「すみません、耳が遠くて……」


しれっと嘘をつきながら、顔全体が赤くなっている夫の額へ手を伸ばした。


「うわ……これは、ひどい熱ですね」

「……否定はしない。久しぶりに、かなりキツい……」


弱々しい言葉に、本当にしんどいのだと伝わってくる。


「お薬は飲みました?」

「いや……寝たら治ると思って、まだだ」

「ええ……」


魔法薬の研究室に勤めているくせに、まだ薬を飲んでいないことに呆れてしまう。


「お昼からずっと熱が下がらないのでしょう?

そろそろ観念して薬を飲みましょう。解熱剤、取ってきますね」

「……ここまでしんどくなるとは思っていなかったんだ」


サフィールは目元に手をやり、覆い隠すようにして呟く。


「子供の頃は、しょっちゅう熱を出していた。

だが、大人になってからは、まったく熱なんて出したことがなかったというのに……

この身体は、本当に……不便だ」


弱々しく呟く夫に対し、ノエルはふうっと息をついた。


「……子供なんて、みんなそんなものですよ。昨日、身体が冷えてしまったんでしょうね。

じゃあ、下に薬を取りに行くので、一度失礼しますね」


「あ、いや……実は、机の上に置いてもらっている」


「え?」


よく見ると、机の上には白い液体が入った小さなコップが置かれていた。

部屋が薄暗かったせいで、まったく気が付かなかったのだ。


(薬瓶から出したら、すぐに飲まないといけないのに……)


「じゃあ身体を起こしてください。ちょっと失礼しますね……

はい、ぐいっと、綺麗に飲み干してください」


ノエルが後ろから支えるようにしてゆっくりと上体を起こしたサフィールに、机の上からとってきた薬の入った小さなコップを手渡す。

だが、彼はコップを受け取ったまま、眉間にしわを寄せてその中身を見つめていた。


「? どうしたんですか?」


「……子供の頃、この薬が苦手だった。

子供用に、妙に甘い味付けをしていて……

毎回、泣きそうになりながら飲んだものだ」


「あら……」


夫にもそんな可愛らしい子供時代があったのかと、なぜかノエルは驚いてしまった。


(まあ、当たり前だけど……旦那様にも、ちゃんと子供時代があったのよね)


昔からずっと大人びていたのだと思い込んでいたが、ここ数日で可愛らしい面が次々と溢れてきている。

この人も、ちゃんと“人間”だったのだなあと、改めて思う。


「もしかして、旦那様が薬作りに目覚めたのも……」


「そうだな……直接的な理由ではないが、

『こんな不味い薬、私だったらもっと美味しく改良してやるのに』

くらいには思っていた」


「ふふ」


また一つ、夫の意外な一面を知ってしまった。

高熱で朦朧としている中、たくさん喋らせてしまって申し訳ない気もするが、

それでも、彼のことを少しずつ知っていけるのが嬉しくて、自然と顔がほころぶ。


サフィールは、ふうっと鼻で息を吸い込み――

一気に、薬を煽った。


おそらく息を止め、味を意識しないようにしたのだろう。

そしてすぐに、ノエルのほうを見て、指で「アレ、アレ」と机の上を示す。


指された先にあったのは、水差しだった。

どうやら口の中をリセットしたいらしい。


(……ほんと、どれだけ嫌なんだか……)


少し呆れながらもコップに水を注いでやると、

サフィールはものすごい勢いでそれを飲み干した。


「……まだ、口の中が気持ち悪い」

「そのうち馴染みますよ。ほら、コップをこちらに貸して。ちゃんと横になってください」


素直にこてんと横になった夫に、ノエルは首元までそっとシーツを掛けてやる。


「本当に、君は……なんというか、手慣れているな」

「ふふ、恐れ入ります。弟の世話をやってきた経験が、ここで活かせて嬉しい限りです」


少し皮肉めいた返しに、何か反論が返ってくるかと思った。

けれど、続いた言葉は予想外なものだった。


「君は……いい母親になれると思う」


「え……」


思わず、コップを置こうとしていたノエルの手が止まる。

それから静かに夫のほうを振り返った。


サフィールは天井を見つめたまま、視線を動かさない。


「……今まで、放置していてすまなかった」


「……!」


(……自覚、あったんだ)


ノエルはコップを机の上にコトンと置くと、身体ごと夫のほうへ向き直った。

サフィールは、なおもぽつりぽつりと続ける。


「何度も、君に向き合おうと思った。だが……そのたびに色々と言い訳をして、逃げた」


「それは――どうしてなんですか?」


声を荒げず、できるだけ静かに問いかける。

ノエルだって、怒っていなかったわけではない。

けれど、こんなふうに弱っているときに、こんな話を持ち出されるのは……

あまりにも、ずるい。


サフィールは相変わらず視線を合わせようとしない。

けれど、意を決したように、小さく息を吸い込んでから口を開いた。


「君に……嫌われるのが、怖かった」


「はぁっ!?」


思わず大きな声が出てしまい、ノエルは慌てて口元を押さえ、

ごまかすようにコホンと一つ咳払いをする。


仮にも病人の前だ。

しかも相手は、見た目だけなら小さな子供。

本当はそのまま怒鳴りたい衝動に駆られたが、

ノエルはぎゅっと拳を握りしめ、なんとか堪えた。


(この人……何を言っているの――?)


戸惑いや疑問で、思わず顔が歪む。


「君が怒るのも、当然だ。……それに、いま、こんな状態でこの話をすることが、どれだけ卑怯かも、わかっているつもりだ。

それでも――」


ゆっくりと、サフィールが顔を横に向けた。

幼い顔つきなのに、宿る眼差しだけは、いつもの“夫”のそれで。

ノエルは、不意に視線を逸らせなくなる。


「私の勘が告げた。

今、言わなければ……きっと、一生後悔すると」


「契約結婚なんて、歪んだ形で君を縛ったくせに、

それでも君に愛を求めるなんて……おこがましいと思っていた。

自分の好意を向けて、もし拒絶されたら――

そのとき、きっと私は、立ち直れないと……思ったんだ」


ノエルの心臓が、

今まで生きてきた中で一番早鐘を打った気がした。


(……それじゃ、まるで……

最初から、私のことが好きだったみたいじゃない――)


「そんな……、そんな言い方、……本当に、狡いです……」


ノエルが一歩近づき、ベッドへ身をかがめる。

二人の視線が同じ高さで交わった。


「そんなこと言われたら……私は、今までの寂しかった思いも、あなたへの憤りも、すべて許すしかなくなってしまうじゃないですか……」


少し泣きそうな顔になりながら、サフィールの頬に、そっと手を触れる。

その温かさと熱が、まだ体調の優れない彼の本気を伝えてくる。


触れた手に、彼の小さな手が添えられ、ノエルの胸の奥がじんわりと熱くなる。


「すまない。私は臆病で、狡い人間だ。自分から許して欲しいとは言えない。

――それでもどうか、これからの君の未来を、私とともに歩んでほしい」


サフィールの真摯な言葉に、心が揺れる。

けれど、口からは茶化すような言葉が出た。


「フフ……まるで、プロポーズしているみたい……」


「みたいじゃない、プロポーズをやり直しているんだ。

すぐにとは言わない、返事は考えておいてくれ」


そう言うと、サフィールはそのまま目を閉じてしまった。


「……」


(旦那様ったら……最後の最後まで狡いわ……)


でも、ノエルはすぐに返事をする気などなかった。

せめて、自分が放置された一か月の分だけは、返事をじらして意地悪してみよう――なんて、心の中で思ってしまう。

――返事の内容は、とっくに決まっているのだが、言うまでは秘密にしておくつもりだった。


「……おやすみなさい。ゆっくり休んで、早く良くなってくださいね」


シーツの上からポンポンと身体を優しく叩き、ノエルは部屋に入ってきたときと全く違う心境で、夫の私室を後にした。


このあと、すぐに返事をしておけばよかったと、後になって後悔する羽目になるとも知らずに――

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