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小さくなった夫が可愛すぎて困ります  作者: piyo
第一章

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12/23

11.ノエルの母性と夫の不調

二人が帰宅してすぐ、サフィールは自室に籠ることになった。


「すまないが、しばらくの間、私は解毒薬の分析と、うまくいっていない部分の改良方法の検討にあたる」


「はい、わかりました。あの……無理はなさらないでくださいね」


なにせ、泊まり込みで仕事に没頭するような人である。

このまま自室から出てこなくなる未来が、容易に想像できた。


心配そうに告げるノエルに、サフィールは「もちろんだ」と即座に返事を返す。


「――なにせ、私は休暇中だからな」

「……ですね。休暇中、ですものね」


(だったら第一グループに任せて、ゆっくり休めばいいのに)

という本音は、なんとか胸の内に飲み込んだ。


「休憩する際は、声をかけてくださいね」


それだけ言って、ノエルは夫の私室の扉をそっと閉じた。



ノエルが遅めの昼食をとっている間も、サフィールは食堂へは降りてこなかった。


一応、下へ降りる前に部屋をノックして声をかけてみたが、

「今はいい」と言われてしまったのだ。


(このまま何も召し上がらないつもりかしら……)


心配にはなるが、邪魔もしたくない。

ううんと葛藤した末、ノエルはおやつの時間に、再度部屋を訪ねることに決めた。


コン、コン。


結局、おやつの時間になっても部屋から出てくる気配はなく、

ノエルは夫の私室をノックしに行った。


「旦那様、そろそろ休憩しませんか?

お腹、空いていません?」


扉の外から声をかけるが、中からは何の物音も聞こえない。


(集中していて聞こえていない?

それとも――まさか、中で倒れていたりしないわよね?)


一度気になり始めると、悪い予感のほうで頭がいっぱいになる。

迷った末に、ノエルは「失礼します」と声をかけてから、そっとドアを開けて中へ入った。


ノエルがサフィールの私室へ足を踏み入れると、そこは彼女の部屋とは違い、シックな家具で統一され、壁紙もオフホワイトで清潔感を前面に押し出した装いだった。


壁一面には本棚が設えられ、難しそうな本がぎっしりと並んでいる。

部屋の中央にはシングルサイズのベッドが置かれ、窓際の壁には机と椅子があった。

サフィールはその椅子に座り、机に突っ伏すようにして動かない。


「旦那様!」


やはり倒れていたのだと勘違いし、ノエルは慌てて傍へ駆け寄った。


「……!」


そこには、本を開いたままペンを握りしめ、器用に眠りこけているサフィールの顔があった。

うつ伏せで横に顔を向けているせいか、口元からはわずかによだれまで垂れている。


(あ、これ……)


ふと視線を落とすと、昨日ノエルがプレゼントした猫のぬいぐるみが、机と彼の身体の間に挟まっていた。

どうやら、膝の上に乗せたまま作業をしていたらしい。


ノエルは、彼がぬいぐるみを大事にしてくれていることに、ふと笑みをこぼした。

そして、夫のあどけない寝顔に、母性のようなものをくすぐられる。


(もう、お昼寝の時間だものね……久しぶりの職場で、疲れてしまったせいもあるのだろうけど)


先にベッドのシーツをめくってから、サフィールの元へ向かい、

そっと握りしめられていたペンをペン立てへ戻す。

それから、静かに彼の身体に手をかけた。


このまま起きてしまっても、別に構わないと思っていた。

朝食以降、何も食べていないのだから。


けれども、「ううん……」と小さく声を漏らすだけで、

一向に目を覚ます気配はない。

よいしょ、と椅子から抱き上げ、そっとベッドへ下ろす。

夫は身体を小さく丸めるだけで、やはり起きる様子はなかった。


ノエルは彼の隣に猫のぬいぐるみを置き、

その上から、そっとシーツをかける。


「……おやすみなさい」


静かに頭を撫でてから、彼女は部屋を後にした。



ノエルはあの後、庭の薬草畑の手入れをしてから自室で本を読み、普段どおりに過ごした。


サフィールと顔を合わせたのは、夕食の席についてからだ。


少しふてくされた顔で食堂に降りてきた彼に、

「よく眠れましたか?」と問いかけると、


「寝過ぎだ。仮眠のつもりだったのに……」


と、不機嫌を隠そうともしない様子でぼやいた。


(仮眠にしては、爆睡していたように思うけど)


口にしたら、ますますサフィールの眉間の皺が深くなると思い、ノエルの心の中だけに留めておく。

代わりに、話題を変えるように夕食の内容について話を振った。


「朝ごはんのときから何も召し上がってないから、お腹が空いたんじゃありませんか?

今日はお魚ですよ」


本日の夕食は、白身魚の香草焼き。

例によって、サフィールの分には香草の代わりにソースがかかっていた。


てっきり、その美味しそうな見た目と、湯気の立ちのぼる脇のスープに、さぞ食欲をそそられただろうと思っていたのだが。


「魚か……」


漏れた言葉は、どこか気落ちした響きを帯びていた。

あまり感触のよくないその呟きに、ノエルは「おや」と眉根を上げる。


(苦手、なのかしら)


サフィールは乗り気でない様子のまま席に着き、メインの皿を静かに見つめた。


「もしかして……旦那様は、お魚が得意ではないのですか?」


ノエルとしては、からかうつもりもなく、ただの確認のつもりで口にした。

けれど、サフィールはそう受け取らなかったらしい。


「な、そんなことなどない!」


いつもならもう少し冷静に反論するところだが、今日はやけにムキになっている。


「そうですか。でも、誰しも得意不得意はありますからね」


これも受け流すつもりで言ったのだが、サフィールはさらに噛みついた。


「だから、魚が苦手だなんて誰も言ってないだろう!

大体、()は好き嫌いは……」


そこまで言って、サフィールははっと目を見開き、

しまったと言わんばかりに口をつぐんだ。


もちろん、ノエルにはばっちり聞こえていた。

そして同じように、思わず目を見開いてしまう。


(僕!? いつも“私”と言っている旦那様が……!)


少しの沈黙が、二人の間に落ちる。

そして何事もなかったかのように、サフィールは食事を始めた。


(こ、これは触れないほうがいいやつよね……)


気まずさを抱えたまま、ノエルも食事に手を付ける。


あまりにも静かで、何か話題を振らなきゃ、と思うが――

先にボロが出たのは、サフィールのほうだった。


口に運ぼうとした魚はぽろりと落ち、

スープも飲むたびに、わずかにこぼしてしまう。

結果、給仕の者が甲斐甲斐しく世話を焼く羽目になった。


サフィールは終始眉根を寄せたままで、ノエルもそれを見て見ぬふりをした。


(ああ、今日はもう、大人しくしていよう……

たまには静かな食卓でも、いいでしょう)


――だが。


思えば、このときから、異変は始まっていたのかもしれない。

そのことにノエルが気づくのは、もう少し先の話になる。


次は夜9時ごろ更新。

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