【標本No.2】美しい棘
――君はバラの本当の美しさを知っているか?
ドライフラワーは死んだ記憶の抜け殻に過ぎず、造花には魂を宿す隙間すらない。
私は、ただ「本物」の赤が、永遠に脈動し続ける瞬間を求めていた。
だが、切り花は残酷な速度で退色し、その誇り高い花弁を無残な土へと零していく。
それが自然の理だと言うのなら、私はその理を、私自身の生命で書き換えようと思う。
指先に触れる鋭い棘。それは拒絶ではなく、愛を乞うための吸い口なのだ。
白、黄、緑、紫、黒、赤...。
私が各地から集めてきた無限の薔薇たちを、これから染め上げるのだ。
体内に巡るこの血が、尽きるまで。
一つ、また一つと、指の腹を鋭利な棘に押し当てる。
躊躇いは、この聖域には不必要だ。
熱を帯びた朱が、真珠のような滴となって指先から零れ落ちる。
私はそれを、震える手で白いバラの芯へと落とした。
吸い込まれるように、純白の繊維へと私の命が染み渡っていく。
真っ白な画用紙に初めて色が置かれるときのような、残酷なまでの鮮明さ。
「綺麗だ......。」
掠れた声が、静寂に沈む部屋に響く。
黄色いバラには黄金の輝きを奪うほどの深みを、紫のバラには夜を塗り潰すほどの重厚さを。
バラたちは私の傷口を貪り、私の一部を吸い上げることで、かつてないほどに瑞々しく、悍ましいほどの生気を宿していく。
だが、代償はすぐに訪れた。
体温を分け与えるたび、私の視界は薄汚れ、四肢は氷のように冷えていく。
色彩を失っていく私の肉体とは対照的に、部屋を埋め尽くすバラの海は、狂おしいほどの熱狂を湛えて咲き誇っている。
どれほど時間を費やしただろうか。
最後の一輪、深い黒のバラの蕾に、私は残された最後の滴を捧げた。
視界が、ゆっくりと暗転していく。
バラの棘が、もはや私の皮膚を裂く感覚すら判らない。
ただ、花の香りが、私の死臭を覆い隠すように甘く、強く、部屋を支配していた。
これで、いい。
ドライフラワーのように色褪せることも、造花のように嘘をつくこともない。
このバラたちは、私という「生」を食らい尽くした、不変の美そのものなのだ。
私は、満足げな微笑を湛えたまま、バラの海へと沈んでいった。
私の鼓動は止まるが、この部屋の赤は、永遠に乾くことはない。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
直接的な血の描写が苦手なので、少し無理して書きましたが...いい感じに書けてよかったです。自分では見返すことはできなさそうなので、感想・リアクション・アドバイス等、お待ちしています。
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標本No.3の投稿は、3月15日の朝8:00の予定です。




