34.ではまた、:川瀬匠海は変わらないことに安心した
俺、川瀬匠海は苦しめられていた。
何に?
最愛の女の子に。
詩音ちゃんは高校生になり、俺は大学三年生になった。
大学三年生は実習と就活でめちゃくちゃ忙しくて、詩音ちゃんに会える回数が一気に減った。
それでも詩音ちゃんは不満も泣き言も言わず、会えた時には嬉しそうにしてくれていた。
「匠海さーん!」
「おう、おつかれ」
「お疲れさまです!」
夏休みが始まってすぐ、詩音ちゃんを俺の実家に送るために待ち合わせをしていた。
俺はバイトと実習と就活で、今年は実家に帰れない。
でも、少しでも詩音ちゃんに会いたくて駅で待ち合わせたはいいけど、逆に辛かった。
――なんでかって!
詩音ちゃんは高校生になって、いっきに女の子らしくなった。
具体的に言うと体型にメリハリがついて、出るとこが出るようになったのだ。
中学生の間は少年みたいなストンとした体型だったから、抱きしめても俺もそこまで気にならなかったけど、今はそうじゃない。
胸はもちろん、肩とか腰周りが丸みを帯びて柔らかくなっちゃって、抱きしめるとなんかいい匂いがする。
その状態で、
「匠海さん大好きっ」
なんて言いながら抱きついて、喉や顎に口付けてくるわけだ。
でも、未成年なわけで。
高校生になったときに「キスくらいしてもいいんじゃねえかな」ってちょっと思ったけど、無理。
こんなもちもちの美少女にキスして、それで止めるなんてできない。
そういうわけで、詩音ちゃんにどれだけ迫られても、俺は耐え忍んでいるわけだ。
今この瞬間も、俺は必死に耐えていた。
小崎町に向かう電車のボックス席で、詩音ちゃんは俺の隣に座っていた。
俺の腕にもたれかかりながら、美海や夜の話をしている。
夏だから薄着で、寄せられた身体は柔らかい(そしていい匂いがする)。
「ねー、匠海さん、聞いてる?」
「……ごめん、聞いてなかった」
「最近、なんかぼんやりしてない? 疲れてる?」
「……そういうわけじゃねえけど」
見ると、詩音ちゃんがしょんぼりした顔になっていた。
でも、こんなことを言って引かれないだろうか。
キモいとか変態とか思われたら嫌だなあ。
「ごめんね、匠海さん。忙しいのに付きあわせて」
詩音ちゃんは、何も言わない俺を気にしてか、泣きそうな顔で距離を取った。
ああもう。そんな顔をさせたいわけじゃないのに。
「……ごめん、詩音ちゃん」
詩音ちゃんの顔を覗き込むと、眉間にシワを寄せていた。
「疲れてるとか、詩音ちゃんが嫌とか、そういう話じゃねえんだ」
「……ほんとに?」
「本当に。俺が、詩音ちゃんのこと好きすぎて、対応に困ってるだけ」
そういうと、やっと眉間のシワが消えた。
「どういうこと?」
「あのですね……」
話し始める前に辺りを見回して、他の乗客が近くにいないことを確かめた。
それから少し身をかがめて、詩音ちゃんにだけ聞こえる距離まで近づいた。
「男ってのは、みーんなバカでスケベであることを前提に聞いてほしいんですけど」
「みんな?」
「みんな。程度の差はあるけど、まあだいたいみんな。もちろん俺も」
詩音ちゃんはきょとんとした顔で俺を見上げた。
彼女の胸元を見ないようにして話を続けた。
「詩音ちゃん、高校生になって体型が変わっただろ? それで、俺はドキドキしてます」
「ドキドキ?」
「うん。女の子らしくなって……手を出したくて堪らないから、あんまりじろじろ見ないようにしてる」
詩音ちゃんはやっぱりきょとんとしたまま、首をかしげた。
「匠海さんは、私とえっちなことをしたいってこと?」
「言い方!! したいよ! したいに決まってるだろ!?」
「わ、びっくりした。そ、そうなの……」
「ごめん……」
つい声を荒らげてしまった。
もちろんしたいよ!
「してもいいけど」
「しません!」
「ふうん」
詩音ちゃんは唇を尖らせた。
本当にバカでスケベで申し訳ないけど、そういう顔されるとキスしたくなるから止めてほしい。
「匠海さん、我慢してるんだ?」
「してます。二年くらい、ずっと我慢してます」
「そっかあ」
詩音ちゃんはなぜか嬉しそうな顔で、また俺にもたれかかった。
「詩音ちゃん?」
「なあに?」
「俺の話、聞いてた?」
「聞いてたよ。私とえっちなことがしたいけど、我慢してるんでしょ」
「……うん」
「それが、私には嬉しいんだって」
全然意味が分からなかった。
俺に我慢させて、何が嬉しいというのだろう。
「私、匠海さんより五つ年下でしょう? お子様だから手を出す気にならないのかなって、ちょっと思ってたんだよね」
「はあ? はあ!?」
「だから、そんなことないってわかって嬉しいの」
「詩音ちゃんのばか」
「えへ」
詩音ちゃんは嬉しそうな顔のまま俺の腕にもたれかかり、手をつないで指を絡め、ニコニコしている。
あーあ。
この子が大人になるまで、あと一年半。
俺は耐えきれるのだろうか。
絡めた指をそっと握って、そっぽを向いた。
小崎町に着くと、美海と夜が出迎えてくれた。
「しおーん!」
「みうみー!」
二人は相変わらず抱き合っていて、なんだか安心した。
夜ともハイタッチしている。
「……お前、ちょっと見ない間にデカくなったなあ」
「でも匠海さんには届かなさそうです」
「そのまま俺より小さい夜でいてくれ」
「大人げないなあ」
俺より頭一個分以上小さかった夜は、いつの間にか顔が同じくらいの高さになっていた。
美海は相変わらず小柄だけど、よく考えたら母親と同じくらいの背丈だから、こんなものなんだろう。
詩音ちゃんと美海は並んでバス停に向かっていく。俺と夜も並んで後を追った。
「夜、高校どう?」
バスに乗ったところで、詩音ちゃんが夜を見た。
「楽しいよ。天文部あるんだ」
「いいねえ。美海は?」
「私も楽しいよー。あのね文芸部があるんだけど、英文を訳すグループがあってねえ」
バスに揺られて、俺と詩音ちゃんで二人の高校の話を聞く。
美海と夜は違う高校に通っているけど、それぞれ楽しくやっているらしい。
「美海は夜と違う高校でよかったの?」
「よくはないけどさ。でも夜と私で得意なことや、やりたいことが違うから。それに……ねえ、夜。学校に私より好きになりそうな女の子いた?」
「いない」
「ね」
「なにが『ね』なのさ」
詩音ちゃんが吹き出した。
なんつーか、美海は自信があるよな。俺はこんなにも不安で仕方ないのに。
詩音ちゃんが女子校だから、平気な顔をしていられるだけだ。
美海が詩音ちゃんの耳元でなにかを伝えた途端、詩音ちゃんが目を丸くした。
「え、本当に?」
「本当に。あとで見せてあげるよ」
「なに?」
俺が聞くと、美海が肩をすくめた。
「恥ずかしいから、後で詩音からこっそり聞いて」
「うん……?」
家に着いて荷物を置いたら、詩音ちゃんは美海の部屋に行ってしまった。
俺は夜に手伝わせて、晩飯の用意をする。
「匠海さん、さっきの話なんだけど」
「ん?」
「美海が詩音に言ってたやつ。美海と高校の相談をしたときにさ、僕、婚姻届を渡したんだよね」
「は?」
婚姻届……!?
中学生じゃ出せねえだろ……?
「渡したとき、美海も同じ顔をしてたよ」
夜がおかしそうに笑った。
「出せないけどさ、僕はそういうつもりで美海と付き合ってるよっていう……決意表明というか、プロポーズみたいなものかな」
「はあ……お前、重いんだなあ」
「う、うるさいな……。中学生に『大人になるまで待ってる』って言ってほんとになんの手も出さずに待ってる大学生に言われたくないよ」
「なんでそんなこと知ってんだよ」
夜はニヤッと笑った。
「僕、詩音とは付き合いの長い友達だからさ」
「うぜえ」
夜は中学三年生になってすぐくらいに美海に婚姻届を渡して、そのあと、それぞれ違う高校に行くことにしたらしい。
なんつーか、こいつは昔から行動力がどうかしてる。
保証人欄は、友達に書かせたそうだ。
うちの親は、それを知ってるのかなあ。
「進路は違ったけど、美海が僕にとって一番大事だっていうのは変わらない。それを美海に知っていてほしかったんだよ」
「……言ってることは純愛なのに、やり方がめちゃくちゃなんだよなあ」
「匠海さんは?」
「あ?」
「匠海さんは、詩音のことを大事にしてる?」
「してるつもりだけどな……」
「詩音は僕の大事な友達だからさ。泣かせたり困らせたりしないでほしいんだ」
「はいはい、分かってますよ」
小生意気な義弟(予定)の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。
階段の方から足音がして、美海と詩音ちゃんが顔を出す。
「おにーちゃーん、ごはん!」
「『ごはん!』じゃねえよ、もう少し言い方があるだろうが」
「匠海さん、ごはんの用意手伝うよ」
「もうできるから、夜と皿並べてくれ。美海、親父たちは?」
「遅くなるけど、晩ごはんは家で食べるって」
「じゃ、取り分けて冷蔵庫に入れておこう」
子どもらに手伝わせて、晩飯を並べる。
俺が高校生の頃から変わらない光景に安心しつつ、同時にちょっと泣けてきて、自分がおっさんになったような気がした。
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