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32. 復元:川瀬匠海はけりをつけた

「じゃあまた、再来週」

「うん、またね」


 俺、川瀬匠海は、寮に入っていく詩音ちゃんを見送った。

 そのまま五分くらい、ぼんやり突っ立ってたけど、バスが来たから乗って帰った。

 まっすぐ部屋に戻る気になれなくて、本屋や百均、スーパーをふらついて、暗くなってからやっと戻った。


「うーん」


 思った以上に寂しかった。

 部屋の明かりをつけた。

 ベッドとローテーブルが置かれていて、床にクッションが散らかっている。

 開いたままのカーテンを閉めて、上着を脱いだ。

 床に捨てると詩音ちゃんに拾わせちゃいそうだから、ちゃんとハンガーに掛けておく。

 突っ立ってると凹みそうだったから、さっさとシャワーを浴びた。

 パジャマ代わりのシャツとジャージを着たら、さっきつけた明かりを消して、ベッドに倒れ込んだ。

 布団を被って目を閉じても、一人きりのベッドがやたらと広くて、全然眠れなかった。



 俺と、あの子は結局なんなんだろう。

 付き合ってはいないから、あの子は俺の彼女ではない。

 あの子は俺を好きだと言って、付き合いたいと、キスがしたいのだと言っていた。

 でも、あの子は中学生だし。大学生が中学生に手え出したら犯罪なんじゃねえかなあ、ってことで、自重した。

 できてなかった気もする。

 散々キスをねだられて、それくらいならいいんじゃん? って思う自分もいたけど、それだけで止められる気がしなかった。

 たぶん俺は、がっついちゃうし、めちゃくちゃしちゃうと思う。

 なんつーか、自分の抑制を信用できない。

 まあ、「詩音のこと、待っててね」って言ってたしな。

 待ってますとも。



 数日後、春休みが終わって、大学に行った。

 学校のパソコンから二年前期の履修登録をして、ついでにスマホでバイトのシフトも出しておいた。


「川瀬ー、久しぶりー」

「おー、元気ー?」


 友達と食堂で飯を食って、時間割を見せ合った。

 ふと、友達が「そういえばさ」と顔を上げた。


「川瀬、あの美少女ちゃんと付き合ってるっけ?」

「いや? まだ中学生だし」

「彼女作る気ある?」

「ない。その美少女ちゃんが高校出るの待ってるから」


 首を横に振ったら、キモがられるかと思ったけど、友達は半笑いだった。


「光源氏かよ」

「そんな話だっけ?」

「そういう話もある。そうじゃなくて、合コンするから来る?」

「行かない」

「先生がゼミで新歓するって言ってたけど、それは?」

「……あんまり行きたくないけど、行った方がいいよなあ」


 友達は難しい顔で頷いた。

 先生は、基礎ゼミの担当をしてくれていた人だ。

 フレンチが専門だけど、洋食の家庭料理にも詳しい。

 俺が進みたい方とは違うけど、先生のところのゼミ生から他の先生の情報を聞きたいし、誘ってもらえるなら、そういうのに参加した方がいいのは間違いない。


「行くか……」

「ちなみに例の先輩もいると思う」

「だよなあ」


 例の先輩とは、あれだ。

 俺に気があるらしくて、文化祭のときに詩音ちゃんを威嚇していた先輩だ。

 嫌だなあ。

 文化祭以降、露骨に気のあるそぶりはしてこないけど、それでも会えば挨拶くらいするし、なんとなく苦手なまま、微妙な距離を保っていた。

 まあでも、俺が先輩のこと好きじゃないのは分かってるだろうし、離れて座ればいいかな。

 そんな気楽な気持ちで新歓に参加することにした。



 その考えは間違いだった。

 四月末の、週末前。

 俺は居酒屋で、女子に囲まれていた。


「へー、川瀬くんって言うんだ。二年生? 大きいねえ」

「川瀬くん、一年の時から先生に気に入られてたもんね」

「彼女いる?」

「来年は先生のゼミに入るんでしょ?」


 最初は友達と一緒に座ってたのに、そいつがトイレに行った隙に、三年生と四年生の女の先輩たちから囲まれた。

 マジでなんなの。

 例の先輩はちゃっかり俺の隣に腰を下ろして、ジョッキ片手にニヤニヤしている。


「や、彼女はいないですけど」

「ほんとにい? 文化祭に来てた女の子は? 妹さんとお友達だっけ」


 あんたがそれを言うのかよ!

 先輩は酔っ払ったからかなんなのか、ずけずけ聞いてきて、気分が悪い。

 俺は飲んでないのに酔っぱらいに絡まれて、本当に無理だった。


「川瀬くん、かっこいいのに。今度デートしようよ。ゴールデンウィーク空いてる?」


 顔を上げて見回したら、友達が「ごめん」と遠くで手を合わせていた。

 嫌になっちまったし、ここでこの人たちにこびる必要もないから、立ち上がった。


「俺、彼女はいませんけど、結婚の約束してる相手がいるんで、彼女もデートもいりません」

「えっ」


 先輩の赤かった顔が、さっと白くなった。


「さっき先輩が言ってた妹の友達。その子の親に挨拶も済ませてますし、両家公認の婚約者なんすよね。だから、次に先輩があの子にちょっかいかけたら、俺は怒りますよ。前回の比じゃなく、怒ります」

「や、やだ、ちょっかいなんてかけてないし」

「そうですか? 妹からめちゃくちゃ睨まれて怖かったって聞きましたけど」

「……なにそれ、シスコンじゃん」


 他の先輩たちが、シラけた顔で笑った。

 だから、真顔のまま言い返す。


「何とでもどうぞ。少なくとも先輩は、俺の家族と幼馴染みと婚約者に嫌がらせをするクソばばあだって、俺と俺の家族は思ってますよ」


 テーブルが静まりかえった。

 せっかくの新歓なのに、申し訳ないことをした。

 カバンを拾って、先生に頭を下げに行く。


「すみません、せっかく誘ってもらったのに」

「あはは、悪いのはあっちだろ。こっちこそ悪いね、誘ったのに楽しませてやれなくて。今度俺の部屋に直接来いよ。進路相談くらいなら聞いてやるから」

「ありがとうございます。近いうちに相談させてください」


 もう一度頭を下げて、店を出た。

 友達にも詫びのメッセージを送って、バスに乗った。



 両家公認の婚約者ってのは、ちょっと言い過ぎたかもだけど、別に嘘じゃない。

 年末に、詩音ちゃんの父親に「今後は川瀬家で詩音ちゃんを預かるし、あの子が望むなら、俺はあの子を本当に川瀬家に迎え入れる」と言った。

 そのことはうちの親にも伝えてあるし、矢崎家から、直接うちの親になにかしら連絡もあったらしい。

 ……問題は、俺が詩音ちゃんの父親に言ったことを、詩音ちゃん本人にはまだ言ってないことだけど。



 そして、先輩のことをうちの家族がよく思っていないのは、先輩に伝えたとおりだった。

 美海が文化祭から帰った後に、親に報告したそうだ。

 夜も一緒になって話をしたから、かなり大げさに伝わったらしい。

 だからまあ、なんらかの奇跡が起きて俺と先輩がいい感じになったとしても、美海と両親はいい顔をしないだろう。



 俺は真っ直ぐに部屋に帰った。

 途中で友達から詫びの返事が来ていたけど、別に友達は悪くないし。

 明日は昼から詩音ちゃんが来るから、さっさと寝よう。

 嫌なことがあっても、しんどくても、あの子が待ってると思えば、俺は前を向くことができた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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