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26.対照的な:川瀬匠海は思いの丈の一部だけを吐き出した

 一月終わりの土曜日の朝。

 俺、川瀬匠海は地獄みたいな苦しみを味わっていた。


 俺は自分の部屋で胡座をかき、ベッドにもたれかかっている。

 脚の上には三週間ぶりに会った詩音ちゃんが跨って、俺にしがみついていた。

 詩音ちゃんの尻が思いっきり下半身に乗っていて、たまにもぞもぞ動かれるのが本当に辛かった。ゴツめのジーパンをはいていて良かった。そうじゃなかったら、バキバキに勃ってるのがバレて、気まずいどころじゃなかった。俺の下半身って、こんなに硬くなるんだな。それをもっと、最大限に生かせるときに知りたかった。


 昨日のうちにしこたま抜いたし(詩音ちゃんに会う前はいつもそうしている)、詩音ちゃんもスキニーデニムを履いていて直接触れてるとか、見えてるとかでもないから、まだしばらくは暴発せずにいられると思う。そうだといいな。


 詩音ちゃんは、この部屋に来てからずっとこの体勢で、俺の肩に顔を埋めてすすり泣いていた。


「詩音ちゃん」

「ん、な、なに」

「どしたのさ」

「た、匠海さん、充電してる」

「泣いてるけど」

「……嫌なこと、言われた」

「誰に?」


 泣き声混じりの言葉がポツポツと聞こえた。

 首元に息がかかるたび、落ち着かない気分になる。


「詩音ちゃん、今何歳だっけ?」

「え、えっと、十四歳」

「だよなあ」


 俺は十九歳。十九歳と十四歳っつうのは、犯罪臭がヤバい。三十九歳と三十四歳なら何ともないのに。

 できる限り、下半身に感じる柔らかい感触のことを考えないようにして、俺は詩音ちゃんの背中を撫でた。


「ごめん、えっと、嫌なことを言われたんだよな。誰に?」

「……クラスメイト。あの、匠海さん。聞いていい?」

「なに?」


 詩音ちゃんは俺の背中をぎゅっと抱きしめた。

 少ししてから、涙目でこちらを見上げる。

 こんな間近に涙目の美少女がいて、無防備に俺を見てるのに、キスしちゃダメなの、なんの修行だよ、ほんと……。


「た、匠海さんは、詩音にお金出してエッチなことしたいと思う?」


 一瞬、俺の脳が理解を拒絶した。

 なんて?

 下半身がすごい勢いで萎えた。


「詩音ちゃん、降りて」

「え、うん」


 ポカンとした顔で隣に座った詩音ちゃんを、俺は睨んだ。


「そこに正座」

「ちょ、待って待って! 詩音がしたいわけじゃないから!」

「じゃ、じゃあ、どういうつもりでそんなこと言うんだよ! ふざけんな、俺のことなんだと……!」

「言われたんだよう」


 詩音ちゃんはまた涙目で俺を見た。


 マジかよ。誰にだよ。全方位にセクハラじゃねえか……。


「えっと……誰に?」

「抱っこ」


 詩音ちゃんは涙目のまま、口をへの字にして手を伸ばした。

 でも、もうさっきの体勢は辛い。


「……横になっていい?」

「うん。匠海さんが抱っこしてくれるなら、何でもいい」


 我慢大会延長戦である。

 よたよたと立ち上がってベッドに倒れ込むと、詩音ちゃんが上に乗っかってきた。

 下半身に乗ってないから、まあ、なんとか……。

 詩音ちゃんの長くなった髪を梳いて背中を撫でていたら、彼女は俺の胸に顔を埋めて、ぼそぼそと話し始めた。

 ――要するに、冬休みの終わりに俺といるところを見られて、八つ当たりされたらしい。


「……その子が、冬休み中に年上の幼馴染みにフラれたから、詩音が匠海さんと仲よさげにしてるのを見て、イラついたって言ってた」

「そっか……」

「ムカつくよう。腹が立つよう。業腹! 遺憾! そんなことで私の匠海さんに、なんでそんなひどいこと言われなきゃいけないの!」


 詩音ちゃんは俺の上でジタバタしながら怒っていた。

 珍しいしかわいいし、語彙がめちゃくちゃでちょっと笑いそうだけど、本人は俺のために怒ってるから、堪えた。


「ありがと、詩音ちゃん」

「なにが?」


 詩音ちゃんはむくれた顔で俺を見た。


「俺のために、そんなに怒ってくれて」

「怒るよ! だって匠海さんは詩音の恩人だし、大好きな人だもん。失礼なことを言われたら、嫌だよ」

「そっか」

「それにさ」


 ムスッとしたまま、詩音ちゃんは俺の胸元に頬ずりした。


「匠海さんは大人だから、詩音みたいな子供、相手にしないよ」

「……そんなことは、ねえけどさ」


 さっきから諸々我慢してたせいで、余計なことを言ってしまった。


「え……?」


 詩音ちゃんが不思議そうな顔で俺を見た。


「あー……、えっとさ」


 まあ、いい機会だから言っておこう。

 勢いをつけて寝返りを打った。

 詩音ちゃんがぽかんとした顔のまま、ベッドに仰向けに転がった。

 俺は四つん這いで詩音ちゃんに覆いかぶさった。

 鼻が触れるか触れないかの距離まで、顔を寄せる。


「詩音ちゃんは、自分で思ってるよりかわいくて、きれいな女の子だから、俺は余計なことをしないように、いつも気をつけてるんだよ」

「……そう、なの?」

「そうだよ。未成年に手を出すのは法律的にダメだからさ」

「法律的に」


 詩音ちゃんは棒読みで繰り返した。


「そう、法律的に。それに、俺は詩音ちゃんを傷つけたくないし、嫌われたくない。君の居場所を俺が奪うようなことをしたくない」


 少し様子を見る。

 詩音ちゃんは目を丸くして俺を見ていた。


「だからさ、俺が詩音ちゃんに何もしないのは、君が子供っぽいからでも、魅力がないからでもないんだ。俺が君より年上で、成人していて、君を大事にしたいと思っているからだ。……っていうことを、ご理解ください」


 一気に言い切って、詩音ちゃんの横に転がった。

 なんか、最後の方は何が言いたいか分からなくなって、ごちゃごちゃしちゃったけど、どうだっただろう。

 分かってくれただろうか。

 まあ、俺自身、何を分かってほしくて話していたのかよく分かんねえから、ダメなんだけど。


 詩音ちゃんを見ると、困ったような顔をしていた。


「ごめん、詩音ちゃん。怖がらせた?」

「えっと、怖くは、ないと思う。あのね、どう思えばいいかわかんない」

「そうだよなあ。俺も自分で何言ってんのか分かってなかったし」

「……今日は、泊まっていい?」

「いいよ。俺がこの部屋に住んでる間は、いつだって泊まっていいし、遊びに来ていい」


 そう言うと、詩音ちゃんは安心した顔になった。


「あの、寝るときは別々に寝たほうがいい?」

「今まで通りでいいよ。俺も詩音ちゃんを抱きしめてる方がよく眠れるし」


 もちろん我慢もしてるけど、それは今さらだし、それを言ってこれ以上困らせたり、怖がらせたりしたくなかった。それに、ワガママだし、矛盾してるけど、距離を置かれたくなかったから。


「何か、詩音は気をつけたほうがいいことや、しないほうがいいことはある?」

「何もない。今までどおりにしていてくれていい。俺が我慢してることだけ、知っててくれたらいいよ」


 詩音ちゃんは眉間にしわを寄せて、目をぎゅっと細くした。

 たぶん、俺が言ったことの意味を考えているんだろう。


「んー、んー……、つまり、匠海さんは詩音とえっちなことがしたい?」

「言い方! もうちょいなんかあるだろうが」

「ご、ごめんなさい……」

「したくなくもないけど、しません!」

「そうなの?」


 たぶん、分かってないんだろう。

 まあ、いいんだ、それで。


「詩音ちゃん」

「なあに」

「昼飯は何がいい?」

「お昼? あのねえ、七草粥」

「七草粥?」


 意外なメニューだった。


「寮で食べたけど、ぜーんぜん美味しくなかったの。でも、匠海さんが作ってくれたら美味しいかもなあって思ったんだ」

「ふうん。嬉しいこと言ってくれるじゃん。じゃ、昼飯は七草粥にするか。つっても、七草は売ってないかもしれねえから、良さそうな食材を買いに行こうか」

「行こう、行こう。……手はつないでいいの?」

「当たり前だろ。今までしてたことは、全部そのまましていい。手えつないでいいし、抱きついていい。俺のことも抱きしめてくれ」

「うん!」


 詩音ちゃんはパッと笑顔になって、俺の腕の中に収まってきた。

 全然買い物に行けないけど、今はこの子を抱きしめていたかったし、彼女の不安や嫌な気持ちがなくなるなら、俺はいつまでだってそうしていたかった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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