25. おぞましい:矢崎詩音はぶち切れた
お正月も終わって、一月四日の朝。
私、矢崎詩音は匠海さんの部屋でうとうとしていた。
さっき目が覚めてトイレに行ったけど、まだ朝方だから寝ていて大丈夫。
ベッドに戻ったら匠海さんはまだ寝てたけど、
「……おいで」
と低いかすれた声で言って、私を腕に抱え込んだ。
部屋はあんなに寒かったのに、匠海さんの腕の中は温かくて、幸せだった。
匠海さんの喉に顔をくっつけると、おでこに少し伸びたひげが当たってチクチクした。
目を閉じて、匠海さんにしがみつく。
心地よすぎて、私はすぐに寝てしまった。
次に目が覚めたら、だいぶ遅い時間だった。
といっても、普段授業が始まるくらいの時間だから、寝坊ってほどでもない。
「匠海さーん、朝だよー」
「んー……」
匠海さんは寝ぼけた声で私を抱きしめた。
ちょっと苦しいけど、かわいいし、匠海さんに甘えられるのは好きだから、されるがままに押しつぶされる。
「ねえ、朝ごはんしようよ」
「んー、もうちょっと」
「眠い?」
「っていうより、寂しい……」
そう言って、匠海さんは私の顔を覗き込んだ。
いつもの優しくてかっこいい顔じゃなくて、拗ねた男の子みたいな顔だ。
「……かわいい」
「かっこいいって言ってほしいんだけど」
「やー、今のは完全にかわいいよ」
「かわいいのは詩音ちゃんだろ」
匠海さんはムスッとしたまま、私の首元に顔を埋めた。
短い髪が顔に当たってくすぐったい。
でも、かわいくて仕方ないから、ぎゅっと頭を抱きしめた。
「詩音も、匠海さんと離れちゃうの寂しいよ。だって冬休みの間、一緒に寝られなかったし」
「うん……まあ、普通同じベッドで寝ないと思うけど」
「そうかなあ。そうかも。匠海さんって、詩音の何?」
「何がいい?」
耳元でささやかれて、すぐには答えられなかった。
前は、美海がうらやましかった。優しくてかっこよくて、料理が得意な匠海さん。
そんな人がお兄ちゃんだったらいいなって、思ってた。
「んー、わかんないな。前は、匠海さんが詩音のお兄ちゃんならよかったのにって思ってたんだけど」
「……うん」
「うーん、今はお兄ちゃんじゃなくて……わかんないなあ」
うまく言葉にできない。
彼氏とかではない。
匠海さんにはきれいで素敵な人と、幸せになってほしい。
これ以上、匠海さんの面倒になりたくないって思った。
……でも、この温かい腕の中から出ていくのは嫌だった。
「詩音、匠海さんのこと大好きだから、幸せになってほしいんだけどなあ」
「俺は今、わりと幸せだけど」
「そうなの?」
「……うん」
匠海さんは私を抱き寄せた。
顔は相変わらず私の首元に埋もれていて、見えない。
「俺も、詩音ちゃんのこと大好きだから、一緒にいられて幸せです……」
「そっかあ」
なんとなく、匠海さんの顔を見られなくて、短い髪に顔を埋めた。
たぶん今の私は、嬉しくて変な顔をしている。
しばらく黙ってくっついてから、ゆっくりと手を離した。
「ねえ、匠海さん。詩音、お腹空いたよ」
「何か食いたいものある?」
「えっとね、サンドイッチ」
「材料がなんもねえな。冷蔵庫空っぽだし、買いに行こうか」
「うん」
やっと起き上がった匠海さんに手を引かれて、私もベッドから降りる。
一緒に身支度をして、また手をつないで部屋を出た。
「寒ーい」
「一月だからなあ」
二人でスーパーに行って、なぜかパンじゃなくて、お餅とあんこを買って帰ってきた。
お汁粉を食べ終えたら昼過ぎだったから、私は寮に戻らないといけなかった。
「あーん、寂しいよー」
「言うなよ、俺だって寂しいんだから」
「詩音が大人になったらここに住む……」
「その頃にはもう少し広い部屋探しとく」
冗談だけど、半分くらい本気でそんなことを言いながら、匠海さんに寮の前まで送ってもらう。
「じゃあ、試験終わったら教えてね」
「おうよ。試験の後はすぐ春休みになるから、いつでも大丈夫」
「またねえ」
「はいはい、ちゃんと学校に行くんだよ」
泣く泣く手を振って、寮に入る。
寮母さんに帰寮手続きをしてから、部屋に向かった。
「ただいまー」
ドアを開けると寧々子が出迎えてくれた。
「お帰り。ぎりぎりじゃーん」
「だってさあ」
そう言いながらドアを閉めようとしたら、すぐ後ろに人がいた。
「詩音、あれ、彼氏?」
「うわ、びっくりした」
そこにいたのは、同じクラスの珠紀だった。
といっても、クラスが同じってだけで、仲がいいわけじゃないんだけど。
「まさかパパ?」
「は? パパ? 違うよ。友達のお兄さん」
「やっぱパパなんじゃん」
珠紀がにたーっと笑った。
なんか、魔女みたいな笑顔で気持ち悪い。
「珠紀、止めなよ」
寧々子が鋭い声を出した。
「下品だし、失礼だよ」
「本当のことでしょう? あんな年上の男に冬休み中面倒見てもらってたんだ」
「そこまで年上じゃないけど……珠紀、どうした?」
全然ピンとこない私にイラついたのか、珠紀が眉をつり上げた。
「だからあ! さっきのロリコン男と冬休み中お小遣いもらってヤッてたんでしょって言ってるの!」
「ごめん、意味わかんない……何を?」
困ってたら、後ろで寧々子が吹き出した。
「あはは、ウケる。珠紀、全然相手にされてないし。あのね詩音。珠紀は、さっきの人があんたのパパ活相手じゃないかって言ってるの」
「はあ? ……えっ、ありえないし、気持ち悪いけど」
「じゃあ、なんであんなベタベタしてるわけ? おかしいでしょ!?」
「そう言われても……」
なんとなく、珠紀に匠海さんのことを教えたくなくて、言葉を濁した。
「私のママと、あの人のパパママが幼馴染みなんだよね。だから、まあ家族ぐるみの付き合いというか」
九割嘘だけど、一割くらいは間違ってないと思う。
怒っていた珠紀が、少し気まずそうな顔になった。
「さっきの人の妹が私たちと同い年なんだよ。文化祭にも兄妹で来てくれたし」
「そ、そうだっけ……?」
「来てたよ。私も挨拶したもん」
寧々子が呆れた顔でフォローしてくれた。
「ていうかさ、珠紀が正月に幼馴染みに振られたからって、詩音に八つ当たりするの止めなよ。ダサいし、いい分が下品だし。うちの学校でそういうこと大声で言うの、普通に退寮になるよ」
私たちの学校はいわゆる「お嬢様学校」だから、たしかにあり得る話だ。
あまりに下品な発言は内申が下がるし、親に報告がいく。
「あのねえ、珠紀」
せっかく寧々子が助けてくれたから、私も釘を刺しておくことにした。
「あの人、私の恩人だから、あまり失礼なこと言わないでくれる? それ以上言うなら、寮母さんや先生方、私の親にも報告が必要になるしね?」
半分くらいはったりだけど、目に見えて珠紀は青くなった。
「ご、ごめん……」
「うん。許さないから、次はないよ。気をつけてね」
「お口にチャック」とジェスチャーして見せたら、珠紀は怯えた顔で部屋を出て行った。
まあ、ドアを開けっぱなしでこれだけ騒いでいれば、明日の始業式の時には、噂は十分に広がっているだろう。
お嬢様校とはいえ、年頃の女の子しかいないんだから、口は災いの元なんだ。
ドアを閉めて荷ほどきを始めたら、寧々子が笑いながら手伝ってくれた。
「詩音、怒ってる?」
「うん。すごーく怒ってる。えっとね、噴火した」
「だよねえ」
さっさと荷物を片付けて、明日の支度を終わらせた。
寧々子と冬休みの間の話をしてから食堂に行ったら、私に気づいた珠紀が小さくなっていた。
私は性格が悪いから、「ザマーミロ」としか思えなかった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
この作品が面白かったら、☆を★に変えていただいたり
ブックマークやお気に入り登録してくださると、
作者がとても喜びますので、よろしくお願いいたします!




