20.逆転:川瀬匠海は少女の細腕にすがるしかなかった
詩音ちゃんと遊園地に行った翌日。
俺、川瀬匠海は詩音ちゃんとスーパーに買い出しに行って、そのあと二人でだらだらしていた。
昨日の観覧車で、なんかこっ恥ずかしいことを言った気がするけど、たぶん気のせい。そういうことにしておいてほしい。恥ずかしいから。
あの時、詩音ちゃんが顔を上げなくて本当によかった。
もし詩音ちゃんの顔を見ていたら、俺は何をしてたかわかったもんじゃない。
今は二人でベッドにもたれかかりながら、サブスクで映画を見ていた。
夕方まで時間を潰すためだったけど、詩音ちゃんは俺にもたれかかって半分寝ている。
「詩音ちゃん、寝る?」
「んー、観る」
「目え開いてないよ」
「そんなこと、ないもん」
そう言いながら、詩音ちゃんの体はずるっと傾いて、あぐらをかいていた俺の膝に倒れ込んだ。
「めっちゃ寝てるじゃん」
リモコンに手を伸ばしてテレビを消した。
詩音ちゃんを起こさないように抱きかかえて、そっとベッドに下ろす。
「匠海さん……」
「起こしちゃった?」
でも目は開いてなくて、ただの寝言だったらしい。
詩音ちゃんの体から手を離そうとしたら、服を掴まれていて抜けなかった。
「……ま、いっか」
別にやることがあるわけじゃない。――嘘だ。ほんとは試験勉強しないといけない。
大学の学年末試験が年明けにあるから、今の時期はそろそろ勉強し始めたほうがいい。
「詩音ちゃん」
屈んで詩音ちゃんの耳元に顔を寄せた。
「ちょっとだけ、勉強してくる。おやすみ。俺以外に、そんな寝顔見せないでくれよ。心配になるから。ってキモいな。何言ってんだ、俺は」
手を伸ばしかけて、すぐに引っ込めた。
ベッドから降りて、教科書とノートを取りに行く。
ベッドの横に机を移動して、詩音ちゃんの寝息を聞きながら教科書をめくった。
一時間後、詩音ちゃんはむにゃむにゃ言いながら起きてきた。
「あれ……喧嘩してた犬、仲良くなった?」
「それ、めっちゃ序盤だし。おはよ」
「わ、寝てた。匠海さんが寝かせてくれたの? ごめんなさい」
「いいよ、俺も試験勉強してたし。そろそろ晩飯作ろうか」
「うん!」
起きてきた詩音ちゃんの髪が、一カ所思いきり跳ねていた。
手を伸ばして梳くと、すぐに直った。
「寝癖あった」
「直った?」
「うん、大丈夫」
「ありがと」
別に大したやり取りじゃないんだけど、それでもお腹の奥がそわそわして、無性に温かくて、なんだかなあと思う。
まあでも、俺が年上で大人だから、ちゃんと隠しておこう。
クリスマスディナーってことで、午前中にちょっといい塊肉を買っておいた。
「これをローストビーフにします」
「おお、すごい。ごちそうだ」
「ローストビーフって簡単なんだよ。でも肉を室温に戻さないといけないから、こいつはいったん机にでも置いておこう。その間にキッシュ作ろうぜ」
「はい、先生!」
買ってきたパイシートを、百均で買ってきた型に敷き、冷蔵庫に入れておく。ほうれん草とベーコンを炒めて型に入れる。生クリームと卵、チーズを混ぜて、それも型に流し込む。あとは残りのチーズを振って、オーブンで焼けば完成だ。
オーブンはバイト代でいいやつを買った。
電子レンジとしても使えるし、トーストもできる。
「……匠海さんはさらっと言うけど、実際にやると難しいよ。小麦粉がダマになっちゃう」
「そりゃ慣れだ。何度もやってればコツが掴める」
「そうなんだろうけどさ」
「あとサラダ作ろう。その後ローストビーフ作って、肉を寝かせてる間にフランスパンはガーリックトーストにしよう」
「はーい」
詩音ちゃんは難しいと言うけど、手際は悪くないと思う。
普段、寮住まいで家事なんてまったくやらないことを考えたら、かなりてきぱきしてると思う。
「できたー!」
料理を始めてから、なんだかんだで二時間ほどでクリスマスディナーができた。
テーブルに運んで、シャンメリーで乾杯する。
「すごい、おいしい!」
「上手くいってよかった。ローストビーフもキッシュも美味えなあ」
「そっか、自分で作るとローストビーフを分厚く切れるんだ……最高……」
「そうそう、それがいいとこだよな。あーうめえ」
「詩音ねえ、匠海さんが作ってくれるサラダ好きなんだ。おいしいよねえ」
「そう? いくらでも作るよ」
詩音ちゃんはずっと笑顔で食べていて、頑張って用意した甲斐があった。
あっという間に皿が空になったから、片付けをして、交代で風呂を済ませた。
その後は買っておいたケーキを切り分けて、コーヒーも淹れる。
「至れり尽くせりだねえ」
「あはは、イチゴあげるよ」
「ありがと。じゃあ詩音はチョコプレートあげる」
「それは半分こしよう」
我ながら、甘ったるいやり取りだと思った。
たぶん、美海と夜に見られたら「ほんとに付き合ってないんだよね?」とか言われる。
……付き合ってねえんだよなあ、これが。
あーあ。早く詩音ちゃんが成人すればいいのに。
それはあと四年先のことで、きっと四年も経てば、俺のことなんて忘れちゃうんだろうけど。
「匠海さん、ありがとう」
「なにが?」
「クリスマス、楽しいなーって。去年は寮だったし。まあ、それはそれで楽しいんだけどさ。……みんなが家族からクリスマスプレゼントを受け取ってるのを、詩音は指をくわえて見てるだけだったから」
詩音ちゃんが、コーヒーカップを抱えて遠くを見た。
遠くじゃなくて俺を見てほしくて、わざと明るい声を出す。
「来年もやろう」
「うん! 次は何がいいかな。チキンとかビーフシチューとか」
「その前に、あと一年あればイベントもたくさんあるからさ。年末、またうちに来るだろ?」
すっかりそのつもりで聞いたら、詩音ちゃんは少し困ったような顔になった。
「あー……えっと、さすがに、お正月は実家に顔を出さないといけなくて」
「そっか。じゃあ、年明けは……俺が無理だな。学年末試験だ」
「だよね。試験終わったら遊びにきていい?」
「もちろん」
詩音ちゃんがホッとしたような顔をした。
「それはそれとして、明日したいことある?」
明日は俺と詩音ちゃんのクリスマス最終日だ。
だから、できるだけ願いを叶えてあげたい。
「んー、思いつかないなあ。朝起きたときに匠海さんが一緒にいてくれたら、それで幸せだから、それ以上は望まないっていうか」
「もうちょっと望んでくれていいけど。じゃあ、また明日起きてから考えようか」
「うん!」
机を片付けて、歯を磨いた。
明かりを消して、ベッドで並んで横になった。
詩音ちゃんはいつもどおり俺の腕に頭を乗せて、胸元に顔をくっつけた。
クリスマスだからってわけじゃないけど、さっき言われたことが嬉しかったから、詩音ちゃんをそっと抱きしめる。
「俺も起きたときに詩音ちゃんがいてくれるの、すごい幸せなんだけどさ」
「ふふ、嬉しい」
嬉しそうに擦り寄られたからか、クリスマスにはしゃいだからか、つい口が滑った。
「でも、俺は欲張りだからそれだけじゃ物足りなくて」
「そなの? 詩音にできることならするけど」
「詩音ちゃんが高校を出て、そのときも俺と朝を迎えてくれるなら、そのときにお願いするわ」
我ながら、キモい甘え方をしたと思う。
少なくとも、妹の友達である中学生に言うことじゃない。
「んー、子どもだとできないこと?」
「……うん。ごめん、なんでもない。忘れて」
詩音ちゃんを抱え直して、誤魔化すために少し強く抱きしめた。
「匠海さんが忘れてほしいなら、忘れるけどさ」
腕の中で、詩音ちゃんがもそもそ動いて顔を上げた。
詩音ちゃんはそのまま起き上がって、俺の頭を胸に抱いて寝直した。
「匠海さんの迷惑にならないなら、詩音はずっと、一緒にいたいよ。匠海さんのこと、大好きだもの」
薄い身体が、俺を柔らかく抱きしめた。
どう受け止めればいいのか、なんて言えばいいのか、なんにもわからない。
だって、詩音ちゃんの言う「好き」は、俺の想いとは絶対に違う。
「……迷惑に思うことなんて、きっと一生ないと思う」
「そう? じゃあ、また詩音が大人になったら、してほしいこと教えてね」
優しく言われて、俺の情緒はぐちゃぐちゃで、黙ったまま詩音ちゃんの優しさにすがることしかできなかった。
二人が冒頭で見ているのは「ペット」(1の方)です。
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