表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/36

20.逆転:川瀬匠海は少女の細腕にすがるしかなかった

 詩音ちゃんと遊園地に行った翌日。

 俺、川瀬匠海は詩音ちゃんとスーパーに買い出しに行って、そのあと二人でだらだらしていた。


 昨日の観覧車で、なんかこっ恥ずかしいことを言った気がするけど、たぶん気のせい。そういうことにしておいてほしい。恥ずかしいから。

 あの時、詩音ちゃんが顔を上げなくて本当によかった。

 もし詩音ちゃんの顔を見ていたら、俺は何をしてたかわかったもんじゃない。



 今は二人でベッドにもたれかかりながら、サブスクで映画を見ていた。

 夕方まで時間を潰すためだったけど、詩音ちゃんは俺にもたれかかって半分寝ている。


「詩音ちゃん、寝る?」

「んー、観る」

「目え開いてないよ」

「そんなこと、ないもん」


 そう言いながら、詩音ちゃんの体はずるっと傾いて、あぐらをかいていた俺の膝に倒れ込んだ。


「めっちゃ寝てるじゃん」


 リモコンに手を伸ばしてテレビを消した。

 詩音ちゃんを起こさないように抱きかかえて、そっとベッドに下ろす。


「匠海さん……」

「起こしちゃった?」


 でも目は開いてなくて、ただの寝言だったらしい。

 詩音ちゃんの体から手を離そうとしたら、服を掴まれていて抜けなかった。


「……ま、いっか」


 別にやることがあるわけじゃない。――嘘だ。ほんとは試験勉強しないといけない。

 大学の学年末試験が年明けにあるから、今の時期はそろそろ勉強し始めたほうがいい。


「詩音ちゃん」


 屈んで詩音ちゃんの耳元に顔を寄せた。


「ちょっとだけ、勉強してくる。おやすみ。俺以外に、そんな寝顔見せないでくれよ。心配になるから。ってキモいな。何言ってんだ、俺は」


 手を伸ばしかけて、すぐに引っ込めた。

 ベッドから降りて、教科書とノートを取りに行く。

 ベッドの横に机を移動して、詩音ちゃんの寝息を聞きながら教科書をめくった。



 一時間後、詩音ちゃんはむにゃむにゃ言いながら起きてきた。


「あれ……喧嘩してた犬、仲良くなった?」

「それ、めっちゃ序盤だし。おはよ」

「わ、寝てた。匠海さんが寝かせてくれたの? ごめんなさい」

「いいよ、俺も試験勉強してたし。そろそろ晩飯作ろうか」

「うん!」


 起きてきた詩音ちゃんの髪が、一カ所思いきり跳ねていた。

 手を伸ばして梳くと、すぐに直った。


「寝癖あった」

「直った?」

「うん、大丈夫」

「ありがと」


 別に大したやり取りじゃないんだけど、それでもお腹の奥がそわそわして、無性に温かくて、なんだかなあと思う。

 まあでも、俺が年上で大人だから、ちゃんと隠しておこう。



 クリスマスディナーってことで、午前中にちょっといい塊肉を買っておいた。


「これをローストビーフにします」

「おお、すごい。ごちそうだ」

「ローストビーフって簡単なんだよ。でも肉を室温に戻さないといけないから、こいつはいったん机にでも置いておこう。その間にキッシュ作ろうぜ」

「はい、先生!」


 買ってきたパイシートを、百均で買ってきた型に敷き、冷蔵庫に入れておく。ほうれん草とベーコンを炒めて型に入れる。生クリームと卵、チーズを混ぜて、それも型に流し込む。あとは残りのチーズを振って、オーブンで焼けば完成だ。

 オーブンはバイト代でいいやつを買った。

 電子レンジとしても使えるし、トーストもできる。


「……匠海さんはさらっと言うけど、実際にやると難しいよ。小麦粉がダマになっちゃう」

「そりゃ慣れだ。何度もやってればコツが掴める」

「そうなんだろうけどさ」

「あとサラダ作ろう。その後ローストビーフ作って、肉を寝かせてる間にフランスパンはガーリックトーストにしよう」

「はーい」


 詩音ちゃんは難しいと言うけど、手際は悪くないと思う。

 普段、寮住まいで家事なんてまったくやらないことを考えたら、かなりてきぱきしてると思う。


「できたー!」


 料理を始めてから、なんだかんだで二時間ほどでクリスマスディナーができた。

 テーブルに運んで、シャンメリーで乾杯する。


「すごい、おいしい!」

「上手くいってよかった。ローストビーフもキッシュも美味えなあ」

「そっか、自分で作るとローストビーフを分厚く切れるんだ……最高……」

「そうそう、それがいいとこだよな。あーうめえ」

「詩音ねえ、匠海さんが作ってくれるサラダ好きなんだ。おいしいよねえ」

「そう? いくらでも作るよ」


 詩音ちゃんはずっと笑顔で食べていて、頑張って用意した甲斐があった。

 あっという間に皿が空になったから、片付けをして、交代で風呂を済ませた。

 その後は買っておいたケーキを切り分けて、コーヒーも淹れる。


「至れり尽くせりだねえ」

「あはは、イチゴあげるよ」

「ありがと。じゃあ詩音はチョコプレートあげる」

「それは半分こしよう」


 我ながら、甘ったるいやり取りだと思った。

 たぶん、美海と夜に見られたら「ほんとに付き合ってないんだよね?」とか言われる。

 ……付き合ってねえんだよなあ、これが。

 あーあ。早く詩音ちゃんが成人すればいいのに。

 それはあと四年先のことで、きっと四年も経てば、俺のことなんて忘れちゃうんだろうけど。


「匠海さん、ありがとう」

「なにが?」

「クリスマス、楽しいなーって。去年は寮だったし。まあ、それはそれで楽しいんだけどさ。……みんなが家族からクリスマスプレゼントを受け取ってるのを、詩音は指をくわえて見てるだけだったから」


 詩音ちゃんが、コーヒーカップを抱えて遠くを見た。

 遠くじゃなくて俺を見てほしくて、わざと明るい声を出す。


「来年もやろう」

「うん! 次は何がいいかな。チキンとかビーフシチューとか」

「その前に、あと一年あればイベントもたくさんあるからさ。年末、またうちに来るだろ?」


 すっかりそのつもりで聞いたら、詩音ちゃんは少し困ったような顔になった。


「あー……えっと、さすがに、お正月は実家に顔を出さないといけなくて」

「そっか。じゃあ、年明けは……俺が無理だな。学年末試験だ」

「だよね。試験終わったら遊びにきていい?」

「もちろん」


 詩音ちゃんがホッとしたような顔をした。


「それはそれとして、明日したいことある?」


 明日は俺と詩音ちゃんのクリスマス最終日だ。

 だから、できるだけ願いを叶えてあげたい。


「んー、思いつかないなあ。朝起きたときに匠海さんが一緒にいてくれたら、それで幸せだから、それ以上は望まないっていうか」

「もうちょっと望んでくれていいけど。じゃあ、また明日起きてから考えようか」

「うん!」


 机を片付けて、歯を磨いた。

 明かりを消して、ベッドで並んで横になった。

 詩音ちゃんはいつもどおり俺の腕に頭を乗せて、胸元に顔をくっつけた。

 クリスマスだからってわけじゃないけど、さっき言われたことが嬉しかったから、詩音ちゃんをそっと抱きしめる。


「俺も起きたときに詩音ちゃんがいてくれるの、すごい幸せなんだけどさ」

「ふふ、嬉しい」


 嬉しそうに擦り寄られたからか、クリスマスにはしゃいだからか、つい口が滑った。


「でも、俺は欲張りだからそれだけじゃ物足りなくて」

「そなの? 詩音にできることならするけど」

「詩音ちゃんが高校を出て、そのときも俺と朝を迎えてくれるなら、そのときにお願いするわ」


 我ながら、キモい甘え方をしたと思う。

 少なくとも、妹の友達である中学生に言うことじゃない。


「んー、子どもだとできないこと?」

「……うん。ごめん、なんでもない。忘れて」


 詩音ちゃんを抱え直して、誤魔化すために少し強く抱きしめた。


「匠海さんが忘れてほしいなら、忘れるけどさ」


 腕の中で、詩音ちゃんがもそもそ動いて顔を上げた。

 詩音ちゃんはそのまま起き上がって、俺の頭を胸に抱いて寝直した。


「匠海さんの迷惑にならないなら、詩音はずっと、一緒にいたいよ。匠海さんのこと、大好きだもの」


 薄い身体が、俺を柔らかく抱きしめた。

 どう受け止めればいいのか、なんて言えばいいのか、なんにもわからない。

 だって、詩音ちゃんの言う「好き」は、俺の想いとは絶対に違う。


「……迷惑に思うことなんて、きっと一生ないと思う」

「そう? じゃあ、また詩音が大人になったら、してほしいこと教えてね」


 優しく言われて、俺の情緒はぐちゃぐちゃで、黙ったまま詩音ちゃんの優しさにすがることしかできなかった。

二人が冒頭で見ているのは「ペット」(1の方)です。

***

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

この作品が面白かったら、☆を★に変えていただいたり

ブックマークやお気に入り登録してくださると、

作者がとても喜びますので、よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ