19. 鳴り出す:矢崎詩音はその手を離せなかった
匠海さんと私、矢崎詩音が遊園地に行ったのは、私の期末試験が終わってからで、クリスマス直前だった。
約束をしてから、なんやかんや一か月近く経っちゃったけど、期末試験前に行くわけにはいかなかったから仕方ない。
試験最終日の午後に、匠海さんの授業が終わってから駅で待ち合わせた。
次の日が試験休みで、そのまま土日だから三日半、一緒にいられる。
「試験どうだった?」
「どうかなあ、大丈夫だったと思うんだけど」
そんなことを言いながら手をつないでスーパーに向かった。
「なんかクリスマスっぽいメニューにしようぜ」
「クリスマスっぽいメニュー?」
「チキンとか」
「じゃあシャンメリー飲む」
「よし、ケーキも買おう。いや、晩飯だよ。あ、キッシュだって。んー、でも惣菜買うくらいなら作りたい」
匠海さんはお惣菜コーナーで悩み始めてしまった。
本当に料理が好きなんだなって思う。
「ふふ、それなら匠海さんが作ったものを食べたいな。明後日、一緒に材料を買って作ろうよ」
「よっしゃ、そうしよう。じゃあ今日はチキンだけ買って行こうか。サラダは家に野菜あるし、米も炊飯器にセットしといたから」
「はーい」
チキンとカットケーキだけ買って、匠海さんの部屋に向かった。
炊飯器を開けたらピラフが入っていて、匠海さんがニコニコしていた。
一緒にサラダも用意して、向かい合って食べた。
「おいしい!」
「だろー? 何度か試したんだ」
「そうなの? 匠海さんは努力家だねえ」
「そりゃ、せっかく来てくれるなら、美味いもん出したいだろ」
「詩音に?」
「詩音ちゃんに」
「ありがとう。すごく美味しい」
食べたあと、一緒に片付けて、交代でお風呂に入った。
お腹いっぱいで眠かったから、二人でさっさとベッドに横になった。
「明日、楽しみだな」
匠海さんの腕の中で呟いたら、顔を覗き込まれた。
「怖いんじゃなかったの?」
「匠海さんとなら、怖くないよ。……ジェットコースターは乗らないけど」
「怖いんじゃん。メリーゴーランド乗ろう。あと、スカイシップと、円盤がぐるぐる回るやつと」
「うん。乗ろう。あと、写真撮りたい。匠海さんの写真ほしいな」
「一緒に撮ろうよ」
「匠海さんだけでいいんだけど」
「なんでだよ。俺は一緒に撮ったのがほしい」
「ふうん」
ほしいのかな、それ。
でも匠海さんは中学の文化祭でも、たくさん私の写真を撮っていたし、ツーショットも美海と夜に撮らせていた。
「匠海さん、一緒に遊園地に行くのは私で良かった?」
「どういうこと?」
いつもより低い、ゆっくりした声で聞かれた。
匠海さんの喉の辺りに顔をくっつける。
「んー、大学に、きれいなお姉さんがいっぱいいたから……」
「詩音ちゃんと行きたくて誘ったんだけど」
「そう? 子守させてばっかじゃない?」
「俺は詩音ちゃんと一緒にいるのを、子守だなんて思ったことない」
背中をぎゅっと抱き寄せられる。
匠海さんが少し転がって、私の体が半分下敷きになった。
「明日、楽しみにしてた」
「私もだよ」
「文化祭も楽しみだったのに、一緒に回れなかったし。だからまあ、埋め合わせ。……んー、でもさ、やっぱり俺が詩音ちゃんと遊園地行きたかったんだ」
「ごめんね、変なこと聞いて」
「いいよ。おやすみ」
私も匠海さんの背中に手を伸ばした。
「おやすみなさい、匠海さん」
文化祭のことを思い出すと、胸にまた嫌な気持ちが広がるから、匠海さんに強くしがみついて、目を閉じた。
翌朝、匠海さんの腕の中で目を覚ました。
十二月も後半となると朝は寒くて、ベッドから出たくない。温かい匠海さんの腕の中からは、なおさらだ。
「詩音ちゃん……起きた?」
くっつき直していたら、匠海さんが起きてしまった。
「起きてない。寒い」
「遊園地行くんだろ?」
「そうなんだけど。寒い」
「そんな寒がりだっけ」
「んー、匠海さんに甘えてるだけ」
そう言うと、背中と頭を抱えられて、ぎゅうっと抱きしめられた。
だめだ、ますます起きられない。
「……匠海さん、遊園地に行こうか」
「もう甘えなくて平気?」
顔を上げると、匠海さんは甘ったるい顔で私を見ていた。
なんだろう、心臓が変な音を立てた。
「えっとね、ベッドで甘えるのは、また夜にね。匠海さんと手えつないで、遊園地行きたい」
「わかった」
最後にもう一度だけ、ぎゅっと抱きしめ合ってベッドから出た。
たぶん恋人同士なら、キスとかしちゃうんだろうな、って思うハグだった。
いやー、私にそんな相手ができる気がしないな。
中高一貫の女子校だから、出会いとかないし。
匠海さんにそんな相手ができたら、私はちゃんと我慢できるだろうか。……ちょっと、難しいかも。
身支度と朝ごはんを済ませて、コートを羽織ったところで、匠海さんに呼び止められた。
「これ、ちょっと早いけどクリスマスプレゼント」
被せられたのは、大きなショールだった。
明るいベージュのチェック模様で、薄手だけど温かい。
「ありがとう……!」
「この色なら制服にも合わせやすいかと思ったんだ。俺が巻いてもいい?」
「お願いします」
匠海さんはショールの前の方を結んで、ポンチョみたいに肩に被せてくれた。
「嬉しい、ありがとう。あ、詩音も匠海さんにクリスマスプレゼント持ってきたよ」
カバンから小さな紙袋を取り出した。
「ハンドクリーム。匠海さん、水仕事ばっかで手荒れしてるから。ちゃんと匂いがしないやつ選んだからね!」
「ありがとう。もらえると思ってなかったから、嬉しい」
匠海さんは笑顔でプレゼントを受け取ってくれた。
二人で手をつないで部屋を出る。
平日だったから遊園地は空いていて、でもあちこちにクリスマスの飾りがあって、楽しい。
「匠海さん、何に乗ろっか」
「あの船みたいなやつ乗りたいな」
「モノレールみたい」
二人で、手前から順番に乗っていく。ぐるぐる回る乗り物で目を回したり、高く跳ね上がって落ちる乗り物で悲鳴を上げたりした。
田舎の遊園地だからって舐めてると、普通に酷い目に遭うんだ、この遊園地。
でも匠海さんがずっと手をつないでいてくれるから、それすら楽しかった。
昼には一緒にハンバーガーを食べた。
前に来たときは美海と夜と三人で食べたハンバーガーを、今度は匠海さんと二人で食べている。
「おいしいねえ」
「詩音ちゃん、口の端にケチャップついてる」
匠海さんが私の口元を指で拭った。指についたケチャップを匠海さんが舐めていて、それを見てたら、また胸がそわそわした。
「午後はスケートリンクに行ってみようか」
「あ、うん。そうだね」
ぼけっとしていて返事が遅れたけど、匠海さんは何も言わなかった。
スケートは難しくて、私は転んでばかりだった。匠海さんはずっと私と手をつないでいてくれて、たまに一緒になって転んでいた。
「ごめん、匠海さん」
何度目かに転んだとき、私は匠海さんの手を離した。
「手、つないでると匠海さんも転んじゃうから離しててよ」
「やだ」
匠海さんはしゃがんで、転んだ私の顔を見た。
「離さないって言っただろ。……文化祭の時、手え離しちゃったのを結構後悔してるから、つないでてほしい」
「……うん」
真剣な顔で言われたら、私は頷くしかなかった。
また手をつないで立ち上がって、さっきより、ゆっくり滑った。
見上げたら匠海さんと目が合って、朝と同じ甘ったるい笑顔で私を見ていて、どんな顔をすればいいか、ちっともわからなかった。
二時間くらい滑ってから、スケートリンクを出た。
園内のカフェでクリスマスメニューのココアを頼んだ。
ココアに、クリスマスっぽいデザインのマシュマロがランダムに乗っていた。
「かわいい、サンタさん乗ってる」
「俺のは星だな。詩音ちゃんにあげる」
「えっ、じゃあサンタさんあげるね。匠海さんは詩音のサンタだから」
「そうなん?」
不思議そうに匠海さんが私を見た。
「うん。詩音が悲しいと助けてくれて、困ってると手をつないでくれる、いつでも欲しいものをくれるから、サンタさん」
「……そっかあ」
匠海さんは目を細くしてサンタさんのマシュマロを見ていた。
「そういう意味なら、詩音ちゃんは俺の星なんだけど……んー、何でもない。何か恥ずかしいこと言ったわ」
「気になるなあ」
「秘密。これ飲んだら観覧車乗って帰ろうぜ。駅前で晩飯食べに行こう。カフェのパスタが気になってたんだ」
なんか誤魔化されたけど、まあ、いっか。
マシュマロを溶かしたココアを飲んで、また歩き出した。
観覧車から見た景色は、徐々に日が沈んで、かわりにイルミネーションが輝いていた。
「綺麗だなあ」
「君の方が綺麗って、言ったほうがいい?」
「言わなくていいよ。そういうのは、いつか匠海さんに彼女ができたら言ってあげて」
そう言うと、匠海さんはなぜだか切なそうな顔をした。
「匠海さん?」
「んー、なんでもない」
「……ね、隣座っていい?」
「いいよ」
立ち上がって、匠海さんの隣に座った。ゴンドラがゆらゆら揺れる。
匠海さんにもたれかかって、外を見ていた。
「匠海さん、手をつないでもいい?」
返事はなかったけど、私の手に匠海さんの手が重なる。手をひっくり返して、手のひら同士を合わせた。
「匠海さんの手、温かくて好きだな」
ゆっくりと指が絡んだ。
互いに言葉もなく、指を絡めて外を見ていた。
「……さっきはあんなこと言ったけど、ほんとは彼女なんて作ってほしくないよ。そしたら詩音、また一人になっちゃう」
匠海さんの顔が見られなかった。
手がぎゅっと握られた。
「しないよ、一人になんて」
「……ごめんね、わがまま言って」
「わがままじゃない。俺が、詩音ちゃんを一人にしたくないんだ」
「ありがとう、匠海さん」
「あのな、俺が優しいからとか、妹の友達だからとかじゃねえから」
「……そなの」
「そうなの。あ、そろそろ終わりだ」
ゴンドラがゆっくり地上に近づいて、もうすぐ終わるというアナウンスが流れた。
私は匠海さんにもたれかかったまま、ぼんやりそれを聞いていた。
「行こう、詩音ちゃん。飯食って帰ろう」
ゴンドラの扉が開いて、匠海さんに手を引かれて降りた。見上げたら優しい顔で私を見ていて、その顔を誰かに譲るのは嫌だなんて思っちゃう。
匠海さんといるときの私は、どこまでもわがままになっていった。
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