表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/36

19. 鳴り出す:矢崎詩音はその手を離せなかった

 匠海さんと私、矢崎詩音が遊園地に行ったのは、私の期末試験が終わってからで、クリスマス直前だった。


 約束をしてから、なんやかんや一か月近く経っちゃったけど、期末試験前に行くわけにはいかなかったから仕方ない。

 試験最終日の午後に、匠海さんの授業が終わってから駅で待ち合わせた。

 次の日が試験休みで、そのまま土日だから三日半、一緒にいられる。


「試験どうだった?」

「どうかなあ、大丈夫だったと思うんだけど」


 そんなことを言いながら手をつないでスーパーに向かった。


「なんかクリスマスっぽいメニューにしようぜ」

「クリスマスっぽいメニュー?」

「チキンとか」

「じゃあシャンメリー飲む」

「よし、ケーキも買おう。いや、晩飯だよ。あ、キッシュだって。んー、でも惣菜買うくらいなら作りたい」


 匠海さんはお惣菜コーナーで悩み始めてしまった。

 本当に料理が好きなんだなって思う。


「ふふ、それなら匠海さんが作ったものを食べたいな。明後日、一緒に材料を買って作ろうよ」

「よっしゃ、そうしよう。じゃあ今日はチキンだけ買って行こうか。サラダは家に野菜あるし、米も炊飯器にセットしといたから」

「はーい」


 チキンとカットケーキだけ買って、匠海さんの部屋に向かった。

 炊飯器を開けたらピラフが入っていて、匠海さんがニコニコしていた。

 一緒にサラダも用意して、向かい合って食べた。


「おいしい!」

「だろー? 何度か試したんだ」

「そうなの? 匠海さんは努力家だねえ」

「そりゃ、せっかく来てくれるなら、美味いもん出したいだろ」

「詩音に?」

「詩音ちゃんに」

「ありがとう。すごく美味しい」


 食べたあと、一緒に片付けて、交代でお風呂に入った。

 お腹いっぱいで眠かったから、二人でさっさとベッドに横になった。


「明日、楽しみだな」


 匠海さんの腕の中で呟いたら、顔を覗き込まれた。


「怖いんじゃなかったの?」

「匠海さんとなら、怖くないよ。……ジェットコースターは乗らないけど」

「怖いんじゃん。メリーゴーランド乗ろう。あと、スカイシップと、円盤がぐるぐる回るやつと」

「うん。乗ろう。あと、写真撮りたい。匠海さんの写真ほしいな」

「一緒に撮ろうよ」

「匠海さんだけでいいんだけど」

「なんでだよ。俺は一緒に撮ったのがほしい」

「ふうん」


 ほしいのかな、それ。

 でも匠海さんは中学の文化祭でも、たくさん私の写真を撮っていたし、ツーショットも美海と夜に撮らせていた。


「匠海さん、一緒に遊園地に行くのは私で良かった?」

「どういうこと?」


 いつもより低い、ゆっくりした声で聞かれた。

 匠海さんの喉の辺りに顔をくっつける。


「んー、大学に、きれいなお姉さんがいっぱいいたから……」

「詩音ちゃんと行きたくて誘ったんだけど」

「そう? 子守させてばっかじゃない?」

「俺は詩音ちゃんと一緒にいるのを、子守だなんて思ったことない」


 背中をぎゅっと抱き寄せられる。

 匠海さんが少し転がって、私の体が半分下敷きになった。


「明日、楽しみにしてた」

「私もだよ」

「文化祭も楽しみだったのに、一緒に回れなかったし。だからまあ、埋め合わせ。……んー、でもさ、やっぱり俺が詩音ちゃんと遊園地行きたかったんだ」

「ごめんね、変なこと聞いて」

「いいよ。おやすみ」


 私も匠海さんの背中に手を伸ばした。


「おやすみなさい、匠海さん」


 文化祭のことを思い出すと、胸にまた嫌な気持ちが広がるから、匠海さんに強くしがみついて、目を閉じた。



 翌朝、匠海さんの腕の中で目を覚ました。

 十二月も後半となると朝は寒くて、ベッドから出たくない。温かい匠海さんの腕の中からは、なおさらだ。


「詩音ちゃん……起きた?」


 くっつき直していたら、匠海さんが起きてしまった。


「起きてない。寒い」

「遊園地行くんだろ?」

「そうなんだけど。寒い」

「そんな寒がりだっけ」

「んー、匠海さんに甘えてるだけ」


 そう言うと、背中と頭を抱えられて、ぎゅうっと抱きしめられた。

 だめだ、ますます起きられない。


「……匠海さん、遊園地に行こうか」

「もう甘えなくて平気?」


 顔を上げると、匠海さんは甘ったるい顔で私を見ていた。

 なんだろう、心臓が変な音を立てた。


「えっとね、ベッドで甘えるのは、また夜にね。匠海さんと手えつないで、遊園地行きたい」

「わかった」


 最後にもう一度だけ、ぎゅっと抱きしめ合ってベッドから出た。


 たぶん恋人同士なら、キスとかしちゃうんだろうな、って思うハグだった。

 いやー、私にそんな相手ができる気がしないな。

 中高一貫の女子校だから、出会いとかないし。

 匠海さんにそんな相手ができたら、私はちゃんと我慢できるだろうか。……ちょっと、難しいかも。



 身支度と朝ごはんを済ませて、コートを羽織ったところで、匠海さんに呼び止められた。


「これ、ちょっと早いけどクリスマスプレゼント」


 被せられたのは、大きなショールだった。

 明るいベージュのチェック模様で、薄手だけど温かい。


「ありがとう……!」

「この色なら制服にも合わせやすいかと思ったんだ。俺が巻いてもいい?」

「お願いします」


 匠海さんはショールの前の方を結んで、ポンチョみたいに肩に被せてくれた。


「嬉しい、ありがとう。あ、詩音も匠海さんにクリスマスプレゼント持ってきたよ」


 カバンから小さな紙袋を取り出した。


「ハンドクリーム。匠海さん、水仕事ばっかで手荒れしてるから。ちゃんと匂いがしないやつ選んだからね!」

「ありがとう。もらえると思ってなかったから、嬉しい」


 匠海さんは笑顔でプレゼントを受け取ってくれた。

 二人で手をつないで部屋を出る。



 平日だったから遊園地は空いていて、でもあちこちにクリスマスの飾りがあって、楽しい。


「匠海さん、何に乗ろっか」

「あの船みたいなやつ乗りたいな」

「モノレールみたい」


 二人で、手前から順番に乗っていく。ぐるぐる回る乗り物で目を回したり、高く跳ね上がって落ちる乗り物で悲鳴を上げたりした。

 田舎の遊園地だからって舐めてると、普通に酷い目に遭うんだ、この遊園地。

 でも匠海さんがずっと手をつないでいてくれるから、それすら楽しかった。


 昼には一緒にハンバーガーを食べた。

 前に来たときは美海と夜と三人で食べたハンバーガーを、今度は匠海さんと二人で食べている。


「おいしいねえ」

「詩音ちゃん、口の端にケチャップついてる」


 匠海さんが私の口元を指で拭った。指についたケチャップを匠海さんが舐めていて、それを見てたら、また胸がそわそわした。


「午後はスケートリンクに行ってみようか」

「あ、うん。そうだね」


 ぼけっとしていて返事が遅れたけど、匠海さんは何も言わなかった。

 スケートは難しくて、私は転んでばかりだった。匠海さんはずっと私と手をつないでいてくれて、たまに一緒になって転んでいた。


「ごめん、匠海さん」


 何度目かに転んだとき、私は匠海さんの手を離した。


「手、つないでると匠海さんも転んじゃうから離しててよ」

「やだ」


 匠海さんはしゃがんで、転んだ私の顔を見た。


「離さないって言っただろ。……文化祭の時、手え離しちゃったのを結構後悔してるから、つないでてほしい」

「……うん」


 真剣な顔で言われたら、私は頷くしかなかった。

 また手をつないで立ち上がって、さっきより、ゆっくり滑った。

 見上げたら匠海さんと目が合って、朝と同じ甘ったるい笑顔で私を見ていて、どんな顔をすればいいか、ちっともわからなかった。

 二時間くらい滑ってから、スケートリンクを出た。

 園内のカフェでクリスマスメニューのココアを頼んだ。

 ココアに、クリスマスっぽいデザインのマシュマロがランダムに乗っていた。


「かわいい、サンタさん乗ってる」

「俺のは星だな。詩音ちゃんにあげる」

「えっ、じゃあサンタさんあげるね。匠海さんは詩音のサンタだから」

「そうなん?」


 不思議そうに匠海さんが私を見た。


「うん。詩音が悲しいと助けてくれて、困ってると手をつないでくれる、いつでも欲しいものをくれるから、サンタさん」

「……そっかあ」


 匠海さんは目を細くしてサンタさんのマシュマロを見ていた。


「そういう意味なら、詩音ちゃんは俺の星なんだけど……んー、何でもない。何か恥ずかしいこと言ったわ」

「気になるなあ」

「秘密。これ飲んだら観覧車乗って帰ろうぜ。駅前で晩飯食べに行こう。カフェのパスタが気になってたんだ」


 なんか誤魔化されたけど、まあ、いっか。

 マシュマロを溶かしたココアを飲んで、また歩き出した。

 観覧車から見た景色は、徐々に日が沈んで、かわりにイルミネーションが輝いていた。


「綺麗だなあ」

「君の方が綺麗って、言ったほうがいい?」

「言わなくていいよ。そういうのは、いつか匠海さんに彼女ができたら言ってあげて」


 そう言うと、匠海さんはなぜだか切なそうな顔をした。


「匠海さん?」

「んー、なんでもない」

「……ね、隣座っていい?」

「いいよ」


 立ち上がって、匠海さんの隣に座った。ゴンドラがゆらゆら揺れる。

 匠海さんにもたれかかって、外を見ていた。


「匠海さん、手をつないでもいい?」


 返事はなかったけど、私の手に匠海さんの手が重なる。手をひっくり返して、手のひら同士を合わせた。


「匠海さんの手、温かくて好きだな」


 ゆっくりと指が絡んだ。

 互いに言葉もなく、指を絡めて外を見ていた。


「……さっきはあんなこと言ったけど、ほんとは彼女なんて作ってほしくないよ。そしたら詩音、また一人になっちゃう」


 匠海さんの顔が見られなかった。

 手がぎゅっと握られた。


「しないよ、一人になんて」

「……ごめんね、わがまま言って」

「わがままじゃない。俺が、詩音ちゃんを一人にしたくないんだ」

「ありがとう、匠海さん」

「あのな、俺が優しいからとか、妹の友達だからとかじゃねえから」

「……そなの」

「そうなの。あ、そろそろ終わりだ」


 ゴンドラがゆっくり地上に近づいて、もうすぐ終わるというアナウンスが流れた。

 私は匠海さんにもたれかかったまま、ぼんやりそれを聞いていた。


「行こう、詩音ちゃん。飯食って帰ろう」


 ゴンドラの扉が開いて、匠海さんに手を引かれて降りた。見上げたら優しい顔で私を見ていて、その顔を誰かに譲るのは嫌だなんて思っちゃう。


 匠海さんといるときの私は、どこまでもわがままになっていった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

この作品が面白かったら、☆を★に変えていただいたり

ブックマークやお気に入り登録してくださると、

作者がとても喜びますので、よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ