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月霞   作者: Yuki
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静寂の重さ

外の世界は動いていた。


通りは遠くから聞こえる笑い声、エンジンの音、日常のリズムで賑わっていた。でも、この部屋には静寂だけがあった。その静寂は重く、空気を押しつぶし、カイトの胸にのしかかっていた。


アオイは目の前に座っていた。膝を抱えて、体を震わせながら。開け放たれたバルコニーの扉からの光が木の床に伸びていたが、彼女は影の中にいた。


カイトは動かなかった。


ただ、彼女を見つめていた。


哀れみでも、悲しみでもなく、もっと深い感情。言葉では表せない何か。


アオイはいつも光のような存在だった。どんなに世界が冷たくても、彼女はいつも柔らかさを感じさせてくれる女の子だった。


でも今は…


今、彼女は自分の姿を幽霊のように見せていた。


カイトは拳を握りしめるのを感じた。


**何があったんだ、アオイ?**


彼は嫌な予感がしていた。それは以前見たことがあったから。アオイの母親が目をそらす姿、家がかつてのような温もりを失っていたこと。


でも、こうして彼女が生気を失い、恐れているように見えるのは、まったく別のことだった。


無視できなかった。


カイトは少し動こうとしたが、ほんの少しの動きでアオイがびくっとした。それは一瞬だったが、彼は見逃さなかった。


彼女は恐れていた。


彼に対してではない。


もっと深い、すでに彼女を壊してしまった何かに。


カイトはゆっくり息を吐き、思いついた唯一の方法を試すことにした。


彼は座った。


冷たい床の上に、彼女の前に。手が届く距離に、でも彼女にスペースを与えるために少し離れて。


静寂が二人の間に広がった。厚く、果てしないように。


アオイの目がほんの一瞬だけ、カイトの顔を見た。


カイトはその動きを見逃さなかったが、何も言わなかった。


**急ぐな。押しつけるな。ただ、ここにいろ。**


時間が過ぎた。数分、いやそれ以上かもしれない。


その時、静かにアオイが動いた。


彼女の指が、ずっとセーターの生地を握りしめていたが、それを少しだけ緩めた。完全ではない。でも、わずかに、彼女が彼に気づいたことを示していた。


カイトはそれを合図として受け取った。


彼の声は低く、穏やかだった。


「…久しぶりだね。」


アオイは答えなかった。


カイトは薄く微笑んだが、彼女には見えなかった。


「君は僕のこと覚えてないだろうけど。」彼は続けた、声に少し柔らかさを込めて。「僕はいつも君の後ろの席に座ってた。君が通るたびに緊張してた、あの僕だよ。」


彼の指が床を軽くなぞった。


「きちんと話す勇気なんて、僕にはなかった。」


静寂。


カイトは息を吐き、視線を下げた。


「…でも、僕はいつも君を見てた。」


彼は一瞬黙り、すぐに訂正した。


「変な意味じゃないよ。」と、少し緊張しながら笑った。「ただ、君のことはいつも気にしてたんだ。」


アオイは反応しなかった。


でも、彼女は聞いていた。


カイトは言葉を続けた。


「中学校の時覚えてる?昼休みに雨が降って、みんなが中に走って入った時。」


アオイの指がわずかに動いた。


カイトはそれを見逃さなかった。


「君は違った。」と、彼は続けた。「外に残った。自販機の下に迷子の猫がいて、それを助けようとして、びしょ濡れになった。」


アオイの呼吸が止まった。


カイトは飲み込んだ。


彼は声を静かに保ちながら、決して強く押し付けないように注意深く続けた。


「先生たちに叱られたけど、君は気にしなかった。ただ、笑ってその小さな猫を腕に抱えていた。」


アオイの唇がわずかに開いた。


彼女の目が、まだ曇っていたけれど、何か別のものを感じさせた。


カイトはゆっくり息を吸った。


「君はいつもそんな風だった。」


それでも、彼女は言葉を返さなかった。


でも、彼女は聞いていた。


カイトは少し体を後ろに傾け、床に手をついた。


「…何があったかはわからない。」彼は静かに認めた。「理解するふりはしない。」


アオイの肩がピクリと震えた。


カイトはその言葉を置き、少し待った後、続けた。


「でも、わかるんだ、アオイ。」


彼女はついにカイトを見た。


本当に見た。


彼女の目は疲れ、空虚で、言えなかった何かで満ちていた。


カイトはその目をしっかりと見返した。


「君が傷ついているのを見ている。」


アオイはびくっとした。


カイトの表情は変わらなかった。


「…きっと、君は話したくないだろう。それでいい。聞かないよ。」


彼の指が床に少し力を入れた。


「でも、君は一人でいる必要はない。」


アオイの呼吸が震えた。


彼女は顔をそらし、また髪が目の前に垂れた。


カイトはそれ以上は迫らなかった。


ただ、その場に座り続け、二人の間の静寂を感じた。


時間が過ぎた。


そして—


**一つの音。**


静かで、壊れたような。


アオイの肩が震えた。


彼女の手は、膝の上でだらりと落ちていたが、ゆっくりと上げてセーターの袖を握り、指で引っ張った。


涙が彼女の頬を伝って滑り落ちた。


でも、彼女は音を立てなかった。


泣いていたけれど、それは静かな泣き声だった。


カイトは胸がきゅっと締め付けられるのを感じた。


彼は動かなかった。


手を伸ばさなかった。


言葉をかけなかった。


ただ、そこに座り続けた。


時には、言葉が足りないこともある。


時には、誰かが必要なのは—ただ一緒にいることだけ。


---


時間が過ぎ、外の空が暗くなった。


カイトは動かなかった。


アオイも動かなかった。


でも、二人の間の空間は変わった。


もはや、空っぽではなかった。


カイトは未来がどうなるか、分からなかった。


アオイの痛みがどれだけ癒されるか、分からなかった。


でも、一つだけ確かなことがあった。


彼はここを離れない。


今日も。


明日も。


決して。


たとえ、彼女が自分を好きにならなくても—


彼女が自分をどう見ていなくても—


彼女は一人でこの世界に向き合う必要はなかった。

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