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月霞   作者: Yuki
3/4

嵐の前の静けさ

翌朝、カイトはまた葵の家の前に立っていた。来るつもりはなかったのに、気づけば足がここへ向かっていた。昨日の不安な気持ちは消えず、疲れ切った様子の葵の母親を見て、もう無視できなくなっていた。


家の中は静かだった。不気味なほどに。カーテンは閉められたままで、生活の気配がない。カイトはためらいながらも、一歩前に出てインターホンを押した。


**ピンポーン。**


返事はない。


数秒待って、もう一度押した。


やはり、反応はない。


喉が詰まるような感覚がした。


「…葵?」


呼びかけても、答えが返ってくるはずがないとわかっていた。


カイトは踵を返そうとした——その時だった。


微かな音が聞こえた。


それは玄関からではなく、家の横の方、二階の方からだった。


彼は葵の部屋の窓に目を向けた。カーテンがわずかに揺れた。まるで誰かがその後ろで動いたかのように。


カイトは一瞬ためらったが、すぐに決断した。


家の横へと回り込む。雑草が生い茂った小さな庭があり、その先に古びた木製の柵があった。カイトは慎重にそれに足をかけ、一階のバルコニーの縁に手を伸ばす。


危険な行為だとわかっていたが、今はそれどころではなかった。


体を引き上げ、冷たい手すりに指をかける。鼓動が早くなるのを感じながら、そっとバルコニーの向こうを覗いた。


そして——


彼は彼女を見た。


葵は部屋の床に座り込んでいた。膝を抱え、壁をぼんやりと見つめている。長く美しい黒髪は乱れ、何日も梳かしていないようだった。オーバーサイズのセーターを着て、裸足の足を折り曲げている。


彼女の肌は異様に青白かった。


そして——目が、虚ろだった。


カイトは息をのんだ。


「…葵。」


彼女は動かない。


彼女は反応しない。


まるで彼の存在すら感じていないようだった。


カイトはどうすればいいのかわからなかった。もう一度呼びかけようとしたが、今の彼女に言葉は届かないような気がした。


彼は慎重にバルコニーの手すりを乗り越え、そっと着地した。そして、ガラスの扉を軽くノックする。


**コン、コン。**


それでも、反応はない。


カイトの胸が締め付けられた。


かつて憧れていた女の子——あんなに輝いていた彼女が、まるで抜け殻のようになっていた。


一体、何があったのか。


カイトは拳を握りしめた。


何があったのかはわからない。だが、一つだけ確信していた。


**自分が何かをしなければならない。**


たとえ彼女が自分を見なくても、たとえ彼女が自分の気持ちを知らなくても——


**このまま、見ているだけなんてできない。**


深呼吸をして、彼はそっとバルコニーのドアの取っ手に手をかけた。


**鍵は、かかっていなかった。**


静かに扉を引く。


冷たい風がカーテンを揺らす。


「…葵。」


彼は優しく声をかけながら、ゆっくりと部屋に足を踏み入れた。


彼女はまだ動かない。


カイトは彼女の前に膝をついた。胸の鼓動が早くなる。


「なあ…」


躊躇いながら、そっと彼女の手に触れた。


**冷たい——氷のように。**


葵の体がピクリと震えた。


それが、彼女の最初の反応だった。


虚ろな瞳が、ゆっくりと彼の方を向く。


その瞬間——


彼女の体が震え始めた。


涙が、虚ろな瞳に浮かぶ。


唇がわずかに開くが、言葉は出てこない。


カイトは喉の奥が詰まるのを感じながら、それでも強く思った。


「…葵。」


その声には、痛みと決意が滲んでいた。


**この気持ちは、もう憧れなんかじゃない。**


**俺は、彼女を救いたい。**


**どんなことをしてでも。**

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