7話 吹っ切れた少女たち軍人たち
「禅苑先生と関わった生徒。そのほとんどが吹っ切れ弾ける。桜井さや、彼女はどんな方向に吹っ切れるんだろうね?」
「うーん、かなり真面目なお人柄でしたからね。斜め上な吹っ切れ方かもしれません。禅苑先生の影響ですからね、他ならぬ」
「寿、君けっこう言うね」
桜井さやちゃんを見送った後、二人が雑談している。なんか人のこと好き勝手言ってない?私とさやちゃんのこと。
「あなたも結構吹っ切れたではないですか。言うこと聞かないダウジングマシン。前線に飛び出るびっくり調査員。なまじ戦果を出すせいで、下がれと言えないから担当官が頭抱えてましたよ」
「寿、君けっこう言うね。癒し系なのは芝だけかい?まったく。君も似たようなものだからね、最近、君に鎌倉武士ってあだ名付いたの知ってるかい?小刀を片手に飛びかかって、わんぱくに殺しすぎなんだよ」
冗談だとお互いわかっているのだろう、二人して顔を見合わせ笑い合っている。任務終了後のテントが華やかな雰囲気になるね、美少女が笑顔だと。話の内容がやたら物騒だけど。
「あ、そうだ先生いつものやります?」
「加州ちゃん!ありがとう!」
いでよー[忠犬八光]
加州ちゃんの苦笑いと共に現出したのは、体高2mを超える芝犬ちゃん。私の顔を見るとゴロンと寝転がり、はっはっと息をしている。
思わず飛びかかって抱きしめる。今日はお腹側に顔を埋め頬擦りすると、背中側より少し柔らかい毛が私の肌を撫でる。やわやわで気持ちいいー。背中の硬い毛とごつごつした感じもそれはそれで乙なものだが。しばらくもぞもぞと動くと芝犬も動く。癒しのひとときだ。
ただこの体勢、あんまりにも馬鹿っぽくて人前で出来ないのが難点。
「禅苑先生、輸送機が近くに来ました」
「ん、ありがとう。私は指示を出しに行くから二人とも休んでいて」
顔をキリッとさせて立ち上がる。
「それではお言葉に甘えて。失礼します」
テントに入る二人。私の仕事は微妙に続く。
戦場がやたらと広範に、かつ敵の数も多かったので、辺り一面怪物の血の海になっている。後始末担当の生徒と軍人が来たので指示を出していく。
半日くらいで一気に倒したので、死骸も爆増。普通何日かに分け戦い、後処理するのだが、私の戦場はこんな感じになる。
早く処理しないと毒性を帯びるので、急いで処理しないと。少し処理班には悪いことしたかもしれんね。
軍と学園の輸送機がこちらに着陸してきた。お仕事の時間だ。
今回、任務に横入りした形になるので事後処理も私が担当しなければならない。
「消毒剤は後でもう一回届くので場所を空けておいて下さい。私の方から他基地に要請しました」
「運搬班了解です。先ほど処理班が到着したそうです」
「処理班こちらへ。A地点の生体反応確認は不要です、省略して下さい。
大きい個体は研究所から要望のあった個体なので、保存処理して懸架できるようにして下さい」
「はい、先生。この窪地の死骸ですが」
「軍から焼却処分の許可を得ました。軍に任せましょう。引き継ぎは大人達でやっておきます」
「はい!」
あー忙しい。実は私、戦闘職かつ管理職でもある。色んな業務があって大変。この後書類を纏めて保存、上司向けに書類を作り直して渡す、外部向けに書類を作り直して送る、同僚向けに書類を作り直して共有。これが待ってるのであんまり帰りたく無い...
そしてどう言うことか、残業代が出ないのだ。管理職だから。
今のは残業では無い、サービス残業だ...
あらかた指示を出し終えると辺りは暗くなりつつある。一度きちんとした休憩を入れてから、二人に人探しを手伝ってもらうこととする。戦闘の直後にこき使うのも可哀想、まあ二人はタフなのでなんだかんだ付き合ってくれそうだが。
最寄りの軍基地で休憩させてもらうことになった。事後処理の軍人さんたちにドン引きされる地獄絵図、それをつくった張本人ですから色々融通を利かせてくれる。みんな恐る恐る指示を仰ぐのは笑っちゃったね。
そうでなくても実は軍での肩書きも持っているのだ私。なんかあった時、命令に従ってくれるから。それでいて義務は特にない優れものなのだ、とっても便利。
やっぱり学園と軍で微妙に連携が取れないこともあったりするので、使えるものは何でも使うの。階級でゴリ押して、装甲車パクって敵に突っ込んだのは学生時代の楽しかった思い出。
シャワー浴びたかったし。二人には明日手伝ってもらうことにして、解散。[特殊技能]の連発で疲れてるだろうしね。武具のメンテをまかせて敷地を歩いていると顔馴染みにあった。
「おお!これはこれは。禅苑特任一佐。どうしてここに?」
ガタイのいい角刈りの壮年が私に声を掛ける。
「こんにちは、我當三佐。近くで任務がありまして、こちらで休憩させて頂くことになりました」
「もしかしてあの猿型怪物の群れですか?うちの若いのも回収と片付けに行かせましたよ。禅苑一佐が担当なら安心だ。どうやら討ち漏らしの心配もなさそうですな、ははは」
「実力わかってるじゃない、ドーンとまっかせなさいよ」
大男は快活に笑っている。そこそこ長い付き合いなのでお互い気安く話している。ちなみに階級は私の方が上だが、あくまで民間人が軍に協力している体なのでお飾りの階級章だ。お互い対等に話している。
大胸筋で胸周りがパツパツになっているこの男、魔力も武具も持たぬ身で怪物と戦ってきたバリバリの叩き上げである。
装甲車で敵に突っ込んで時間稼ぎ、軽トラに私を乗せて敵を引き付ける、建物の発破で怪物生き埋め作戦など。よく生きてんね、お互いにね。
前線に放り込まれて顔を合わせ、挨拶してるうちに仲良くなった。何度か共に死線を潜り抜けたとき、いくつか貸しがあってかなり無茶がきく。
「そうだ、ちょっと軍の備品貸してもらっていい?内緒で」
「はあ、いいですが。書面に残したくない感じですか?こっそりやるのも手を貸しますよ。禅苑一佐には借りが沢山ありますからな、それも命の借りが」
「ふふ、言うことなんでも聞いてくれるわね。対人、対電子機器装備なんだけど用意できる?このメモにあるやつ」
「準備しましょう、乗って来た輸送機に運んでおきます」
さすが話が早い。ちょっと食事&仮眠だけ取ってから任務再開すっかな。
私の[特殊技能]は云わば体力の前借り。怪物を相手にすると三日三晩飲まず喰わずで戦えるが、戦闘後徐々に疲れと飢えが襲い来るので、ドカ食いと爆睡でなんとかする。
軍の宿舎はカレーが美味い。これ豆知識。
○
信頼できる部下に指示を出す。
「我當より、禅苑特任一佐の護衛は厳重に。整備済み武具及び指示した備品、火器にも警備を付けろ。確実に届けるんだ」
彼女との付き合いは長い。
捨て駒、囮のように送り出されていく学生達。戦場で絶望しながら喰われる少女を見て、正気でいられる軍人がどれほど居るというのか。
軍のカウンセラーに、職務の辞退も選択肢の一つだよ、と言われた辺りで初めて禅苑愛佳に出会った。
彼女の備える能力は、諜報部からの報告で知っていた。敵を惹きつけ離さない能力だそうだ。作戦では明らかに囮、誘蛾灯として怪物を誘導し、果てるのが役目だと扱われていた。であれば、その任務に着いて行って一緒に死ぬのも軍人らしいかもしれない。
消耗した心で志願した作戦。皆が諦めつつある中、一人の少女だけは前方にのみ活路を求めていた。結局その作戦は成功、部隊員の生存も確認された。希望の魔装少女の渾名も、たしかその頃から呼ばれ始めたはずだ。その時は彼女をただの天才だと思っていた。
共に幾つかの任務をこなすと、彼女の特異性が明らかになってきた。
どんな時も感情をコントロールする早熟な精神。
生を諦めない一方で死を恐れない姿勢。
魔力操作の精密性。
そして最も異常なのが、衰えない魔力。
軍の上層部はこれに目をつけ、引き抜きを図り何度も接触した。時には俺を使って自派閥に引き抜こうとしていたが、その全てを彼女は躱していた。
同僚と酒の肴にしたものだ、我々の女神は安くないぞ!老人どもに口説けるものか!と。結局肩書きだけ貰ったらしいが、避難誘導や入隊直後の若手への指示にしか使っていないらしい。欲のないことだ。
崩壊した日本において軍はかなりの強権を持つ。あらゆる便宜を図らせ、ツケ払いも可能、踏み倒すこともザラだ。どんな無茶にも従わないものはいない、なぜなら軍人と学園の築いた安全圏の外に放り出されるだけで一般人は死ぬ。
そんな世界だから横暴な軍人も増えたものだが、彼女の任務もそんな奴らに関するものだろう。隠しているようだが、だいたい察しがつく。
腹が立つことがあるとすれば、愚かな連中が彼女の時間を奪うことだ。彼女には悪人共の世界など知らないで欲しいし、安寧のなかで休息を取って欲しい。
それが、「希望の魔装少女」ファンクラブ☆会員番号9番☆我當博史の願いである。
現在4桁番号なのでかなり古参