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3話 特訓する斧野隊、恍惚の学園長


「西先生、おはようございます」


「おや、禅苑先生おはようございます。確か今日は非番では?」


「ちょっと特訓を頼まれまして今から訓練場に、では!」


「ええ、それではお気をつけて」


 眼鏡をかけたキリッとした美人に挨拶をし、約束の場所へ向かう。すれ違いざま、一つ結びの長髪からなんかいい匂いがした。これが私にない大人の女の色気?


「なにか?」


 やべっ


 国立舞桜学園は一般的な学力のほか、魔力操作の仕方、武具の扱い、特殊技能の鍛錬など怪物退治のプロを育てる教育機関である。

 大量のヘリポートと滑走路、工場が隣接してる以外は普通の学園で、戦う以外普通の学生達が通っている。大体の学生は寮生活で集団行動を学びながら警備員に守られて生活を行っているので親御さんも安心というわけ。いや娘が戦地に赴いているんだからそうでもないか。


 魔力を用いて怪物と戦えるのが二十歳ほどまでなので、教えつつ実地で訓練しながら怪物駆除するのだが、一時期は身売りだの特攻隊だの言われていた。

 うちの学園から出撃した人たちでは、大体ここ15年は犠牲者も出てない。一昨日ちょっと危なかったけど。

 ただ民間から悪口は言われ放題である。というのも他の特殊指定学園ではそこそこ被害や犠牲者が出ているからである。


 他の学園は大変らしいからここの所属でラッキーだった。方面軍も親切で協力的だし、物資の補給も潤沢で予算ももぎ取ってこれてるらしい。学園長の手腕だそうだ。

 ただし、ただしこんな長期間戦う羽目になるとはアンラッキーだった。転生特典が終わりなき戦いってなんだよ。私がウォーモンガーだったら良かったってことかよ。でもお給料がおいしい。使う時間ないけど。


 昔の話だが、なんか私だけ特殊体質で戦い続けるの決定した頃。10代向けの学生服を着続けるのに戦慄してたころ打診されたのが教師業。パンツスーツが正装になるよ!と言われ二つ返事で引き受けたのが忙しさの分岐点だった。出世した同期に顎でこき使われ、難関試験をパスしたエリート同僚に若干馬鹿にされながらの激務。働き方改革はこの世界に無かった。無念。


 公務員試験も受けずに、就職難のこの世界でいいポジションゲット!とはしゃいでいた自分に言いたい。力には責任がついてくるんだよ、と。楽して儲けようなんて甘いよ、と。絶妙に管理職待遇なので残業代も無くなった。もう命の危機にも慣れました。


 そしていっそ日本を救えるレベルでチート能力なら良かったのだが、[特殊技能]がザコ能力だったので、湧き出る敵を根絶やしにできずに対処療法的にだらだら戦っている。人類を救うとか夢のまた夢、情け無い転生者ですまない...


 そんな私は、学園の学園っぽくない施設に早歩きで急ぐ。訓練場に特訓の予約があり、若干寝坊したからだ。

 体育館のような空間に白い装甲板が貼られ、真っ白に埋め尽くされた訓練場。実家より見慣れた安心感。なんとか約束の時間に間に合った。2分前!

 約束した三人となぜか見覚えのある一人が待ってる。


「全員居るわね、獅子神さんも参加するの?」


「はい!斧野さんから話を聞いて!」


 にこにこしているのは獅子神ましろちゃん。彼女に顔を向けられた斧野瑞稀ちゃんは、真っ直ぐな目で私を見た。


「禅苑先生!輸送機の中でお願いしましたが、私を、私達を強くしてください!」


 き、気合いが入っている。斧野ちゃん、獅子神ちゃん、氷野宮ちゃん、桜井ちゃん全員90度のお辞儀で微動だにしない。もっと気楽にやらない?初日はレクリエーションとかさ。フルーツバスケットとか椅子取りゲームとか楽しいよ。


 斧野ちゃんのツインテールが大きく揺れ、上体を起こした斧野ちゃんの目と私の目が合う。


「私、2回も先生に命を助けて貰って。ただ背中を見ることしかできなかったことが悔しいんです!」


 真剣な視線、斧野ちゃん真面目。私は爪の垢を煎じて飲むべきかもしれんね。優しく教えてあげないと...


「強くなるためなら、私なんでもします!」



「魔力の収束が甘い!もっと速く正確に!特殊技能に頼らない攻めも覚えないとこうなるわよ」


 禅苑先生は量産型の武具を振りかぶり、美華に襲いかかる。

 氷結を牽制に打ち込み、レイピア型の武具で切り掛かった美華がダメ出しと共に吹っ飛ばされる。吹っ飛んできた美華を受け止め、ましろにハンドサイン。

 ましろと一緒にさやがフォローに回る。牽制気味に殴りかかりながら時間を稼ごうとしてくれている。

 私の指示で隙を見て放った、獅子神ましろの十八番、大楯による[突撃走]も受け止められる。トラックが突っ込んだような威力があるはずなのにどうやったの?


 先生が躱したタイミングに攻めようとしたさやの動きが思わず止まる。


「必殺の[特殊技能]なら回避すると思った?甘いわよー」


 連続した斬撃が大楯を叩き、ましろは大きくたたらを踏んでしまった。対人戦においては大きな隙になる。


 ましろはやらせない。私も大剣を構え、魔力を足裏に流し斬りかかる。私より少ない魔力で受け流されてしまう。


「想定外にも対応しないと怪物のエサよ!早く立ち直って回避か攻撃!」


 さやの眼前にいつの間にか現れた先生が、さやの腕を極める。これで一人アウト、脱落ということか。


「それで、この後どうするの!思考を止めず魔力を練り続けなさい!」


 ただ今、先生の足が止まり片手が空いている。三人で同時に攻める!

 重ねて放ったましろの突進、美華の斬撃、私の薙ぎ払いのどれにも手応えがない。


 消えたっ!どこに!?


「真上だ斧野!」


 美華の言葉を聞くと同時に脇腹に衝撃が走る。


 あぁ、やっぱり先生は私の運命...



 張り切りすぎちったかもしれん。うっかりテンション上がってしまった。生徒をちぎっては投げダメ出し。筋がいいから思いっきりやっちゃった。明らかになった問題点を洗い出しして個人指導タイムに移る。


「氷野宮さん、[特殊技能]のレベル上がったみたいね、あとで二文字技能から三文字技能に登録し直しておいてね」


「まじすか!あざす!」


「応用の効かせ方も勉強していたみたいだし、そのまま頑張ってね」


「はいっ頑張りまっす!」


「ただ基礎の魔力操作と魔力技術を疎かにしないように」


「うっす!」


 なんか舎弟みたいな立ち位置に行こうとするなこの娘。全ての返事に前のめりな返事が返ってくるんだが、本当に分かってるのかな。他の人はどう対応しているんだろうか。


 青いショートの髪がわさわさ揺れる。子犬のようなイケメンだなぁ、視線がキラキラしてる。尊敬してますというオーラが全身から漂ってる気がする。やめて!私に憧れないで!お酒と愚痴のダメ人間なの!


 はい、つぎ!次の人たち!


「おい、斧野!姐御が呼んでるぞ」


 斧野瑞稀ちゃんは小柄な黒髪ツインテールの大剣使い。獅子神ましろちゃんは背の高い大楯使い。両者とも[特殊技能]は三文字技能で汎用性も申し分ない。基礎となる魔力操作と重心移動のコツを叩き込む。


「つま先からじゃなくて、かかとで動くの。こう!やってみて」


 獅子神ちゃんの足首を持って動かしながら摺り足を教える、なんか緊張してない?


「は、はいっ!こここうですかっ」


なんか動きが硬い。私がやってみせるか。


「獅子神さんよく見て、こうよ」


 踵から重心を動かし態勢を低くしながら体の向きを変える。攻撃にも防御にも便利な体術の一つだ。

 かかとから動くことで力の乗った一撃を入れることができる。それに魔力を乗せればそうそう打ち負けることはない。


「こう?かな?」


 少し耳の赤い獅子神ちゃんはぎこちないながらも、若干コツを掴みつつある。反復させればモノにするなこいつ筋がいい。


「緊張が抜けて良くなった。筋がいいね」


 そう褒めると耳がまた赤くなった。褒められるの苦手、かぁわいいと思う。

 なんか斧野ちゃんの目つきがすごい厳しい。なぜ?


 しかし見せて教えた方がいいのかー

 斧野ちゃんにも見せて教えてあげると少し眉間に皺がよった。なんかがっかりしてる?そっかーもっと派手な技が良かったのかなぁ。斧野ちゃんはさくっと習得。優秀。

 そんなこんなで無事基礎の底上げが出来たのだった。


 次は桜井さやちゃんか、そもそも偵察の[特殊技能]だから回避主体で教


「先生、私、敵をきちんと倒せるようになりたいんです。瑞稀ちゃんも美華ちゃんにも守られて、凛ちゃんも守れなかった、だから‼︎」


 ひ、悲壮感がすごい。可愛い顔が覚悟で引き攣って見える。先生として教えよう、人にはそれぞれ自分の役目がだね...


「でも先生は自分の[特殊技能]無しであそこまで戦っているじゃないですか!」


 あのね、だから...そうだ焦らないように伝えよう、オブラートにオブラートに


「私はもう、あんな思いしたくないんです!なんで分かってくれないんですか!」


 悪化した...しかも出てっちゃった...追いかけたかったが端末から呼び出し。学園長か!タイミングぅ!


 残された三人もびっくりしている。なんでも普段から冷静であまり感情的にならないらしい。ちょっとフォローを三人に任せ、とりあえず学園長の元へ急ぐ。大丈夫かな桜井ちゃん。



 学園の最上階、首脳や国賓を迎えることもある学園長室。艶のある重厚な木製扉の前に立つ。ドアノブもぴかぴかで指紋を付けたくない。


「入りたまえ」

「失礼します」


 ノックして入ると広い部屋に役員用デスクに座った大柄な女が私を見て微笑む。


「休日だというのに熱心なことだ、見込みはあるのか?」


「いい生徒達ですよ、学園長。筋もいい。昔のあなたほどではないですが」


「世辞はいい、それと楽に話せ、私とお前の仲だろう?」


 片眼鏡を触り、艶やかな長い金髪を撫で付けるその女こそ国立舞桜学園学園長、舞浜晶である。

 若いというか、私と同期の彼女は怪我で引退後、官僚となり、気付けば学園長になっていた。どういう出世コースだよ。一応家系は政治家一族だったらしいが。ずっと戦ってる私はヒラの教師なんだが?


 訓練途中でどっか行っちゃった教え子探したいので早く要件を伝えてほしいなぁと思っていると察したのか、封筒を差し出してくる。

 中を確認するととっても面倒な命令書が。


「人探し、ですか?」


「あぁ、前回お前が倒した竜、あの細胞片を持ち逃げした軍の科学者がいる。怪物信奉者どもと提携して再生能力と防御力の再現をしたいんだろう」


「怪物信奉者ですか、厄介ですね。対人戦も私は得意ですが」


 文字通り怪物を信仰している人たちで、滅びを良しと考える破滅主義者たちだ。それだけならいいんだが(よくない)人を攫って怪物に与えたり、軍に自爆テロ仕掛けたり、武装少女達を襲ったりするクズのテロリストだ。


「しかしなぜ私に?それこそ軍か警察に」


「軍の中で癒着が見つかってな、不老不死研究に軍と学園のお偉方が多く関わっていたらしい」


「最悪だ、再生能力狙いかあ。人間の望みは今も昔も変わりませんね」


「最悪だな、まあ私の粛清も円滑に進むわけだが。それで軍も学園の兵も使えず、醜聞を広めるわけにもいかない」


 なんかすごい物騒なこと言った?


「直接戦った私にお鉢が回ってきたと。でも私の捜査能力はゼロですよ?」


「学生を使え。何人か四文字技能の捜索能力を持ったのがいただろう。ショッキングな映像は見せないように」


 ひたすら面倒だ。本来なら業務に関係ないと突っぱねれるんだが、トップのの上司だし、頼み事を断ったら何されるかわかんないのが怖い。のほほんと生きてきた私と違い、権謀術数渦巻く組織で成り上がった激ヤバ女だ。


「おい、なにか失礼なこと考えなかったか?」


「いやぁ?全然?そんなことないよ?」


「...一週間の休暇を付けるから頼めるか?」


「受ける!この話受ける!任せてよ晶!」


 何も言わない晶。


「えぇ任せてください学園長。無事秘密裏に処理します」


 何も言わない舞浜学園長。


 誤魔化せたみたいだ。よし。


 ここで名案が閃く。桜井さやちゃんの問題も一緒に解決してしまおう。

 教え子の問題も解決して、私は休暇が得られる。私は二兎を追うよ!

 その後短めに世間話をして、理事長室から退出する。扉前で理事長秘書とすれ違いながら作戦を練る。

 今の新人秘書さん胸デカかったな...



「ふ、晶か。久しぶりに名前を呼ばれたな」


「学園長、いまのが...」


「あぁ、噂に名高い希望の魔装少女だ。私と同期でな、例の件を依頼した」


「見たところ普通の人ですが...今回の件は厄介ですよ?大丈夫なんですか?」


 理事長は秘書を睨みつける。その眼光は鋭く、かつてのトップエースの風格を備えている。秘書は震えて謝罪する。


「し、失礼しました」


「いや、すまんな。つい睨んでしまった。ただ彼女は私の、そうだな、いわば光なのだよ」


「光ですか?」


「私だけじゃない。舞桜学園と舞桜方面軍、学園の衛星都市群の人員は、彼女を旗頭に集まったようなものだ。今回やらかしたのは外様のご老体共だったがね」


「一都市に影響を及ぼすほどの...」


「かつて戦闘に敗北した私の命を助け、打開できない戦況に絶望する心をも助けた。熱く私の心に燃える光。彼女は絶望にあってなお光を放つ」


 恍惚とした笑みを浮かべる晶。


「彼女を排除、あるいは利用、籠絡しようとするゴミ虫どもが、それこそ光に群がる虫のように現れた。その全てを私達で潰してきた」


「そんな彼女が深い悪意に触れた時、どんな光を放つのか私は見たい、見たいのだよ。私の、私の禅苑愛佳がどうするのか」


 熱く話し続ける理事長の澱んだ目に、秘書は思わず後ずさった。

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