23話 虫よりしぶとい女
敵の刀が私の腹部を貫く。
まず感じたのは熱さ、追って痛みが脳を埋め尽くす。視界が赤く染まる。身体が苦痛で動かなくなる。脱力感が続いて倒れ込みそうになった。痛みで気が遠くなる。このまま気絶したらどれほど楽だろう。
が、舐めてもらっては困る。
腹筋と片手で敵を固定。敵の甲殻の隙間に片刃剣を貫通させる。そのまま抉り、核を破壊する。
私の心臓を潰さなかったことを後悔させてやる。
敵を蹴り飛ばし、私の腹から刀を引き抜く。また激痛が走り、思わず歯を食いしばって耐える。奥歯がギチギチと軋む。鼻から血が出た。袖で拭う。
私に致命傷を負わせたと思った敵が、四匹飛びかかってきた。弱った獲物の最大の隙を見逃さないハンターだ。単体で手こずった敵が4体同時に、しかもこちらは大怪我中。
いつもの私の剣では一撃で倒せない。誰かに掴まれ、刺し貫かれ、斬り殺されるだろう。
さて、急になんだが、私の[特殊技能]、[戦闘続行]には裏技がある。
無制限に魔力が湧く代わりに、出力は一定より上がらない能力だった。
これに一つ抜け道がある。自分の生命力が下がると、穴埋めするように魔力が急上昇するのだ。この魔力で傷を塞げということなのだろう。
そして、この魔力を戦闘に使用すると、魔力の出力が爆上がりする。そして傷が治ってないので魔力は供給されたまま。
つまり、私が深手を追うと攻撃力が爆上がりするのだ!
片刃剣にこれまでに無い程の魔力を纏わせて一振り。四体の昆虫人間はバラバラに吹き飛んだ。
昆虫人間の弱点もわかってきた。滑らかに可動するために、関節部と脇腹はツルツルで弾力があるっぽい。固定して刃を刺すか、一瞬でそこを斬れば殺せる。
今回は飛びつきの勢いに合わせて一瞬で斬った。
予想外の反撃に昆虫人間たちは後ずさる。
イェーイ虫さんビビってるぅ。
今のうちに薬塗っとこ。
ハンカチに緊急医療用軟膏を付けて傷口に突っ込む。
オラ!圧迫止血法!
正直言って刺された時より痛い。
鋭く滑らかな刀よりも、ザラザラなハンカチとボコボコの指先。傷口にヤスリ突っ込むみたいな激痛。呼吸が出来ないくらい痛い。
あ、ちょっと意識飛ぶっ
一瞬真っ白になった視界が元に戻ると、敵が刀を振りかぶり突っ込んできたのが見えた。私の足止めが目的かな。
魔力ブースト状態の私と鍔迫り合いできると思うな。私の片刃剣は、相手の刀ごと胴体を叩き切る。アハハハ爽快。
もう一体も片手で首を掴んで引き寄せ、敵の外殻を拳で破壊する。コツが分かってきたぞ。外殻は硬いが破り方も覚えた。敵の内臓に手刀を突き込み、核を掴んで握り潰す。
相手が来る前にこちらから攻める。
足に魔力を集中、距離を一瞬で詰めて斬る。反応できない間抜け面が、胴体と分かれて飛んでいった。
途端に数で押してきたが、一体ずつへし切る。もう硬い外殻に手こずる私ではない。関節を折って戦闘能力を削ぐ。魔力を込めた手刀で首を飛ばす。
今、私は[戦闘続行]の悪用で攻撃力が爆上がりしている。
そしてその代わり生命力がガタ落ちしている。
傷を治すと魔力が元の状態に下がるので、負傷して死にかけの状態を維持している。
そのため息が上がってきた。視界の端が暗い。少し攻撃に動くとコレだ。
攻めに転じた事で動きが増え、傷口から血も流れて止まらない。
だが相手の包囲網に隙ができた。
私の生命力のガタ落ちすらも利用させてもらおう。
今の私は存在感の薄い死人のような気配をしている。このまま気配を消して隠形をするとどうなるか。
目の前にいるのに消えるんですねぇ!相手目線だと!
囲んでいた相手が突然消えたように見えただろう。動揺した昆虫人間たち。魔力の感知と視覚に頼っているからそうなるのだ。気配を読めないとは甘いよ。
隣にぬるりと現れて一閃。真っ二つになる三体。お、一体刀で弾いた。昆虫の顔面が割れたがまだ生きてる。やるねぇ。でも無視して走る。
包囲を抜けて走る。相手は追いかけてくる。
ゲホっ
血が口の端から垂れる。肺も怪我したかな。貫かれた腹が痛い。アドレナリンが少しだけ切れてきたかも。
森に入って走り続ける。昔身につけた、音のしないような足運び。枝や葉に当たった音を消しながら走る。そろそろかな、もう一度気配を消す。
昆虫人間はホームである森で私を見失ったようだ。全方位を警戒している。自分達のナワバリで私を見失うなんていい気味だ。
うち一体に隙が出来る。後ろに降り立ち核に片刃剣を一突き。絶命させ地面に優しくおろす。
それを発見した昆虫人間が近寄ってきた。そいつも殺す。敵を何体か闇討ちすると、集団で死角をカバーするように動き出した。つまり動きが鈍り、包囲が解けたという事。
また走って逃げる。私の傷口と口から血がこぼれる。足を動かせ、止まると死ぬぞ。
私の命が尽きるのが先か、奴らが全員死ぬのが先か。楽しくなってきたな。
適当に森を走りながら殺していくものの、相手の物量は途切れない。
質が良いとそんなに量用意できない筈なんだがな。怪物の群れは。
となると大分昔から準備していた事になる。
一概に軍の暴走が悪いわけでも無いかも。
かくれんぼをしながら考える。そろそろ足が震えてきた。腕も重い。というか眠い。
ポケットから興奮剤の錠剤を取り出して、口の中で噛み締める。苦いような酸っぱいような変な味。まだ寝てられない。
気配を消して逃げる体勢にはいったが、なかなか見逃してくれない。
今度は大きく包囲されている。さっきみたく包囲の輪を破られないよう、距離をとって追跡されている。
しかも誘導されながら。
一体どこに?
それにしても逃げられない。相手の思惑の中だが足を止めるわけにはいかない。
満身創痍、傷を片手で抑えながらよろよろ歩く。たどり着いたのは崖の下、開けた荒地だった。崖は登れる状態じゃ無い。
なるほど、これが狙いか。崖で私の行動を制限。膨大な戦力で逆側から圧殺すると。
敵が次々出てくる。さっきより少ないが、もうそろそろ体が動かない。一体でも道連れにして暴れるとしようかな...
ん?敵の動きに動揺が見える?
○
異変に気づいたのは、禅苑を包囲していた最後列の昆虫人間だった。
何者かがいる。だが場所は分からない。他の個体に情報を伝えようとした口元が凍った。そのまま大楯に潰されて死んだ。
後背から何かが突っ込んできた。魔力と圧力を纏った突撃に細身の昆虫人間は吹き飛ばされる。不意打ち気味に放たれた、大剣の薙ぎ払いで敵が切り刻まれ、包囲に穴が開く。
「瑞稀ちゃん!」
「[剛翔波]ぁ!」
吹き飛んだ敵にトドメが襲いかかる。ヒビの入った外殻から魔力の斬撃が浸透し、内部から爆散していく。
敵は混乱しつつも応戦する。昆虫の腕から生えている、禅苑愛佳を真似た刀。それを抜き打ち気味に放つも、大楯に受け止められる。
「先生に訓練してもらったんだから!そんな攻撃効かないよ!」
手足の刃物を使った格闘戦に移行するも、大剣を持った斧野瑞稀にいなされる。
「今度は私たちと戦ってもらう!食らえ![剛翔波]ぁ!」
怪物たちは突然の乱入者に警戒するも、大楯と大剣に押し切られていく。
○
敵の動きが固い?剣を合わせる敵は気もそぞろ。片腕もらいっ。そのまま頭をカチ割る。
相手からもぎ取った刀でもう一体を磔にして殺す。昆虫標本にしてやった。
おっと、ふらつく。敵が迫る、まずい。
[硬氷結]!
敵と私の間に氷の壁が出来上がる。壁は高く、相手側はねずみ返しで簡単に登ってこれない仕組みになっている。こちら側には氷の階段で逃げ道まで作ってある凝ったデザイン。
「先生、助けに来ました。みんな、作戦通りに!先生は私が背負います。動かないでください。凛!」
「マグネシウムリボンに...走れ、[雷撃]!せんせ、気を確かに!もうだいじょぶだよ!」
氷の壁の中を電撃が駆け巡る。そして敵の中央に投げ込まれていた金属に当たる。
金属から発生した閃光が、敵の中で爆発している。こちらは氷の壁があるので眩しくないが、向こうは大変だろう。凛ちゃんもやるじゃん。
「桜井!こっちは片付けた。姉御持ってトンズラするぞ!」
氷付けになった敵を足蹴にしながら氷野宮美華ちゃんが勇ましく登場。
なるほど、さやちゃん、この混乱に乗じて逃げるわけね。
「はい。敵後方で撹乱している、斧野と獅子神は閃光を合図に撤退。後方基地で落ち合う約束です」
三人+お荷物の私は氷の階段を登って簡易キャンプまで走る。
私を背負ったまま森を駆け抜けていく。私を揺らさないように気を遣いながら、速度を維持している。
なかなか速いじゃない。
「先生、貴女が教えてくださったんですよ。森の歩き方も、剣術の闘いも、格闘戦の基礎も」
そうか、私のしてきた事は無駄ではなかった。ちゃんと生徒達の血肉になっていた。
皆を助けたくてやってた事に、助けられる日が来るとはね。
段々増してくる傷の痛みと倦怠感に、ゆっくりと目を閉じた。




