20話 行きつけのバー
今日、愛衣は斧野小隊とお泊まりだ。1ヶ月でずいぶん仲良くなったものだ。まだ声は出せないようだが、別にコミュニケーションで困った様子はない。じゃあいっか。
そして私は久しぶりの飲みである。世間話で愛衣のお泊まり会についての話をしたところ、同僚に誘われた。
学園の近くにある雑居ビルの3階。エレベーターも無いので歩いて行く。行きつけのバーがある。端末の警報が鳴るか確認、よし。
バーの内装はシックで落ち着いた雰囲気。カウンターとテーブル席がある。約束の人はマスターと会話しながらウィスキーのボトルを開けていた。
今日はたまたま他の客がいないらしい。ラッキー。
「こんばんは、禅苑先生」
「ええ、西先生こんばんは。もう始めてます?」
「ええ、お先に。なにやら、ここのところ大忙しですね」
私を労ってくれるのは、キリッとした眼鏡の美人。髪をひとつ結びにして後ろに流している、西先生である。
魔力工学や医学、怪物対処即応論も修めた才女である。
倍率が凄まじい学園の教員に受かり、学生からの信頼も厚いエリートでもある。
私はコネ採用みたいなとこあるので、座学はからっきし。知識はハリボテ。
では、偶にある授業はどうしているのか?
怪物と戦った昔話でお茶を濁している。学術的な体系も教育方針もへったくれも無いが、えらく受けがいいのでなんとか誤魔化せている。
他の先生からも是非にと頼まれて話すのだが、カリキュラムが狂ったりしないのだろうか。それすら分からない、先生なのに。
誰がなんと言おうと、私は皆の憧れの賢い先生なんだ!イメージを守り切るぞい。
「では、「乾杯」」
西先生はえらく頭が良いしなんでも知ってる。
なので個人的な時間に、疑問に思った事を聞いていた。あと授業中分からないところは西先生に投げていた。
そんなこんなで仲良くなったわけ。
「マスター、いつもの」
ロマンスグレーの紳士がグラスを差し出してくる。ウォッカだ。
おい!ウォッカ飲めねぇって言ってんだろうが!
「「あははは」」
「貴方達毎回このやりとりしますね。なにかあったんですか、このやりとり」
この街の住人らしくこのマスターも元軍人。昔敵から助けたり、厄介ごとから助けてもらったり。そのお礼で時々来てお金を落としている。ちなみにその時の約束を未だネタにしている。
「マスターと話していたんですよ。まさか貴方の方が先に子持ちになるとは」
子供どころか、くろ、いや、ただの親戚だから。
「ちょっと先生、まだ飲んでないのに口が軽いですよ」
裏事情を薄っすら察している様子の西先生、さすが才女。私の口が緩いからではない。話を逸らす。
あー、そうだ、これお土産のメンマ。みんなで食べて。
「ちょっとちょっと、ここはおしゃれなバーなんだけど、居酒屋にされちゃ困るよ」
メンマを出すバーがあってもいい、それが自由ってことよ
適当に話しながらピーナッツとお酒を飲む。
「西先生は何を飲んでるの?」
「少し飲みます?禅苑先生なら良いですよ」
西先生はグラスを差し出す。受け取って少し飲む、香りがもうキツイ。ウィスキーなんだけどとにかくクセが強い。
脳裏に浮かぶ保健室の光景。この強烈なノスタルジーの原因は
「うわ!消毒液じゃん!アルコールと後味がキツすぎるでしょコレ」
「ひどい言われようですね。なかなか手に入らないレアモノですよ。本場のスコッチウィスキーです。海上封鎖前に入ったモノらしいです」
マジで独特な味。クセがとにかく飲みづらい。
一方西先生はメガネをクイっと上げつつグラスを傾ける。
「一度目は美味しくないですが、二度三度飲むと病みつきになる味ですね」
この女、かなりの酒豪で毎月の給料が相当な額が酒に消えている。
学園の教師は待遇も給料も良いが、責任も仕事量も重い。体力と知力が必要な激務だが、完璧にこなしている。
才能を酒のために使っているの?
「うーん刺激のあるウィスキーに合いますね、クセがあるお酒は飽きが来ないですね」
そんな彼女は私の持ってきたおつまみを美味しそうに摘んでいる。
「禅苑先生と飲むと、美味しいおつまみ持ってきてくれるから好きですよ」
お、うれしいね。つぎもサービスしてあげよう。
「俺も負けてられないね。はい、スモークベーコンとチーズのガーリックオイル揚げ。愛佳ちゃんは小学生みたいな好みしてるよね」
なんか雑にイジってくる。酸っぱい苦いより、辛いしょっぱいの方が好きなのだ。渋い好みの人を見ると少し憧れる。じゃあ次はソーセージ焼いてよ。
「マスター、禅苑先生、実家からのお土産です。こっちがクロワッサン、こっちがカレーパンです」
「ちょっと、ここはバーだって言ってるだろうに。どんどん惣菜屋さんになっていってるんだけど」
おつまみ交換会みたいになってきたね。
まあいいじゃんどうせ今日は人いないし。今日はツマミでお腹いっぱいにする予定だから
「また不健康な。ちゃんと栄養バランス考えなよ。はあ、じゃあちょっと待って、俺ほうれん草を湯がいてくるから」
ますますバーから遠ざかっていっちゃったな、野菜が足りないと判断したマスターは裏に戻っていってしまった。
西先生は実家がパン屋だった。一人娘はそのまま実家の手伝いをしながら家業を継ぐかに思われたが、高収入に釣られたらしい。
現在、才能を活かして学園で働いている。世界中のお酒を飲むのが夢らしいので、ご両親も諦めた。
お、クロワッサン美味い。パリパリじゃん。
バーの床をパン屑まみれにしながらパンを頬張る。バターもしっかり香る、美味しいパンだ。
カレーパンも美味しい。なんというか、実家のカレーってあるじゃん?お店とは違うんだけど時々食べたくなるやつ。ジャガイモが溶け込んで甘い感じのカレーパンだ。
何個かは愛衣にとっておこう。
西先生は嬉しそうにこちらを見ている。やっぱり実家が褒められるといい気分だろう。どんどんグラスを空にし、ボトルの中が減っていく。
そんな酒豪な西先生だが、戦略室への出入りも頻繁にしている他、学園長になにやら頼まれたりと、とにかく仕事ができる。
生徒への教授だけでなく教員からも何かと頼まれる、しごできウーマンなのだ。
知的クールビューティーな見た目から、ファンも多い。バレンタインには贈り物を大量にもらい、それでブランデーを飲んでいた。なんでもツマミにする女。
あ、マスターがほうれん草のお浸しを持ってきた。居酒屋じゃねーか。
「はい、これ俺の家庭菜園で採れたほうれん草。採れたてだよ。時期をずらして植えてるから、この時期は毎朝コレ食べてるんだ」
ほう、バーの居酒屋化を厭わず出した、自慢のおひたし。どれどれ。
あ、なかなか美味い。さっぱりした麺つゆベースの味付けだけど、魚介だしの風味がうっすら漂う。あっさりしているが、凝った味付け。これは毎朝食べたい。
「はは、毎朝食べたいだなんてプロポーズみたいだね」
「はは、マスターはちょっと老けすぎかな?」
「「あはははは」」
酔ってるからふたりで笑う。楽しい。
西先生もニコニコ食べながら、次のボトルに手をかけている。飲むペースが早い。ビールみたいなペースでウィスキーを開けている。魔力強化した私の肝臓と素で張り合うのなんなの?
さて、楽しい飲み会だが、そろそろ切り込まなければならない。空気がシラけるのやだなー
で、わざわざ人払いをしてまで、何があったの?
空気が一瞬固まる。
今日は飲みの場所が突然変わった。しかも時間に正確で、人を待たせず、待たないようにしている西先生が早くから飲んでいた。
急にマスターの情報網に何かが掛かったんだろう。そして人払いをして二人で情報共有をしていた。
私に話す気は無かったんだろうが。
皆戦う私に気を遣って面倒ごとから遠ざけようとする。ただ、私も一応大人なわけで、降りかかる火の粉は自分で払う。
二人はアイコンタクトで話すかどうか決めているらしい。西先生が表情を固くした。
肝臓に魔力を回して酔いを覚まし、続く話に準備した。




