19話 森で教え子と殴り合う
斧野小隊に、オムライス改めスクランブルエッグ丼を食べた愛衣が感動した話をした。
私の作った料理、その出来を聞いた斧野小隊のみなさんは、これからは食堂で一緒に食べようと誘ってくれた。
いや、上手になるから。料理の実験台にされて可哀想ってうるさいわ!実験体を実験台にする非人道的行為て。だれがやねん!
「でも愛衣ちゃんが泣くほど酷かったんでしょ?」
言い方!感動だから!
「知識として植え付けられたイメージを壊すほどだったんでしょ?」
頷く愛衣。
「不味かった?」
首を横に振る愛衣。よかった。
「美味しかったけど見た目は酷かった?」
深く頷いた後、私の顔を見た。
しまった!といった顔をしている。私の顔とほぼ同じだから感情が手に取るように分かる。
そっかぁ、流石に落ち込む。うな垂れていると背中をさすってくれる愛衣。やさしいね。
だって料理を教えてもらうタイミング無かったんだもの。そう言うと気まずい空気が。
しまった、この世界で独りずっと戦い続ける私が言うとクッソ重い。本当は転生前にチャンスはあったのだ。でもめんどくさがったのは内緒だから空気が重い。違うんです、自業自得なんです!
この世界は些細な発言で重くなる。何度かやらかした経験がある。
そんな時、斧野小隊室のドアが開いた。入室してきたのは加州寿ちゃんだった。みんなが私を責めるんだよ。
聞いてよ加州ちゃん!みんなが私の飯下手をバカにする!
「いっしょにご飯でいいじゃないですか、食堂の方が栄養バランス良いですし」
説明したところあっさり裏切られた。まあそうね。正論でした。そうしよう。その代わり
加州ちゃーん、あれやって!あれ!
「仕方ないですね、[忠犬八光]芝犬なでなでの時間ですよー」
苦笑いと共に[特殊技能]発動。光の中から仰向けになった巨大芝犬が。
私はそのお腹に向けて飛び込む。柔らかい毛を揉んだり撫でたり頬擦りしたり、犬吸いしたりする。
生徒の前では見せないんだが、斧野小隊には隠し事なしでもいいかなって。あと小隊室が使えて芝犬なでなでしやすくなった。ありがたい。
初めて見た生徒達はドン引きする。草堂愛衣はどうか。人間というものは意味が分からないと、顔色すら変わらない。私を指さして首を傾げていた。
「先生としての色々を投げ捨てていますね。愛衣ちゃん、見ないであげて。あのゆるゆるの顔は社会人としてどうかと思うから」
なんだよ!いいだろ!愛衣もこっち来いよ!
無理やり誘う。断れない愛衣は、巨大な犬に怯えながら近づく。
「愛衣ちゃんかわいそう」
「姉御、強引すぎるって。もっとやり方あるだろ。側から見ると最悪だぞ絵面」
愛衣は恐る恐るお腹に触る。暖かさにびっくりして手を離す。もう一度撫でて両腕で抱きしめた。お、やるねぇ。もう抱きつきとは。
愛衣を引っ張って愛衣ごと芝犬を抱きしめる。頬擦りすると愛衣の頬も当たる。ほーら、あったかくて気持ちいいだろうぇへへ。
「鼻血出そう」
「う、なんかかわいいかも」
「わ、わたしもやろうかな」
「お前ら!さっきと言ってることが違うぞ」
斧野ちゃんが小刻みに震え、鼻を抑えてこちらを見ている。こっち来る?
「い、いえ、私が、私如きがお二人の間に挟まるなんて許されません!」
ふーん犬苦手なのかな。犬の毛で鼻がむずむずするアレルギーなのかもしれない。
加州寿はそんな様子をニコニコして眺めていた。
加州寿協賛のドッグセラピーは、毎週開催される運びとなる。結局斧野小隊全員が芝犬に陥落することとになった。
○
そうだ、諸々のお礼を兼ねて、訓練相手してあげよう。
結局私に出来ることは一つしかない。戦いだ。生徒たちに幾つか小技を仕込み、少しでも生還率を上げる。それが私のなすべき事だ。
という事で、グラウンド端の森林訓練ゾーンにやってまいりました。要は校舎横の裏山である。
はい、みんなーちょっとした小技教えまーす。
森林地帯で戦う時、相手は木を薙ぎ倒しますが、こちらは薙ぎ倒せません。また、相手は魔力と各五感でこちらを索敵しますが、こちらは視覚が主です。
つまり、相手は自由に動いてこちらの位置を把握しているのに対し、こちらは足元と障害物が邪魔で相手を見失う恐れがあります。
山での動き方を教えまーす。
「先生の小技って再現できるの...?」
「姉御のやる事だからなあ」
まず、足全体に魔力を薄く張って下さい。一点だと足元が沈んで落とし穴みたくなります。
次に視野を広く持って、あらかじめ歩きやすい地面の範囲を確認します。その辺りで戦うようにしましょう。
敵の位置は視界だけでなく聴覚。葉や足音にも注意してみましょう。
やってみせまーす
用意してきた目隠しと一枚歯の下駄。これをつけて武具を構える。
「はい、斧野小隊かかってきて下さい」
「それは流石に」
「私たちを舐めすぎじゃあ」
「ちょっとカチンときたねー」
挑発すると皆乗ってきた。いいね、魔装少女たるもの血の気が多くなきゃ。ナメられたらブッ飛ばせ!が魔装少女の合言葉だった。
○
下草の刈られていない森林。どう動いても体や武具が草葉にあたり、音がする。
「なっ」
「うえええっバレた!」
二本の刀を飛んで躱し、木の枝に着地。
大きな踏み込み音が聞こえた。大剣の踏み込みかな?枝ごと巻き込みながら大剣が迫る。
魔力がよくこもっている為、なんとなくタイミングがわかる。剣を合わせ受け止める。
「ぐっ」
そのまま下駄で蹴り下ろす
「嘘っなんであの下駄で細い枝に!」
「邪魔って、うわあ」
下から迫る美華ちゃんに斧野ちゃんをぶつける。
「ぎゃん!」
片足、下駄の歯に均等な魔力を維持、集中させて木の幹を蹴る。武具を白杖代わりにして方向を定める。方向は大楯を持て余しているましろちゃん。
「ええっこっち⁈えい!」
大振りで振るが、こちらの位置を把握出来ていない。手前で止まり一歩引き回避。手応えがないことに焦ったましろちゃんは大楯を手元に戻す。それに着いていくように近づいて、死角から頭にチョップ!
「いったーい!」
あと影から迫るさやちゃんにもチョップ!
「うぐっ、痛い...」
○
こんな感じで一応可能な技となってます。
「やっぱすげえや姉御は」
「これムリだってムリぃ」
「これが超絶精密魔力操作!」
「流石です!あの変な動きは真似できません!」
「先生、これを真似しろと?」
できるできる。まず足場に気を取られて動きが鈍かったからそこからだね。足裏に魔力込めながらプランクジャンプ100回ね〜音消しが甘かったら指導します。その後は視界を制限しながら走ってもらいます。
「スパルタな予感だぜ、燃える!」
美華ちゃんはすごい張り切ってる。熱血系特訓が好きだよね。そう思ってやらせてる節もある。喜んでる様で何より。
○
はい、終わりにしましょう。お疲れ様〜
「「「「「あ、ありがとうございました」」」」」
ハモったみんなは息絶え絶え。魔力込めながら運動するとしんどいよね。存在しない筋肉が筋肉痛になる感じ。まあ私は皆に怪我して欲しくないだけだから。
この間のクモイノシシはしんどかった。山での動き方訓練は、実の所私の鍛え直しも兼ねていた。生徒とついでに私も鍛える。私みたいにボロボロになっちゃダメだよ。嫁入り前の身体なんだから。
次は加州ちゃんいこうか。
お茶を配ったりタオル配ったりトレーニング機材配ってお手伝いをしてくれた加州ちゃん。
武具あり、掴みあり、蹴りありで関節技と首もありだ。長引く怪我と殺しは無しで。
「はい!」
じゃあ、開始!
○
距離を取るため、駆けていく小柄な後ろ姿。ウェーブヘアーが揺れている。ゆるふわでかわいいね。
いきなり気配が消えた。
小柄な身体を生かして息を潜めている。いい足運びだ。教えは生きているようでなにより。
影から突然切りかかってきた。
小太刀の乱撃。そして迫力を出す所と消す所で緩急を付け、殺気を隠した変幻自在な攻めを繰り出す。
魔力感知を上手く掻い潜ろうとしている。フェイントもあるので攻撃が読めなくなる。まあかわすけど。
加州ちゃんは適当な枝を拾ったようだ。片手に枝切れ、片手に小刀との二刀流に変更。枝でこちらの目を狙い、小刀でこちらの武具を打ち払う。
こちらの武具の方がリーチも重量もあるため工夫したんだろう。器用な小細工だが、まとめて一閃で薙ぎ払う。
小枝についた葉が舞い散る。ん?突然枝葉が燃えた。視界が一瞬、煙で霞む。
さては発煙筒のパーツ、バラして仕込んだな?特有の匂いがする。
死角から加州ちゃんが逆立ち気味に打った膝蹴りが、振り返った私のおでこに向かって飛ぶ。私も片手で受け止める。
私は振った片刃剣と、蹴りを受け止めた片手で、ちょうど両手が埋まった。
加州ちゃんの拳がお腹へ。甘い!膝で受け止める。そのまま組みついてきた。受けて立とうう。
来いよ加州ちゃん、武具なんか捨てて、かかってこい!
寝技に持ち込もうとする加州ちゃんを逆に押し倒してマウントスタイル。あとは連続パンチで決める。
腕を振り上げたところで、なんか嫌な予感。
肘に魔力を貯めて、真後ろに捻り撃つ!手応えあり。
そこには牙を向き修羅の形相で唸り、こちらを睨む忠犬八光ちゃん。さながら激怒した大狼。
[特殊技能]なしとは言ってなかったね...
いい不意打ちだ、評価しなければ。
私の注意がそれた一瞬で逆にマウントを取られ何発か殴られる。ゆるふわっぽい見た目に騙されてはならない。
最後の1発を握って捻り上げ、浮いた身体を芝犬に蹴り飛ばす。身体で優しく受け止める芝犬。
加州ちゃんは勢いをつけ殴りかかってくる。芝犬との連携も巧みだ。
しかし魔力の込め方には私に少しだけアドバンテージがある。年の功の分圧倒させてもらう。捌き切る。芝犬の噛みつきは全部躱わす。
持久力の差で徐々に私が優位になってきた。全身に魔力を込めるのは結構慣れと集中力を使う。しかも魔力をすごく消耗する。全身ですからね。いつもと違う魔力循環。
最後は息切れした加州ちゃんの片腕と首をまとめて抱き、締め上げる。芝犬の盾にしながら絞め落とした。はい、終わり。
「先輩すげえ」
「いつも後ろでニコニコしてたのに」
「あのかわいい芝犬が噛み殺そうとしてましたよ、先生を。普段の鬱憤晴らしでしょうか」
「先生も捌き切ったあ...」
ふーいい汗かいたぁ
○
この前は危うく愛衣を天涯孤独に逆戻りさせる所だった。敵は速くて硬くて鋭いだけだったんだが。森林の戦いで油断し、怪我が多くて皆を不安にさせた。
かつて、倒木に足を取られて死んだ仲間がいた。私が足運びに異様にこだわるのはそこからだ。
生きていたら、いまごろ国語の先生になっていただろう。
この世界は死が近い。あまりに訓練が少々過酷になってしまったかも。若い彼らには地味で辛い訓練だったかもしれない。
それでも私は、私にしか伝えられないものを多く背負っている。
私自身の知識ではなく、私の背中に皆が残して去っていった大事な知識だ。
これを伝えることを生きる目標にして今日も生きている。




