18話 日替わり定食と複製体
横で愛衣を撫でつつ座っていたら寝ていたらしい。
私も体力を消耗していたのを失念していた。大分血も失ったし、増血剤だけではお腹も空いた。
愛衣を起こして大食堂に向かう。愛衣は私にびっくりしたあと、裾を握ってついてきた。
まだ眠い、お腹すいた。クローンと二人してお互いふらふらである。
大食堂で日替わり定食を二つ頼む。大食堂は24時間開いている。任務の都合上、時間問わず誰かのお腹が空いているので、ここに来ればいつでも何かは食べられる。
愛衣もこっちへ来れば何か食べたり、誰かに会ったりできたんだが。
寮のキッチンで獅子神さんと鉢合わせてよかったよかった。不安に寄り添ってくれる獅子神さんは人選としても完璧だ。
定食を取り手を合わせる。愛衣も一緒に食べよう。はい、いただきまーす。
愛衣は箸も器用に使えるが、使ったことはなかったらしい。知識はあるが、経験がない。
脳髄学習技術は魔力と精神、神経の関わりを応用して作られた技術で、情報や体験を脳に刷り込む技術だ。
明晰夢のような感覚らしく、現実感を感じることはなく現実と混同することもないらしい。
ただ虚しい夢。その中で様々な知識を身につけた愛衣だが、現実で実践する時はいつも戸惑う。今回はたくさん人がいる食堂で食べることに戸惑っている。
周りのたまたま居合わせた生徒から視線を感じる。興味深々だが放っておいてくれるらしい。思いやりのある子どもたちだ。
私は日替わりの野菜炒めをむしゃむしゃ食べる。オイスターソースと醤油タレでキャベツがうまい。ごま油の風味で、私の大盛りご飯もどんどん減っちゃう。
愛衣は控えめに小盛りご飯を口に入れ、もそもそ食べ進める。クローン体なのに全然ちげえな。遺伝より環境、環境より魂かもね。
魂に刻まれた食への執念。
私、最初の方は魔装少女のモチベーションが食だった。人類の未来とか言われてもピンと来ないし...
山間部の怪物殲滅でワサビ、沿岸部の解放でカツオが流通に復活したのには感動した。鰹のタタキがワサビで食えるのは私たちのおかげってわけ。
愛衣は野菜炒めを途中で食べ残し、私が全部食べてあげた。胃が小さいね。私がいるからには安心してね、絶対に大食いファイターへと育て上げてみせる。決意を新たにしたところで、部屋に戻って寝直すか。
○
斧野瑞稀は悶えていた。怪しげなファンクラブに入ってしまうほど推している禅苑先生が、そっくりな幼い少女の世話を焼いている。
口周りを汚したら拭いてやり、残したご飯を食べてやり、机を拭き、近くに寄って頭を撫でている。
推しと推しの小さいのが世話を焼いたり焼かれたりしていて眼福だった。
最初はクローン体と聞き、先生の精神上の負担や、斧野小隊の特訓に構ってくれる時間が減ることを懸念していた瑞稀だった。
蓋を開ければただただ尊い。
少女が世話をされている様子は微笑ましくもあり可愛い、心がほっこりとする光景だった。
まして両方とも推しの顔をしているのだ。初めてみた時は衝撃のあまり放心していた。
狩を終え、餌を共にくつろぐ猫の親子のようではないか。
恩師に向かってこの表現は失礼かとも思う。愛玩動物のようだ、などと。
しかし禅苑先生の不器用な世話ぶりと、それを戸惑いつつ素直に受ける草堂愛衣の様子に、斧野の乙女回路は暴走していた。
かわいい。そう感じるあまり変な性癖が目覚めそうになる。
何を私は嫉妬していたのか、いまはただ自分を恥じるばかりである。
この光景は私が守らねばならぬ。いや、護らねばならぬ。
周囲の生徒には優しく見守る方針を徹底させた。使命感に萌える斧野瑞稀だった。
斧野小隊のリーダーは禅苑愛佳の薫陶を受け、無事変な人にクラスチェンジしていた。
先生の罪はだいぶ重い。
○
傷が痛くて寝れない!
いつも横向きで寝ているのに、背中以外傷まみれだから微妙に痛い。この背中に逃げ傷無し...
なので死んだ蜘蛛のようにひっくり返って手足を曲げて寝るか。殺したクモイノシシと同じ格好で寝るハメになるとは。ウケる。
愛衣は私が痛い痛いとギャーギャー言ってる間オロオロしていた。さすろうとした手を引っ込めたり出したり。優しいね。
なんだかんだひっくり返って死んだ蜘蛛のように眠りについた。まじで寝れた。私は器用に寝る才能に満ち溢れていた。
これも戦場で長く生き残るコツなのだ。どこでもいつでも、どんな体勢でも寝れる。バカみたいだが。翌朝の快調っぷりときたらな、昨日はなんだったんだ!つまり魔力治癒によって傷も全快である。
愛衣も遠慮してか引っ付いてこなかった。いや、もしかして薬が臭かった?そんな、そんなことは...
肩の包帯を解きながら首を傾げた。上手く取れないから愛衣!とって!
○
ひっくり返った虫のような、変な体勢で爆睡する禅苑愛佳。それをを尻目に、愛衣はなかなか寝付けないでいた。
初日から震える体を抱いて寝かしつけてくれていた愛佳。その体温が足りないからだろうと考える。
包帯まみれで帰ってきた時は驚いた。戦いを生業としており、自らも戦場に赴くとは聞いていた。
しかし、普段の生活ではぼんやりとした教員生活しか見せられていなかったので、実感がなかった。
同僚に平謝りしながらフォローされたり、書類に埋もれ四苦八苦している姿を見ていた。引き取られてから、禅苑先生としての業務はデスクワークメインだったからだ。
彼女の苛烈な戦いを見たのは生徒に稽古をつけた時。イメージは変わり、ますます得体の知れない人間になった。
彼女は自分の事をどう思っているか聞きたいが、一歩を踏み出せない愛衣。
自分の生まれの異常さや、彼女との関係も知っている。自分の事が不気味なのでは無いだろうか。
勝手に生み出された自分と同じ遺伝情報を持つ存在。親戚でもないのに同じ顔をした見ず知らずの他人だ。
早く聞いてしまえば楽になる。しかし、初日から眠れない私を優しく抱きしめてくれた腕が自分から離れるのが怖い。そのことに自覚がないまま、悶々とした夜を過ごした。
そんな気持ちに気づいているのかいないのか、禅苑愛佳は朝から元気だった。
○
「え、禅苑先生がどんな人か?見ての通り元気な人だよ?」
翌日、愛衣がシシガミマシロに聞いてみると、私の見立てと全く同じ感想が返ってきた。
「こんなご時世だし、みんな命懸けで戦ってて必死なんだ。そんな中でただ元気でいることも大変なんだよ」
たしかに。能天気そうな顔をしてくれと学園長から頼まれたのを思い出す。
脳髄学習で得た知識から、この時代も、前の時代も生き抜くには大変な苦労と絶望があっただろう。
私自身がその絶望の産物であり、同じ遺伝子を持ちながらあんなに陽気に笑うことなんてできなかった。
私にない物を持っているのはオリジナルだから?聞いてみたい、本人に。
「わたしもそんな元気さに助けられた一人でね。落ち込んでる時に励ましてもらったんだ。みんなを守れなくて怪我した時、私の気持ちに寄り添ってくれて」
「今ね、大楯の使い方もこっそり教えてもらってる。みんなに内緒でね。こっそり強くなって驚かせたいから。そのうちお返しに何か贈るんだ」
そう言った顔はとても楽しそうだった。楽しそうな様子を羨ましいと思ったことも、草堂愛衣は自覚できなかった。




