17話 眠れない夜
真夜中、寝てる時アラートが鳴った。二週間鳴ってなかったのに。
『巨大かつ高速で移動する陸上型怪物が確認されました。第一級危険度の敵と推測されます。禅苑愛佳先生、3番ゲートに出撃してください。繰り返します...』
私の腕の中で寝ていた愛衣が起き、目蓋を擦りながら不安げに私を見た。大丈夫だよ、と声をかけ、一人で眠るように促す。
そっと布団から出て、着替えようとしたが愛衣が手を握った。少し出かけてくることを伝えると渋々手を離す。
戦闘用の服に着替えて出撃する。
去り際の何かを訴える目線が目に焼きついて離れない。行かないで欲しいという願い、人肌の熱を喪う恐怖だろうか。彼女を一人置いておくことに躊躇いを覚えた。
「大丈夫だよ、ちょっと悪いものを退治してくるだけだから」
まあなんにせよ、私はこの仕事を辞めるつもりはない。一緒に戦っている仲間のためにも、戦っていた仲間のためにも。
○
森林地帯は、夜になると何も見えない闇。そんな中にターゲット発見。木を薙ぎ倒し進んでいる。
「上空で旋回してください。ロープで降下します」
『了解』
暗い森に大きな影が浮かぶ。
今回の怪物はでかい。クレーン車を思わせるサイズの四本足の蜘蛛だ。
イノシシの顔が付いている。イノシシの頭蓋骨と牙って突進用だよね。クモの異形のせいで強みが死んでるじゃん。
ロープから飛び降りて接近。すれ違い様に斬撃を入れる。硬っ。
脚はすごい硬い。しかも動きが速い。すれ違いざまに、横髪を何本か持ってかれた。あんなナリで強敵か。前脚は鋭く刃のようになっている。しかも振りが速い。
イノシシの顔が吠える。イノシシの牙が矢のように飛んできた。は?
慌てて回避する。お前のそれは遠距離武器かい!
しかもマシンガンのように次から次へと飛んでくる。ステップで回避し一部は切り払う。木の影に隠れたが、木を貫通してきた。飛び退く。距離を取ると蜂の巣か。
これはしんどい。接近戦しかないか。私の苦手な敵は遠距離武器の敵と硬い敵だ。攻撃が届かないのと、瞬間火力の低さは私の明確な弱点。これから相手の得意レンジで戦わなければならない。
敵が左前脚を上げた。連続で突きを放つ。蜘蛛の脚は鋭く尖っていて、当たれば人間の胴体を貫き、急所なら即死だろう。なんとか逸らしつつ体を安全圏に捩じ込む。
体格差でまともに鍔迫り合いできない。受け流すが、突きの受け流しは神経を使う。相手の薙ぎ払いも躱わす。後ろの木が真っ二つに叩き折られ、倒れていく。攻撃が早すぎて確認もできない。
相手の大振りを誘い、紙一重で回避。剣を強く握り、胴体に魔力を込めた一撃を入れる!硬い!あまり効いた様子がない。弱点は無さそうだ。全身硬い。ひたすら斬り合う。
しばらく戦うと付近の木が全て倒れ、相手の速度がさらに上がった。体にぶつかるものが無くなったからだろう。こっちは倒れた木が邪魔で足を取られる。ズルじゃん。
お互いに斬り合いを続ける。体格差は埋め難い。なかなか優位に立てない。
早く帰って愛衣を安心させたいのに。
一瞬の焦りが隙になった。肩口を抉られる。咄嗟に身を逸らし、骨への貫通は避けた。利き手側じゃなくて良かった。血が腕を流れ落ちる。
ベテランの死因はあっけない油断だったりする。高難度の敵に慣れて自信を付け、別の日の低難度でしょうもないミスをして死ぬ。
よく知ってるはずだった。何人も失ったから。
「余計なこと考えて悪かったな、クモイノシシ。きちんと殺ろうか」
怪物に話しかけて気を引き締める。肩の痛みで殺し合いに集中できる。
[戦闘続行]の魔力で傷を治すこともできた。出血を軽く止めただけだが。尽きない魔力と体力で、じっくりと削り殺す。私はいつだってそうしてきた。自慢なのは集中力だった。
地面に脚を突き立てこちらを切り刻もうとする敵。こちらも負けじと駆け出した。
○
巨大なクモがひっくり返って脚を閉じている。その腹部には剣の破片が突き刺さり、イノシシ型の頭部には刀傷が大量に刻まれている。
切先の欠けた剣が薪割りの斧のように脚の根本に刺さっていた。
あーしんどかった。また太陽が登っている。私の全身切り傷まみれである。今回の敵は攻撃の質が高い怪物だった。並の魔装少女では一撃防げるか怪しい。
速くて硬くてデカい敵。私単独の任務に相応しい難易度。戦略室は仕事してる。アラートで愛衣も起きるのが難点だよな。
離れたところにいつのまにか用意されていた簡易キャンプに入った。いつ立てたんだろう、集中しすぎて気づかなかった。
衛生科の生徒から処置を受ける。服もボロボロ。服を脱いで両腕を上げると、生徒たちが薬を塗ってくれる。表面は軽く魔力操作で塞いだが、薬が染みる。流れて固まった血を、お湯で浸したタオルで拭いてくれた。タライにつけながら拭くとたちまちタライが真っ赤に。生徒たちの表情が固くなる。
「いやー今回の敵は強かった。上手く躱せて命拾いしたわ。真っ赤っかになってしまったわ。みんなありがとね、わざわざ待っててくれて。先生助かっちゃった」
あくまで軽いノリで感謝を伝えると、生徒たちはまた固まった。あれ、バッドコミュニケーション?私、緊張をほぐそうと...
生徒もプロなので手は止めないまま、微妙な間が流れた。
下半身も薬を塗ってもらい、処理班への指揮は怪我を見かねた上級生がやってくれることになった。早く帰れる。
帰りのヘリに乗り込む。
この帰りのヘリが地獄だった。揺れるたび切り傷にぶつかるので痛い。眠れないんだが。
パイロットさんは私の怪我を見ても顔色ひとつ変えなかったが、なるべく揺れないように速度を落としてくれている。気が利くおじさんだ。しかし揺れる、ヘリなので...
さっさと学園に帰って寝直そう。今何時だろう。端末を見るとメールが。ましろちゃんからだ。寮の廊下をうろうろしていた草堂愛衣を保護したので一緒にお茶をしています、と。戦闘中の受信か。
夜食を作りに来たところ鉢合わせたらしい。彼女の大楯を振り回せる体格は夜食でできたのか。
じゃなくて、愛衣が部屋から出たのか。真夜中だから一部の部屋しか開いていない。それでも部屋から抜け出したのは、不安になっていてもたってもいられなかったのだろう。
早く安心させてあげたいな。
○
武具を適当に任せて走る。多分寮のキッチンかな?たどり着いたキッチン、食事を食べるためのテーブルに愛衣が突っ伏して寝ていた。上着が掛かっている。
「せんせい、こっちです」
声を潜めたましろちゃんが少し離れたテーブルにいる。水をとってそちらへ向かう。
「びっくりしましたよ、お腹が空いて降りてきたら、パジャマのままの愛衣ちゃんがウロウロしていて。端末で調べたら一級危険度の警報が出てたので察しました」
「それでいままでここで見てくれたの?徹夜じゃないの」
「一緒にお茶してただけなので。これ、鎮静効果のあるハーブティーなんです。不安で怖いですかと聞いたらゆっくり頷いていました。放っておけません。」
あまりにも、見ていられなかったので
そういったましろちゃんは遠くを見ながら胸を押さえていた。
「気持ち、分かるので。自分がいない間に大切な人が死ぬかもしれない。私の小隊は竜に全滅しそうになりました。待っている方も辛いんです。しかも先生の行く戦場はいつも過酷で、傷も絶えません」
「禅苑先生。先に医務室に行ってください。愛衣ちゃんは見ておくので」
でもせっかく来たのに。今安心させてあげれば
「すごく血の匂いがします。それじゃ愛衣ちゃんが安心できません。逆効果です」
そう言われて渋々医務室へ行った。
女医から何故医務室に直行しなかったか怒られた。私、自分で怪我治せるし...
いつもの女医もイライラしていたのか、消毒と薬を塗る手つきが雑でめっちゃ痛かった。縫合はあんなに丁寧だったじゃん!
「怪我してんだから早く来なさい。直行しなさい。あなたね、草堂さんを引き取ったんでしょう?怪我を抑えないと心配するわよ」
いやそうだけど
「まったく、草堂さんの染色体遺伝治療も私が責任者なのよ。私はしがない外科医なのに、毎晩論文と睨めっこよ」
そうだったの、学園長の差し金かな。情報を漏らさない点を信頼されているんだろう。ありがとうと頭を下げる。
「ほら、草堂さんの治療も担当する私の機嫌を損ねたくなければ、なるべく無傷で帰ってくること!分かった?」
う、それを言われると弱い。わ、わかった。突っ込むのほどほどにします
女医は私が折れたのを見て信じられない顔をした。まるで言うことを聞かない問題児が、初めて言うことを聞いたかのような反応。
「あ、あなた。今なんて」
なんだよ、こっちが折れたのがそんなに衝撃的かよ!
肩を怒らせて愛衣の元へ急ぐ。
顔以外包帯ぐるぐる巻きで、さながらミイラ女みたいになっていた。しかしさっきよりも清潔にはなった。これからお風呂禁止地獄だが。
寮のキッチンに戻る。
愛衣が寝ている。眉間の皺が深い。ましろちゃんは、私と入れ替わりでそっといなくなった。
髪を触る。私の髪によく似た触り心地。肌は私と違って青白かった。顔は似ているが、雰囲気が真逆だと、知り合いの皆から言われた。
旧友からは、深窓の令嬢と山猿だ。少しは見習ったら?とか言われた。多分子供の頃に大暴れしたかどうかの違いだろう。多分。
昔は怪物だけでなく人間も悪意を持って襲ってきた。魔装少女たちは協力しながら身を守り、時に反撃していた。
私は仲間がやられると頭に血が昇ってやりすぎ、後で後悔していた。やられたらやり返す。黒歴史だ。
反面彼女は、外に出ることすら許されなかった。強制的な成長と学習で中学生に見えるが、反面幼い心と人間への恐怖心が共存している。
人間からの悪意に、ただ身を縮めて耐えるしかなかったのだろう。
眉間の皺をなぞると、少し表情が落ち着いた。
これからさまざまな楽しい事を経験してほしいと思った。
もしかしたら私はそのために平和を維持してきたのかもしれない。




