12話 大イカ怪物のあとしまつ
頭がクラクラして寝てたら、全部終わってた。
斉藤さんが残敵掃討や事後処理班への連絡までしてくれて、楽をしている。
私は武具を海中に落としてきたため、魔力循環がおぼつかない。
立ち上がるも、全身打ち身だし、ふらふらする。暫くすれば動けるようになるかな。ロボットダンスみたいで恥ずかしいわ。ふらふらカクカクした動きになっちゃった。
「先生!さっきまで敵に捕まって叩きつけられてたんですから、動かないでください!」
「先生ぼろぼろじゃないですか!寝てて!」
「死なないで先生!うわーん!」
別に大丈夫なんだけど皆が心配して担架持ってきた。大袈裟な。でもちやほやされて少し嬉しい。ありがたくジッとしておくか。もっと私をちやほやしてくれ。
怪物侵攻初期は、骨折くらいなら自分で治すか固定だけして出撃が常識だったな。片手が使えるではないか...出撃...みたいな。がむしゃらに頑張ってたのだ。
昔は守らねばならない領域も広く、味方は今より少なかった。
結局、私はどちらも守りきれなかったが。
担架に運ばれて、港の近くの簡易キャンプまで運ばれる。わざわざ心配そうな皆の中をかき分けていくのやめてほしい。恥ずかしいんですが。顔を手で隠す、みんな見ないで!
簡易キャンプ内、医療用テントの中には衛生科の生徒と馴染みの女医が待っていた。内部は消毒されており、さまざまな器具や薬、輸血用血液などが用意されている。簡単な手術も出来るらしい。手術台に上着を脱いで乗ると、診察してくれる。全身に打撲と肋骨の骨折だった。自己診断通りだ。魔力操作が上手いので、一般人よりは早く治る。
というか風呂に入りたい。全身が海水とイカのヌメヌメで気持ち悪い。シャワーでいいから入らせて下さい!
医者は拭うだけにしろ、早く処置させろと止めた。お前、私が部屋入った時臭くてウッて顔したの知ってんだからな!としばらく喧嘩したところ入浴許可が出た。
薬だけ貰ってその場を後にする。港の脇にある漁協のお風呂を貸してもらおう。君、着替え持ってきといてー
○
魔装少女は、魔力で怪我しにくくなり、怪我しても魔力で治る。であるが故に、怪我を軽視し始める。
そして手遅れになってから気づくのだ。早く退いておけば良かった、怪我を甘く見るんじゃなかったと。
ベテランとして経験を積めば積むほどこの傾向は顕著になる。
引退間際の魔装少女が、後遺症が残るほどの怪我をすることが多いのはこのせいだと医者の間では言われていた。
今回、一級危険度の群体型飛行怪物と、一級危険度の巨大水棲生物が同時に出現した。それで死者ゼロというのが奇跡的であることに、彼女は気づいているのだろうか。
医者として戦いのことは分からない。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、というギリギリの戦いも有ると患者から聞いた。
でも身を捨てないで欲しいのだ。だって悲しいではないか、皆を守る彼女が自ら傷つく事をするのは。ただの感傷といえばそれまでだが。
もう20年弱の付き合いになるが、皆を庇って傷つく姿は見飽きたと言っていい。
全身の打ち身と胸部圧迫による肋骨の骨折はかなりの痛みを起こすはずだが、彼女の顔色は変わらない。大方、生徒に見栄をはっているのだろう。
昔から頑固なところがある、問題患者にどう言うことを聞かせるか悩む女医だった。
○
ウグっ!あぎっ!あがっ!
シャワーですら激痛なんですが。死にそう。ここで死ぬのかよ。アドレナリン出てないから、戦闘中より痛い。いつもだったら武具持ってボーッとしてたら治るんだが、今回は念入りに魔力操作しなければ。
集中して魔力を巡らせる。武具が無くても魔力操作出来るのが私の[戦闘継続]。
そしてこれは戦いの日々で身につけた特殊技能に依らない技術。鼻から息を吸い丹田に巡らす。イメージを乗せると魔力も体内を循環し出す。細かく魔力を動かし体組織の再生を促す。ふう、これでその内マシになるかな?
湯船に浸かりながら今回の戦いを振り返る。
魔装少女業界って、育てた新人がすぐ抜けていく、安月給な会社みたいなところがある。引退システムと怪我のせいでね。
今回の敵は新人育成にちょうど良かった。
飛行型との戦闘経験、大型敵との戦いを怪我なく終えたのは大きい。空飛ぶ敵を撃ち落とすのは意外と難しい。今後の糧になってくれるだろう。
大型敵としては弱かったが、水棲怪物の厄介さと強さを体感出来たはずだ。参加した人数も多く、若さも幅広かった。
私が居なくても、居なくなっても皆がなんとかしてくれそうで安心。
風呂上がりに新品の服に着替えて歩くと民間人とすれ違った。漁師さんが国営シェルターから出てきたみたいだ。そうか、朝早いもんね漁師さん。話しかけてくる。
あ、連絡した魔装少女です。そんなにビックリしなくても。あ、えぇ、少女です。はは。そうなんです、少女なんですよー。あははは。はは...
流石に今日の漁は無理みたいですか。そうですよね、あ、こんにちは。組合長さんなんですか、へー。ぇ、是非とも我々をねぎらいたい?そんなそんな、お気持ちだけ頂きます。
え?サザエと伊勢海老?
○
戦闘地点ではイカ悪魔の掃討が完全に終わったらしい。いつもだったら人海戦術で捜索するのだが。[俯瞰空間]の斉藤先輩が居るのですぐ終わる。
招集で集められた魔装少女たちは各々簡易キャンプの設営や、運搬班、処理班の荷物運びを手伝ったりしている。
魔力の消耗が多かった人は休憩していた。そうでなくても真夜中の戦いだったのだが、弱音を吐く魔装少女はいない。
休憩している魔装少女でさえ、瞑想や武具の手入れなどいつでも動けるようにして時間を過ごしているのだから。先生ですら...
私の作戦で先生が怪我してしまった。もっと安全で良い作戦があったんじゃないかと思う。
「さやちゃん、あんまり気にしないほうがいいよ」
「今回の敵は、小型も大型も一級危険度だったでしょ?先生の救出も出来たし、良かったんじゃないの?禅苑先生ほどの実力があれば、自力で脱出できたに違いないし」
「姉御いきなり飛び込んでったからな。あの独断専行っぷりは痺れるぜ。うーん、やっぱさ、お前に責任は無くね?」
チームメイトが慰めてくれるが納得できない。顔を上げると、高台に座り周囲をぼんやり見ている斉藤先輩が見えた。その実、能力で戦場全域を俯瞰し、詳細に警戒している。作戦第二段階、臨時での指揮も流石だった。
私もあのクラスの働きが出来れば。
斉藤先輩がこっちを見た?私を見て立ち上がり、歩いてくる。
「やあ!君が今回のMVPか、たしか、桜井さやちゃんだったね」
名前まで知られている?技能のレベルも低く、これまで活躍もした覚えはないが。
「先生に教えを請うている生徒だから噂になっている。あの人は優しいから誰にでも教えるが、不思議と素質のある奴にしか教えない。というか教えた奴が大成していくのかな」
確かに以前教えを受けたと言った表原先輩、加州先輩は強かった。あれで戦闘向きの[特殊技能]ではないのだから驚きだった。
「君は期待のホープということだ。作戦立案、指揮ができる奴は少なくてね。そこも評価されるだろう」
「あ、あの人からは何もまだ教わってなくって、ただ任務を一緒にしてもらったというか。付き合わされたというか私の作戦もまだまだだし」
「あの人は気分屋のようにも見えるが、その実、現実的な判断をしている。効率の悪い案にゴーサインは出さない。合格点を出されたんだよ君は」
「でも、あの時先生が海に潜らなければ、余計なリスクはなくって。先生にその判断をさせたのは私で」
「ふふ、君は結果に不満を抱いている。禅苑先生の怪我は自分のせいだと。見るからに重い打撲だったからね。並の魔装少女なら死んでもおかしくない」
「かつて、あの人が言った言葉を教えてあげよう。死ぬこと以外はかすり傷、だそうだ。たぶんあの負傷は織り込み済みだ」
「織り込み済み、なんて事があり得ますか?」
「転けて捕まったのは予想外だろうが、その後捕まりっぱなしというのが解せない。実力者だ、隙を見て脱出できたろうに」
「それはそうですが、まさかあの時わざと捕まったままで?」
「自分の打撲と引き換えに触腕を一本抑えたんだろう。武具を手放していたからね。敵の防御力から持久戦を選びたかったんじゃないか。あれを見たまえ」
解体中の巨大水棲生物を指差す。皮膚は弾力があり、あらゆる攻撃を弾き返した。今も処理班が解体に苦労している。大型魔力動ノコギリの刃が欠けていた。
「仮に、一斉射で魔力を使い果たした我々では倒しきれない。その場合持久戦になるが、それが得意な先生は武具が使えなかった。我々の負担を減らすとしたら、ありそうな推論だろう?」
まあ先生も万能ではない、と前置きする。
「単純に君の作戦は良かった。きちんと帰り道の事まで考えてあったからね。先生も良く作戦を立てるんだが、あの人は帰り道を考えない。敵を殲滅する前提で突っ込む癖がある。つまり、作戦立案は君の方が上だよ」
斉藤先輩はそう言って去っていった。哨戒作業に戻るのだろうか。最後、私をフォローしてくれた。優しい人だ。
禅苑先生は今何を考えているのだろう。
『先生は帰り道を考えない』『死ぬ事以外はかすり傷』か...
傷つき続ける悲しい生き方に、胸が締め付けられる気がした。
○
みんなー!バーベキューの時間だー!
今回の敵は特殊だったため、ローテーション外の非番だった実力者が集められている。つまり皆、お休みの日に駆り出されているのだ。
一応作戦後に休息時間は貰えるが。ただマジで寝るための時間なので、作戦中の待機時間を持て余している今遊びたい。
そう!斉藤ちゃんが索敵哨戒した今、敵は絶対来ない!待機時間にバーベキューしよう!
漁協と海産市場、卸売り業者の皆様にご用意していただいた海の幸とお肉をみんなで食べよう!海の家からバーベキューコンロを借りて!
この話に魔装少女たちは沸いた。休日を潰されて皆うんざりしていた。先生と美味いものを食べられるなら乗らない手はない。
夜中から戦っていたので皆徹夜して疲れている。つまり徹夜明けのテンションもあって、満場一致でバーベキュー大会が開催される運びとなった。
真っ二つにされた伊勢海老が網の上で焼けている。サザエの壺焼きから焦げた醤油と貝のエキスが混ざりいい匂い。
ホタテやカキ、エビの他にソーセージや豚バラ肉もある。
今回一緒に戦闘した生徒に、海の幸を焼いて振る舞う。はいエビ焼けたよ、欲しい人!多いな、じゃんけんしなさい。お肉置いたからね!海鮮苦手な人はこっち食べなさい。ホタテ、殻開いたよーこっちがバターであっちがポン酢。
私が発案なので、色々準備しようと思ったら止められた。炭の入ったダンボールと、サザエの入った発泡スチロールを担いでたら生徒にひったくられて取られたね。
生徒から見たら、担架で運ばれていった人間が大荷物持って帰って来た訳だからビックリしたはずだ。
そういうわけで網焼き奉行をしていた。そろそろ私も食べよう。
サザエの壺焼き美味い。久々に食べた。醤油だけでどうしてこんなに美味いのか。貝の旨みってクセになるよね。醤油も少し焦げて、香ばしくなってサザエに合う。飽きない味。貝の奥、黒くて苦いところもアクセントになる。酒が欲しい...
「愛佳先生、ソーセージない?ソーセージ」
「おい、自分で焼け本江。先生、伊勢海老焼けましたよ是非食べて下さい」
「ずるいぞ斉藤、先生、私の焼いたカキをどうぞ」
「禅苑先生!ジュース持ってきました!これ飲んでください!」
「先生、お肉育てました。焦げる前に、どうぞ」
「姉御は先輩たちにもすごい人気だなぁ」
「私の分はいいから、ほら、みんな食べなさい。育ち盛りなんだから。伊勢海老食べてない人ー」
「「「はーい」」」
ほら、どんどんお食べ。大っきくなるんだよ。若者が嬉しそうに食べている所を見ると、楽しくてサービスしてしまう。
歳かな?そ、そんな訳はない。美少女に奢るのが楽しいだけだ。
「わたしは海鮮苦手なのでお肉食べてるね」
「ましろは相変わらず、あ、カキも美味しい。さや、そこのカキ取って」
「瑞稀、代わりに醤油取って」
皆楽しんでるようで何より。
そんな中、ドン引きした顔でさやちゃんが私に言った。
「先生、それ食べるんです?あんな事があったのに?」
え?美味しいよ。焼きスルメイカ。
先生はずぶといだけ。




