育毛剤に人生の全てをかけた男の無念
うああ…
ううー…
立ちこめる火薬の匂い。
四方から聞こえてくる男たちのうめき声。
目を開くと、天井からぶら下がって激しく点滅する蛍光灯と、割れて飛び散った試験管、そして倒れている研究員の姿があった。
俺もその一人だが、体に力が入らず、目を開けるのがやっとである。
俺、禿野照は、人生を賭けて育毛剤の研究をしてきた。
長年の研究の成果が実り、あと一歩のところまで来たのに、どうやらここが正念場のようだ。
頭が痒い。
かろうじて動く右手で後頭部に触れると、生暖かい血で手が染まった。
ここまで…か。
目を閉じたら最後なんだろうなと思ったが、閉じる瞼を止めることができなかったー
ーPrologue 神の髪ー
どれくらいの時間が流れたかわからない。
上も下も右も左もない真っ暗な空間に、気づいたらいた。
さっきの痛みは何もなく、爆発時と同じ服を着た俺が立っている。
いや、立っていると言って良いのか、正直わからない。
目を凝らすと前の方に微かに光が見えて、気づいたら吸い込まれるように移動した。
テルー
テル。
俺の名前を呼ぶ声がする。
おい、聞こえんのか?
テル!
うるさいわ!
テルテルテルテル
俺は禿げてねえー!!
なんじゃ、聞こえとるんじゃないか。
聞こえとるんなら返事をせんかい。
…あんた誰?
わしか?
わしはお前さんが今から転生する世界の神様じゃ。
神〜?!
ただの禿げたおっさんにしか見えねーよ。
おっさんじゃないし!
禿げてもないし!!
…
……
ふー…
良いか?禿野照
お主は研究中に起きた爆発で致命傷を負い、死んだのじゃ
あー、まーそうだろうなと思った。
くそっ!あとちょっとで究極の育毛剤が完成するはずだったのに!
テルや
ん?
その究極の育毛剤じゃが、完成させたくはないか?
えっ!?できるのか!?
それはお主次第じゃ
先ほど言ったように、お主はこれから今までとは別の世界に転生するのじゃ
じゃからそこで研究を完成させると良い
そして完成した暁にはワシにも…
よっしゃー!
ありがと神様!
あと一歩だったんだ!
次は完成させられるぜ!
んで、いつその転生とやらはできるんだ?
慌てるでない
別の世界に転生するためには次元の壁を変えねばならず、そのためには魂のレベルを上げねばならん
そうしなければ次元の壁に弾かれ、お主の魂は永遠に次元の狭間を彷徨うこととなるでな
えー、じゃあ何とかしてくれよ。
無論じゃ
今からお主の魂レベルを引き上げる
そしたら問題なく次元の壁を越えられるじゃろ
そして次元の壁を越えた時に強力なスキルを授かるはずじゃ
そのスキルを活かして活躍しとくれ
おー、なんかファンタジーものっぽい展開!
オッケー!わかった!
そのスキルで異世界で活躍してやるぜ!
…まあ今回は授かるスキルをあらかじめ固定させてもらったがの
は?なんで?
お主の夢は何じゃ?
究極の育毛剤の完成じゃろ?
そしてこれから行く世界は魔法やスキルがある代わりに、科学は未発達じゃ
じゃからその分をスキルで補うんじゃよ
そのためにスキルを固定したのじゃ
でなければまた夢半ばで死ぬことになりかねんからの
あーそういうことか。
わかった。
じゃあそのスキルを活かして、今度こそ究極の育毛剤を完成させてやるぜ!
世話になったな神のおっさん!
おっさんじゃねーし!
全くなんて生意気なやつじゃ
(育毛剤のためじゃなかったらこんな生意気なやつ誰がワシの世界に呼ぶかっ)
ではテルよ
これから転生させるぞい
転生したら夢に向かって頑張るんじゃぞ
わかったわかった。
今度こそ夢を叶えてみせるぜ!
ではの、テル
じゃーな、禿爺!
禿じゃねーし!
…全く、最後まで生意気なやつじゃった
おかげで大事なことを伝え忘れたわい
まあ何とかなるじゃろ
育毛剤に異様なほど固執しとったからの
転生直後は記憶が戻らず、何かきっかけがなければ思い出せんが、あやつなら大丈夫じゃろ…多分
こうして禿野照は異世界転生を果たしたのであったー